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39 (隼一) いっぱい泣いた後は

衝動的に抱きしめていた。

震える声で自分の辛い過去を打ち明けてくれた汐崎。

まだ、家族に甘えていたい年頃なのに、ひとりで家を出て孤独や罪悪感に耐えていたんだ。

こんな頼りない身体で。


「ずっと、ひとりで辛かったな。事故や怪我は別にお前のせいじゃない。自分を責めるな」


髪を撫でてそう言ってやる。

汐崎は俺の背中にそっと腕を回してしがみつき、また顔をうずめて泣き出した。

「っ、うー・・」


自分のせいで兄が怪我をして母に責められたんじゃあ、確かに家には居づらいだろう。父親は? 彼女を庇ってやらなかったのか。




しばらく泣いたら落ち着いたようだったので髪を撫でながらゆっくり尋ねた。


「なあ、汐崎。家族とは連絡取ってないのか? 最後に会ったのはいつだ? 電話でもいい。最後に話したのは?」

「父は、高校の就活の時に会いました。仕事ばかりであまり家族に関わってこない人なので、書類にだけサインして、すぐに帰ってしまいましたけど」


「母親と兄とは?」

「・・・中学を卒業して、家を・・出た、とき」

「それからは一度も?」

汐崎はコクンと頷く。

「・・・い、慰謝料を・・。一千万貯めて、そしたら家に帰ろうって思って・・」


そうだろうとは思っていたが。やはりか。

それであんなに倹約しまくった生活をしてる訳か。一円でも多く貯めるために。

汐崎なりにずっと考えてのことだろうが、子どもっぽいものだ。

家族との関わりを絶ってしまった中三の頃から彼女の時計の針は止まっているんじゃないかと思う。


果たして、彼女の兄は妹から慰謝料をもらいたいなんて思っているだろうか?

今でも母は娘を恨んでいるんだろうか?

俺はそうは思わない。




「汐崎。電話をするべきだ。三年も経ってる。事故後とは状況も、家族の心情も変わっているはずだ」

「・・! ・・そんなの、できな・・」


ふるふると首を横に振る汐崎の顔を両手で包み、視線を合わせた。


「俺も一緒にいるから。ちゃんと話そう。な?」


もし家族の汐崎に対する気持ちが変わっていなかったなら、いっそそんな奴らとは縁を切って、俺が代わりに兄でも父親にでもなってやってもいい。

うちの奴らも喜んで彼女を受け入れるだろう。

今のままじゃあ汐崎は止まったままだ。なんとか、進まないといけない。


「む、ムリ、です・・」

キュッと目を閉じ、拒絶を示す。

「汐崎。大丈夫だから」

「いや。だって、こわい・・。きっと、私のこと怒ってる。嫌いって言われたら・・」

たくさんの睫毛に縁取られた大きな目から、ぽろりとまた涙がこぼれる。


「大丈夫だ。怖くない。お前みたいに頑張ってる可愛いやつを、嫌うヤツなんてこの世にいない。

相手が怒ってたら、すぐ俺に代わればいい。

俺の話術で怒りを鎮めてやる。

お前は知ってるだろ? 俺の話術の素晴らしさを。シロート相手に討論して負けるわけがない」

訳のわからんことをおどけて言えば、汐崎はきょとんと目を瞬いた。涙は止まったようだ。涙のあとが残る頬を指で拭ってやった。


「俺は社長だからな。俺の口から、汐崎がいかに優秀で将来有望な社員であるかを語ってやろう。きっとビックリするぞ」

「桐谷さん・・」



汐崎の小さい頭を自分の胸に押し付け、頭を撫でる。俺が触りすぎたせいか何時の間にか汐崎の髪のゴムは取れていて、ふわふわとした黒髪の手触りが気持ちいい。


ふう、と軽く息をした。


・・・家族とはなんだろう。

自分が育った場所。自分を育ててくれた人達の集まり。

皆が皆、あったかくて幸せな家族に囲まれて育つわけじゃない。

幸せな家庭も、誰かが病気になったり亡くなったりしてバラバラに壊れてしまうこともある。


「・・・家族なんて、難しいものだよな。

うちもでかくはないが会社を持ってるもんだからゴタゴタはいっぱいだ。

社長の父が倒れた時には、次期社長の座を狙って暗殺でも起こるんじゃないかってくらい不穏なムードが漂ってたしな。

代理の俺が何をやっても、文句を言ってくる奴はたくさんいるし。

ちょっとでもミスれば、ここぞとばかりにつけこまれる」

「・・・大変、なんですね。社長さんって」


「ああ。だが、それを気にしてたってキリがない。俺は、俺のやるべきことを全力でやるだけだ。

結果は出る時は出る。運悪く結果として出なくても、経験を積んだことに変わりはない」


汐崎はキリリと引き締まった仕事モードの表情で俺を見てる。

この真っ直ぐな視線を向けられるのは心地良い。


「だから、だから、お前も今、やれることをやろう」

「・・・でも」

仕事の内容なら「はい」と返事が返ってくるところだが、やはりすぐには返事ができないようでまた俯いてしまった。急には無理か。




「ほら、あまいコーヒーをいれてやる。それ飲んで、一息つこう。

よく、話してくれたな。偉かった」

膝からソファに降ろして、もう一度頭を撫でてやる。ぐしゃぐしゃと掻き混ぜるようにしてやると、汐崎は「わ、わ」と慌てた声を出した。かわいい。

泣いてた顔も可愛かったけど、困った顔も可愛いな。

ちゅっと頭にキスをして立ち上がった。コーヒーをいれにキッチンに向かう。



・・しまった。つい、手が出たな。

まあ、本人は分かってなさそうだから、セーフか?


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