35 (隼一) 着せ替え
「ジャジャジャジャーン!」
ちょっと古めかしいメグミの掛け声と同時にカーテンが開き、汐崎が姿を見せた。
「きゃあ、かわいい!」
「あら! 素敵よ、鈴音ちゃん」
メグミと山本がきゃあきゃあと賛辞を贈る。試着室の中に立つ汐崎は、お世辞抜きでものすごく可愛かった。
想像はしていた。
あの地味なスーツ姿でも美少女なのは分かったし、シンプルな部屋着でも彼女は十分可愛かった。
だから、ふわっとひらっとした清純派お嬢様みたいな洋服を着たら、似合い過ぎてヤバいことなんてわかってた。だけど、いざ目の当たりにすると軽く衝撃を受けるな。
「汐崎・・」
一歩前に出ると、汐崎はハッと顔を上げ、俺を見てかあっと顔を赤くした。
そんな反応をされると思っていなかったので、俺も一瞬ためらった。その隙に汐崎はシャっとカーテンを閉めてしまった。
「あん! 鈴音ちゃん! もう終わり? 他にも着てみようよー」
騒ぎ立てるメグミ。
「す、すみません」とカーテンの向こうから謝罪する汐崎の声は震えてる。
「えー? せっかく・・」
まだまだ遊び足りない!って顔で唇を尖らせるメグミを、そっと手で制して黙らせる。
これ以上追い詰めて試着室に立て篭もられたら大変だしな。
「汐崎。もう疲れたろ? 着替えていいぞ。メグミ達は他の店も見て来るそうだ」
「・・・はい」
かすれる声で返され、もぞもぞとカーテンの向こうで動く気配。
俺は何か言いたげなメグミと山本を連れて、試着室から少し離れた。
「悪いな、メグミ。今日はここまでだ」
「もう、つまんなーい! あんなに可愛かったのに。あーんな地味な格好に戻しちゃうなんて」
ブーたれるメグミ。
「まあな。でも、浩太から聞いてるだろ?
汐崎にしては今日は頑張ったほうなんだ。あまり無理させられない。
また、次の時にも、ちょっとづつ慣らさせていこう」
「そうね。生まれたてのバンビちゃんみたいにぶるぶる震えてたし。かなり無理させちゃったかしら・・」
「次? また、みんなでお買い物来れるの? やったあ!」
「ああ。メグミは山本ともう少し他のところも見てきていいぞ」
「わーい! じゃあ、鈴音ちゃんはよろしくね!」
さっきまでの不機嫌はドコヘ行ったのか、すぐにテンションマックスで駆け出して行った。元気だな。
ちらりと試着室に視線を向ける。まだ出てきそうにないな。
横にズラリと並ぶ、ハンガーに掛かった洋服に目を向ける。
今、部屋着できているようなシンプルで綿の柔らかい生地の真っ白なワンピースがあった。
少しだけ、首元にレースがある。このくらいなら、抵抗なく着れるかな・・。
ちょうどそばに来た店員に渡して会計を頼んだ。
たっぷり時間をかけて、汐崎はぐったりした様子で恐る恐る試着室から出てきた。
手には綺麗に畳まれた洋服。受け取りに来た店員に、ペコペコとお辞儀をして渡している。
「お疲れ、汐崎。行こうか」
「は、はい!」
俺が声を掛けると、すぐに駆けて来た。店を出た時にはホッとした表情。そんなに緊張してたのか。
「少し、歩くか」
「はい」
並んで歩く。左右にはズラリと店が並んでいる。
ビビりながらも興味はあるようで、ちらちらと視線を送っているようだった。もう少し、ゆっくり歩くかな・・。
何軒か先の雑貨屋できゃあきゃあ騒いでいる女がいると思ったらメグミだった。
あいつはホント元気だな。
汐崎は、無意識なのか足を止め、そちらのほうをじっと眺めていた。
なにも言わずにただ見つめるその横顔がさみしそうで、つい、手が伸びる。
ぽんと頭を撫でてやると、「わ」と汐崎が小さく声を漏らす。
「さあ、歩くのも疲れたし、そろそろ帰るか」
俺を振り返る汐崎の顔はまだほんのり赤い。
俺がにっこり笑うと、つられるように汐崎も口元を緩めた。
遠慮がちな、ぎこちない下手くそな笑い方。
なのに、すごく可愛い。
なんでこんなに可愛いんだろうな。
「あ、あの、桐谷さん・・?」
戸惑う声にハッと我に返ると、無意識で汐崎の頭を撫で回していた。
後ろで結んでいたのに、髪がボサボサになっている。
「あ、ああ。悪いな」
ゴムをとって手でささっと髪を梳き、結び直してやった。
昔、姉の髪を結わされた経験がこんなところで役にたつとは。




