3 社長と握手
完全に出遅れてしまった私は、悪目立ちしてしまったので声を掛けて来る人もいないまま、式を終えてグループごとに部屋を移動することになった。
周りをチラリと見ると、ちらほらと隣同士、話しながら歩く人達。
すごいな、もう仲良くなれるなんて。
・・・いやいや、ここは会社。私は働きに来てるんだから。
軽く頭を振り、鞄を持って席を立った。
「汐崎さん。ちょっと、こちらへ」
ドアのところで声を掛けられて足を止めると、なんとさっきの社長サマだった。
「あ、さ、先程は、失礼いたしました」
社長だとは知らずに無礼な態度だった。誰がどう見ても。最後も走り去ってるし。
二つに折れるくらい頭を下げると、ポンポンと肩を叩かれる。
「頭を上げて」と囁かれて、恐る恐る視線を上げると、男性は柔らかく微笑んでいた。
「謝る必要はない。本当に助かったんだ。・・そのことに関して、話がある。私と一緒に来てくれるか?」
「え? で、でも、私、この後グループ研修で・・」
「それはもちろん知ってる。話はつけてあるから大丈夫だ。おいで」
私の背に軽く手を当てて促してから、社長は廊下を進んで行った。
え? なに?
混乱した頭で横の年配の男性に目を向ければ、その人は「行け!」と言わんばかりに首をクイクイと廊下へ向けた。
私は慌てて社長の後を追った。
「さあ、どうぞ」
案内された部屋は、とても広くてモダンで綺麗な部屋。憧れの、オフィスだ。
見たこともないピカピカな机が並んでいる。
そこには一人の女性と一人の男性がいた。
茶色の髪を肩の上でくるりと巻いている綺麗な女性はは私を見ても驚かず、にっこり笑って「よろしくね」と手を差し出してきてくれた。
すごい、嬉しい。ドキドキしながら手を取る。
えっと、握手はしたものの、どうして私はここに連れてこられたんだろう。
どう見ても・・ここに私は場違いだろう。
他の部屋は見たことないけど、ここが特別な部屋なのは分かる。
広い空間はデスクだけでなく手前にはゆったりソファの応接セット、奥の方にはドーンとでかい社長の机がある。
天井も高いし、窓から見えるのも絶景だ。
ぽかーんと空いた口が塞がらない。
「こちらの二人は私の秘書だ。
汐崎さんには今日からここで働いてもらう。主に、私の専属通訳として」
「え? え? あ、あの・・」
入社の規定書みたいなやつに、書いてあったはずだ。
「新入社員は一定期間様々な部署で研修をした後、希望の部署に配属されるって・・」
「ああ、そうだが。ちょっと例外、ということで頼むよ。
たった今、取引先のマイケル・・先程君が間に入ってくれた男だよ。・・彼と契約を取るために、君の力が必要なんだ。
マイケルは明日の話し合いにも君の同席を願い出てきた。頼むよ」
さっきの外人さん、そんなに私の通訳が気に入ってくれたんだ。
でもだからって、秘書ってスゴイ人達だよね。その人達と一緒に・・ましてや社長と一緒に仕事するなんて、恐れ多いこと、私にできるんだろうか。
でもでも、いち社員の私が、社長の頼みを断っていい訳がない。
「は、はい! よ、よ、よろしくお願いします」
私は、本日何度目かの深いお辞儀をした。
気分的には「ははー、社長サマー」とひれ伏したいくらいだけど。
顔を上げると社長はにっこり笑って、「ああ、よろしく」となんと手を差し伸べてくれた。
震える手で交わされた握手。
社長の手は大きくて、私の手なんてコドモみたいに小さく見えた。




