27 (隼一) 浩太のサンドイッチ
ピンポンとチャイムが鳴って時計に目をやると、正確に二十分後。
こいつのこういうところ、本気でサイボーグじゃないかと思う。
本人に言ったらめちゃくちゃ眉間にシワ寄せて怒られそうだが。
「おう。悪いな」
脳内の悪口は聞こえていたのか、すでに眉間のシワが激しい。
「弟の店で作らせてもらった。全く、人遣いの荒い奴だ」
そう言いながらもテキパキとキッチンから皿を出し、テーブルに美味しそうな朝食が並んだ。
「お。美味そう。さすがは浩太。汐崎も早く来い」
「え、と、とんでもないです。お二人でどうぞ。私は・・」
「俺はもう食べた。お前も早く食べろ」
「は、はい!」
仕事の時のような浩太の命令口調に汐崎は肩を震わせて従った。
「これが一番のオススメ」
エビとサーモンと玉子サラダいう最強トリオのサンドイッチを汐崎に手渡す。
「すみません。ありがとうございます」
お礼を言ってパクリと頬張り、もぐもぐと食べる姿を見て、なんだかホッとした。
食べ切ったので次はフルーツサンドを渡す。
汐崎は手にしたフルーツサンドをまじまじと見つめ、十秒ほどしてようやく口にいれた。
「・・・すごくおいしいです」と噛みしめるように味わってる。
それを眺めていた浩太が「おい」と、ティッシュで汐崎の口を拭う。
「クリームが付いてる。まったく、コドモか」
呆れたようにため息をつく。
しかし、その目は笑ってる。この顔は、浩太が妹に向ける時の顔だ。
こいつに似てなくてきゃぴきゃぴの女子大生の妹が言うには、「おにーちゃんは優しいのよ。あーんな顔してても、いっつも私達のことあれこれ気にかけてくれてるの」ということらしいが、こういうことか。
根っからの世話焼きアニキだな。浩太は。
腹が満たされると、汐崎はソワソワとしていた。
昨晩出したクリーニングはすぐに戻ってきて、汐崎は浩太が来る前からすでにビシッとスーツ姿に武装している。
「あの、桐谷さん、本当にご迷惑おかけして、すみませんでした。私、帰ります」
「そのことだが、話がある」
立ち上がろうとする汐崎を、ちょっと待てと再び座らせた。
「あのアパートには、戻るべきじゃない。また、こんなことが起こるとも考えられるし、何よりも・・俺が心配だ。
大事なうちの社員が、あんなセキュリティの無い所に居るのを許可できない。
今回は俺が間に合ったが、二度目は助けられないかもしれない。
ちゃんとしたところに引っ越した方がいい」
「あ・・の、でも、私、引っ越しは・・」
お金がないので・・と声が小さくなる汐崎。それはうすうす分かっていたので、構わず続けた。
「今と同じくらいの家賃でもう少し安全なところを探してやる。
だから、引越し先が見つかるまではここに住めば良い。部屋も空いてるし」
「そ、そんな、ご迷惑をお掛けするわけにはいきません!
あ、あの、私は大丈夫ですから・・」
汐崎は慌てて両手をぶんぶん振った。
「大丈夫じゃないから、お前はここにいるんだろ?」
浩太が片付けを済ませ手を拭きながらキッチンからスタスタやってきて、どかりとソファに座った。
長いソファで、距離があるにもかかわらず、隣に浩太が座って、汐崎は跳ねるように立ち上がった。
「は、はい!」
「お前一人の問題じゃないんだ。今回のことだって、桐谷が男に刺されていたらどうした? 会社が傾くぞ。お前は責任もてるのか?」
浩太が問うと汐崎はサアと顔を青くし、ガタガタと震えた。
俺は慌てて立ち上がり、浩太から汐崎を隠すように間に入った。
「おい、浩太、言い過ぎだ。俺のことはいい。
汐崎、・・汐崎?」
顔を伏せてしまった彼女の表情は見えない。
が、身体の強張りと震えは異常だ。昨日の恐怖が蘇ったのか。
「ごめんなさい、ごめんなさい、・・わ、わたし・・」
「汐崎、大丈夫だ。浩太のはそういう意味じゃない」
落ち着かせようと肩に手を置くと、ビクッと怯えて身をすくめ、後ずさる。
「わ、私に、なんか、さわっちゃダメです・・。ケガ、しちゃう」
「汐崎?」
「し、失礼します!」
汐崎は俺の手を交わし、足元の黒鞄をひったくるようにして肩にかけ、すばやい動きで部屋を出て行った。
逃げ出した、という表現がぴったりの動き。
あっという間の出来事に呆然としてしまった。




