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26 (隼一) 猫

腕の中の汐崎は、気を失うように眠ってしまった。

あんまり青白い顔をしているので、耳を近づけて呼吸しているか確認してしまったくらいだ。


力が抜けて少し重量を増した彼女の身体は、それでも軽く華奢だ。

男物のシャツから伸びる手足も細すぎる。

やらしい目で見る気になれない。子どもみたいな身体つきだ。

もう何年かすればイイ感じに成長するだろうか。

いや、このままの食生活だと期待できそうにないな・・。

もっと食わせないと。って何を考えてるんだ、俺は。


逸れてしまった思考を戻す。

汐崎を抱きかかえたまま携帯で警備会社に連絡を取り、汐崎の自宅から鞄を回収してくることを依頼した。警備員のチーフから、犯人を警察に引き渡したことを告げられる。

俺も先ほど聞いた事件の内容をチーフに話し、警察に伝えてもらうようにお願いした。

被害者の汐崎は疲労で眠ってしまったし、また同じ話をさせて怖がらせるのも可哀想なので、そこは上手くやってくれと頼んだ。チーフは顔馴染みの男なので話も早い。



さて、いつまでも抱きかかえられた姿勢は窮屈だろうし、ベッドに運ぶか。

今日のところは俺のベッドでいいだろう。

そっと降ろすと、もぞもぞと動き、丸くなった。

「・・・」

なんだ、この、かわいい動き。猫か。





*****


次の朝、開口一番の汐崎の言葉は「私のパソコン!」だった。

開けっ放しの部屋に放置してきたと青ざめる彼女に、でかい黒鞄を渡してやる。

知り合いの警備員に取りに行かせたと話すと、ホッとした顔で礼を言われた。


「あの、私、そろそろ帰ります。あの、本当にありがとうございました」

「ちょっと待て。あー、・・なんか食ってからにしろ。夕べも食べてないんじゃないか?」

そのままサササと帰ってしまいそうなので慌てて彼女を押しとどめる。


とにかく朝ご飯にしようと思うが、うちには飲み物くらいしか食料が無い。

それで浩太にいつも叱られるわけなんだが。


「ちょっと、待ってろ。今、朝ごはんが来るから」

「・・・いえ。あの・・」

遠慮がちな彼女の言葉を「いいから」と遮る。リビングのソファでテレビでも観ているように言い、寝室に移動して電話を掛けた。




電話先では相変わらずの低い声。顔は見えないのに、怒ってる顔が目に浮かぶとか、すごいな。

「・・・で? お前の為に、休日の朝っぱらから、サンドイッチ持ってお前の部屋に行けって?」


「・・ちょっと事情があって汐崎も一緒なんだ。二人前はいらないけど、フルーツサンドも頼めるか?」

「な、桐谷ッ、お前・・!」

「あー、違う違う。そういうのじゃなくて」

電話越しの声が、驚きと怒りと蔑みと・・何か色々なもので一層低くなるので慌てて否定した。


「・・汐崎が、昨日の夜、一人で帰って男に襲われかけたんだ」

「なんだって・・!?」

「ギリギリ助けられた。男はもう警察に突き出してある。

本人は平然としているが、あのボロアパートには帰したくない」

「・・・わかった。二十分で行く。コーヒーでも沸かしてろ」

「ああ、ありがとう」



電話を切ってリビングに戻ると、大きなソファの端に膝を抱えて座る汐崎が、大きな目でジッとテレビを観ていた。

たわいもない朝の情報番組には似合わない真剣さ。俺にも気づいていない様子。


「なんか面白い番組、あったか?」

隣に腰を下ろすと、ハッとしたように俺を見た。

「あ、す、すみません。あの、テレビは普段見ないので、すごく、新鮮というか、珍しくて・・」

「あー、汐崎の部屋、テレビなかったもんな」


はい、とリモコンを渡す。

「朝飯来るまで好きなの観てていいぞ。俺はネットでニュース読んでるから」


タブレットを見ながら、横目で汐崎を見る。

リモコンを受け取った汐崎は恐る恐るチャンネルを変えたり、表示を切り替えて天気予報を出したりしている。

あの目は、興味津々、な顔だな。

高校は寮だと言ってたから、各部屋にテレビは無かったようだな。

テレビの無い生活なんて考えられない・・。


あの何もない部屋で、一体彼女はどう生活していたんだろう。


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