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24(隼一) 助けを呼ぶ声

「今夜、私が死んだとしても・・」

汐崎の声が頭の中をリフレインする。ヤメロ、縁起でもない! それを必死で思考の脇へ追いやった。


ここから本社まで十分程度。

すぐに着く。そのまま汐崎のアパートに寄って、顔だけ見て帰ろう。

「どうしたんですか?」って聞くだろうが、それ以上は追求してこないだろう。


はやる気持ちを落ち着かせ、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

大丈夫だ。今日に限って、何かがあるわけじゃあるまい。


「頼む、急いでくれないか」

「わかりました」

ギュンとアクセルを踏み込む音が聞こえる。

落ち着かないまま、携帯を握り締め、外の景色を眺めた。





アパートに着くと、すぐに異変に気づいた。

玄関が開け放たれている。

中に、靴は無い。

部屋の中は真っ暗。

誰も居ない。

でも、汐崎のでかい鞄が、投げ出されたように畳の上に置かれていた。


「汐崎ッ!!」


俺はすぐさま走り出していた。会社への道を。

昨日も二人で歩いた道だ。


「汐崎! 汐崎! どこだ!?」


昨日は穏やかに見えた道が、真っ暗な犯罪のたむろする裏路地のように思えた。

道の脇に転がった黒のハイヒール。

飾り気のないそれは、おそらく彼女のもので間違いないだろう。

拾い上げる手が震える。


どこに行った?

連れてかれたのか?

鞄が部屋にあるということは、あそこに入った瞬間に抑えられた?

レイプが目的なら、その場で組み敷けばいい。だったら誘拐か?


「クソっ!」


奥歯をギリっと噛み締めた。何故、今日、彼女を一人にしたんだ。

何故・・



「・・!」

握りしめていた携帯に着信が入る。

公衆電話。公衆電話? 縋る思いで通話ボタンを押した。

走る足は止めないまま。


「・・・」

無言。イタズラか? いや、違う。

よく聞くと、女の微かな息遣いが聞こえた、気がした。


「汐崎!? 汐崎か?」

そんなわけない、そうであってくれ、そう思いながらも呼びかけた。


「・・・き、・・たにさん」

「汐崎っ! お前、今、どこにいる!?」


蚊の鳴くような声は、間違いなく彼女のもので、俺は興奮のあまり声が抑えられずに叫ぶように言った。


「かい、しゃ。したの・・、くるまのとこ・・。・・こわ、・・たすけ」

「すぐ行く! 待ってろ!」

ガチャン

無情な機械音に会話は遮断された。


「クソっ!」


だが居場所はわかった。うちの会社の地下駐車場だ。

すぐさまそこに向かった。


ハア、ハア、ハア・・

無我夢中で走る。こんなに全速力で走るのは何年振りだろう。





会社の地下駐車場を走ると、足音が響き渡る。



「汐崎ッ! 汐崎! どこだ!? 汐崎ッ!」

大声で叫びながら走る。車はまばらに数台しか停まっていない。

電話・・緊急用電話の近くか・・!?


「汐崎! いたら返事をしろ! 汐崎!」


「きり、たにさん・・、ダメ、にげて」

弱々しい声がした方をバッと振り返る。車の後ろにうずくまる人影が見え、駆け寄った。


汐崎はいた。

髪はほどけいて汗で顔に張り付いている。服は・・胸元のボタンが一つ飛んでいるが、それ以上の乱れはない。

青褪めた顔で、唇を震わせ、怯えていた。


「汐崎、大丈夫か?」

俺を見た汐崎が、目を見開き、金切り声で叫んだ。

「ッいやあああ! 桐谷さん、逃げてぇ!!」


反射的にハッと後ろを振り返る。刃物を持った男が俺に振りかぶろうとしていた。

護身術は幼い頃から身についている。

男の手を捻じり上げ、地面に叩き伏せ、腹に一発めりこませて気絶させた。




緊急時用の警備員に電話をいれて男を確保するよう依頼する。

それより汐崎の様子が心配だ。


「汐崎、もう大丈夫だ」

肩を掴んで声を掛けると、泣きそうに顔を歪めてイヤイヤと首を振る。


「ごめ・・なさ・・、呼んでしまって。ごめん・・なさい。

こ、こわくて。ご、ごめんなさい」


混乱しているのか、焦点の合わない目で俺に謝罪を繰り返す。

小さな体をさらに縮こめてガタガタと震えている。

顔を寄せ、視線を合わす。


「汐崎、俺は怪我してない。犯人は倒したから心配いらない。

お前は? 怪我はしてないか? 何があった?」


気持ちが急いて早口になる。汐崎の頬に手を滑らせた。薄暗い地下駐車場でも少し赤くなっているのが分かる。殴られたのか?

クソっ!

あの野郎。もっとボコボコに殴ってやればよかった。

とにかく、話を聞くのは後だ。今は落ち着ける場所に移動させないと。


「汐崎、会社の上は俺の部屋がある。とりあえず、そこに行くぞ」


顔を上げないままの汐崎をひょいと抱き上げ、駐車場からのエントランスのロックを開け、エレベーターで最上階に向かった。




恐怖で震えているのに、俺の腕の中にいるのに、汐崎は両腕で自分を抱きしめるように蹲っている。

まるで、俺のことなどまるで見えていないよう。

それが歯痒い。


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