13 (隼一) 眠る美少女
「あの、お連れさま、大丈夫ですか?」
さっきチラチラと汐崎に視線を送っていた大学生アルバイトが、性懲りもなく声をかけてきた。
「よろしければ奥の従業員室に仮眠スペースがありますけど」
「結構だ」
あっちへ消えろ、と付け加えたい気持ちを抑える。
奥の従業員仮眠スペースだと? そんなところに酔った女のコを寝かせておいて、俺達だけで飲み会やってろって?
馬鹿かコイツ。
その間に手ェ出してもいいですかねーって言ってんのか。いいわけないだろ。
睨みつけてやるとようやく諦めて戻って行った。
俺の膝の上で丸まるように眠っているのは、新入社員の汐崎鈴音。
十八歳の未成年。
激辛唐辛子を食べて、さらに水と間違えて焼酎を一気飲みしてぶっ倒れた。
コップに三分の一くらいだったから、急性アルコール中毒とかの心配はないだろうが・・。
「かーわいい寝顔ね。まるで純粋な少女に悪さしようとしてるワルい大人みたいよ、桐谷さん」
「捕まるのは勘弁してくれよ」
他人事のようにケラケラ笑ってビールを飲んでるこいつらは無視して、視線を落とす。
すうすうと寝息を立てて眠る姿は、子どもそのもの。
つるつるでぷるぷるのほっぺはほんのり赤く、閉じた目の睫毛は自前なのにくるんと長くて、グロスも塗ってない唇はうすピンク。
本気で美少女だな。
あんなフラフラな状態で「大丈夫です」って一人で帰ろうとするんだから恐ろしい。
ここの店員に目ェ付けられたのだって一ミリも気づいてなさそうだったし、こんな無防備で外に出たら襲われるぞ。全く。
まあ、先月までは高校生だったんだから仕方ないのか。
飲み会でのマナーや女性が注意すべき点も知らなくて当然だろうしな。
なんとなく、スーツを脱いで掛けてやる。小柄な汐崎は俺のスーツで足までスッポリ覆われてしまう。
「・・どうするんだ? それ」
「まあ、もう少し寝かせてやって、それから起こして家に送って行くかな」
「お前にしては珍しいな」
浩太が揶揄するように片眉を上げる。
「何がだ?」
「オンナに優しいなんて、珍しいな、と思っただけだ」
女・・。ああ、そうだな。確かに。
女はいつもメンドくさいばかりだから冷たくあしらってばかりだ。
でもコイツは、そういう女とは違うだろう。
「・・俺は子どもには親切だよ。
それに汐崎はこの一ヶ月一緒に仕事してきて好感度はかなり高い。
お前達もそうだろう?」
「まあな」
「がんばり屋さんだもんね、彼女。真面目に一生懸命やってる子は、やっぱり応援したくなるものね」
ふふふと笑っていた山本が目を伏せて、でも、と続ける。
「ちょっと、心配だわ。・・なんだか、頑張り過ぎっていうか」
「過労死するな、このままだと」
「・・・ああ」
やっぱり三人とも感じてたか。彼女の異様なまでの仕事への熱意を。
がんばろう、なんて可愛いものではなくて、無言で黙々とひたすら仕事をこなしていく姿からは鬼気迫るものを感じる。
「なにが汐崎をそうさせるんだろうな・・」
そっと頭を撫でてやると、少し俺の体にすり寄ってきた。猫みたいだ。
「採用試験の際の家族調査では特に問題無し。保証人の欄にも父親の名前が書いてある。
実家に借金があるわけでも金銭的に困難な訳でもない。・・まあ、書類上だから、家族間のトラブルなんかまでは把握できないがな」
「家のことを聞いた時、悲しそうだったとは思うけど、まだそんな踏み込んだ話できそうにもないし」
下手におせっかいすると逃げられそうだものねえ、と山本は苦笑いを浮かべる。
「そうだな。・・だが、このままほっといて、潰れるのを見てるわけにもいかない。少し、話してみるか」
「・・犯罪行為はするなよ、桐谷」
「・・・」
馬鹿な発言をする浩太に、週明けはうんと仕事を渡してやろうと決めた。




