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騎士ユリウスの文通  作者: やまだのぼる


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13/52

宿

 ユリウスがようやくベッドから起き上がることができたのは、宿の前で倒れてから三日も経ってからだった。

 それまでの間、宿に寝かされたユリウスは高熱に浮かされ、朦朧とした意識でわずかな清浄水だけを口にし、身体の中に入り込んだ瘴気の毒素と戦い続けていた。

 だが、その勝負は終わった。

 魔人との戦い同様、瘴気との戦いにも、ユリウスの騎士としての気高い精神は打ち克ったのだ。

 やつれた顔で上半身を起こしたユリウスを見て、宿の女中が慌てて主人を呼びに走った。

 すぐにやって来た主人は緊張に強張った顔で、部屋の外からおそるおそるといった態で呼びかけた。

「もし、騎士様」

 ユリウスが主人の顔をゆっくりと見る。

 主人はごくりと唾を飲み込んだ。

「お目覚めになりましたか。具合はいかがですか」

 主人の言葉に、ユリウスはわずかに頬を緩めて答える。

「すっかり世話になったようだな、主人。心配はいらぬ」

 そう言って、左腕を上げてみせる。

 腕の腫れはひき、“蜘蛛”の針の刺さった後はもう跡形もなかった。

「瘴気は去った。私は魔人になっておらぬ」

「おお」

 主人は安心した顔で息をつくと、ようやく室内に足を踏み入れた。

「騎士様。ご無事で何よりでございます」

「迷惑をかけた」

「いえ」

 主人は首を振り、外の女中を振り返る。

「食事をお持ちしましょう。騎士様に食事を」

「はい」

 返事をして下がろうとした女中に、ユリウスは声をかけた。

「ああ、すまぬ。ちょっといいか」

「はい」

 女中が振り返る。ユリウスは尋ねた。

「私宛ての手紙は届いておらぬか」

「手紙、ですか」

 若い女中は目を瞬かせる。

「うむ」

 ユリウスは頷く。

「王都からの手紙だ」

 三日も床に伏している間に、王都から次の指令が届いているかもしれなかった。

 ユリウスの脳裏を、山の街で見た悲惨な光景がよぎる。

 魔人を倒すのは当然のことだ。だが騎士は、それを素早く、被害が大きくなる前に成し遂げねばならない。

「どこかで魔人がのさばろうとしているのであれば、行かねばならぬ」

「そのようなお身体で。今ようやっと起き上がったばかりではありませぬか」

 主人が眉をひそめてそう言うと、ユリウスは首を振った。

「それが騎士というもの。私の存在する意義だ」

 そう言うと、ユリウスはもう一度若い女中を見る。

「頼む」

「分かりました。見てきます」

 女中は駆け出していき、しばらくすると一通の手紙を手に戻ってきた。

「騎士様宛のものが、一通だけ届いておりました」

「おう」

 ユリウスは手を伸ばす。

「やはり届いておったか」

「はい」

 女中の差し出した手紙を手に取り、ユリウスは表情を改めた。

「これは」

 王都からの手紙ではない。差出人は妹のルイサだった。

 やっと機嫌が直って、手紙をまた兄の旅先に出すようになってくれたのか。

「王都からのものではなかったな」

 ユリウスはやつれた顔を綻ばせて、主人に封筒を振ってみせた。

「妹からであった」

 それを聞いて、主人はほっとした顔をする。

「それはようございました。そのお身体で、魔人との戦いなど……騎士様がいくら我々とは鍛え方が違うとはいえ」

「明日には指令が来るかもしれぬ」

 ユリウスは言った。

「騎士とはそういうものだ。別にそなたが気に病むことではない」

 そう言うと、ユリウスは少し表情を緩めて微笑んだ。

「だが、主人。その心遣いには感謝する」

「騎士様はこの国の希望でございますゆえ。どうかゆっくりとご静養を」

 主人はそう言うと、女中とともに食事の準備のため、部屋から出ていく。

 一人になったユリウスは、ルイサからの手紙を改めて眺めてから、その封を切った。

 中には、もう一通の手紙が入っていた。

 それを見て、ユリウスは目を細める。

 期待していなかったと言えば、それは嘘になる。

 何度も繰り返し読み直したその字を、見間違えるはずはなかった。

 か細い繊細な文字から、書き手の可憐な姿が透けて見えるかのようだった。

 それは、シエラのカタリーナ嬢からの返信であった。



 手紙は、前回のもの同様、丁寧な時候の挨拶で始まっていた。

 それによれば、シエラはこれから冬に向かい、ますます寒くなってきているという。ユリウスが武術大会であの国を訪れたのはもうだいぶ前、徐々に暑くなり始めた季節だった。

 ユリウスはシエラの風景を思い出す。記憶に残るそれらの景色も、きっと今はまるで別の顔を見せていることだろう。

 手紙には、カタリーナの素朴な驚きと喜びの感情が溢れていた。

 まさかユリウスから返事をもらえるとは思っていなかったこと。

 手紙が届いた日はどうしてよいか分からず、一晩、封筒を開ける勇気が出なかったこと。

 読み始めてからも、ユリウスの温かい言葉に何度も涙で手紙が読めなくなり、中断しなければならなかったこと。

 二人の出会ったあの夜のことを思い出すと、今でも胸が高鳴ること。

 そして、いつかお会いする機会があれば、その時こそあの夜のお話の続きをしたい。手紙にはそう書かれていた。


 そうか。


 ベッドの上でその手紙を読みながら、ユリウスは思った。

 私の手紙は、きちんと役目を果たせたのだな。

 文章に込めた私の気持ちは、確かにカタリーナ殿の心に届いたのだ。

 ユリウスは、自分の書いた手紙を読むカタリーナの笑顔を想像した。

 一度しか会っていない彼女の控えめな笑顔を、ユリウスは今でも鮮明に思い出すことができた。

 苦労して書いた甲斐があった。

 カタリーナ殿の心を救うことができた。

 そう思うと、手紙を書き上げた時以上の満足感が胸にこみ上げてきた。

 ルイサに感謝せねばならぬ。

 同封されていたルイサの手紙の、前回と変わらぬそっけない文面を見ながら、ユリウスは考えた。

 やはりきちんと返事を出してよかった。

 それから、カタリーナの手紙の最後の文面を読み返す。

 いつか会うことがあれば、その時はあの日の会話の続きを、か。

 それもよい。その思いを互いに抱き続けることができれば、再会した時の喜びは何にも勝るだろう。

 だが、それまで待たねばならぬのだろうか。

 カタリーナ嬢のことを知るためには、いつとも知れぬ再会の時を待つしか術はないのか。

 ユリウスは、手紙をじっと見つめた。


 いや。


 ユリウスは首を振ると、ベッドを下りた。

 歩くと、足が少しふらつく。

 瘴気には打ち克ったとはいえ、身体が万全の状態を取り戻すにはまだしばらくかかるようだ。この状態で魔人と戦うとなれば、死を覚悟して剣を振ることになるだろう。

 次の指令がいつ届くのか、それは分からない。だが、まだ少しは時間がある。

 ユリウスは部屋の戸口から、主人を呼んだ。

 直ぐに姿を見せた主人に、ユリウスは頼んだ。

「手紙を書きたいのだ。封筒と便箋を用意してくれぬか」





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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり手紙は返事があると書いた甲斐があったと思えますもんね。そしてその満足感が、また次の手紙を書こうという意欲になる……二人の文通が自然に始まっていく様子を感じられたのが良かったです。
2021/12/17 01:02 退会済み
管理
[良い点] 正気を保てた。 文明の段階に比べてしっかりとした手紙の文化がある国なんですな。 通信網が魔人の発券撃退にも寄与しているのかも
[一言] カタリーナ嬢宛の色々と不自由な手紙だけが届いたらまたルイサさん怒り狂いそう…。 手紙の返事が来た時の喜びと来なかった時の不安・心配が身に染みてわかるようになると良いんですけど(相手の立場に…
2021/12/15 04:26 退会済み
管理
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