第9話 がっかり
「それでは、この辺りで披露するのです」
討伐目標がいる森から少し離れた原っぱで、もくれんが召喚書を出現させた。
今日はデイジーと組んでから初めての魔物討伐。加えて、街中では見せられないもくれんの召喚獣を初めてデイジーに見せる日でもある。
「ついに猫の召喚獣が見れるんですね!」
キラキラした目で、デイジーが言った。多分呼び出すのは怪物の方なので、まぁその、うん。何も言えない。
「それではお見せするのです。出でよ、ねこすけ!」
もくれんの体と召喚書がぼんやりと青白く光り、草の上に怪物ねこすけが召喚される。
「…………え?」
困惑した様子で目をぱちくりとさせるデイジー。そりゃそうなるよね……
「あの……これがもくれんさんたちの世界の猫なんですか?」
「違う、絶対に違う!! これは猫じゃなくてこの子の狂気が生み出した怪物だから!!」
「ひどいのです。ねこすけは見た目はちょっと変だけど、ネコさんには違いないのです」
「ネコォー」
「いい加減猫じゃないってことを認めなさい。それか、他の猫を召喚しなさい」
「ちゃんとした猫の召喚獣がいるんですか?」
「ねこすけもちゃんとしてるのです」
「黙れ。このねこすけ以外は私がデザインしたから、猫に見えると思う。うん、見える。見えるよね?」
「大丈夫なのです、見えるのです。突然自信を無くさないでもらいたいのです」
「それじゃあ、試しにびりねこ召喚してみて」
びりねこ。雷というか電撃を操る猫型召喚獣。元々はサンダーキャットという名前だったけど、召喚武器ナノデス・シリーズの命名権と引き換えに猫シリーズの命名権をもくれんに渡してしまったので、びりねこが正式名称となってしまった。ひどい話である。
「召喚したい気持ちはあるのですが、念のため魔力は温存しておきたいのです」
「この後すぐに魔物討伐なんだから、役に立ちそうなびりねこは今のうちに召喚しても良いんじゃない?」
「今日討伐する魔物は素早いオオカミさんなのです。びりねこの電撃はそういう動き回る相手には当てづらいのです」
「意外だわ……」
攻撃のスピードが速いから、てっきり素早い相手には有効だと思い込んでた。でも言われてみると、射撃に近い攻撃なんだから命中率は低くて当然であり、下手したら私に攻撃が当たる可能性もある。こりゃ、召喚しない方が得策かな。
「というわけでデイジー、猫の召喚獣は魔物の討伐が終わった後で良いかな?」
「は、はい。残念ですけど」
がっかりした様子で、デイジーがぎこちなく微笑む。これは他の召喚獣も期待していない表情だ!
「それじゃあ、私も準備しますね。ちょっと待っていてください」
そう言ってデイジーは、背負っていた盾とバックパックを地面に下ろす。これだけの大荷物をここまで運んだあたり、体力も筋力も十分にあるんだろう。頼りになりそうだ。
「私たちも準備しよっか。今日はナノデス・ランスで行くよ」
「まっくろ剣じゃないのです?」
「その名前は使用禁止! ナノデス・シリーズの命名権は私のものなのです!」
「わかったのです。うるさいのです」
少し不服そうなもくれん。どうやらお互い、名前には尋常じゃない拘りがあるようだ。譲歩し合えるよう、何かルールを作るべきかもしれない。
「それで、どうしてランスなのです?」
「今日はデイジーが前衛になって魔物を引き付けるはずだから、射程の長い武器で攻撃したいんだよね。そっちの方が安全だし、邪魔にならないと思う」
「先生がそれでいいなら、まっくろ槍」
「ナノデス・ランス!」
「……ナノデス・ランスを召喚するのです。でも、先生の魔物寄せの加護が効いてないわけじゃないので、気を付けて欲しいのです」
「わかってるって。デイジーに任せすぎないで、ちゃんと魔物の動きを見るから」
「それならいいのです。では、槍を出すのです」
もくれんが左手を地面に向けると、青白い光と共に黒い槍が現れた。ナノデス・ソード同様、刃の部分に触れると局所的壊死が起きるナノデス・シリーズ第二号、ナノデス・ランスである。リーチは長いが重量は軽く、大抵の魔物の外皮を貫通することが出来る。我ながら、便利な武器をデザインしたもんだ。
「槍は使うのが難しいと思うのですが、ちゃんと使えるのです?」
「大丈夫。こうやって両手で持って、狙いを定めて、こんな感じで突き出す!」
「へっぴり腰なのです。隙だらけなのです」
「今日はデイジーが魔物の攻撃を受けてくれるからいいの! 今日の私はノーダメで行く予定だから!」
もくれんは得心が行かないといった表情を見せる。どうやらデイジーのタンク性能と私の槍スキルを信用していないらしい。
「初めてだから不安になるのはわかるけど、もうちょっとデイジーの活躍を期待しても良いんじゃない?」
「先生に付与した魔物寄せの加護は強力なのです。デイジーがそれ以上に魔物をおびき寄せられるとは思えないのです」
「……私の加護、そんな強いの?」
「左様なのです」
「左様って……」
貧相ボディであるもくれんに攻撃が行かないよう、『健康』の加護がある私に敵を集中させる方針は理解している。だけど容赦も躊躇も無さ過ぎる気がしてきたんですけど!?
「でも、デイジーが上手く立ち回るかもしれないし……とりあえず今日はこれで行くわ」
「くれぐれも気を付けるのです。先生が襲われすぎると、デイジーはきっと落ち込むのです。それは可哀相なのです」
「初日から失敗するのって、相当メンタルに来るからね……」
私はデイジーの方を見る。失敗してもお姉さんは許すから安心して……
「……ん!?」
「どうかしたので……むぅ……」
準備を終えつつあるデイジーの姿に、私は思わず眉をひそめてしまう。ちらりともくれんを見ると、彼女も怪訝な表情を浮かべていた。
「あれは……何?」
デイジーは頭巾と一体化した妙な服を上半身に着こんでいた。材質は布では無く、どうやら金属のようだ。
「あれはチェインメイルなのです。くさりかたびらとも言うのです」
「ああ、聞いたことある。実物ってあんなのなんだ……」
チェインメイルに覆われたデイジーの頭部は、目の周りだけが露出している状態である。胸部が大きく膨らんでいるから女性であることは分かるのだけど、彼女が持っている色気は完全に失われていた。
完全に、失われていた……!
「……ねぇ、もくれん。あれ、どう思う?」
「がっかりなのです。デイジーの魅力が台無しなのです。脱がせるのです」
「私もそう思うけど、話を聞いてからにしよう。チェインメイルを着た方が防御力が上がるとか、理由もあると思うし」
「防御力が上がるのは当然なのです。でも防御力より可愛さなのです。私のパーティは可愛さ第一主義なのです」
怪物を使役してるのに?
「そっちの主張も分かるけど、あっちの事情を確認してからね」
私は頭巾マンと化したデイジーに歩み寄り、声を掛ける。
「あの、デイジー。それは……チェインメイルってやつだよね」
「はい」
ニコニコした目付きでデイジーが答える。自分の格好に疑問を抱いて無いご様子。
「それって……着ないとダメなのかな?」
「すみません、これが無いと魔物の攻撃を防げないと思うので……」
「そうだよね、うん。大丈夫、大丈夫だから……」
「はい……?」
私はデイジーからゆっくりと離れ、もくれんの近くに戻る。
「脱がすの可哀相だわ」
私は小声で、もくれんに伝える。
「脱がすのです。見た目が一番なのです」
もくれんも小声で応える。デイジーに会話が聞こえないよう配慮したことに、私はちょっと驚いた。他人への気遣い出来るんだ……
「でも魔物の攻撃で大ケガさせるわけにもいかないでしょ。最初なんだし、あの子が安心できるようこっちが譲歩しなきゃ」
「先生はあの見た目で良いと思っているのです?」
「いいわけないでしょ。でも、今日は我慢しよ? 初日は楽しく前向きに行かないと、新人は定着しないから」
「なんか大人の理屈なのです」
「大人だからね、お姉さん、一応社会人だからね。もう1か月以上無断欠勤してるけど」
「仕方ないのです。今日だけは我慢するのです」
「えらい。かわいい」
「えへへなのです」
もくれんがアホな笑顔を見せる。うん、可愛い。コイツ見た目だけは可愛い。
「よし」
私は普通の声量でそう言って、デイジーの方を向く。
「デイジー。今日はその装備で頑張ってみよう。もしかしたら私たちの戦闘スタイルと合わないかもしれないけど、その時はその時で、何か改善案を考えればいいから」
「は、はい! よろしくお願いします」
頭巾マンが深々と頭を下げる。巨乳美少女が見る影も無いのは、非常にがっかりである。でも私が魔物に噛まれないのなら、それも許容すべきことかもしれない。
「それじゃあみんな、忘れてることは無い?」
「大丈夫なのです」
「ネコネーコ」
「だ、大丈夫です」
「それじゃあ目的の魔物討伐地点まで、デイジーを先頭にして行ってみよう。ゆっくりで良いからね」
「は、はい! ゆっくり、落ち着いて行きます」
そう言ってデイジーは私たちに背を向け、ゆっくりと進み始めた。
もちろん、目的地とは全く違う方向に。
「デイジー。あっちね」
「ああぅ……ごめんなさい……」
しょんぼりした声を出して、デイジーが私の指差す方向へと改めて歩き出す。頭巾マンだから可愛く見えないけど、普段の服装なら可愛く見えたんだろうなと、思わずにはいられない。
「…………」
「どうしたのです、先生?」
「脱がしてぇ……」
「先生はときどき本気で怖くなるのです」
脱がしてぇ……




