第14話 踏み出したその先
「それでは、召喚するのです」
デイジーの部屋に集まった私たちは、ようやく完成させた召喚盾を呼び出そうとしていた。
参考資料として武具屋で色々な盾を調査したり、デイジーが納得できるデザインを考えるのに苦労したりで日数はかかってしまったけれど、ついに結実の時を迎えたわけだ。達成感あるわー。
「むむむむ……」
右手に召喚書を持ったもくれんが、テーブルをどけて確保したスペースに左手を向ける。そしていつもの青白い光が床の上に集まり、盾を形作っていく。
「出でよ、召喚盾……まもるくん!」
「ザ・マジックシールドッ!!」
「デ、デイジーシールド!」
各々が召喚盾の名称を口にした直後、円形の盾が現れた。どうやら召喚成功みたい。それはそれとして、命名権についてはちゃんとルールを決めないと後で絶対ケンカになるわ。
「成功なのです」
「成功……なんでしょうか?」
デイジーが直径1メートルの盾をしげしげと見つめる。表面は金属質な鈍色で、これは頑丈そうな見た目を考えた結果だった。盾の前面はなだらかな曲面を持ち、花をイメージした幾何学模様が彫られている。
そして中央には、白いデイジーの花。盾の使用者を示すエンブレムであり、優美さを表現するアクセントでもある。デイジーのための盾だから、可憐さも必要だと考え頑張って描いたのです。
「これ、持ってみてもいいですか?」
「どうぞなのです」
床に膝をついたデイジーが、両手でそっと盾を持ち上げる。
「すごい軽いですね」
デイジーは盾を持ったまま、すっと立ち上がった。そして、盾の背面を確認する。
背面は前面に沿って窪んでおり、両手で握れるよう、長い持ち手が付いている。デイジーはその持ち手を右手で掴み、盾を上げ下げしたり、構えたりした。
「とても使いやすい気がします。でもこれだけ軽いと、強度が少し心配ですね……」
「設定では『すごく軽くて頑丈な魔法の金属で出来ている』ということにしたけど、それがどこまで反映されてるかは確かにわからないね」
「それなら、鑑定屋さんに調べてもらうのです」
「鑑定屋?」
もくれんが聞きなれない職業名を言ったので、私は聞き返した。
「鑑定屋さんは冒険者地区にある、武具や道具の性能を調べてくれるお店なのです。一度行ってみたかったのです」
「でもそれってお金かかるんでしょ? いいの?」
「盾を買うお金が浮いたので、サービスなのです。それに私の召喚がどれだけ強い防具を作れるか知りたいのです。社会科見学なのです」
つまりどういうことだよ。
「まぁ、とりあえずその鑑定屋にザ・マジックシールドを調べてもらおっか。実戦で使うんだから、性能はちゃんと知っておいた方が良いし」
「そうですね。ぜひお願いします」
「まもるくんなのです」
そんなホームセンターで売ってそうな名前は却下だ却下!! ナノデス・シリーズを見習え!
「あ、そういえば」
「どうかしたのです?」
「私のナノデス・ソードの性能、調べてないよね」
「それはもう使えるのがわかってるからいいのです。調べるのはお金の無駄なのです」
「でも念のため」
「お金がもったいないのです。だけど、先生のおこづかいでやるなら止めないのです」
「じゃあやめとこう」
「はいなのです」
「それなら、私が先生の分の鑑定料を」
「ダメなのです。先生は甘やかすと調子に乗るのです。そのうちエッチなことを要求するようになるのです」
「……そうなんですか?」
「そんなわけ……いや否定しきれないな……」
「じゃあ、やめときますね」
デイジーの微笑みが、どこか冷たく感じた。
「それでは気を取り直して、鑑定屋さんにレッツゴーなのです」
「はい! なのです!」
「……なのです」
なんだこれなのです。
**********
奇妙な調度品がたくさん飾られている、薄暗い店内。
私とデイジーは椅子に座って、召喚盾の鑑定が終わるのを大人しく待っていた。
「むむむ……これはちょっと欲しいのです……」
そんで、もくれんは棚に置かれていたガイコツのランタンらしきものに心を奪われていた。中学生か。見た目は小学生だけど。
「終わったよ」
カウンターの奥から、やさぐれた雰囲気のお姉さんが召喚盾を持って出てきた。
「鑑定屋さん、このガイコツはおいくらなのです?」
「それは売り物じゃないよ。あとそれ、その辺の雑貨屋で売ってるから」
「どこの雑貨屋さんなのです!?」
「そんなことはどうでもいいから、まずは召喚盾の鑑定結果を聞こう」
「どうでもよくないのです」
「それは後で聞きましょう、もくれんさん。私も、先に鑑定結果が知りたいです」
「むぅ、仕方ないのです。私はおしとやかなので我慢もできるのです」
私たちのやり取りに呆れてか、鑑定屋さんが溜息をついた。手入れがされていない様子の長髪が薄明りの中で揺らめき、妖しげな店内の雰囲気と相まって独特の魅力を醸し出す。鑑定屋さん、なんかいいなぁ。今度絵のモデルになってくれないかしら。
「それで、結果はどうだったのです?」
もくれんと私、そしてデイジーは、カウンターの前に集まる。鑑定屋さんは召喚盾をカウンターの上に置き、その表面を華奢な右手で撫でた。ちょっと色っぽい。
「まったく、転移者ってのはデタラメなものを容易く作ってくれるよ」
「つまり、すごかったのです?」
「強度については30万サークルくらいの、鋼鉄製の盾と同程度ってところだね。でも、この強度にしては信じられないくらい軽い。人の手では、このレベルの盾は作れないね」
「ということは、神器並ってことですか!?」
デイジーが興奮気味に言った。
「神器ってなに?」
「ダンジョンなどで時々発見される、神々が作った武具や道具のことです。人間では作れない、強力な装備なんですよ」
「それと同じレベルって、ちょっとおかしくない?」
「おかしくないのです。私の加護は、そういうものなのです」
「えー。どういうものなのです?」
コン、コン、と鑑定屋さんが拳で盾を叩いた。一同、一旦黙れということだろうか。
「お嬢ちゃんの言うことも」
「お嬢ちゃんなのです。えへー」
ゴン、ゴン、と鑑定屋さんが拳で盾を叩いた。もくれん、黙れ。
「お嬢ちゃんの言うことも間違ってなくてね。転移者が使う転移加護ってのは、神々の力をこの世界の人間以上に引き出せる。もしその力で何かを作るのなら、それは神が作った神器に近いものになる。たとえそれが、召喚で出したものでもね」
「そんな凄いんだ、転移加護……」
でもよくある転生チート能力と比べると弱い気がする!
「それでは、この盾は完全無欠の最強盾ということでいいのです?」
「弱点はあるよ。お嬢ちゃんの加護で召喚した以上、維持するのには魔力が必要になる。お嬢ちゃんの魔力残量が少なくなれば、盾の強度が落ちるか、あるいは消えるか。どちらにしても、魔力切れには気を付けないとダメだね」
「気を付けるのです」
「それと、魔物寄せの効果だけど」
魔物寄せ。デイジーが盾役となる以上、召喚盾には私に付与された魔物寄せの加護よりも強力な魔物吸引力が求められる。なので「念じると魔物の注意を盾に集中させることが出来る」という設定にしておいたんだけど、果たして機能しているのだろうか。
「アタシじゃ大した効果は出せなかったけど、誘引系の技能を持ってる人間や、魔物に狙われやすくなる加護を付与された人間なら、実用的な効果量になるはずだよ」
機能してるっぽい! つまり魔物に噛まれる日々にグッバイさよならバイバイ!!
「ということは、ユリサキ先生が使えば魔物をたくさん集められるということなのです?」
「これ以上私をオトリとして酷使するのはやめてくんない?」
「大丈夫ですユリサキ先生。これで次からは私がおとり役になれますから」
「念のため聞くけど、デイジーは誘引系? の技能って持ってるの?」
「もちろんですよ。学校でちゃんと教わりました」
「でもこの前は、私に魔物が集中してたよね?」
「それはその、ユリサキ先生の加護が強かったので……」
これ、デイジーが召喚盾を使っても魔物が私に向かってくる可能性があるのでは?
「まぁ、仲間を守りたいと思うんなら技能はちゃんと磨いておくんだね。半端な冒険者じゃ、転移者の足手まといになるだけだからね」
「は、はい。頑張ります」
鑑定屋さんのありがたいお言葉を素直に受け入れるデイジーちゃん。その前向きさがあれば、多少の問題があっても成長が解決してくれるんじゃないかと期待しちゃう。がんばれデイジー、私の身の安全のために。
「この盾について、他に気を付けないといけないことはあるのです?」
「そうだねぇ……この手の魔法盾の類は術者の状態に左右されるから、正直、不確定な部分が多くてねぇ」
「ということは、私が毎日元気なら問題は無いということなのです?」
「それはそうかもしれないけど……まぁ、それでいいや」
鑑定屋さんが面倒臭そうな様子で言った。そうだよね、このロリガキの相手、やっぱ疲れるよね。
「これでこの盾が素晴らしいものだというのが保証されたのです。あとは名前を決めるだけなのです」
来たか! 私が身構えると同時に、デイジーも身構えた。
「名前は分かりやすくまもるくんで」
「ザ・マジックシールド!!」
「デイジーシールドにしましょう!」
「召喚するのは私なので、私に命名権があるのです」
「いや、設定を考えたのはほとんど私だから、当然命名権も私にあるはず!」
「こういうのは使う人が名前を決めるのが一番だと思うんです!」
「アンタら、そういう話は鑑定料払って店から出た後にやってくれない?」
心底迷惑そうに、鑑定屋さんは苦言を呈したのだった。
**********
数日後の午前。
私はデイジーの先に見える薄暗い森を注視しながら、ナノデス・ソードを握り締めていた。
デイジーが仲間となってから、2度目の魔物討伐。デイジーはあのクソダサくさりかたびらではなく、動きやすい軽装とデイジーシールド(話し合いの結果、使用者が命名権を持つのが一番争わずに済むという結論になった)の組み合わせで、魔物を待ち構えている。
この数日間、デイジーは新しい盾を上手く扱うために頑張って訓練した。だけど実戦でちゃんと動けるかどうかは、未知数だ。
どうか、上手くいって欲しい。
「来ました!」
デイジーの声とほぼ同時に、私も魔物の動きに気付く。
狼型の魔物、5体。そのうち3体はデイジーに向かい、1体は私に向かってきた。残り1体はねこすけの餌食になった。アイツ、やっぱヤバい。
素早く動く魔物が私の眼前に迫るが、1体だけなら余裕である。身をかわしながらの、一刀。ナノデス・ソードに両断された魔物は、魔力の粒子となって霧散していく。
さて。こっちは良いとして、向こうは……
「えいっ!」
デイジーが突進してくる魔物に合わせて、盾を突き出した。魔物は弾き飛ばされて宙を舞い、地面へ着くと同時にねこすけの攻撃を受け、倒される。
息をつく間もなく、別の1体がデイジーに襲い掛かる。デイジーは即座に盾を構え直し、その攻撃を受け止める。そして、すぐにねこすけが魔物の首に噛みつき、仕留める。
防御特化のデイジーと、攻撃特化のねこすけ。これは、かなりいいコンビネーションだわ。私もデイジーに敵が集中しすぎないような役割を果たしてるみたいだし、全員が能力を活かせてるんじゃないかしら。
残る1匹もデイジーとねこすけの連携によって難なく倒され、無事私が噛まれることなく、魔物を一掃することが出来たのだった。
「おつかれさまなのです、先生」
もくれんがのんびりと歩いてきた。何もしてないようで、ねこすけと武具を召喚した一番の功労者なのはわかっている。でもやっぱなんか苦労してない感じがちょっとムカついちゃう!
「ねこすけとデイジーもおつかれさまなのです。デイジーは本当に見違えたのです」
「は、はい! ありがとうございます!」
デイジーが私たちの方に駆け寄りながら言った。厚手の布越しの胸は、サポーターのようなものを装着しているのか、少ししか揺れてくれない。でも動きすぎると痛いだろうし、そこは妥協しましょう。オフの日は頼むよ。
「私、冒険者としてこんなに活躍できたの、初めてかもしれません。お二人とねこすけさんのおかげです」
「ありがとうございます」と、デイジーが頭を下げた。
「顔を上げるのです、デイジー。確かに私たちのおかげですが、私たちの仲間になると決断したのはデイジーなのです。デイジーも頑張ったのです」
「もくれんの言う通りだわ。デイジーが勇気を出して私たちに声を掛けたから、今こうして、上手くやれてる。最初の一歩は、デイジーが踏み出したんだよ」
「……はい!」
デイジーが、万感の思いが込められたような笑顔を見せる。
その可愛らしくも美しい表情は、デイジーシールドをデザインした報酬として、十分すぎるものだった。
「それじゃあ今日のお仕事は終わったので、ファミレスにでも行くのです。おごるのです」
「デザートも頼んでいいですか?」
「いいのです。でも2つまでなのです」
「3つは多すぎだからね」
「わかりました、我慢します」
「ネコー」
「……言っとくけど、ねこすけは店に入れないからね」
「ネコー……」
そうして青空の下、私たちは談笑しながら街へと歩き出した。
新しいスタートを切れた、その嬉しさのままに。




