第13話 怒れる乙女と肖像濫用者ども
とある昼過ぎ。
私ともくれん、そしてデイジーは、街の外にある穏やかな野原へとやってきた。
「それではデイジー、今日は私の新しい召喚を御披露するのです」
「次はどんな猫ちゃんなんですか?」
「今日のはネコさんじゃないのです。防衛人形なのです」
「防衛人形?」
デイジーが首をかしげる。
「はいなのです。ユリサキ先生を守る人型の召喚物なのです」
「ゴーレムみたいなものですか?」
ゴーレムいるんだ、この世界。時々普通のファンタジーが混じるのなんなの?
「そんな感じなのです」
もくれんが嘘をついた。いや、本人としては嘘をついてるつもりは無いのかも。使役され動く人型の物体という意味では同じだから……同じなのかなぁ……
「おととい、ユリサキ先生から聞いたのです。デイジーは新しい盾を買うまで、チェインメイルを使うつもりなのですね?」
「は、はい。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、少しだけ待っていただければ」
「その気持ちは尊重したいのです。でも、今のデイジーだけでは正直ユリサキ先生を守り切れないのです。先生が魔物にがぶがぶ噛まれちゃうのです。少しだけ可哀相なのです」
「大いに可哀相だと思ってね」
「なので、先生が噛まれないように防衛人形を召喚することにしたのです。デイジーの役割をちょびっと取っちゃうかもしれないのですが、大丈夫です?」
「はい。ユリサキ先生のためなら、大賛成です」
やさしい。これから見せるもののことを考えると、罪悪感が湧いちゃう!
「デイジーの許可も得たのです。では、いよいよお見せするのです」
そう言ってもくれんは召喚書を現出させ、ページを開く。いつもの青白い光が集まり、私たちの目の前で人の形を成していく。
「出でよ、にせデイジー!!」
「違う! ドッペルデイジーー!!」
私ともくれんは大声で防衛人形の名前を口にした。
そして、青白い光が肌色の肉体へと変化する。
「…………え?」
召喚に成功した防衛人形の姿を見て、デイジーが呆気にとられる。
「………………な、なななななななななな!? なん、なんなんなんですかこれはっ!!??」
思考が戻ったのか、顔を真っ赤にして慌てふためくデイジーちゃん。
「にせデイジーなのです」
「ドッペルデイジーです! そんなダサい名前は却下です!」
「わかりやすい名前の方がいいのです」
「名前なんてどうでもいいですっ!! なんですかこの、これはっ!?」
デイジーが震える手で防衛人形を指差す。
防衛人形・ドッペルデイジー。
デイジーの顔とデイジーより少し大きめの胸を持ち、赤いビキニアーマーと大きな盾で武装した、人間そっくりの召喚兵器。その露出肌面積は、デイジーの数倍にも及ぶ。
「なんで私の顔なんですか!? それに、この恥ずかしい格好はどういうことです!?」
「説明するのです。まず顔がデイジーなのは、かわいいからなのです」
「そんな理由で!?」
「いや、見た目はかなり重要だって。デイジーとシンメトリーになるし」
「なりませんよ!?」
「ふむぅ。顔の造形はよくできてるのですが、表情に変化が無いのです。残念なのです」
ドッペルデイジーの顔を観察しながら、もくれんが言った。
微笑を浮かべたまま、口もまぶたもその他表情筋も一切動かさないドッペルデイジー。猫シリーズに比べると、生命らしさはまったく感じられなかった。
その原因は私の画力が乏しいせいか、あるいはもくれんの魔力が足りないせいか。それとも人間そっくりなものは召喚出来ないみたいな、召喚加護の制限があるのだろうか。
なんにしても表情豊かなデイジーとは大違いで、そこは改善したいところだった。
「表情パターン作ってみる?」
「やってみてもいいかもしれないのです」
「良くないです!! やめてくださいっ!」
若干涙目になりつつあるデイジー。かわいそうになってきたけど、私たちもここで折れるわけにはいかない。
目的のために、もっと嫌がってもらわないと。
「それよりもその! あのっ! 水着みたいなのっ!!」
「これはビキニアーマーなのです。私たちの世界にある想像上の鎧なのです」
それは世界にあるとは言わないのでは?
「軽くて動きやすいから前衛の戦士におすすめの装備なのです。定番なのです」
「こんなの鎧じゃないです! 攻撃が防げませんよ!」
正論。
「にせデイジーは防御人形なので素肌の耐久力もすごいのです。だから鎧は機動力重視にしたのです」
というのは理由の2割で、理由の8割はビキニアーマーをデイジーの体に着せたかったからである。
「でも、思った以上に体が硬いみたいなのです。おっぱいが揺れないのです」
もくれんがドッペルデイジーの胸をべしべし叩いたけど、乳房はぜんぜん振動しなかった。どうやら柔らかさは再現できなかったようだ。ちぇ。
「私の胸をいや私の胸じゃないんですけど、とにかく叩かないでください……お願いしますから……」
デイジーの声に憔悴の色が混じってきた。そろそろ交渉の頃合いかしら。
「それでさ、デイジー。この防衛人形ドッペルデイジー」
「にせデイジーなのです」
「ドッペルデイジーを使うのに、賛成してくれる?」
「するわけないじゃないですかっ!!」
明らかに怒っている表情でデイジーが私を見る。
やだ……新鮮。
怒った顔も凛々しくていいわ。
「私としては、デイジーがちゃんと私を守れるなら、これを使わなくても良いと思ってる。だから、提案があるの」
「なんですか」
「もくれんが、デイジーのために新しい盾をプレゼントする。その代わり、デイジーはあの重そうなクソダサチェインメイルを着ない。それでどう?」
「えっと……それって、もくれんさんが損するだけじゃないですか?」
「金銭的には損なのです。でも、かわいいパーティーを作れるなら価値ある出費なのです」
「だけど盾は安いものじゃないですし、そんな借りを作るわけには……」
「じゃあドッペルデイジーを使うってことで」
「にせデイジーなのです」
「それだけはイヤです!! あぁもう、まったくもう……」
デイジーが疲れ切った溜息をつく。
「わかりました、買ってください。ご厚意に甘えて、新しい盾をプレゼントされます。チェインメイルも脱ぎます。それでいいですか?」
「いい?」
私はもくれんの方を向く。
「いいのです。交渉成立なのです」
「よし、話はまとまったね。よかったよかった」
「あの、それなら早く、その恥ずかしい人形を消してもらえますか……?」
「その前に動きのチェックをしたいのです」
「消してください」
「消すのです」
怒気のこもったデイジーの声に気圧されたのか、もくれんは素直にドッペルデイジーを消した。私と違って、デイジーはもくれんに逆らえるんだよねぇ……
「はぁ……」
「疲れた?」
「疲れました。すんごい、疲れました」
「幻滅した?」
「しました。すっごい、幻滅しました。お二人がこんなにヒドい人たちだなんて、知りませんでした」
「そう。良かった」
微笑む私を、デイジーが怪訝そうに見つめる。
「どうして嬉しそうなんですか?」
「デイジーに私たちの悪い面を知ってもらえたから。デイジーはさ、私たちの良い面を見過ぎだったと思うんだよね」
「それは……そうかもしれません」
「私たちはそんな立派な人間じゃないのにさ。それに他人の良い面ばかり見てると、時々自分が情けなくなる日もあるでしょ?」
「ないのです」
「黙れ。だからさ、少し幻滅してもらえたのは、むしろ良かったと思ってる」
「少しどころじゃないです……」
「でも、パーティーを抜けるほどじゃないでしょ?」
「それはそうですけど……だけどあの人形をまた呼び出したら、考えますから」
「それは気を付けるし、気を付けさせる」
「デイジーが嫌なら、にせデイジーは封印するのです。よっぽどのことがない限り、使わないのです」
「お願いしますね……」
「約束するのです」
もくれんが屈託の無い笑みを見せる。素直な時は本当に可愛いんだよね、この子……
「よし。それじゃあまだ時間あるし、早速街に戻って盾を買っちゃおうか」
「そうするのです。でも、出来るだけ安いのでお願いしたいのです」
「ケチ臭いこと言わないの。私なんて、原価ゼロの武器で……」
その時、不意に思い付いてしまった。
「ねぇ、もくれん」
「なんなのです」
「さっきさ、ドッペルデイジーと一緒に盾も召喚したよね」
「にせデイジーなのです」
「あれって、使えない?」
「おお、そういうことですか。たしかに、魔法の盾を使えば安上がりなのです」
「魔法の盾!?」
デイジーが驚きの声と共に食い付いてきた。
「出せるんですか!?」
「当然なのです。さっきも出したのです」
「それが出来るんなら、最初から盾だけ出してくださいよっ! なんであんなのも一緒に出したんですかっ!?」
「ごめん。私ももくれんも、盾だけの召喚なんて思い付かなくて……」
「とにかく! 魔法の盾が使えるのなら、それを使いたいです!」
どんどん声が大きくなるデイジーさん。ちょっと頭に血を上らせすぎたかもしれない。
「わかったわかった。デイジーが納得できるデザインの盾を作るから、その、落ち着いて、ね?」
「お願いしますからね!」
そう言うとデイジーは私たちに背を向け、1人で街の方へと歩いて行った。
「……怒らせすぎたかなぁ」
「今日は名誉返上の日なので仕方ないのです。あとで挽回すればいいのです」
「そうだね。頑張って汚名挽回しよう」
「挽回するのは名誉なのです。先生の冗談はときどきつまらないのです」
「あれ……?」
「……素で間違えたのです?」
「……私たちも、いこっか」
「素で間違えたのです?」
私はもくれんを無視して、デイジーの後を追った。
「間違えたのです?」
間違えたのですよ!!




