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第12話 花はしおれ、そして咲く(後編)

「いやいや、まだ冒険は始まったばかりだし、昨日のアレも私の魔物寄せが予想以上に強いのがお互い分かって無かったというか、あとやっぱりあのチェインメイルが重いせいで上手く動けなかったとかとにかく初日なんだからあんまり気にしないでもうちょっと楽観的に」


 落ち込むデイジーに慌ててフォローを入れたけど、他人を励ました経験があんまり無いから、全然上手くできてない。これじゃあコミュ障と言われても仕方ないかも……!


「あの……昨日から気になってたんですけど」

「はい」

「そんなに、チェインメイルってダメですか」

「うん」


 あ。思わず本音で答えちゃった。


「具体的には、その、どの辺りがダメなんでしょうか」


 流石に「おっぱいと顔が隠れる上にクソダサイからだよっ!!」と正直に言うわけにはいかないよね……


「えっと……ほら、私たちって女の子パーティ……」


 20代後半の私がいるのに女の子パーティ?


「……女性パーティでしょ? だから見た目も大事っていうか、女性らしくしたいって、特にもくれんがこだわってて。そういうわけだからチェインメイルはなんかこう、違うって(おも)にもくれんが」

「そうなんですか……」


 困り顔になるデイジー。わざとでは無いのだけれど、落ち込ませてばかりでつらくなってきたわ。


「私も……あのチェインメイルはちょっとだけ格好悪いかも、とは思っているんです」


 自覚あった! つまり自発的に脱ぐ可能性があるっ!! 


「だけど今の私の技量だと、大きな盾を買うまでは我慢するしかないんです」

「大きな盾?」

「はい。大きくて、全身をしっかり守れる盾です。今使ってる盾だと、どうしても全部の攻撃を受け止めきれないんです」

「なんでそんな半端な盾を使ってるの?」

「お金が無くて……」


 またもや表情を曇らせるデイジーちゃん。これじゃあ私、完全に意地悪な先輩じゃん! 優しいお姉さんにチェンジしないと!


「お金が無かったから、本当に使いたい装備を買えなかったわけね」

「はい……」

「それで、その大きい盾っていくらくらいなの?」

「最低でも10万サークルはしますね……」


 日本円に換算すると10万円。それくらいなら、もくれんが出せるんじゃないだろうか。軽い出費では無いものの、これで頭巾マンを永久封印出来るならあの子だって渋ったりはしないはず。


「よしわかった。帰ったらもくれんに頼んでみるね」

「ダ、ダメですっ! 同じパーティだからといって、いいえ、むしろ同じパーティだからこそ、お金の貸し借りはしない方がいいですっ!」

「そういうものなの?」

「金銭問題が原因でパーティ内の人間関係が壊れることは、冒険者にはよくあるんです。だからお金については、きちんとしないといけないと思います」


 そんな堅苦しく考えなくて良いんじゃないかなぁ、と思いつつも、お金のせいで友情が壊れる話というのはよく聞くし、親しき中にも礼儀ありってことでその辺をちゃんとするのは正しい気もする。なんだろう、私よりデイジーの方が社会性があるような気がしてきた。


「だから、新しい盾を買うお金は自分で出します。それまでは、その、申し訳ないんですけど、チェインメイルを使うのを許してもらえないでしょうか……?」

「……わかった。デイジーがそうしたいなら、私たちは協力する」


 本当は無理矢理にでも新しい盾をプレゼントして、さっさとチェインメイルを脱いで欲しかった。だけどデイジー本人に頭巾マン卒業の意志があるのなら、それを応援した方が良いに決まっている。

 長く親しい付き合いになるための第一歩は、相手を尊重することだと思うから。


「いいんですか……?」

「うん。もくれんが何か言っても、私が説得するから。心配しないで」


 そう言うと、デイジーの顔がぱっと明るくなった。


「あ、ありがとうございます! 次こそは頑張ってユリサキ先生を守って、しっかりと役目を果たしますからっ!」

「期待してる。でも次の討伐依頼の前に、もくれんと3人で作戦会議はした方が良さそうだね」

「そうですね。次は3人で、一緒に考えましょう」


 楽しそうで、あどけなさを感じさせる笑顔。

 私が描きたかったのは、緊張した微笑みでも、沈んだ表情でもない。

 彼女本来の、どこか夢見がちで楽観的な、その笑顔だった。


「よし。未来のことも決まったし、そろそろ絵の続きを描こうか」

「は、はい! お願いします」

「顔はもうちょっと右向いて。うん、その辺。それじゃあ、ちょっとじっとしててね」


 私は描き終えていた作り笑いの顔を消し、改めてデイジーの顔を描く。

 前向きな気持ちが表れている、彼女の微笑み。

 それは描いてるこっちまで元気をもらえるような、可愛らしい笑顔だった。


**********


「ただいまー」

「おかえりなのです」


 部屋の扉を開けると、ベッドに寝ころんでいたもくれんが顔を上げた。


「大人しく部屋で待っててくれたんだ」

「はいなのです。たまには1日中本を読むのもいいことなのです。だからこれからも休みの日は先生と別行動したいのです」

「絶対ダメ。油断して離れすぎて、私に天罰ダメージ入るのが目に見えてる。やめよう」

「残念なのです」


 私はテーブルに鞄を置き、椅子に座る。もくれんも体を起こし、ベッドの上にちょこんと座った。

 うん、かわいい。


「それで、首尾はどうなのです?」

「えっとね、デイジー本人もチェインメイルは脱ぎたいみたいなんだけど、大きな盾を買うまでは我慢するって」

「なるほどなのです。つまり、新しい盾を私たちが買えばいいのです」


 ……複数形なあたり、もしや私のお小遣いからもいくらか徴収するつもりか?


「でも、デイジーは自分でお金を貯めて買いたいんだって。あんまり私たちが世話を焼いちゃうのもかえって良くない気がするし、ひとまずは暖かく見守るべきだと思う」

「私はさっさとクソダサたびらを脱いで欲しいのです。気長に待つのは嫌なのです」


 よく発音できたね、その造語。


「気持ちは分かるけどさ、そこは我慢しよ? 大人なんだから」

「ふむぅ……気に入らないのですが、大人なのでそうすべきなのもわかるのです」


 大人扱いするとちょろいな、このロリっ娘。


「こうなったら、金銭報酬が高い依頼を優先するのです。お金で時を買うのです」

「そうだね。戦力的にも精神的にも、さっさと盾を買ってもらうのが一番だわ」

「ところで先生。似顔絵の方は描けたのです?」

「似顔絵じゃなくて肖像画……いや、そんな大層なもんじゃないか」


 私は鞄からスケッチブックを出し、もくれんに手渡した。


「どれどれなのです。おぉ、よく描けてるのです」


 私が描いたデイジーの肖像を見て、もくれんが感嘆の声を上げる。我ながら上手く描けたと思っているので、褒められると素直に嬉しかった。色鉛筆でデイジーの金髪や白い肌を表現できたのすごくない? すごくない?


「でも、顔がちょっと大きい気がするのです。体とのバランスが悪いのです」

「は? また難癖を……」


 私は立ち上がり、スケッチブックを覗き込む。


「……言われてみると、確かにちょっと変な気がするわ」

「人物画はまだまだ練習が必要なのです。ファイトなのです」

「その通りだと思うけど、アンタは何様のつもりだ」

「それと、おっぱいが少し小さいのです」

「いや、そこはちゃんとリアルなサイズで描いたけど」

「リアルな大きさじゃダメなのです。絵にするなら補正をかけるべきなのです」

「そうかなぁ……」

「そうしないと、召喚する楽しみが少し減るのです」

「確かに召喚するからには夢を盛り……って、召喚!?」

「はいなのです」

「いやいやいやいやいや。流石にデイジーを召喚するのは、倫理的にマズいでしょ」

「やはり問題ありなのです?」

「そりゃ当たり前でしょ。自分にそっくりな存在を遊び半分で召喚されたら、誰だって気分が悪くなるって。人としてやっちゃダメに決まってるでしょ」

「残念なのです。ちょっと面白いと思っていたのです」


 お前は本当にデイジーと仲良くなる気があるんすか?


「やっぱアンタの倫理観はちょっとおかしいって……そりゃ、デイジーそっくりの召喚……人形? を呼び出せたら、色んな格好をさせたり、髪型を変えてみたり……胸をちょっと大きくしたり、色んなポーズをさせてみたり…………」


 私は、脳内でデイジー(想像のすがた)を好き勝手に弄り回した。

 …………おもしれぇ。


「やっちゃおうか」

「先生の倫理観もヤバいのです。同じ穴のムジナなのです」


 もくれんが呆れ顔で言った。

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