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第11話 花はしおれ、そして咲く(前編)

 デイジーを加えての初めての討伐依頼を終えた、その翌日。

 なんやかんやあって絵のモデルになることをデイジーに承諾してもらえた私は、早速彼女の部屋を訪れていた。


「おじゃまします」

「はい、お邪魔されます」


 笑顔で迎えてくれるデイジー。やっぱ巨乳美少女ってええわぁ……


「すみません、お茶くらいしかお出しできないんですけど」

「それで十分だよ。手土産にクッキー買ってきたし、むしろちょうど良いかも」

「ありがとうございます。それじゃあ、椅子に座って待っててくださいね」


 そう言って、デイジーは楽しそうにお茶の準備を始める。部屋はキッチン付きのワンルームで、テーブルやベッドなど備え付けらしい家具はあるものの、私物らしい私物は少なかった。住み始めたばかりだし、個性が表れるのはもう少し後になるのだろう。

 とか思いながら部屋を見回してると、チェインメイルを発見した。こいつが原因で仲良し大作戦その1『絵のモデルになってもらって親密度を上げよう』が現在進行中なのは、恨むべきかあるいは感謝すべきなのか。どちらにしても、お前を不用品にしてやるわっ!!


「座らないんですか?」

「いや、座る座る」


 促された私は椅子に座り、(せわ)しなく動くデイジーの姿を見る。簡素なワンピース姿で、ウエストにはベルトのようにリボンが結んである。胸が大きいため、そうしないと太って見えてしまうのだろう。私のような平坦には縁の無い工夫である。

 

「この部屋、お二人のおかげでとても安く借りられたんですよ」

「もくれんはともかく、私は何もしてないけどね」


 デイジーのパーティー加入が決まった後、もくれんはすぐに神殿協会を通してデイジーのための部屋を手配した。妙に手際良く進めるのが疑問だったけど、もくれん(いわ)く「宿屋生活はすぐにお金が無くなるのです。そうなったらお給料を多く出さないといけなくなるかもなのです」とのことで、つまりはケチなだけだった。だけど度を越さない限り、そういう倹約精神も大事なんだとは思う。


「同じパーティーにいる異世界転移者さんの人数に応じて家賃の補助も増えますから、ユリサキ先生がいるだけでもすごい助かるんですよ」

「そういうシステムがあるの!?」

「はい。神殿協会は異世界転移者さんの活躍に期待しているみたいで、支援もたくさんしてるんです」


 そうなると、もくれんは私を召喚したことでかなり金銭的なメリットを得ているのでは……!

 いやでも食費とか家賃とか生活費のほとんどはあの子が払ってるし、私に何か言う権利は無いか……

 ……はやく独立したい。


「そういえば、もくれんさんはどうしてます?」

「部屋で本読んでる。絵が描きあがるまで待つのは暇だから、行きたくないってさ」

「そうなんですか。一緒に来てくれたら嬉しかったのに」

「だよね。私もそう思う」


 本心である。だってオトモ召喚された制約で、あの子から離れすぎると激痛が走るらしいんだもん!

 神殿協会のミドリさんに聞いたところでは半径1キロメートルくらいなら大丈夫らしいから、範囲内にあるこの部屋には1人で来ることにした。だけど絶対に安心とまでは思えなかったので、ここに向かう道のりはビクビクしながら歩いてきたわけで。

 もくれんには私が帰ってくるまで絶対に外出しないようお願いしたけど、あの子が約束を守るとは限らない。デイジーの部屋とは反対の方角に遊びに行き、私との距離が1キロメートルを超えてしまうかもしれない。

 つまり、今も爆発危険物を抱えてるようなものだった。どうしよう、ちょっと不安になってきた。


「本当に、一緒に来て欲しかったわ……」

「ふふっ。いつも仲良しですよね、おふたり」


 何かを勘違いしたデイジーが微笑む。成長途中の色香を感じさせるその笑顔は、もくれんの子どもっぽい笑顔とは別の魅力を感じさせた。タイプの違う2人の美少女に囲まれて、お姉さん実は異世界生活を満喫してるんじゃないかしら。


「っと、お湯が沸いたみたいです」


 デイジーが湯気と高い音を出すポットへ向かい、コンロらしき物のスイッチを切って火を消した。おそらく魔法の力で火が出る調理器具なのだろう。この世界ならそういうのがあっても不思議は無いというか、むしろ無い方がおかしいので気にしないことにする。

 

「はい、どうぞ」


 私の前に白いカップに注がれた紅茶が差し出される。異世界紅茶なのに、あっちの世界と変わらない色と香り。食についてここまで遜色(そんしょく)が無いと、むしろ建築物が中世だか近世のヨーロッパ風なのがおかしく思えてくる。ビルとか建ててろよ。


「クッキー、あるんですよね」

「あぁ、うん」


 向かいの椅子に座ったデイジーに催促され、私はテーブルの上にクッキーの袋を置いた。もしやデイジー、わりと食いしん坊かな? まぁ、そのおっぱいを育てるのにカロリーが必要なのは当然か。


「では、いただきます」


 デイジーがクッキーの袋を開け、1枚取り出し、美味しそうに頬張る。先程見せた色気を感じさせない、少女らしい表情。なんていうか、大人と少女の間って感じでいいよね、うん。

 それから私たちはクッキーとお茶を楽しみながら、世間話をした。

 日常生活のこと、食事のこと、ファミレス(愛称)のこと。ファミレス(愛称)が他の街にも出店してること、独自の食材調達ルートを持っていること、魔法を使った冷蔵冷凍技術で鮮度を落とすことなく各店舗に食材を配送していること、さらにマニュアル化された調理法によりどの店舗でも同じ美味しさを楽しめることを知った。

 ……ファミレス(愛称)の話しかしてない!


「っと、お茶無くなっちゃいましたね。また沸かします?」

「ううん。そろそろ絵を描きたいかな」

「わかりました。じゃあ、食器片付けますね」


 デイジーが食器を片付けている間、私は彼女をどこに座らせるべきか考える。時間は午前。窓から差し込む光の影響を考えると、ベッドの反対側が良いだろうか。あと、それを描く自分の位置も考えないと。


「私はどうすればいいでしょうか?」

「ちょっと待って。今、椅子を動かすから」


 私は椅子を1つ移動させ、そこにデイジーを座らせた。そして少し離れた場所にもう1つの椅子を移動させ、自分も座る。


「……もうちょっとこっちか」


 私はデイジーの顔を見ながら、描きやすい角度になるよう椅子の位置を微調整する。


「ここで良いかな……」


 こういうの、心から納得できる具合がわからなくて、妥協気味に決めちゃうんだよね……


「描いてる間は動いちゃダメなんですよね」

「うん。でも疲れたら休憩して良いからね」


 私は鞄からスケッチブック、鉛筆、消しゴム、色鉛筆セットを取り出す。色鉛筆というのが情けないところだけど、お金も技術も無いからしょうがないね……


「それじゃあ、始めるね」

「よろしくお願いします」


 そう言ってデイジーは緊張気味の微笑みを浮かべた後、そのまま微動だにしなくなった。そこまで真剣にならなくても良いんだけど、本当に真面目な子だわ……

 私は鉛筆を走らせ、デイジーの顔の輪郭を捉える。猫で1か月間も練習したとはいえ、まだまだ未熟な自分は何度も線を描き直した。

 こんな私も、いずれは1回で納得できる線を引けるようになるのだろうか。

 なれたら、いいな。

 顔の輪郭を描き終えたら、次は顔のパーツを描く。眉、目、鼻、口。やはりデイジーの顔は、可愛らしく整っている。胸も含めて、とても冒険者らしい容姿とは思えない。喫茶店の店員とかやった方が良いんじゃないかな、メイド喫茶とかの。制服がどんなことになるかを想像するだけで、ワクワクしてきちゃう。


「デイジーってさ」

「……」


 何気なく声をかけたが、デイジーは反応を返さない。だけどその目は、戸惑うようにキョロキョロしてる。


「動いて良いから。ちょっとおしゃべりタイムにしよう」

「は、はい」


 デイジーが息を吐き、胸が上下する。どうやら、かなり緊張していたらしい。深く考えたこと無かったけど、絵のモデルって意外と神経を使うのかな。


「それで、なんです?」

「あ、うん。デイジーってさ、冒険者以外の仕事に就きたいって考えたことある?」

「どうでしょう……物心ついてからは、一度も考えたこと無いかもしれません」

「子どもの頃からずっと、冒険者を目指してきたわけだ」

「はい。父や母のような格好良い冒険者になりたいなって、ずっと思ってたんです。だけど……」

「だけど?」

「……現実は、難しそうですね」


 デイジーは、寂しそうに呟いた。

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