第10話 脱衣のためのなかよし作戦
私は魔物の動きに耳を立てながら、薄暗い森と、その前に立つデイジーの背中を見る。
今回の討伐対象も前回と同じく、狼型の魔物である。どうやら大量発生の時期らしいんだけど、一体どういう理由で大量発生しているかは謎だ。神様がいる世界だから、土地神の機嫌が悪いとかかしら。考えても仕方ない案件だろうけど。
などと考えていると、森の中から遠吠えが聞こえた。恐らく、群れで襲い掛かる合図だ。
私はナノデス・ランスを強く握り、強襲に備える。デイジーが全部の魔物を引き付けられるとは限らないので、無暗に動くのは得策じゃない。今はじっと、待つ。
そして、森の中から狼型の魔物が飛び出してくる。
数は4体。デイジーの横を素早く駆け抜け、4体とも私に向かってきた。
……4体とも、私に向かってきた。
「なんとかなれー!」
私はナノデス・ランスで1体を狙う。穂先が見事に魔物の胴体を貫き、その体は崩壊を始める。
そんで、残りの3体が両脚と右腕に噛みついた。
「痛い痛い痛痛痛痛痛痛いっぅ痛った痛いいいぃ痛いってぇぅうおぉぉぁぁぁ痛ぅぉぉぁぁぁっっっ!!!!」
耐えられるはずの無い痛みに襲われ、私は地面を転げまわる。救援に駆け付けてくれたねこすけが魔物1体を仕留め、右腕は解放されたが痛いいたたいたい痛い早くひゃあく残りもぉ!!
「今助けますユリサキ先せふみゃぁっ!?」
ジャラジャラと金属音を鳴らしながら、デイジーがすっころんだ。ドジっ子属性はプラス評価にしたいけど、この状況では流石にマイナスだよぅ!
起き上がってこちらに向かおうとする頭巾マンだったが、既にねこすけが残り2体を撃退していた。ねこすけ、本当に頼りになるわ……
「ありがとうねこすけ……手間をかけたね」
「ネコォゥ」
地面に倒れたまま感謝の言葉をかけると、ねこすけが笑みらしき表情を浮かべた。なんかもう、この怪物は可愛い枠に入れても良いんじゃないかと思えてきた……
「お疲れ様なのです、先生」
私を見下ろしながら、もくれんが言った。魔物に噛まれるたび、アンタに痛みを分け与えられたらなと思っていますわよ。
「ご、ごめんなさいユリサキ先生……!」
息を切らせながら頭巾マンもやってきた。そのクソダサいチェインメイルを装着してなきゃ笑って許せたけど、ごめん、今ちょっとだけムカついてる!
「デイジーもお疲れ様なのです。転んでケガしたりしてないのです?」
「ちょっとだけ擦りむきましたけど、それよりユリサキ先生のケガを治さないと」
「ユリサキ先生は加護があるからケガしないのです。この綺麗な肌を見るのです」
「本当だ……すごいですね、ユリサキ先生!」
「うん。痛みは死ぬほど感じてるけどね」
「では、この子の出番なのです。出でよ、ちゆねこ!」
いつの間にか召喚書を手にしていたもくれんが、左手を地面に向ける。そして青白い発光と共に、1匹の白い猫が現れた。
「わぁっ! 本当にちゃんとした猫を召喚できるんですね」
「言い方がひどいのです。ねこすけだってちゃんとしたネコなのです」
「そ、そうですよね。ごめんなさい、ねこすけさん」
「ネコネーコ」
「気にしないでいいよ」とでも言ってそうなねこすけ。人間が出来てるよね、怪物なのに。
「このちゆねこは、ケガや痛みを治してくれるのです。さらには服や体の汚れも消してくれるのです。大助かりなのです」
もえねこ、ぬれねこ、びりねこの三属性猫に続く猫シリーズの4体目、ちゆねこ。最初は舐めた相手を癒す能力だったけど、もくれんが「なめね……」と口にしたので鳴き声で周囲を治癒する能力に変更した。ネーミングセンスが安直だと危ないんだよ!
「ではちゆねこ、お二人をきれいきれいにして欲しいのです」
ちゆねこは「みゃう」と小さく鳴き、前足を揃えて座った。そして、歌うような鳴き声を周囲に響かせ始める。
「あっ、痛みがどんどん引いていきます。傷ももう消えかけてるし、回復魔法よりすごいかも……」
「私の能力とユリサキ先生のデザインが合わさった結果なのです。えっへんなのです」
得意げにまな板を反らすもくれん。自慢できる相手が今までいなかったから嬉しいのだろう。おこさまチックでかわいい。
「ユリサキ先生も痛みは治まったのです?」
「うん。ちゆねこ、ありがとね」
立ち上がりながら感謝を述べると、ちゆねこは「みゃぁ」と返事をした。猫シリーズはみんな言葉を理解しているようで非常に助かる。召喚主も人の言葉を正しく理解できるよう努めて欲しい。
「それにしても、予想以上に連携取れなかったね」
「ごめんなさい……」
しょんぼりした様子でうなだれる頭巾マン。頭を覆う鎖がとても重そうである。
「気にしないで。最初だし、しかたないしかたない」
私は笑顔で慰めながら、「そのチェインメイルが重いから転んだんじゃない? 脱いで。いっそノーブラになってシャツ1枚で戦って」と言いたくなる気持ちを抑えた。
「やっぱりそのチェインメイルは重いと思うのです。脱いだ方がいいのです。もっと可愛い格好をするのです」
抑えないやつもいた。
「すみません、ちゆねこさんがいるとしても、これくらいの防具は無いとちょっと怖くて……」
「だけど」
「待った、もくれん。ちょっとこっち来て」
私はもくれんの服を軽く引っ張り、頭巾マンに小声が聞こえないくらいの距離まで移動した。
「なんなのです」
「デイジーはちょっと落ち込んでるみたいだし、あんまり強引な態度は良くないって」
「でも、ハッキリ言うべきなのです。そっちの方がデイジーのためなのです」
「そうかもしれないけど、デイジーにもちゃんとした理由があるんだし、ねぇ」
「先生はデイジーがチェインメイルを着たままでいいと思っているのです?」
「良いわけないじゃん。絶対に脱がす」
「眼が怖いのです」
「そりゃ前衛としてパーティーに加えたけどさ、正直あの恰好されるくらいなら後衛とかで働いてくれた方が精神衛生上はグッドだし。どうせ魔物は私を優先するしさ」
「じゃあ、後衛で頑張ってもらうことにするのです」
「だから即断はマズいって。私たちが良くてもデイジーは不本意だろうし、あんまり無理矢理に決めちゃうとパワハラになってパーティーを辞めちゃうかも」
「それはイヤなのです。あんなすごいおっぱいの人は逃がしたくないのです」
「だよね。だからまずは慎重にデイジーとの距離を縮めて、あの子の気持ちとか個人情報を聞き出した方が良いと思う」
「思考が変態犯罪者なのです」
「いやいやそこまでおかしいことじゃないって。同僚と仲良くなるようなもんなんだから、普通のことだって」
「ユリサキ先生には仲良しの同僚さんがいたのです?」
「……私は仕事とプライベートは分けるタイプでね」
「じゃあ、私がデイジーと仲良くなるのです。友達のお願いならフリルのお洋服で戦ってくれるに違いないのです」
「それは無茶でしょ」
「でも見てみたいのです」
「わかる」
「とはいえ、私も人付き合いが得意というわけではないのです。時間はかかってしまうと思うのです」
「わかる」
「わからないで欲しいのです。さすがに先生ほどコミュ障ではないのです」
「失礼な。でも確かに社交性にはあんまり自信が無いから、自分の得意分野で斬り込んでいくわ」
「なにか妙案があるのです?」
「妙案ってほどじゃないけど、親密度を上げるきっかけになりそうなのは思い付いた」
「では、先生にはそれをお願いするのです。私はネコさんたちを召喚してデイジーのハートをゲットするのです」
「なんかそっちの方が効果ありそうな気がする……まぁ、お互いそれぞれの方法でデイジーと仲良くなるってことで」
「わかったのです。優しい太陽さんになって、デイジーの服を脱がすのです」
「北風と太陽だね。前々から思ってるんだけど、あの太陽って強めの直射日光出してるのに穏やかなイメージあるのおかしくない?」
「先生はもっと素直に童話を受け取るべきなのです。細かいことを気にしすぎてるからコミュ障なのです」
「とにかく、話はまとまったってことで」
私は辛辣なもくれんに背を向け、デイジーの方へと歩いて行った。
コミュ障って何度も言われるほどコミュ障じゃないもん……ないもん……
「というわけでデイジー。今日の討伐で色々と課題は見えたけど、お互いのことを知りながら、ゆっくりと解決策を考えるのが良いって結論になった。それでいいかな?」
「は、はい! 頑張ります!」
気合を感じる返事なんだけど、そのやる気が私たちとの温度差になってる気もするなぁ……
だからこそ、デイジーのことをもっと深く知らないとダメなんだろうけど。
「それで、ちょっと提案があるんだけど」
「はい、なんでしょう?」
「絵のモデルになってくれない?」
鎖頭巾に囲われたデイジーの瞳が、ぱちくりと瞬いた。
デイジーを描く。それは私の得意分野である絵を通じてデイジーを観察し、コミュニケーションを図るという目論見であった。私の場合、この方がただ言葉を交わすよりも彼女のことを理解できると思ったわけです。
「……はい?」
ただ、デイジーは意図を掴みかねているのか、疑問符を頭巾の上に浮かべたような様子だった。
「……絵のモデルにならない?」
「なんでですか?」
…………言われてみると唐突すぎる提案だったわ。
ヤバい、踏み込み方間違えたかも。どうしよう。
「……えーと、ほら、私って絵を描くのが趣味っていうか、その、今は仕事みたいにもなってるわけでしょ? だからデイジーのことも絵に描けばもっとわかるかなって思って、それで良ければというか是非ともあのこれから仲良くなるため親睦を深めるための第一歩として」
「初手からコミュニケーション下手すぎなのです。悲しくなるのです」
もくれんの容赦ない言葉に、私はちょっと涙目になるのだった。




