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その後

ダイナンはどこに連れて行かれたのだろう。

後から……とは言っていたが、どれくらいしたら、また来てくれるのかが気になる。

美味しいお菓子があるのだ。

もしも、来てくれるのなら、一緒に食べたい。

お茶を準備しようとしたアナを制して、私はそっと廊下を窺う。

ドアを少しだけ開けて、廊下に顔だけを出してキョロキョロと見回してみる。

「チェルシー様?」

通りがかった執事が「どうかなさいましたか?」と声をかけてきた。

「あっ!いえ、なんでもないの」

もしかしたら、お父様とダイナンが廊下で話をしているかもしれないと思ったのだ。

後から来ると言っていたし、まだかな……と廊下を覗いてしまった。

なんとも、淑女らしくない振る舞いだった。

気になるなら、アナに廊下の様子を見に行ってもらうべきところだ。

お父様の執務室は、私の部屋よりも応接室に近い。来客にも対応するよう、1階の玄関近くにある。

逆に私室は屋敷の中央付近にあって、私の部屋は3階だが、父と兄の私室は二部屋とも2階だ。

階が違うのだから、私の部屋から廊下を覗いたくらいでは見えない。

だというのに、廊下に顔だけ出すなんて。

自分の行動が恥ずかしくなって、ささっと部屋に引っ込んだ。


「チェルシー様?」

部屋の中にも、私の奇行を驚いているアナがいた。

「どうされました?御用でしたら、私がお伺いいたします」

本当にそうだ。お願いすればよかったのに、どうにもそわそわして、一人で歩いてしまった。

「あの、お兄様は、どうされているのかと思って」

恥ずかしい。

オルダマン侯爵家にいた頃も計算に入れれば、六年間も淑女教育を受けているのに。

いたたまれなくて、足早にソファーに向かって座る。

「まあ。では、確認してまいりますね」

城では、こんなことをすればとても叱責されていた。

だけど、アナは嬉しそうに微笑んで確認に向かってくれる。

「でもっ……おっ、お忙しいようだったら、別に、いいの。そんな、急ぐ用事があるわけではなくて」

考えてみれば、忙しくなくても、長旅の後だ。ゆっくりしたいに決まっている。

帰った直後に私がいじけてしまって、慰めてもらったから、ダイナンはまだ旅装を解くこともできていなかった。

それなのに、さらにわがままを言うなんて。

これから、結婚する相手なのだ。時間はたくさんある。


ダイナンと結婚……!


自分で思い描いて、自分で赤面した。

「いいえ。やっぱりお疲れなはずだわ。明日で――」

「チェリー!」

「ダイナン様!」

言いかけた時に、バタバタと、ダイナンと彼を追う執事が部屋に駆けこんできた。

「お兄様!?」

振り返った先にいるダイナンは、髪が濡れたままで、ズボンははいているけれど、シャツを軽く羽織ってタオルを首にかけていた。

「お召し替えを終わらせてからと申し上げたでしょう!」

執事が上着とタイを持って怒っている。

そりゃあ、こんな格好で走っていったら、怒るだろう。

「チェリーが寂しい想いをしているのに、呑気に身なりを整えている場合じゃないだろう?」

身なりはぜひとも整えて欲しい。

そのシャツがはだけたままで抱き寄せるのは何としてもやめてもらいたい。

頬に熱い胸元がくっつくではないか。

思わぬところでダイナンの素肌に触れることになってしまい、私はカチコンと固まってしまっている。

「チェリー。私を待って廊下を覗いていたんだって?それなら、部屋まで来てくれて構わないのに。ああ、チェリーはなんて可愛いんだろう」

どうやら、執事が私の行動の意味を把握してダイナンに伝えたようだ。

どうにか邪魔にならないように遠慮しようとしていたのに。

そして、入浴中だったか、入浴を終えて着替え中だったダイナンは、こちらに大急ぎで向かってくれたということだろう。

「お兄様、ごめんなさい。そ、そんなに急がせるつもりはなかったの」

逞しい胸板が頬に当たる。

頭の上に頬ずりをされている感触がある。

こんなあられもない格好を披露された上に、可愛い可愛いと呟かれて、顔を上げられない。

「ダイナン様!お召し替えを!!」


真っ赤になって固まる私と。

嬉し気に乱れた服で私を抱きしめるダイナン。

彼を窘める執事と、顔をそむけたまま、こちらを見ないアナたち。

その微妙な状況は、お父様がもう一度乗り込んでくるまで続いた。


その後、庭には花吹雪が舞い散り、よく分からないけれど、なんだかとっても恥ずかしかった。







その日、オルダマン侯爵邸は季節など関係なくあらゆる花が咲き乱れ、どこからか飛んできた花の種さえも舞いながら花を咲かせた。

その奇跡の光景は、道行く人の足を止めさせ、ある者は大切な人をわざわざ呼びに行った。オルダマン侯爵邸の前の通りは、何かの催し物でもあるかの如く、人を溢れ返させた。


その光景を見たオルダマン侯爵は、婚約をすっ飛ばし、急ぎ婚姻の手続きまで終わらせてしまう。

すでにチェルシーの嫁ぎ先は国内であればどこでもいいと、王から許可を得ている。

厄介者を押し付けられた、せめてもの情けをいただきたいと粘った結果だ。

王は、オルダマン侯爵が政略の道具として扱うつもりだと考えているだろう。

愛する娘にそんなことをするものか。

ダイナンは、まあまあ立派に育った。

チェルシーの夫として、さらに精進してもらわなければならないが。

チェルシーの結婚となると、ソフィアが無理矢理帰ってきそうだなと思い、オルダマン侯爵は、ため息交じりにやれやれと呟く。

しかし、その表情は、嬉しくて仕方がないと言っているようなものだ。



王家は、ようやく得難い聖女を自ら手放したことに気が付く。

ダイナンが、友人たちに「チェリーが笑うと(物理的に)花が咲くんだ」と幸せそうに微笑んで言う。その後に付け加えられる「もちろん、チェリーが一番美しいが」などという惚気は聞き流されつつ、噂は流れて行く。

聖女は、愛し慈しまなければ、無意識でしか振るわないその力を使うことは出来ないのだと、国民は知ってしまった。

聖女が城では笑うことさえできなかったのだと言われているも同義だ。

婚約を無かったことにするために、結婚より先に子を作った二人は、厳しく叱責され、民衆からの非難を避けるために、王太子の身分を剥奪し、王族から離籍させた。


そんな政治の話など分からないチェルシーは、オルダマン侯爵邸はいつからこんなに花がたくさん咲いているのだろうと不思議に思っていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] ほっこりしたおとぎ話感があって面白かったです。
[良い点] 可愛いらしいストーリーで温かい気持ちになりました。ハピエンはいいですね。 [気になる点] 王太子のザマァが納得いかないと他の方の感想にありましたが、私は当然だと思うます。どころか不幸になっ…
[一言] コミカライズから来ました! コンパクトにまとまったハッピーエンドのweb版も面白いし、それを膨らませたコミカライズもとても素敵なお話です!
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