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第四十三話 忍びと妖狐、信蓮寺の死闘

──信蓮寺、本堂前庭。


宵乃と日野介は、八人の忍びと、火縄銃を構えた二人の異国の男たちに囲まれていた。


(カナギ……戦える?)


宵乃は胸元に潜むカナギへ、小さく問いかけた。


「あぁ、いつでも行ける」


宵乃は短く息を呑み、覚悟を決めた。


「日野介、カナギ……戦うよ!」


そう告げると、宵乃は着物の懐から赤い宝石のかんざしを抜き取った。簪は宵乃の手の中で淡い光を放ち、小さな杖──神紡かんつむぎへと姿を変えた。それは、巫女の力を引き出す神具だ。


日野介は黙って刀を深く構え、周囲を鋭い目で見回した。


本堂の屋根の上では、茂吉が冷たい笑みを浮かべ、鋭い声で命じた。


「二人とも殺せ!」


命令とともに、異国の男が火縄銃を撃った。轟音と共に煙が立ち込め、日野介は反射的に身を翻して弾を避けた。だが、その背後から忍びが手裏剣を放つ。それは耳元をかすめ、日野介の頬に鮮血が飛び散った。


さらに、左の忍びから手裏剣が三つ連続で放たれる。二つは刀で弾き返したが、三つ目が日野介の横腹を裂いた。


「ぐっ……!」


「日野介!」


宵乃は、神紡を掲げた。


「癒しの結界、光の衣──」


淡い光が神紡から広がり、日野介の体を包んだ。


だがしかし、二人の忍びが前後から宵乃に飛びかかる。日野介は咄嗟に横へ跳び、一閃。一人の手首を斬り落とした。


切り落とされ手首は、血飛沫を上げて地に落ちる。


さらに、宵乃の神紡から閃光のような光刃が放たれ、もう一人の忍びの肩を鋭く裂いた。忍びが呻き声をあげ、後退する。


背後から忍びが、日野介に斬りかかる。日野介は素早く振り返り、忍びの一太刀を受け流すと、その勢いを利用して身を翻し、胸元を鋭く斬り裂いた。


しかし、忍びの攻撃は続く。別の忍びが放った手裏剣が、日野介の太ももに深く突き刺さった。


「日野介っ!」


宵乃の叫びが響いた。


「大丈夫だ。お前の術のおかげで痛みは感じない」


血が日野介の太ももをつたって砂利に落ちる。緊迫の中、茂吉の怒声が響いた。


「休ませるな!宵乃を狙え!」


「宵乃、しゃがめ!」


日野介の鋭い声に、宵乃はとっさに身をかわした。髪をかすめて忍びの短刀が地面に突き刺さる。さらに、正面から鎖鎌の分銅が飛ぶ。


「結界術──光の盾!」


宵乃が神紡を振り上げる。光の盾が生成され、分銅を間一髪のところで弾き返した。


一瞬の隙を逃さず、日野介が素早く距離を詰める。鎖鎌を操る忍びの喉元を、ためらいなく斬り払った。


屋根の上、茂吉が声を張り上げた。


「まず女を殺せ!」


その命令と同時に、本堂前の異国の兵士が火縄銃を構え、閃光とともに銃弾を放つ。狙いは──宵乃。


(しまっ──!)


宵乃の胸がきゅっと縮み上がった瞬間、宵乃の胸元から、白狐・カナギが勢いよく飛び出した。宙を舞ったその小さな体は、白い光を放ち瞬く間に膨張していく。小さかった白狐は、瞬く間に人の二倍もの巨大な妖狐へと変貌を遂げた。青い目に鋭い歯と爪、白銀の毛並み。


──ザグっ!


巨大化した白狐の前脚が、放たれた銃弾を弾き飛ばした。金属音とともに火花が散る。


異国の者たちは慌てふためき、本堂内へ逃げ去った。


宵乃は、巨大化したカナギを見上げた。


(……これが、カナギの本当の姿)


カナギは、本堂の壁を駆け上がった。


本堂の屋根の上で、カナギと茂吉と対峙する。


「妖狐か──。生きておったか。だがこれまでだ」


茂吉は宙に軽やかに跳び上がり、素早く三枚の手裏剣を投げた。正確無比な軌道──だが、妖狐と化したカナギの毛皮はそれらをあっさりと弾き返す。


「ぬるいわ、小僧!六百年生きたワシに勝てると思うたか!」


茂吉は音もなく本堂の屋根から飛び降り、前庭に着地した。カナギもすぐに後を追う。妖狐にもどったカナギは大きく、そして早い。


「茂吉よ、吊り橋のときの借りを返さんとな」


「フッ。今度こそ殺してやる」


茂吉は素早く印を結び、その掌から赤々と燃え盛る炎が放たれる。


しかし、カナギが一息吹きかけると、その火球は消し飛んだ。


「狐よ、灰になれ」


すると、カナギの頭上に巨大な炎の塊が現れ、それは一気に落下して、カナギの体を直撃した。


ドカーン!──轟音が響き、もうもうと煙が立ち上がる。


「カナギー!」


宵乃が声を張り上げた。視界が煙に閉ざされ、何も見えない。


「無駄だ。骨まで焼けたぜ」


茂吉が冷たく嘲笑う声が聞こえた。


(……そんな……)


煙が、ゆっくりと晴れていく。心臓が高鳴る中、宵乃の目の前に現れたのは──


妖狐の姿のまま、傷ひとつ負っていないカナギだった。


「そんな技で俺を倒せるとでも…………」


「……何だと……!」


茂吉の顔が引きつる。


カナギは低く唸りをあげ、勢いよく地面を蹴った。前脚を鋭く振り上げ、茂吉を切り裂こうと迫る──


だが、カナギの前脚は空を切った。なんと、茂吉の体は霧のように消え失せた。


「──分身の術!?」


「しまった!」


体勢を崩したカナギは振り返り、必死に声をあげた。


「宵乃! 後ろだ!」


宵乃は驚き、咄嗟に振り向いた。


しかし──遅かった。


茂吉が宵乃の背後に立ち、刃をその首元にぴたりと押し当てていた。冷たく鋭い刃が、宵乃の白い肌をかすめ、一筋の血が流れ落ちる。


「動くな。動けば、この女の命はない。脅しではない」


茂吉の声は冷たく響いた。


「くっ……!」


日野介は動きを止め、歯を食いしばる。

日野介は力なく刀を地面に落とした。


すかさず忍びが二人、日野介に駆け寄り、鎖を巻きつける。全身をきつく縛り上げられ、日野介は悔しげに肩を震わせた。


「……くそっ……」


カナギも悔しげに低く唸り、白狐の小さな姿へと戻った。その体もまた忍びたちに捕えられ、縄でがんじがらめにされた。


「妖狐よ、何故、宵乃を味方する?もう自由であろう」


茂吉が皮肉を込めて、カナギを見下ろす。


「……舐めるな、小僧……。貴様のように裏切りはせん」


カナギの声は低く、怒りを滲ませていた。


「狐を縛れ。きつくな」


「はっ!」


忍びたちが応じ、カナギの体にさらに鎖を巻きつけた。


宵乃は茂吉に腕を掴まれ、首筋に冷たい刃を感じながら、唇を強く噛みしめた。


「お前たちは、ここで終わりだ」


茂吉の声が、宵乃の耳元に冷たく突き刺さる。


もう、抵抗する術がない。宵乃はそっと目を閉じた。



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