トゥロン27
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
知識は出す。機材への投資と検証はそっちでやれ。
舐めてんのか? って話だよな。
「ねぇ、ヤジン。他にも何か知っているんだろ?」
俺の残念な脳にろくな知識がないってことだ。
ドラムなめしとセットで考えていた、ドラムを回転させる方法を売り込んでみよう。本来は、ドラムなめしで自己修復を無料に。このドラムに使う動力で防具の値段を無料にしてもらうつもりだった。
今考えると、恐ろしい高望みをしていたことに気付く。この動力のアイディアもぼんやりしているからなぁ。少しでも金になることを祈ろう。
俺は、ベンに水車を使った動力でドラムを回転させるアイディアを話した。
皮なめしだけでなく、工業製品というのは水を大量に使うことが多い。そのため、工房地区を横切るように川が流れている。
この川の力を使って水車を動かせば、人力を使わなくてもドラムが回転させられる。
ギアをうまく組み合わせれば、速度を調節することが出来る。ただ、ここらへんの知識がぼんやりとしかないんだよな。
この方法最大の利点は、人を雇わなくて済む分、秘密が外に漏れることがない。という部分だ。
エマさんやベンが一日中ドラムを回転させている暇などないだろうし、人が出入りするとその分秘密が漏れやすくなる。
水車を使えば、最初に水車を建てる職人が敷地内に入るだけ。
職人たちが帰った後ドラムを設置してしまえば、後はメンテナンス以外は自動で処理してしまえる。
この世界は労力の自動化に対して意識が低い。レベル補正のおかげで、地球の人間よりフィジカルに優れているし、現代と違って人件費が安い。
態々労力を自動化しなくても、人を雇ってしまった方が手っ取り早い。
粉挽きや量産品を生産している鍛冶屋では水車を使ったりしているようだが、一品物の高級品を作っているベンたちには馴染み深くない考え方だと思う。
さっそくアイディアを話す。ベンはその方法があったか! と目を見開いた後、奴隷を雇おうと思っていたんだけど、そっちの方がいいかもね。そう言った。
そうか、奴隷があったか……。敷地から出られないようにすれば秘密は守られるし、機密保持のために処分しても罪には問われない。
奴隷の存在を完全に失念していた。
「奴隷とは言え、二人の生活を邪魔されるのは嫌だからね。水車を動力にすることにするよ」
これは金貨20枚ぐらいかな? ベンはそう告げると、笑顔でこちらを見た。その笑顔は、次は何かな? という笑顔だった。
状況的には、札束で顔面を引っ叩かれながら知識を吸い出されているのだが、ベンの無邪気な笑顔を見ていると、そこまで悪い気はしない。
これが『人たらし』とか『いつも得する奴』って存在なんだろうな。
「ねぇ、ヤジン。鍛冶の知識はないの?」
俺が次のアイディアを考えていると、ベンが焦れたように言った。おそらく、コッチが本命だったのだろう。
だけど、自分から欲しがると高値で買わないといけなくなる。俺から自発的に言わせたかったんだろうな。
ベンは自由に値段を付けられる、圧倒的に優位な立場だ。それでも、あまりにも常識を無視した値付けはできない。
ベンの信用にも関わるし、俺がキレて取引を止めるかもしれないからだ。
正直、彼からしたら金貨200枚なんて端金なんだと思う。その端金で、言い方は悪いが俺という『おもちゃ』で遊べなくなるのは不本意なはず。
ベンの無邪気な笑顔は嫌悪感を抱かせず、安心感を与える効果がある。それと同時に、無邪気な子供特有の残酷さを感じ、背筋がゾッと冷たくなる。
まぁ、俺の心が汚れまくっているからそう感じるだけで、ベンはただ好奇心の赴くままに行動しているのかもしれないが……。
それにしても鍛冶の知識か。正直、動画サイトで見た日本刀の知識ぐらいしかないんだよなぁ。
硬い鋼を軟鉄で挟み込む製造法を話してみたが、すでに知っている技術だったようだ。
なぜ、鍛冶師でもないヤジンが知っているのかな? そんな風にこちらを見てきたが、俺は何も答えなかった。
折り返し鍛錬も話したが、新人の鍛冶師でも知っている当たり前の技術だと言われてしまった。
そう言われて気付いた。折り返し鍛錬って、二層が四層に、四層が八層にみたいに折り返すたび層が増えて強靭になると言われたりしていた。
文字通り、叩いて『鍛える』という考えだ。
でも、海外だと不純物を取り除く手順でしか無く、ごく普通の基本的な鍛冶の一工程でしかないんだよな。
実際、折り返しすぎると強度が落ちるという、大戦中の軍刀のデータを見た記憶がある。
折り返し叩くことで日本刀は強靭になるなんてのは幻想で、不純物を取り除く適度な回数を越えると逆に脆くなる。
現代の技術だと、不純物の少ない高純度の合金で鋳造した方が、刃物として優れた作品を作れたりするんだよな。
ベンに指摘されて、記憶の底に眠っていた知識が蘇った。
そうだわ、日本刀幻想が壊れたショックで頭の奥に押し込んでいたけど、折り返し鍛錬ってそんなにすごいものじゃなかったわ。
やべぇ、何にも思いつかねぇ。俺が残念の脳みそをフルで回転させていると、ぽそっと口から考えが漏れた。
「素材を重ねて波型の模様、ダマスカス模様を作る。でもな、そんな技術すでにあるだろうしなぁ……」
「ん? ダマスカス模様ってのはなんだい? ヤジン」
ベンが食いついてきたので、俺の知っている曖昧な知識を話すことにした。
完全に混ぜて合金にするのではなく、複数の素材を重ねて叩くことで波型の模様を形成する。かつて作られていたダマスカス鋼という伝説の『鋼』を再現した技法だと説明した。
異なる素材の層が波形に現れ、実に中二心を擽る芸術性の高い素材だ。
実際のダマスカス模様は、るつぼの中で起きた反応によるものらしい。しかし、すでに失伝していて作り方が分からない。
そのことを説明するとややこしいので、シンプルに異なる素材を重ねて鍛造することで独特の模様を生み出すと説明した。
俺の話を聞いていたベンは、しばらく真剣な表情をした後、急に顔を上げて言葉をまくし立てた。
「素晴らしいよ。そうか、完全に混ぜて合金にするのではなく、異なる素材を積層して鍛造するのか。違う材質同士がお互い作用し合うから、研究次第では今までと違った特性を持った剣や鎧が作れるかもしれない。悔しいな、なんで思いつかなかったんだろう」
ベンはそう言うと顔をしかめた。
でも、大ヒットするアイディア商品とかって案外そんなもんだよ。言われてみれば単純で誰でもできる。
だけど、誰も思いつかなかったから優れた商品になる訳だ。
武術なんかも同じだ。
柔道の父、嘉納治五郎先生はあるとき気付いた。投げられる人間は、直前にバランスを崩されていると。
当たり前のことだと思うだろうが、当時は一部の天才だけが感覚的に理解していた秘伝と呼ばれる技術だった。
嘉納治五郎先生はその技術を明文化し、感覚ではなく理論として広め再現性を持たせた。今では、柔道を習っている小学生でも知っている当たり前の知識だ。
気付けば単純なことでも、意外と気付かないものなんだなぁ。
ただ、ベンは鍛冶職人としてのプライドが高いので、単純なことに気付けなかったことが悔しいんだろうね。
しばらく顔をしかめて悔しがっていたベンだったが、急に顔を上げこちらに接近してきた。
一瞬身構えそうになったが、危害を加える理由がないと思い、最低限の警戒だけに留めておく。
俺の前に立ったベンは、両手で俺の右手をガシッと掴む。そして、ブンブンと上下に振りながら笑顔で言った。
「ありがとう、ヤジン。まさかこんな有益な情報が聞けるなんて思ってもみなかったよ。本当にありがとう」
ベンは笑顔で俺に握手をすると、急に工房の奥の方へと歩き出す。
「さっそく試作してくるから、後はよろしくね」
エマさんにそう伝えると、ベンは工房の奥へと消えていった。
「ちょっと、兄さん」
エマさんが抗議の声を上げるが、ベンはまるで聞こえていないようだった。微妙な空気が流れ、沈黙が二人を包む。
俺の知識をベンはお気に召したみたいだけど、結局金貨何枚分の価値になるんだろう? めちゃくちゃ喜んでいたから、これでOKってことにならないだろうか? 流石にそれはないか。いくら気付きが大切だっていっても、単純な技術だしなぁ。
そんなことを考えていると、エマさんが困ったように言った。
「ヤジンさん。兄さんが満足したみたいだから、金貨50枚で防具を売るよ。もちろん、自己修復を付与してね」
よっしゃあ! 思わずガッツポーズをしそうになったが、頑張ってポーカーフェイスを貫いた。
やったぜ、まじかよ。あんな適当な知識で金貨200枚分かよ。太っ腹すぎるぜ。いやー、やべーわ。メンテナンスフリーの防具とか夢の塊かよ。
森からヘロヘロになって帰ってきた後に、面倒くさいメンテナンス作業をしなくていいってだけでハッピーだぜ。
革鎧にカビ生やしている冒険者を見かけることがあるけど、あれは疲れてメンテナンスをサボった結果だろうな。
命がけのハードな仕事をこなし、漸く宿の部屋にたどり着く。すぐにでもベッドに倒れ込みたい。そんな誘惑を振り払って地味な防具のメンテナンスをする。
意外と心身共に疲れる行為なんだよなぁ。
しかし、これからはそんな苦労はしなくてもいいって訳だ。自分が持っていても何の役にも立たない情報を話しただけで自己修復をゲット。
いやー、最高だね。
俺が脳内で金貨200枚ボロ儲けパレードを開催していると、エマさんが遠慮がちに話しかけてきた。
「ヤジンさん、細かい調整なんかが必要なときは連絡するからさ、今日のところはここまでってことにしておくれ。兄さんはああなると止まらないからね、色々と面倒をみなくちゃいけないんだよ」
エマさんはそう言って憂鬱そうな、でも少し嬉しそうな顔をしていた。
ベンは意外と腹黒いところもあるけど、基本的には技術馬鹿だからなぁ。おそらく寝食どころか、別の優先しなきゃいけない仕事なんかもすっ飛ばして研究を続けるんだろうな。
そのフォローをするエマさんは、俺の相手をしている暇がない。だから、とっとと金を支払って出ていけってことですね。わかります。
エマさんに宿泊している宿を教え、伝言があれば冒険者ギルドか宿にお願いします。そう伝えて代金を支払った。
スキップしたい気持ちを抑え、工房地区を抜けて東地区へと向かう。
色々と大変だったけど、最高の職人に最高の防具を作ってもらえそうだ。更に付与魔法付き! やばい、興奮し過ぎて語彙力がやばい。
芸人の出◯さんぐらい、頭の中でやばいを連発している。
浮かれ気分で宿へ向かっていると、パピーを放置して無断で一晩外泊していたことに改めて気付いた。
やべぇ。干し肉とトイレは用意してあったけど、ずっと一人で狭い部屋で待ってたんだよな。怒ってるかな? 悲しんでいるかな? 心配掛けたかな? 急激に興奮が冷め、強烈な罪悪感が胸にズンとのしかかる。
いい気分でエールでもがぶ飲みしてやろうと思っていたが、俺は真っ直ぐパピーの待つ宿へと向かうことにした。
明日投稿すると告知して2週間。誠に申し訳ございませんでした。
体調を崩し、連鎖反応のように次々と病が降り掛かって体調が安定せず、長く皆様をおまたせしてしまいました。
体調管理を怠った私のミスです。告知詐欺、長期間おまたせしてしまったこと、改めて申し訳ありませんでした。
活動報告に詳しく書きますので、興味のある方は一読くださると幸いです。
野人転生の漫画版が、ニコニコ静画とComicWalkerに掲載されています。
先週の水曜日に更新されています。すごく告知がおくれましたが、ホブゴブとの死闘。自信を持って皆様におすすめできるクオリティですので、またお読みでない方はぜひお読み頂ければと思います。
毎月「第1・第3水曜日更新」
ニコニコ静画
https://seiga.nicovideo.jp/comic/41841
ComicWalker
https://comic-walker.com/contents/detail/KDCW_AM05200934010000_68/





