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野人転生  作者: 野人
欲望の都市

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トゥロン17

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


人の手が全く入っていない原生林。

猿のように木から木へと飛び移る。

ここは危険地帯だ。それもとびきりの……。

明らかに人間を殺しに来てやがる。

 危険地帯を慎重に進む。森と草原の境界線。そこから少しだけ進んだ場所に、花々が咲き乱れた一角がある。そこにファモル草を発見した。


 発見自体は容易だと聞いていた。なるほど、たしかに目立っている。


 俺は慎重にファモル草へと近付く。近くに咲いた花々から甘い香りが漂っている。いい匂いだ、気持ちが落ち着く。


 日本にいた頃は、いい香りのする芳香剤なんてありふれていた。しかし、こちらの世界に来てからは、汗と埃と体臭の混ざった匂いばかり嗅いでいる。


 俺はフローラル系の香りが好きで、外見に似合わず甘い香りの柔軟剤を使っていた。顔に似合わないと、よく友人にからかわれていたっけ。


 香りは記憶との結びつきが強い。


 久しぶりに嗅いだ甘い香りに、日本にいた頃の記憶が蘇る。危険地帯にいるにもかかわらず、センチメンタルな気持ちになってしまった。


 それにしても、落ち着くいい匂いだ。気持ちがふわふわと……。


「うぉ!」


 回路パスを通して、強い警戒の感情が伝わる。


 完全にリラックスモードだった俺は、リラックスとは正反対の強烈な感情に驚き、声を上げてしまった。


 リラックスモード? こんな危険地帯で? おかしい、明らかにおかしい。なぜ俺は警戒を解いた。まさか……。


 俺は背中に冷水を垂らされたように、ゾクリと背筋を震わせる。


 この甘い香りは……毒か。俺は慌てて息を止め、改めて周囲を警戒する。幸い深森狼フォレスト・ウルフの気配は感じられなかった。


 危険地帯でいい香りとリラックス効果かよ。


 地味で効果的な罠を仕掛けてきやがる。ここで間抜け面晒してボーッとしていると、深森狼フォレスト・ウルフがやって来て俺を食い殺す。


 食べ残しが養分になり、また花が咲く。そんなサイクルが頭に浮かんだ。


 ここは危険過ぎる。とっとと採取を済ませよう。あの香りを、また嗅ぎたいと思っている自分がいる。


 好きな匂いだからなのか? 中毒性があるのか? どちらにしろ、やばいことに変わりはない。


 足元でせっせと花の蜜を回収する蟻に気を付けながら、ファモル草を採取する。


 作業中、ずっと息を止めるのは不可能なので、水で湿らせた布を口元に当てて呼吸をした。どれほど効果があるのか分からないが、やらないよりはマシだろう。


 根っこごと丁寧に掘り起こし、水で湿らせた布で丁寧に包む。こちらも10株。依頼の倍の数を採取した。


 周囲にはまだまだ生えているが、こちらも大量に持ち込めば値崩れするかもしれない。それに、必要な数が揃ってしまうと、この依頼がなくなるかもしれない。


 そうなると、ギルド側との交渉が難航する。できれば、採取依頼だけでギルドの貢献度やらを貯めてランクアップしたい。


 仕事を終えたときが一番危険だ。俺は気を抜かず、改めて周囲を警戒する。


 生えている草に隠れて、遠くからでは見えなかった。この位置で改めて周囲を見渡すと、この周辺には革鎧の残骸とおもわれる革の欠片が落ちていた。


 ここで死んだ冒険者の装備だろう。


 この場所に採集に来る冒険者は5級相当。黒鋼の武器を装備していたはずだ。回収すれば、金になるんじゃないか? そんな欲がむくむくと鎌首をもたげる。


 だめだ、一刻も早くこの場所から離れなければ。それに無駄な荷物は所持できない。帰りにまた蟻塚ゾーンを通ることになる。


 木の上を移動するには、なるべく身軽でいないと。


 採取は完了した。早くこの場から離れないと。俺は様々な欲望を振り切り、再び森へと移動しようとした、そのとき。


 気配察知に反応があった。かなりの速度でこちらに近付いてくる。気配は5体分。おそらく、深森狼フォレスト・ウルフだ。


 その瞬間、パピーは俺の肩に飛び乗ると、フードにぽふりと収まった。


「パピー、グッガール」

「わん」


 いい反応だ。パピーが走るより、俺が走るほうが速い。俺は深森狼フォレスト・ウルフから逃げ出すために、全力で走り出す。


 クソ、速えぇ。深森狼フォレスト・ウルフがすごい勢いで迫ってくる。深森狼フォレスト・ウルフの格は単体で3。レベル15の壁を越えた俺の方が、生物としての格は上だ。


 それでもスピード差がある。どんどん距離が縮まっていく。草原で深森狼フォレスト・ウルフと戦うなんて自殺行為だ。なんとか逃げないと。


 深森狼フォレスト・ウルフって名前なのに、なんで草原にいやがるんだよ。そんなアホなことを考えながら全力で走る。


 追い詰められるとアホなことを考えてしまうのは、強烈なストレスから体を守る一種の逃避なのかもしれない。


 警戒は続けている。体もしっかり動いている。その状態で余計なことを考えられる、というのはいいことだ。リソースの余裕があるってことだ。


 益体もない、自己問答を続けながら走っていると、森の入口が近付いてくる。距離は縮まっているが、深森狼フォレスト・ウルフはまだ後ろだ。


 よし、森に入った。俺はすばやく木の上に登る。


 平地での移動速度は四足歩行には勝てないが、木の上なら手が自由に使える俺が圧倒的に有利だ。というか、深森狼フォレスト・ウルフじゃ木の上に登れないだろう。


 パピーのように、回路パスで繋がった人間に、特殊な訓練でも受けていない限り、四足歩行の動物が木に登れるはずがない。


 深森狼フォレスト・ウルフが諦めるまで、木の上を移動してもいい。なんなら棒手裏剣で一方的に遠距離攻撃をかますのもありだ。


 油断する訳じゃないが、木の上に登った時点で俺の勝利は確定している。


 俺が木の上で体勢を整えていると、5頭の薄緑色の狼が高速で飛び出してくる。以前出会ったとき、俺はレベル15だった。


 ボロボロの状態で深森狼フォレスト・ウルフリーダーを含む群を見たとき、俺は恐怖に震えた。最悪のコンディションで出会った最悪の敵。


 そのときのことを思い出して、少しだけ恐怖が顔を出した。だが、すぐに平常心を取り戻す。もう、あのときの俺とは違う。格下は貴様らの方だ。


 冒険者の死体みつぎものを差し出して見逃してもらった弱い俺じゃねぇ。過去の恐怖トラウマを振り払うように、俺は木の上から深森狼フォレスト・ウルフを睨みつけた。

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