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転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
一章

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第5話 鏡(前編)

広間には、薄い絹幕越しの光が差し込み、

磨かれた大理石の床に淡い模様を描いていた。


今日は礼儀作法の研修の一幕。

正妃候補として必ず身につけねばならぬ

所作を学ぶ時間だった。


セレナはその光の中で、

わずかに手のひらが汗ばむのを感じながら、

銀杯の扱いを何度も繰り返していた。


(うう……難しい……

これ、本当に優雅にできているの?)


彼女の一挙一動を、

少し離れた位置からアナヒータが眺めている。


流行の華やぎから距離を置いた衣装。

首元の飾りも控えめだが、

鋭い眼差しは所作ひとつすら逃さない。


銀杯を置く位置がわずかにずれるたび、

セレナは眉ひとつ動かさず、やり直した。


(この所作が、私の未来を変える。

後宮で学べることは……全部、身につけないと)


アナヒータは腕を組んだまま、

彼女の姿をじっと見つめる。


(――必死ね。

ずいぶん、真剣じゃない)


列の端から、小さなくすくす笑いが漏れた。


笑いの中心にいたのは、

藍色の衣を纏った一団。


中央の女は視線すら寄越さず、

背後の濃紺衣の女が、わずかに唇を歪めた。


「まぁ……

姫様のその手、荒れておいでですこと。

焚き火でも弄っていらしたのかしら?」


囁きは、わざと周囲に届く声量で放たれ、

同調するように小さな笑いが連なった。


だがセレナは、嘲りの声など耳に入らぬ様子で、

姿勢と盃の角度に心を砕き、

凛とした表情で動作を繰り返している。


(……しかし珍しいわね。

まだ、目に力が残っている。

この場所で、それを保てる女はほとんどいないのに)


崩れた後宮で、ああいう顔は長くはもたない。

けれど――

しばらく見ておく価値は、ありそうだ。


やがて侍女の声が響き、研修は終わった。

候補者たちが退出する中、

アナヒータは声をかけることなく回廊を抜けていった。





中庭では、色とりどりの衣をまとった妃候補たちが、

香炉の煙をくゆらせながら、

香草を煮出した湯を楽しんでいた。


その輪の端――

水盤脇、細葉の木陰で、

数人の女たちが声を潜め、

視線の先にいる者を見下ろすように言葉を投げる。


そこに立っていたのは、

兵の鎧下を思わせる質素な衣をまとったサフィアだった。


アシェラは白い扇をひらひらと動かし、

涼しげに笑う。


「まぁ……

兵士みたいな格好で後宮を歩くなんて。

武官の真似ごとでもしているつもりかしら?」


レイラが杯を転がしながら、

わざとらしくため息を吐いた。


「ここは戦場ではなく御殿ですわ。

その格好で歩かれては、

場の品位まで疑われてしまいます」


アシェラは唇を歪め、声を張る。


「ねえ、レイラ様。

彼女、舞踏もできないのでしょう?

お披露目の夜会で誰にも誘われなかったら……

まさか、香草湯を運んで回るお役目?」


取り巻きが口元を押さえて笑い、

空気に小さな波紋が広がった。


サフィアは黙ったまま、

琥珀の瞳で二人を見据える。


返せば、同じ土俵に落ちるだけ。

拳が衣の中で固く握られ、

爪が掌に食い込んだ。


「……私は、

飾りのために、ここへ来たのではありません」


短く返した声は、わずかに震えていた。


アシェラの目が細く光り、

挑発を楽しむように笑う。


「まぁ、強気ね。

けれど……飾りにもなれない方は、

もっと困るのではなくて?」


レイラは宝飾を揺らし、

緩慢に首を傾げた。


「兵士の真似より、まずは鏡の前で笑う練習を。

殿下の隣に立つ方が眉をひそめていては……

無様ですわ」


取り巻きの笑い声が、高くなる。


サフィアの唇が震えた。

だが、言葉は出ない。


胸の奥が焼けるように熱く、

息苦しさだけが募っていく。


(……言われた通りかもしれない。

私には地位も、華やかさもない……

それは、分かっている)


女たちの笑い声に混じり、

別の妃候補たちの囁きが重なる。


「見た?

やっぱり優雅さがないわ」

「ええ、殿下の寵を受けていても華やかさに欠ける」

「武官上がりなんて所詮、粗野よ。

長くは持たないでしょうね」


その囁きは、

細い刃のようにサフィアの心を突き刺した。


少し離れた回廊の陰。

アナヒータが紅の裾を揺らし、

帳の隙間から様子を覗いている。


(……あの女、

相変わらず後宮の流儀には染まっていない。

いい加減、学べばいいものを)


冷ややかな視線を落とすと、

そのまま影へと身を引いた。



――その時。



彩りの衣の輪をすり抜け、

セレナが静かに歩み出る。


仕草は穏やかなのに、

纏う空気は凛として冷ややかだった。


「――彼女は、

私たちを守る武官です」


柔らかな声が石床に響き、

女たちの笑みが止まる。


視線が一斉にセレナへ集まった。


「上に立つ者であれば、

まず敬意を払うべきではありませんか」


空気が、一瞬で冷えた。


アシェラは艶やかな笑みを引きつらせる。


「……まぁ、ご立派なお言葉。

ルナワの姫君は、

ずいぶん真面目でいらっしゃるのね」


レイラは鼻で笑い、宝飾を揺らした。


「敬意?

私たちは女として、

あの方の粗野さを“気づかせて差し上げている”だけ」


強がりの棘が混じる声に、

周囲の妃候補たちが思わず息を呑む。


(……言った……

あの姫様が……!)


サフィアは黙ったまま、

セレナの横顔を見つめていた。


瞳には、驚きと、

抑えきれない感謝が揺れている。


アナヒータは扇で口元を隠し、

ちらりとその光景を覗いた。


(……ふふ。

やはり、この娘……

ただのお飾りではないわね)

セレナ「お読みくださりありがとうございます(^^)

感想をいただけたら、とても嬉しいです!」

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今後の新作予告や更新情報は、Twitter(X)でお知らせしています。

→ @serena_narou

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