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転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
二章

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第3話 渇望【前編】

淡い光が帳の隙間から差し込み、鎧ではなく白の薄衣のまま、サフィアは寝台に横たわっていた。


(……昨夜は、結局アルシオンと顔を合わせることはできなかった)


いつもなら、夜更けに視線で呼ばれる。

ただ立っていればいい。名を呼ばれずとも、彼の意図が分かる。

その合図に従うことは、呼吸のように自然だった。


けれど昨夜は――何もなかった。


だから分かる。あの時、呼ばれたのは別の女。


(夜伽……)


そう、理解していたはずだ。

アルシオンは王太子。

正妃となる以上、他の候補を迎えるのは“務め”のひとつ。

知っていて当然のこと。


それなのに、胸が締めつけられ、

吐く息は苦しく、指先がかすかに震えていた。


(……嫌。頭では分かっているのに……どうしてこんなに苦しいの)


理性と感情がぶつかり合い、静かな痛みだけが残った。



朝の回廊。差し込む光のなか、アルシオンは政務室へ向けて歩を進めていた。

廊下の角を曲がったところで、足を止める。


「……殿下」


サフィアの声。琥珀の瞳が、かすかに揺れていた。

朝に顔を合わせるのは珍しくない。だが、今朝は空気が違う。


「どうした」


問いかけながら、アルシオンはその表情を測る。


(……昨夜のことを口にするつもりはない。でも――)


サフィアは小さく首を振り、ぎこちなく微笑んだ。


「ただ……殿下のお顔を見たくて」


足元の空気が沈む。

アルシオンは短く息を吐いた。


「……そうか」


それだけ。

だが胸のどこかに、微かなざらつきが残る。


(気づいているのだろう。……だが、言わないか)


深く追わない。サフィアはいつもそうだ。

そう理解して、歩みを再び進める。


彼女の脇を過ぎる。

マントが揺れ、風が二人の間を切り裂いた。


(――離れない。その強さに救われてもいる)


表には出さず、振り返りもせず、政務室へ向かって歩を進めた。 





書庫の窓から差す光が背表紙を撫で、舞い上がった埃が金色の粒のようにきらめいた。机の上には、昨夜の続きの帳簿が広げられている。


セレナは椅子に腰を下ろし、静かに葦筆を取った。墨を含ませる手つきはいつも通り――けれど胸の底には、まだ昨夜の余韻がかすかに残っていた。


(一国の姫としてはあるまじき態度ね……でも仕方がないじゃない)

相手だって、私を求めていたわけではなかったのだから。


セレナはそっと息を落とし、指先で帳簿の端を整えた。


隣でリサが控え写しを整えながら、ちらりと主の横顔を盗み見た。


「……セレナ様。……大丈夫でしょうか?」


その声音はかすかに震え、憐れむような眼差しが注がれている。夜伽に呼ばれ、拒まれて戻った――リサには、そう見えたのだろう。


(拒んだのは私……とは、さすがに言えないわね)


セレナは筆先を葦紙に滑らせ、柔らかく微笑んだ。

「大丈夫よ。心配かけてごめんね」


リサはなお言葉を飲み込み、心配そうに眉を寄せる。


(……サフィアは、どう思っているのかしら)

もし正妃になっても後宮は残り、殿下は夜伽の務めを果たさねばならない。それが義務だと分かっていても――胸が痛むのは避けられない。


墨が葦紙を染め、数字が列を成して並んでいく。外の光がひときわ強まり、書庫の空気を少し明るく変えた。


セレナはひとつ息を整え、黙々と筆を走らせる。

(……私だったら、いやだな)


小さな吐息とともに浮かんだ本音は、墨より淡く消えていった。リサはその背を見つめ、やはり「拒絶された」と思い込んだまま、眉根を寄せて黙っていた。


(……私も誰かに愛されたいな……)

前世で諦めていたこと。彼と出会って変わったこと。けれど――後宮では、それを望むのは夢物語。


(みんなはどう思っているのかしら……)

前世の記憶を取り戻してから、この時代の女性たちの恋愛観がつかめなくなってしまった。


帳簿を閉じ、席を立つ。今日は妃候補たちの茶会が開かれる日。


(……思い切って聞いてみようかしら)


裾を整え、廊下へ出る。香の漂う回廊を歩むごとに、胸の奥がざわめいていった。

セレナ「お読みくださりありがとうございます(^^)

感想をいただけたら、とても嬉しいです!」

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→ @serena_narou

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― 新着の感想 ―
三人三様の心理描写に、この先の展開が、気になります。 個人的には、セレナには、セレナだけを愛する人と、幸せになってほしいです。
更新ありがとうございます。この三人のザワザワはなんでしょうね?人生の揺らぎでしょうか?それともそれぞれの感情の、例えば愛することへの揺らぎなのでしょうか?人を愛するとか、恋るとか、慕うとか、とても難し…
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