表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/39

第1話 秤【前編】

執務室でラシードが葦筆を置き、静かに言った。

「……サーヒ様は実家へ還送。処罰としては軽いが、表向きはこれで落ち着くでしょうな」


ナヴァリスは帳簿を閉じ、まぶたを半ば伏せる。

「後宮から外れた時点で再起は難しい。追放同然です」


「問題は女官長。印章の管理の不備に、侍女監督の怠慢。――それでも在籍のまま……これもまた軽い」

ラシードの声に、薄い皮肉が乗った。


「王妃殿下の庇護がある。駒を手放すおつもりはないのでしょう」

ナヴァリスは肩をすくめ、口角だけを小さく動かす。


ラシードが短く息を吐いた。

「……侍女筋から聞こえる限りでは、烈火のごとくお怒りだとか」


「ええ、外面では。だが“怒り”と“庇い”を両立させるのが王妃殿下らしさ。――表で叱責し、裏で守る」


沈黙が落ち、油皿の火が帳簿の影を壁に揺らした。

「……つまり我らは、制度で締めるしかない」


ラシードの結びに、ナヴァリスが短く頷く。

「静かに、確実に」


小さな間が落ちた。

ふたりの沈黙は、執務室の空気をひどく冷たくする。


ラシードが横目で笑みを寄こした。

「――そういえば、“皆で分担”という話はどうなった? 財政に政務に娯楽に……立派な座は並んでいたが」


ナヴァリスは首を僅かに振り、淡々と答える。

「見事に形骸化しました。

 政務は文書整理に留まり、財政は印章の管理に収まり、

 娯楽は場の演出に終始している。

 ――制度としての責務を、誰も引き受けておりません」


「つまり、泥をかぶるのは――」


ナヴァリスはわずかに目を細めた。

「本来、帳簿に触れるのは女官長か年長の妃。若輩の候補が手を出せば“出過ぎた”と笑われるものです。……ええ、ルナワの姫君お一人です」


ラシードが肩を竦める。

「飾りの光は皆で守り、雑務は姫様へ押し付けられた形ですな」


口元に笑みを浮かべながらも、二人の眼差しは冷え、

セレナという“芽”がどう育つかを測っていた。





暖かな陽が差し込む書庫で、セレナは帳簿の山に顔を埋めながら、心の内でため息をついた。

――どうして、こんなことになったの?


ナヴァリスとも話していたけれど、本来こうした正妃の務めは古株の候補たちが“やりたがる”ものだと思っていた。

けれど現実は違った。


「殿下が選ぶのは、あの武官でしょ? もう決まっているのに、わざわざ泥をかぶる必要はないわ」

彼女たちはそう言わんばかりに、誰も手を伸ばさない。


そしてナヴァリス――あの柔らかな笑顔のまま、すべてを彼女の机に積み上げてきたのだ。


(確かに私が言い出しっぺだけど……ナヴァリス、最初は私の提案に乗り気じゃなかったのに、手のひら返すように仕事を置いていくのだもの……)


そのとき、書庫の扉が音を立てて開いた。

「おや……ずいぶん賑やかですな」


低い声に振り返れば、ラシードが腕を組んで立っていた。

薄く笑い、書類に埋もれるセレナとリサを見やる。


「これはまた……若い姫が、帳簿の墓場で殉職なさったのかと」


リサが慌てて姿勢を正した。

「さ、宰相閣下……! い、いえ、セレナ様は殉職など――!」


セレナは苦笑し、筆を机に置く。

(相変わらず、人の不幸を面白がるのね……)


ラシードはゆるりと歩み寄り、帳簿の山を覗き込んだ。

「侍女の配分表に、各座の運営報告、ああ……儀式の進行案まで。なるほど、“皆で分担”とは名ばかりだ」


ちらとセレナを見やる。

「見事に、どろ役を一身に引き受けさせられましたな」


乾いた笑いが短く弾んだ。


「励ましに来てくれたわけではないのですね……ただの冷やかしだけですか?」


恨めしそうに視線を送ると、ラシードは唇の端を上げた。

「ひとつ、お伝えしたい事がありましてな」


「あの検問所の仕組み。物資は量と品に応じて賦課、馬や荷車は定額、人と荷は動線を分ける……実際に回せば、渋滞は減り徴収漏れも少ない。なかなかの成果ですよ」


セレナが瞬きをする間に、ラシードの灰色の目に冷えが差した。

「そこに私が通行札と記録を加えた。通過した荷の番号と時刻を残させたのです。すると――面白いものが見えてきた。積んだ荷より“軽くなる”便がある」


セレナは首をかしげ、筆を握ったまま見上げた。

「……どういう意味ですか?」


ラシードは指先で机上の羊皮紙を二度、軽く叩く。

「横領ですよ。積んだ荷と着いた荷を照らせば、抜かれたか否かが一目瞭然ですからな。番号と時刻を残すだけで、横領は格段にしづらくなる」


灰の眼に薄い光。

「これまで好き勝手に荷を抜いていた豪族や役人どもは、さぞひやひやしていることでしょう」


セレナは小さく息をつき、首をかしげた。

「……では、私の発案がお役に立てた、と受け取ってもよろしいでしょうか?」


ラシードは一瞬だけ口元を結び、やがて頷く。

「ええ。少なくとも、この宰相の机の上では“役立っている”と申し上げて差し支えない」


わざと曖昧に言い、目元だけで微笑んだ。

「外に名が出ることはありません。功績は静かに、しかし確かに積み重なっておりますよ」


リサはぱっと顔を明るくし、嬉しそうにセレナを見上げる。

「セレナ様のお考えが、ちゃんと役に立っているのですね……!」


その横顔につられ、セレナも小さく微笑んだ。

(功績か……嬉しいな。)


私は突出した能力も知識もない。

だから、こうやって地道に歩んで行こう――


よし、と息を整え、再び目の前の帳簿へ視線を落とす。

燭台の火に揺れる文字列を追いながら、握った筆に静かな力を込めた。

セレナ「お読みくださりありがとうございます(^^)

感想をいただけたら、とても嬉しいです!」

◆お知らせ

今後の新作予告や更新情報は、Twitter(X)でお知らせしています。

→ @serena_narou

ぜひフォローしてチェックしていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ