【番外編】 舞
本編と全く関係ありませんので、スルーしていただいても大丈夫です。
その日、講堂には、張りつめた空気が満ちていた。
(……人の目が痛い)
リサや侍女たちは不安げに見つめ、
妃候補たちは息をひそめて成り行きを見守っている。
(お願い、誰か……この空気を壊して)
――今日の演目は、舞の座の個別発表会。
セレナの番が、来てしまった。
◆
舞――それは、王国の礼と信仰を体で示す“姫の言葉”。
婚儀や祭礼の場では国の品位を映し、舞える者こそが宮廷の華とされた。
舞の座は、アシュラが主催し、セレナの提案によって創設された座のひとつ。
芸としての舞だけでなく、姫君たちが礼節と心の統え方を学ぶための場でもある。
そこはまるで宮廷の小さな劇場のようで、
日ごとに姫たちが香と音に包まれ、所作を磨いていた。
セレナも姫として日々精進すべく、舞の座に通っていた。
だがその朝。
音楽が流れ始めた瞬間、彼女の背筋に冷たい汗が伝った。
(ど、どうしてこんなに下手なの?)
腕は上がらず、ステップは遅れ、裾が足に絡まる。
周囲の姫たちは優雅に旋回し、まるで花弁のように舞っているのに――。
(私……前世ではバレエを習ってたのに……下手だったけど)
そう――前世でも踊りが下手すぎて、よく母の怒りを買っていたものだ。
焦る心を悟られぬよう、セレナは必死に笑みを保った。
だが、隣から小さなため息が聞こえる。
「まあ……姫様、それは少し――手の角度が惜しいですわ」
アシュラが扇を口元に当て、穏やかな微笑を浮かべた。
その声には、優しさと同時にわずかな愉悦が混じっている。
「舞は、呼吸と同じですのよ。
無理に形を真似なさらず、流れに身を委ねればよろしいのに」
(流れって……わ、私……前世と同じことを指摘されてる……!)
セレナは内心で悲鳴を上げながら、必死に足の動きを合わせた。
汗が首筋を伝い、裾がひらりと遅れて翻る。
リサが冷や冷やとセレナを見ていた。
(リサ、そんなハラハラ見るものじゃないのに……)
音楽が終わると同時に、静寂が舞台を包む。
セレナは胸の前で手を重ね、かすかに息を吐いた。
(な、なんとか終わった……!)
指先が震えるのを隠すように裾を整え、ぎこちない笑みを浮かべた。
舞の座の朝は、ようやく幕を閉じたのだった。
◆
中庭の片隅で、セレナは一人ストレッチをしていた。
朝露に濡れた石畳の上、風が頬を撫でる。
「運動神経って……身体は関係ないのね」
ぽつりと呟きながら、首を傾げる。
舞の座での散々な出来に落ち込みつつも、
どこか心の奥では小さな喜びを感じていた。
(うん、前世よりも、身体が柔らかくなった)
普段から、こっそりとストレッチにはげんでいたのだ。
最初はリサに「セレナ様、何かの儀式を……!?」と怯えられたが、
今ではすっかり見慣れた光景になっている。
セレナは深呼吸をして、ゆっくりと足を上げた。
(そのおかげで、ほら。アチチュードだって簡単に――)
「……」
回廊を歩いていたアルシオンと、目が合った。
「………!!」
(い、いやぁぁぁーーーっ!!)
真っ赤になったセレナは、
片足を下ろすよりも早く、スカートを掴んで走り出した。
石畳を叩く足音と、風に混じる――
彼女の心の悲鳴が、中庭の朝に響き渡った。
◆
アルシオンは中庭の回廊で足を止め、呆然とその場を見つめていた。
スカートを翻して逃げていくセレナの姿が、朝の光の中に消えていく。
「……今のは……儀式か、訓練か……」
眉間に皺を寄せつつも、視線がしばらくその方向から離れなかった。
(……いや、儀式にしては、妙に――綺麗だったな)
自分でも気づかぬほど小さく呟き、アルシオンは喉を鳴らして顔を背けた。
朝の風が吹き抜け、回廊に残るのは、熱を帯びた沈黙だけだった。
セレナ「お読みくださりありがとうございます(^^)
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