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転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
一章

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26/39

最終話 月光(前編)

昼下がりの庭園に、金糸を織り込んだ天幕が張られていた。


まだ宴の余韻が後宮に漂う中、今日は妃候補たちが顔をそろえての茶会だった。

卓上には果実と蜂蜜を添えた菓子が並び、香草を煮出した温い飲み物が湯気を立てている。

淡い香煙が陽光に溶け、金糸の天幕をほのかに染め上げていた。


(この後宮で、こんなふうに女子会できる日が来るなんて……!)


この習わしは王妃ザリーナが他国から取り入れたもので、もとは神前の香祀を由来とするという。


「この前の宴、やはり評判になっておりますわ」


口火を切ったのは、赤絹の衣を纏ったアナヒータだった。

「アルシオン殿下が、あのように公衆の前で妃席にお呼びになるなど……各国の使節も目を丸くしておりました」


「ええ、わたくしの父も書状で知らせてまいりました」


続けたのは、金の腕輪を揺らすレイラ。

「“アウレナは情を盾にするのか”と、隣国の王たちは訝しんでいるそうですわ。……考えるだけで、気が重くなります」


アシェラが扇を口元に当て、楽しげに笑った。

「でも外交なんて、どれだけ顔を繕っても、腹の底では駆け引きばかり。結局は言葉より、贈り物や婚姻で決まるものではなくて?」


「……そうかもしれませんが」


アナヒータは真剣な眼差しを向ける。

「だからこそ、殿下の隣に立つ正妃は、外交の場で“国の顔”になるのです。言葉ひとつ、仕草ひとつが、国の印象を左右します」


セレナは湯気の立つ杯を手にしたまま、言葉を失っていた。

皆のやり取りを耳にしながら、胸の奥にひやりとした感覚が広がる。


――外交。


その響きは、すっかり意識の外に追いやっていたものだった。

これまで後宮での秩序や、侍女たちへの教えこそが自分の務めだと思っていた。

けれど、それだけでは足りない。

広間の扉の外に広がる、より大きな世界の気配を、今さら突きつけられた気がした。


(お父様も、宴の話を聞いたら……きっと怒るよね。

そもそも、今の私の立ち位置を、どう思うかな)


胸の奥が冷たくなる。

その感覚を振り払うように、セレナは視線を卓の向こうへ向けた。


(……あの子、こういう場は苦手そうね。大丈夫かしら)


杯の中で揺れる茶の色を見つめ、そっと唇を結ぶ。


(私が、心配できる立場じゃないわね)


ふと、先日の回廊での言葉が胸をよぎる。


(リサは、ああ言ってくれたけれど……)


庭園を抜ける秋の風に、枯れ葉が舞い、茶卓の上に一枚、静かに落ちた。

セレナはそれを指先で拾い上げ、胸元へとそっと引き寄せる。


(……私が、ここにいる意味はあるのかな)


天幕の金糸が微かにきらめき、

その問いだけが、胸の奥に静かに沈んでいった。





朝の後宮はまだ人影もまばらで、涼やかな風が薄布を揺らしていた。


侍女リサは化粧道具を整えるため、セレナの部屋へ入り、机上の木箱を開く。

白粉、香油、小瓶の香料――見慣れた並びの中に、小さな彩陶の壺がひとつ紛れていた。


「……昨日までは、なかったはず……」


訝しみながら蓋を外した瞬間、甘苦い草の香りに、金属を舐めたような匂いが混じって鼻を刺す。


反射的に指先で確かめかけ――すぐに思い直し、即座に払い落とした。


胸の奥に浮かんだのは、草木座で最近教わった薬草の一節。


《粉末にすれば白粉に似るが、甘苦く、肌からも毒が回る》


血の気が引く。

慌てて手巾で指を拭い、振り返った先で、セレナがすでにその小壺へ視線を落としていた。


「その化粧品……どうかしたの?」


リサの喉が、ひゅっと鳴る。

「……っ、セレナ様。それには、どうかお触れにならないで……!」


セレナは眉を寄せ、小壺を見つめる。

「……まさか、これは……毒?」


低く落ちた呟きに、室内の空気が一気に張りつめた。


「セレナ様! どうか、お手を――!」


震える声に切迫をにじませ、リサはとっさに壺を手巾で覆い、半身で主の前に立つ。


セレナは視線を伏せ、肩をわずかに落とした。


(……ああ。

 私、毒を盛られるほど……嫌われていたのね。

 一体、私が何をしたというの……)


その横顔を見て、リサははっと顔を上げた。

「セレナ様……! そんなこと、絶対にございません!」


蒼ざめた頬に必死な色を宿し、身を寄せる。

「これは……誰かが、セレナ様を陥れようとしたのです!」


涙の滲む声で、懸命に訴えた。


セレナは小さく首を振り、わずかに苦笑を浮かべる。

「……大丈夫よ。そんなに落ち込んでいないから」


自分に言い聞かせるような声音だったが、表情はどこか寂しげだった。


そしてふと、セレナはリサの指先に目を留める。

「それより……リサは大丈夫? さっき、粉に触れていたでしょう」


心配を隠さぬ瞳が、侍女を真っ直ぐに映す。

リサは胸元を押さえ、慌てて首を振った。

「は、はい……すぐに払いましたから……」


それでも声は震え、安堵と不安が入り混じっていた。


「……念のために、お医師に診てもらいましょう」


落ち着いた声で言い、セレナは扇を胸に抱き直す。

「後宮監のもとへ行きましょう。確かめてもらえば、安心できるわ」


リサははっと目を見開き、すぐに深くうなずいた。

「……はい、姫様。すぐに」


強張っていた頬に、わずかに安堵の色が差していた。





白壁に囲まれた後宮監の執務室は、朝の光を受けて静まり返っていた。

香の煙が細く立ちのぼり、棚には帳簿や巻物が几帳面に並んでいる。


セレナとリサが足を踏み入れると、卓に座したナヴァリス・エフェンディが顔を上げた。

穏やかな微笑を浮かべながらも、目の奥には冷ややかな光が潜んでいる。


「……姫様に、侍女殿。朝早くにお越しとは――さて、どのようなご用向きでしょう」


セレナは胸に抱いた扇をきゅっと握り、彩陶の壺を卓上にそっと置いた。

「……後宮の化粧道具の中に、これが紛れていました。

 白粉に似ておりますが、侍女が確かめたところ、異様な匂いが――毒の疑いがございます」


ナヴァリスの瞳が、一瞬だけ鋭く光る。

だがすぐに、その色は穏やかさに覆い隠された。


「……なるほど。毒などという言葉、軽々しく口にするものではありませんが……

 姫様のお手から出された以上、看過はいたしかねますな」


彼は手を伸ばしかけ、しかし触れることなく、視線だけで壺を量る。


「姫様ご自身で、お使いには?」


「いいえ。開けただけです。

 幸い、侍女が草木座で学んだ知識で気づいてくれました」


ナヴァリスはしばし黙り込み、扇の端を撫でるセレナの仕草を観察してから、ゆっくりと頷いた。

「……承知いたしました。この件、ただちに調べさせましょう。

 配下の管理が及ばず、誠に申し訳なく存じます」


丁寧な言葉。

だが、その奥には探るような気配が確かにあった。


「ただし……姫様。

 このような事は、軽々に広めぬ方がよろしい。

 後宮は噂一つで火がつく場所――真実よりも先に、炎が回るのです」


リサが不安げにセレナを見る。

セレナは、その柔らかな口調の裏に潜む意図を、はっきりと感じ取っていた。


(全部を鵜呑みにするつもりはないけれど……ここで大事にすれば、犯人は身を潜めてしまう……

 知らないふりをしていた方が正解みたいね)


扇を胸に抱き直し、静かに頷く。


「……わかりました。ナヴァリス様のお言葉に従いましょう」


ナヴァリスの目がわずかに細まり、穏やかな微笑みが深くなる。

「ご理解いただけて何より。こちらで然るべく処理いたしますので、

 姫様はどうぞご安心を」


セレナはすぐに視線をリサへ向けた。

「それより……リサのことを。

 毒の粉に触れてしまったのです。医務室で診ていただけますか」


ナヴァリスは短く頷き、脇に控えていた小者を呼び寄せる。

「承知いたしました。侍女殿は医務室へ。――念には念を、ですな」


リサは深く頭を下げ、小さく礼を述べた。

その表情には、なお緊張を残しながらも、わずかな安堵が滲んでいる。


再び筆が取られ、

執務室には、紙をなぞる音だけが静かに響いていた。

セレナ「お読みくださりありがとうございます(^^)

感想をいただけたら、とても嬉しいです!」

◆お知らせ

今後の新作予告や更新情報は、Twitter(X)でお知らせしています。

→ @serena_narou

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― 新着の感想 ―
武官を正妃にするなら後宮の姫を差し出した各国の王族は黙ってないでしょう。あの姫が正妃なら納得するという空気なら後宮は平和が保てるがそうではない。セレナは後宮の姫達を部活で結託させたから、それがそのまま…
更新ありがとうございます。事態はうごく。セレナいよいよ覚醒でしょうか。セレナには小さな世界から飛びたってほしい。人として、幸せになってほしいと思います。 楽しみに更新待ってます。よろしくお願いします。
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