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転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
一章

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19/39

第9話 兆(中編①)

アルシオンの影が回廊の奥へ消えるまで、セレナは立ち止まっていた。

(……何だったの……)


夕陽の残り香と、硬い底の履物が石床を打つ音が遠ざかっていく。

胸の奥に、微かなざわめきだけが残る。


(……あの人は、正妃に求めるのは愛なのよね……

 うん、愛は大事。でも……)


裾を整え、リサを促して歩き出した、その時――

奥の扉が静かに開いた。


濃紺の礼服を纏った長身の男。

ナヴァリス・エフェンディ。


切れ長の眼差しが、静かにこちらを射抜く。

低く落ちた声。


「……姫様」


セレナは裾を持ち、礼をした。

「ごきげんよう、エフェンディ様」

リサも深く頭を垂れる。


ナヴァリスは一拍、視線を据えた。

「直訴の件――侍女を庇われた勇気、後宮で噂になっております」


セレナはわずかに首を傾ける。

「……そうなのですか」


意にも介さぬ様子に、リサは思わず口元を緩めた。


「……ご存じないと? 広まっておりますのに」


(目立つつもりなんて、なかったのに……)

セレナは視線を伏せ、静かに息をつく。


ナヴァリスの瞳が、わずかに細められた。


淡々とした声が続く。

「行動は評判を伴うもの。後宮とはそういう場。

均衡を乱す一手も、時に正す力となる」


石畳を踏みしめながら、セレナは思う。


(……そもそも)


誰にも役目がないから、

均衡も、変化も、生まれないだけなのではないだろうか。


後宮にいる誰もが、暇を持て余している。

それは――

かつて担うはずだった仕事を奪われ、

形だけの席に押し込められているからだ。


(……それで満足している人も、

 きっと、いるのだろうけれど)


――人の与える務めを待つのではなく、

 自ら務めを作り出すことです。


ラシードの言葉が、胸の奥で静かに蘇る。


(……うう。受け身じゃだめ、って言われたばかりなのに)


歩みを緩めた視界の端に、濃紺の礼服。

ナヴァリス・エフェンディ。


(……この人に

 「お仕事をください」なんて聞いたら、

 また目立つわよね……)


一瞬、ためらいがよぎる。

――けれど。


(あれ……そういえば)


静寂の中、セレナは瞬きをした。

ふと顔を上げ、瞳に光が宿る。


「……ナヴァリス様」


柔らかく、だが選び抜いた声で問う。

「今の後宮では――“務め”を誰が担っているのですか?」


「……務め、ですか」


低い声が回廊に漂う。


「侍女は衣を整え、女官は記録と配膳を司り、

妃候補は式や宴に出座する。

――最低限の役割は、確かに存在します」


一拍置き、淡々と続けた。


「だが、それらを統べ、意味のある働きとして

機能させている者がいない。

業務は分断され、責任は宙に浮き、

誰も“後宮全体”を回してはいないのです」


セレナは、ぱっと顔を上げた。


「――でしたら、後宮の者たちで

業務を分担してみてはいかがでしょうか?

侍女も、女官も、妃候補の方々も……

それぞれが役目を持つ形で」


(学校の委員会みたいにしたら……)


ナヴァリスは唇を結んだまま、動かない。


リサが目を丸くして息を呑む。

「セ、セレナ様……

正妃のお務めまで……?」


「随分と斬新なお考えですな」

ナヴァリスは瞼を細めた。

「“全員で分担する後宮”とは」


「引き継ぎや指導を繰り返せば、

誰もが順に役目を担えます。

それなら後宮は、もっと活気づきます」


「……業務を“輪”として繋ぐ、か」

低い声が零れる。


「だが人は安楽を手放さない。

妃候補も侍女も女官も、

必ず“格下げ”と受け取る者が出る。

抵抗は避けられません」


鋭い視線が射抜く。

「姫様……それを承知でなお、

提案なさるのですか?」


「はい……」


声は静かだが、奥に熱が宿る。


(このままでは後宮はお荷物。

いずれ困るのは、私たち自身……)


「……強い言葉ですな」


ナヴァリスは衣の裾を叩いた。

リサは小さく目を輝かせる。


「覚悟とは、誰かに嫌われても退かぬこと。

後宮を揺さぶるなら、それを背負うことです」


セレナは小さく肩をすくめた。

「……でも、誰かが動かなければ、

何も変わらないでしょう?

生憎、私は図太いので。ご心配なく」


胸奥に、過去がよぎる。

――教室の隅で指をさされ、不気味と囁かれた日々。


(嫌われ役は慣れないけれど……

この案は、みんなのためになるはず)


リサが不安げに見上げた。

「大丈夫ですか」と問いかける瞳。


「……図太い、ですか」


ナヴァリスは低く繰り返し、興味を滲ませる。

「怯えず、嫌われることを選ぶ――

それは脆さではなく、強さでしょう」


衣の裾を軽く叩き、告げた。

「強さを示せば示すほど、群れの外に置かれる。

孤独に耐えられるなら、進むがいい」


口元に影のような笑み。

「私は後宮監として、

その孤独がどれほどあなたを削るか……

傍らで観察させてもらいましょう」


陽光が石壁を照らし、

切れ長の瞳にセレナの姿を映す。

冷徹さの奥に、試すような愉悦が潜んでいた。





訓練場脇の回廊。

石壁に背を預けたカリムが言った。

「……聞いたぞ、昨日のこと。レイラ様に啖呵切ったそうだな」


サフィアの足が止まる。

「……侍女経由で、もう広まってるんだな」


「広まるに決まってる。後宮は兵舎と違う、口ばっかりの戦場だ」


灰色の瞳が細められる。

「お前が“殿下の隣に立つ”なんて言ったと噂されてる」


サフィアは唇を結び、視線を逸らす。

「私は……ただ、殿下を守りたいだけだ」


「それは俺が一番知ってる。だがな――」


カリムは一歩近づき、低く言う。

「“守る”と“妃の座を望む”は別だ。線を踏み越えれば、殿下を困らせる」


サフィアの拳が震えた。

「……困らせるつもりなんかない」


「なら気をつけろ。名誉を守りたいなら、お前自身が火種になっちゃならん」


胸の奥に突き刺さる言葉。

サフィアは言い返せず、剣の柄を握る。


カリムは深く息を吐いた。

「……止めたいんじゃない。泣かせたくないだけだ」

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

ブクマや感想を頂けると、とても励みになります_(._.)_


Twitter始めました!

裏話とか載せる予定ですのでよければ覗いてください

→@serena_narou

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― 新着の感想 ―
うーん。サフィアは悪役でもないけど、位置付けが今ひとつわからない。 なぜそこまで王が固執するのか。最初に回想もあったけど、あとはイチャイチャばかりで王妃に望むだなんだ薄いなぁ。 王妃なら外交や礼節や他…
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