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転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
一章

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第5話 鏡(後編)

「……私たちは、同じ後宮に住む者です。

陛下や王宮のためにも、

品位を保たなければなりません」


セレナは裾を整え、澄んだ声を続けた。


「姫様方は、今のご自身の振る舞いを――

品位あるものと、お考えですか?」


アシェラの唇が固く結ばれ、

レイラはふいと顔を背けた。


取り巻きたちは息を詰め、

互いに視線を交わすばかりで言葉を失う。


セレナは、ふっと笑みを和らげた。


「それに……

姫様方には、そのような笑みは似合いませんよ。

いつもの談話での笑顔のほうが、

ずっと魅力的です」


一瞬の沈黙。


アシェラの頬がわずかに赤みを帯び、

レイラは返す言葉を見失った。


サフィアは黙ったまま、セレナの横顔を見つめる。


(……やっぱり、この人は……

ただの姫じゃない)


他の妃候補たちは顔を見合わせ、

小さく息を漏らした。


水盤脇の細葉の木陰で、

棘立っていた空気が、

わずかに、しかし確かに緩んでいく。


回廊の陰から、その様子を見ていたアナヒータは、

扇を下ろし、唇の端を上げた。


(柔らかく斬る……

これは、なかなか侮れない)


中庭には、気まずさと、

そして微かな敬意が入り混じった静けさが広がる。


セレナは腰を上げ、裾を整えて立ち去ろうとした。


すれ違いざま、

吐息ほどの声で呟く。


「……皆、鏡は見ないのかしら」


ほとんど風に紛れて消えたその言葉を、

すぐそばにいたサフィアだけが拾った。


「……え?」


思わず漏れた声には、

驚きと戸惑いが滲んでいた。


琥珀の瞳が揺れ、

セレナの背を追う。


セレナは振り返らず、

木陰から光の方へ歩み去っていった。





回廊の陰から、ラシードは

中庭中央――香炉を囲む妃候補たちの輪で

繰り広げられた一幕を、静かに眺めていた。


妃候補たちの嘲弄を断ち切ったのは、

後宮に入って日も浅い異国の姫――セレナ。


「彼女は私たちを守る武官です。

上に立つ者であれば、

まず敬意を払うべきではありませんか」


ラシードの口元に、

かすかな皮肉を帯びた笑みが浮かぶ。


(ふむ……

あの年で、あの切り返し。

柔らかさに見せかけて、しっかりと刺す)


怯まず問いを返し、

最後には笑みで場を和らげる。


場は凍りつき、

誰一人、言い返すことができなかった。


(ただの飾り姫では終わらん。

本人が望まずとも、

周囲が放ってはおかぬだろう)


眼差しは淡々としていたが、

胸の奥には警戒と興味がないまぜになっていた。


アルシオンがサフィアを選ぶ意思は、すでに知っている。

だが――

セレナという駒は、

黙って朽ちる石ではない。


(飾りに見えても、

盤上に置かれた以上、摘む対象にはなる。

――さて、摘む役目は誰が担うか)


袖で口元を覆い、

目元だけが愉しげに笑った。





政務区画へ向かう回廊を、

アルシオンは文書を片手に歩いていた。


背後から、控えめな足音が並ぶ。

振り返ると、

穏やかな笑みを浮かべたラシードが隣に立つ。


「殿下。

ひとつ、面白い場面を拝見しましたので、

ご報告を」


「……また皮肉か?」


「皮肉どころか。

中庭で、妃候補たちが

サフィア殿をからかっておりました。

そこへ現れたのが、ルナワの姫君」


一拍置き、淡々と続ける。


「堂々と割って入り、

武官に敬意を払えと説き、

品位を問い直し、

最後には笑みで場を和ませました」


アルシオンは、足を止めた。


「……セレナが?」


「ええ。

あれでは、ただのお飾りには収まりませんな」


ラシードは一礼し、そのまま歩み去る。


残されたアルシオンは、

黙したまま立ち尽くした。


(……あの目を初めて見た時から思っていた。

流されて泣くだけの姫ではない。

場を変える力を持っている)


文書の端を、無意識に強く握る。


(だが、俺が求めるのはただ一人――サフィアだ。

どんな姫が現れようと、

その答えが揺らぐことはない)


胸のざわめきを押し込み、

再び歩を進めた。





(……皆、鏡は見ないのかしら)


その言葉が耳に残り、

サフィアの胸をざわつかせていた。


あれは皮肉だったのか。

それとも――

自分自身を見直せ、という意味だったのか。


考えれば考えるほど、

胸の奥に細い棘が残る。


回廊の夕影を抜け、

訓練場近くの渡り廊下へ差しかかったところで、

壁にもたれ腕を組んだカリムが声をかけた。


「……今日、なんかあっただろ」


足を止め、サフィアは眉をひそめる。


「……なんでわかる」


「お前の顔は昔から隠し事に向いてねぇ。

剣より真っ直ぐ出る」


からかうように片眉を上げる。


サフィアは小さく息を吐き、視線を逸らした。


「……ちょっと、嫌な言葉を聞いただけ。

別に、大したことじゃない」


「大したことじゃない顔か?」


声音が、低くなる。


サフィアは口ごもり、

やがてぽつりと零した。


「……あんなふうに言われるのは、仕方ない。

全部、その通りだから。

だから……黙るしか、できなかった」


「慣れる必要なんざねぇよ。

お前はお前だ」


「でも、後宮はそうはいかない」


かすかな笑みを浮かべるが、

声は弱かった。


カリムはしばし黙し、

真っ直ぐな目で言う。


「戦場じゃ、剣一本で済む。

強さがすべてだ。

だが後宮は違う。


言葉も噂も立場も、全部が刃になる。

剣が強くても、

背中から斬られたら終わりだ」


サフィアの目が揺れる。


「……だから怖い。

でも、殿下の隣に立ちたい。

逃げない」


カリムは鼻で笑い、肩を竦めた。


「昔からそうだな。

無茶して、泣いて、

それでも立ってきた。


だからお前は、生き残ってきた」


少し間を置き、真剣な声で続ける。


「いいか、サフィア。

後宮はお前の土俵じゃない。

けど――殿下の隣に立つってんなら、

剣だけじゃなく、

言葉の盾も覚えろ。


俺が横で見てる。

倒れても、立ち上がれ」


サフィアは俯き、

拳をぎゅっと握りしめた。


(正妃になるなんて、望んでない。

そんな資格はない。

ただの武官に過ぎない)


それでも――。


(それでも隣にいたい。

笑っていてほしい。

守れるのは、私でありたい)


夜風が渡り廊下を吹き抜け、

涙をこらえて上げた横顔を、

薄明の光が静かに照らしていた。





中庭を抜け、回廊の影に入ったところで、

リサが小走りでセレナの横に並んだ。


「……セレナ様。

今のお言葉……すごく、胸に響きました」


息を整えながらも、

瞳の奥は驚きと興奮に揺れている。


セレナは軽く肩をすくめ、

歩みを緩めずに答えた。


「私が言うべきことでもなかったかも……」


(サフィアは、もしかしたら正妃になるかもしれない。

あの場は、自分で収めさせるべきだったかな……)


リサは一瞬だけ目を丸くし、

それから前を向いた。


「……でも、あの場は

セレナ様でなければ、

誰も言えなかったと思います」


セレナは答えず、

ただ橙の光の中を歩き続けた。


回廊の曲がり角で、足が止まる。


夕陽を背にした影――

アルシオンが、そこに立っていた。


「……セレナか」


低く抑えた声が続く。


「さきほどの中庭でのことだ。

お前が場を収めたと聞いた」


夕陽が彼の瞳を深く染め、

真意を探るように射抜く。


「あれは――

仲裁のためだったのか」


「……それは――」


唇を開きかけた、その時。


柱影から足音が近づき、

サフィアが視界に入った。


アルシオンは一瞬、

セレナを見据えたまま目を細め、

それから小さく片手を上げて制した。


――また後で。


そう言外に告げ、

歩みをサフィアの方へ移す。


回廊に残されたセレナは、

静かに呟いた。


「……違いますよ。

自分のためです」

セレナ「お読みくださりありがとうございます(^^)

感想をいただけたら、とても嬉しいです!」

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今後の新作予告や更新情報は、Twitter(X)でお知らせしています。

→ @serena_narou

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