表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生姫はお飾り正妃候補?愛されないので自力で幸せ掴みます  作者: 福嶋莉佳(福島リカ)
一章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/39

第1話 縁談




「どうして……今が一番幸せだったのに……」

「もし生まれ変わるなら……普通の女の子に……」



    香山美月、十七歳。呪術師。

    悪魔祓い失敗にて――死亡。






そして時は流れ──



ここはルナワ公国第一王女の居室。

今や美月の新たな居場所。


壮年の男と、金糸を散らした衣をまとった女が、磨き上げられた青銅卓を挟んで言葉を交わしている。


「セレナ様、先ほど使者が参りましてございます」


膝をついた侍女が銀の文筒を恭しく差し出す。

女官長が開き、滑らかに読み上げた。


「……アウレナ王国より、正式な縁談の申し入れがございました。第一王太子殿下の正妃候補として、とのことにございます」


瞬間、頭の中が真っ白になった。

言葉は届く。意味だけが追いつかない。


「……え、縁談?」声が震えた。

胸が苦しくなるほど脈が速まり、手のひらに汗がにじむ。


(私が……正妃候補? そんなはず……)


否定しようとした瞬間、

波のように前世の映像が押し寄せた――


厳しい両親の叱声。

周囲に怯えられ孤独の毎日。


親から逃げ、自分を知らない町で手にした自由。

友達と笑い、彼と未来を語り、

暗い客席で肩を寄せ合い、同じスクリーンを見つめた夜。


そして――呪術師として悪魔祓いに追われた日々。

あの日、血の匂いと共に、すべてが終わった。


「…セレナ様?」


女官長の声が耳に届き、はっと我に返る。


「だ……大丈夫です……驚いてしまって……」


冷静になろうと視線を巡らせる。

柱には金糸の布が垂れ、香炉からは白い煙がゆるやかに立ちのぼっていた。


どこかで見たことがある。そうだ、教科書や映像で目にした古代アナトリアの宮廷だ。


そして自分自身にも意識を向ける。

確かに、生まれ変わって“普通の人間”にはなった。

もう霊も見えないし、術も使えない。


(だけど……古代のお姫様になるなんて……)


女官長は柔らかな笑みを浮かべ、言葉を重ねる。

「準備はすぐに整えましょう。殿下も、きっとお喜びになります」


「そう……ですかね……」


(ああ……やっぱり拒否権なんてないのね……)


胸の奥が重く沈む。

(でも、アルシオン王太子って……あの……?)


沈んだ気持ちに、かすかなときめきが紛れ込む。

(噂でしか耳にした事がないけど……

聡明で、戦場に立つこともある。青い瞳の、凛としたお方と……)


「文の返答を至急アウレナへ。王女殿下の支度は本日から始めます」


衣擦れと足音が遠ざかり、部屋は静けさを取り戻す。

外の光が金糸の刺繍を揺らし、胸の鼓動まで明るく照らすようだった。


(まさか……生まれ変わって王子様と結婚だなんて……)


熱が、ふわりと頬に集まった。

自覚した瞬間、遅れて心臓が跳ねる。


(神父にも褒められた、冷静さが取り柄だったはずなのに……私、浮かれている……)


侍女がそっと髪を梳く。

指先が触れるたび、くすぐったい。心までざわめく。


けれど、その小さな期待がどれほど浅はかなものか、私はまだ知らなかった。


数日後、私は思い知ることになる。

アルシオン殿下の妃候補が、いかなる立場に置かれているのかを。


そして、“後宮”という場所が、私の想像とはまるで別の姿をしていることを――。





数日の旅路を経て、アウレナ王国の王都が視界に広がった。

黄金色の城壁が陽光を反射し、角笛と太鼓の音が胸に響く。


門を抜けると、風にはためく敷物と甘い香りが迎えてくる。


案内された後宮は、金糸の天幕がきらめき、曲がりくねった回廊が迷路のように続いていた。


泉の水は澄み、庭の花々は色鮮やかに咲き誇り、侍女たちの衣も揃って華やかだ。

どこを見ても華やかで、さすがは大国――そんな空気に圧倒された。


思わず息を呑み、視線をさまよわせたそのとき。


「まぁ……妃候補のお姫様ですって」


声の主は、紅の衣に金糸を散らし、宝石を幾重にも身につけた女だった。

レイラの動きはゆるやかで、豪奢な裾を引きずるたびに飾りがきらめく。


「遠路はるばるご苦労さま。あら、その服、地方の仕立て?」


「……!」


一瞬、体が固まった。

柔らかな笑みの奥に、刃のような意図が潜んでいた。


(今のは……嫌味よね……

どうしよう……こういう場合はどう切り返していいのかわからない……)


セレナが言葉を失ったのを見て、レイラはゆるやかに顎を傾けた。

紅の唇がさらに深い笑みに歪み、満足げにまつ毛を伏せる。

まるで「やはり田舎娘」と結論づけるかのように。


(駄目だ……正直に答えよう)


セレナは深く一礼する。

「初めまして。ルナワ公国第一王女、セレナと申します。遠く離れた小国から参りましたので、どうか色々と教えていただければ嬉しく思います」


卑屈さを欠いた声音に、レイラは一瞬まばたきし、

「ええ、もちろん」とだけ返した。


セレナは微笑みながらレイラを見つめる。

(何も言われない? よかった……)


張り詰めていた肩の力がわずかに抜けたところで、女官たちが再び一礼する。

「では、姫様のお部屋へご案内いたします」





回廊をいくつも抜け、香の漂う扉の前で立ち止まった。

侍女が一歩前に進み、金の取っ手へと手をかける。


「こちらが本日より姫様の居室にございます」


帳の奥には、絹の天蓋を垂らした寝台と黒檀の書見台。

敷き詰められた絨毯は足音を吸い、香炉からは白い煙が立ちのぼっている。


その手前に、一人の長身の男が立っていた。

黒髪を後ろで束ね、切れ長の灰色の瞳。

深藍の衣に銀の帯を締め、品の漂う佇まい。


だがその眼差しの奥には、わずかに疲れの影が滲んでいた。

男は静かに一礼した。


「ようこそお越しくださいました。ラシードと申します。アウレナ王国の宰相にございます」


低く響く声が石壁に反射し、部屋の空気をさらに張り詰めさせた。

宰相自らが姿を現す――その事実に、この縁談の重さを感じた。


侍女たちは一層姿勢を正し、セレナの背後で息を潜めた。


「ルナワ公国第一王女、セレナです。よろしくお願い致します」


(……なんだかお疲れ気味な方ね。休めているのかな)


ラシードは軽く頷き、口元に淡い笑みを刻む。

「お疲れのところ恐縮ですが――殿下がお待ちです」


その言葉が落ちると同時に、帳の奥から衣擦れの音がした。


寝台の背後、香炉の白煙が溜まる内室へと続く薄紗。

王族が近臣のみを通す控えの間が、静かに揺れ、革靴が絨毯を踏み、重くも確かな足取りが近づいてくる。


香の煙が割れるようにして、ひときわ高い気配が現れた。


長身の男。

鋭く澄んだ青の瞳――王太子アルシオン。


短い黒髪が、陽を受けて静かに艶めく。

凛とした面差しに影を落とす。


軍装に包まれた肩と胸は力強く、同時に立ち姿には人を惹きつける気品が漂っていた。


一瞬で空気が張り詰めるが、漂わせた柔らかな気配がその緊張をほどいた。


「ルナワ公国第一王女、セレナにございます。お目にかかれて光栄です、アルシオン殿下……」


(こ、こんなに早くお会いするなんて……心の準備が……)


膝を折った姿勢のまま、胸の鼓動がやけに速い。

指先にかすかな震えが走る。


「顔を上げよ」


ゆっくりと顔を上げると、澄んだ青の瞳が真正面から射抜いた。

だがすぐに、その鋭さはやわらぎ、口元に穏やかな笑みが浮かぶ。


「遠路ご苦労だった、姫君。ようこそアウレナへ」


低く落ち着いた声が胸を震わせ、一瞬で息を奪われた。

(素敵……こんな人の花嫁候補だなんて……!)


気づけば、ただ見惚れて瞬きを忘れていた。

アルシオンはふと視線を宰相へ移し、短く告げる。


「――案内を頼む。次に行くところがある」


にこやかな笑みのまま言い残し、足音だけを残して去っていった。


(ああ……もう少しお話ししたかったな。お忙しいのね)


セレナは名残惜しそうに、その背中を目で追った。





乾いた土の匂い、木剣がぶつかる鈍い音。

朝から訓練場に立っていた。

王宮に入ってからも、武官としての鍛錬を欠かしたことはない――それが、アルシオン殿下の護衛である私の務めだから。


額の汗を拭った瞬間、足音が近づく。

振り返れば、あの人がいた。

鋭い青の瞳、まっすぐな歩み。


「待たせたな、サフィア」


短く告げられた声が、胸の奥を温かくする。

自然と笑みが浮かぶ。


「殿下こそ、お忙しい中ありがとうございます」


アルシオンは一歩近づき、サフィアだけに向ける視線を落とす。

その瞳は冷徹な戦場のものではなく、安堵に揺らめく柔らかさを帯びていた。


「……お前の顔を見ると、やっぱり落ち着くな」


わずかに口角を上げ、指先でサフィアの頬の汗を拭う。

その仕草は誰よりも親密で、誇らしげですらあった。


「今日はもう稽古をやめて、俺のそばで休め。お前が無事でいるほうが、何より俺の力になる」


「じゃあ……ずっと傍にいれば、殿下はもっと強くなれますね」


「間違いない」


そのやり取りは、王宮の空気を甘く熱くするほどの親密さであった。


ふと、訓練場の入口に新しい影が立っているのに気づく。

異国の衣をまとい、まだ緊張を隠せない面差しの少女。


案内役の侍女に導かれていることからも――新しく迎えられた“妃候補”なのだと分かる。


(またか……妃候補なんて、珍しくもない)


サフィアは胸の奥で軽く吐き捨てるように思い、すぐに意識をアルシオンへ戻した。

――なのに、ほんの一瞬だけ瞼の裏に、彼女の大きな瞳が焼き付く。


(……なんで、気になるんだろう)


自分でも答えが見つからないまま、視線は自然に訓練場へと向き直った。





(……え、今のは一体……)


その場に釘づけられたように足が動かない。

胸の鼓動が耳の奥でざわめき、視線だけが訓練場に縫いつけられる。


女武官の凛とした姿、殿下との近さ――焼きついた光景がまぶたの裏で硬直させる。


すぐ脇の回廊にたむろしていた数人の妃候補たちが、苛立ちを隠そうともせず毒を含んだ声を投げ合う。


「またあの女が殿下と二人きり……」

「剣しか振れないくせに、武官のくせに……」

「妃候補の前で堂々と見せつけるなんて、品がないわ」


(ど、どういうこと……?)


胸の奥がざわめき、動揺を隠せない声で問いかける。

「今の……訓練場の女性は?」


侍女リサが一瞬言葉を選び、小声で答える。

「サフィア様です。山間地方の豪族の末娘。殿下直属の武官にして……アルシオン殿下のご寵愛を受けておられる方でございます」


「……え?」目を見開く。

「武官なのに?」


リサは視線を伏せ、さらに声を落とす。

「はい。武官でありながら、アルシオン殿下のお心に最も近い存在――と、後宮ではもっぱらの噂で」


回廊の向こう、二人の影はすでに見えない。

だが、先ほどまで殿下が向けていた柔らかな表情だけが、脳裏に焼き付いて離れなかった。


(理解が追いつかない……あの誠実そうな王子が、妃候補以外を寵愛してるの?)

(しかも、正妃候補に挨拶したその足で……恋人のところに行くの!?)


あっけにとられ、胸の奥で小さな波が立つ。


リサはそんなセレナの横顔を一瞬見やり、そっと口を閉ざす――が、やがて低く告げた。

「……だからこそ、他の候補の方々は、ご自分から動かれることはほとんどございません。

正妃候補であれ、妃候補であれ務めは同じ――殿下のお心を得ること。

それが叶わぬと分かれば……日々は自然と静かなものになります」


「……そう」


そっと視線を足元へ落とす。


(まぁ……王子様だし、よくある話よね、きっと。……うん)


必死で自分に言い聞かせても、胸のざわざわは消えてくれず、寂しさが残る。

笑ったつもりなのに、頬に浮かんだのは戸惑いの影ばかりだった。

セレナ「お読みくださりありがとうございます(^^)

感想をいただけたら、とても嬉しいです!」

◆お知らせ

今後の新作予告や更新情報は、Twitter(X)でお知らせしています。

→ @serena_narou

ぜひフォローしてチェックしていただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
百合?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ