第71話 嫉妬と悪意、そして殉教者#1
シェナルークがギリウスと話をつけてから数日後、ノアは何事も無く解放されていた。
もっと言えば、解放されたのは翌日で、その後は検査入院していただけ。
そしてその二人の間でどんな密約が交わされたのかは、ノアも承知である。
というのも、シェナルークと入れ替わった精神世界には、外界の様子がわかるモニターが設置されており、そこから眺めることが出来たのだ。
恐らく、シェナルークからすれば単に説明する手間を省きたかっただけなのだろう。
とはいえ、事後承諾であのような約束をされるとは思わなんだ。
まるで勝手に体に不発弾を括りつけられたようで心臓に悪い。
「――で、大丈夫か?」
「え?」
白のパレスのオフィスルーム。
マークベルトがいなくなり、白のパレス代表を引き継いだライカが執務机に噛り付いている。
そこには先に逝ってしまった上司のやり残したことが大量にあり、それをライカが処理中なのだ。
もちろん、ライカ一人では手に余るので、近くの応接用のスペースでノアも作業している。
ソファに座り、膝にタブレットを抱えながら不慣れな手つきで作業する姿は、まさに新米秘書。
戦力としては、現状ライカのワンオペの方が早いというのが悲しい所である。
そんな二人の作業風景の中で交わされたやり取りが、先の会話だ。
もっとも、ノアはシェナルークの言動が気がかりで半分聞き流していたが。
そうとは知らないライカが先程の会話内容を巻き戻すように再度尋ねる。
「体だよ、体。最後、お前はあのアビス王に首根っこ掴まれてただろ?
けど、アタシはお前を信じて倒すのを優先した。
とはいえ、その心配が無かったわけじゃねぇ」
そう言葉にするライカの瞳には憂慮の色が浮かんでいる。
出来るだけ自然を装ってるみたいだが、口調や態度の端々から優しさが滲み出ていた。
だからこそ、ノアはそっと笑みを浮かべ、安心させるように力こぶを見せる。
「大丈夫、ほらこの通り。五体満足だし、何よりライカの前にいるでしょ?
これが全てさ、そして僕達はまだ約束の続きを叶えられる」
「......だな」
ノアがニカッとした笑顔を見せると、さしものライカも表情を崩した。
顔には柔らかい笑みが浮かんでおり、瞑目した表情からも安堵の感情が伺える。
そんな心配も一段落着くと、ライカは再び目の前の書類と向き合い始め、話題を変えた。
「そういや、倒しきれなかった時は絶望したもんだが、まさか倒せてるとは思わなかったよな」
この言葉が指す意味は、先日の怠惰戦における決着の在り方だ。
というのも、怠惰戦のラスト、ノア達はリュドルの<悪辣天輪>の効果により強制催眠させられたわけだが、特魔隊の史実としてはライカがトドメを刺したことになっている。
つまり、リュドルは攻撃を防いだようで防ぎ切れておらず、ダメージ過多で自壊したと。
「だね。僕達の命懸けの反撃が功を奏したようで何よりだよ」
当然ながら、これはシェナルークとギリウスの間で作られた偽物の真実だ。
シェナルーク復活の真実を隠ぺいするための策。
故に、この真実を知っているのは密約を交わした二人と、様子を覗き見ていたノアしか知らない。
当たり前だが、ノアもこのことは他言無用だ。話そうものなら死ぬ。
ちなみに、「傲慢」の存在を一度確認しているオペレーター達は、漏れなくシェナルークによって記憶を改ざんされた。
そしてその時のデータも、ギリウス自らが消去しているという。
「にしても、まさか任務前の付け焼刃の特訓が生きるとはね。
突然、ライカから銃の撃ち方を教えてくれと言われた時は驚いたけど」
「アタシは体張って戦うわけだが、場合によってはスタミナの限界で腕が動かない可能性も出てくる。
でも、指一本でも動かせれば、銃ぐらいなら撃てるかもしれないだろ?
そう思ったからの行動だったが、まさかあんな一発限りの奇襲......それもトドメの一撃になるとは思わなかった」
「でも、それが僕やアストレア、その場にいた全員を救ってくれたんだから感謝しかないよ。
本当に、あの時は僕に躊躇わず撃ってくれてありがとう。だから、今の僕があるし」
「大袈裟だな。とはいえ、二度とノアを巻き込むような形で撃ちたくねぇもんだ。
ノアなら大丈夫とは思ってたが、それでも万が一を考えたら肝がいくつあっても足りねぇ」
「そうだね。僕ももう二度とライカにあんな真似をさせなくて済むようにもっと強くなるよ」
「......それはアタシもだ」
ノアの言葉を聞き、ライカが書類からチラッと視線を移す。
それから自らの首を掴むように擦り、青い瞳を小刻みに揺らした。
そんな幼馴染の様子を横目で見ていたノア、彼女が何を考えてるかわからないはずがない。
彼女は気にしているのだ――ノアの首に残ってしまった傷跡を。
怠惰戦最終局面、自らを囮としたノアはリュドルに首を掴まれた。
その際、リュドルの握力によってチョーカーが破損し、小爆発。
それによって、ノアの首にはまるで白いペンキを塗ったような傷跡が残る結果となった。
その傷を作る結果になってしまったことを、きっとライカは悔やんでいるのだ。
当然ながら、そのどこにもライカが責任を感じる部分は無い。
作戦を立てたのは自分であり、この結果も仕方ないことだと思っている。
しかし、彼女からすれば「自分がもっと強ければ」とでも思っているのだろう。
こうなってしまった幼馴染は、もはやどうフォローしようとも責任を感じてしまう。
だから、ノアとしては押し潰れない程度に見守るのが今出来ることだ。
―――コンコンコン
「失礼するわ」
その時、ドアをノックして一人の少女が訪ねてきた。
水色の長い髪に、深蒼の瞳を持つ青のパレス代表――二人の友、アストレアだ。
その彼女がアポなしで来るのはいつものことで、アストレア自身も当たり前のようにノアの横に座り、
「おい」
そのままノアに膝枕してもらう形で寝そべる。
それこそ、幼馴染専属SPライカの威圧の声すら気にすることなく。
すると、アストレアが一言も発さずノアの首の傷跡を撫で始めるので、ライカは仕方なさそうにため息を吐きながら尋ねた。
「お前、仕事は?」
「最低限のことはやってきた。今はリラックスタイム。
あっちは忙しすぎて息が詰まりそうだから、オアシスを求めてここにやってきた」
「アタシ達もバカ上司の置き土産のせいで、絶賛半修羅場中だよ。
っていうか、ゆっくりしたいなら自分のパレスの休憩室あるだろ、そこ使えよ」
「一人でゴロゴロしてもつまらないじゃん。
それに、人数が減っちゃった中で頑張ってくれてる皆に、私一人休んじゃ申し訳ないし」
「僕達は申し訳なく思わないと」
「二人ともなんだかんだで構ってくれるから好きよ」
そう言いながら、感情が乏しいながらに柔らかい笑みを浮かべるアストレア。
そんな彼女の気の置けない距離感にノアはほっこりしながら、それはそれとして先ほどから首筋を触り続ける手をペッと投げ飛ばす。
こう見えても自分は作業中なのだ。膝枕は妥協しても、それ以外の邪魔は許さん。
そんな仕事中でも邪魔してくる猫のような扱いをアストレアにしていると、ふとノアは彼女が手に持っている資料に気付いた。
「アストレア、その手に持っているのは何?」
「これ? これは私達が怠惰戦の任務に当たる前から上がっていた報告書のまとめ。
なんでもここ最近でストーカーや怨恨による被害が増えているらしいの」
「ストーカーや怨恨? 言っちゃ悪いが、それはアタシ達の管轄か?」
ライカの言葉通り、それだけの言葉を聞けば特魔隊の管轄ではない。
特魔隊は、あくまでアビスを相手にする戦闘部隊であり、もっと言えば魔力を持つ存在に対して。
そういった人間関係程度のいざこざなら、警察組織に任せることになっている。
なにより、彼らの仕事を奪うことになるので、迂闊に首を突っ込むわけにもいかない。
とはいえ、それをアストレアが知らないわけがなく、それでも持っているということは――、
「もしかして、魔力保有者案件?」
ライカの質問に続けてノアが質問すると、アストレアはコクリと頷いた。
そして膝枕のまま、資料を見ながら話し始める。
「始まりは、私達が旧都市の調査任務を始めた辺りから。
一人の女性が、夫と歩いてるところを別の女性に襲われたという事件があったの。
当初は、夫の浮気による怨恨事件みたいに思われたけど、すぐに違うとわかった」
「面識が無かったのか?」
「ライカ、鋭い。花丸をあげる。
ライカの言う通り、その夫婦と加害女性の間には何の接点も無かった。
そして加害女性からも『若くて、夫もいて羨ましかった』と証言を得ている。
だから、すぐに女性の被害認知による無差別傷害事件として処理された」
「普通ならその時点で、犯人確保で終わりだと思うけど......もしかして、その女性が特魔隊に魔力所持を隠していた?」
タブレットの手を止め、膝にいるアストレアに疑問とともに視線を飛ばすノア。
その視線を横目で捉えながらも、何も答えず視線を資料に戻したアストレアが言葉を続ける。
「そう思ってたんだけどね。それだと少し違和感が残るというか。
その加害女性は、ノアの推測通り魔力を有してたんだけど、その直前まで普通だったのよ」
「というと?」
「確かに、ノアのように後天的に魔力を得る人は稀だけどいないわけじゃない。
それに、仮に発現したとはいえ、人格がかわるほどじゃない。
せいぜいドアノブを握ったらドアノブが取れたみたいな、力の匙加減による生活の支障が出る程度」
「だけど、その女は違ったってことか。
ふむ、確かに、ノアも魔力は発言して雄々しい口調になってたが、理性はそのままだったな。
いや、一度あったか。そう考えると、あれは一体......」
アストレアの話を聞き、ライカが過去の出来事を思い返して真実に辿り着こうとしている。
即ち、ノアの性格が変化したという異例によるシェナルークの存在という真実に。
「そ、それで、その女性が魔力を所有していたから特魔隊の管轄になったと?」
それを敏感に感じ取ったノアは、若干言葉に詰まりながらも速やかに話題を逸らすことにした。
バレたら命が終わる以上、たとえ相手が大切な幼馴染といえど、いや大切な幼馴染であるから以上、バレてはいけないと言うべきか。
そんなノアの焦った声色にアストレアが若干違和感を抱きながらも、質問に答えてくれるようで、
「それもそうだけど、どっちかっていうとその性格改変が異常だったからが正式な理由かな。
その女性について調べたんだけど、務めていた会社や近所の方々から話を伺えば、実に温厚な女性だったみたいでそんな事件を起こすのが考えられないって感じだった」
「そんなにか。んで、もしかしてその事例が立て続けに起きてるのか?」
「その通り。時期はまばらだし、理由も様々。
だけど、加害者は全員突然魔力を有し、激しい嫉妬に駆られていた。
もちろん、これだけじゃ理由としては弱いけど、私達は突然そうなる理由を知ってる」
「「――っ!?」」
アストレアの一言で、ノアとライカの顔に驚愕が浮かぶ。
そして思い出すのは、旧都市に乗り込んだ民間傭兵団が次々とその場にいるだけで性格が変化していく映像だ。
そう、その名も――
「侵食領域......」
「そう、その症例とまるでソックリ。
だから、特魔隊はその領域を侵食領域『羨望』を調査することになった」
アストレアの言わんとすること、それを一言で表すなら「嫉妬」のアビス王が関わっているということだ。
そしてそのアビス王の侵食領域で、その加害者達はおかしくなってしまったと。
その理屈はよくわかったし、納得しかない。しかし、そうなると一つの疑問が出る。
「なぁ、その割には随分と限定的じゃねぇか?」
ライカの疑問はノアが抱えていたものと同じだった。
そう、仮にその原因が侵食領域なら被害者があまりに少なすぎるのだ。
なぜなら、侵食領域とは無差別に広範囲で他者の肉体を犯していくものだから。
それが基本スペックであり、そうである以上、調査任務前から事件が起きているならこの都市が今尚存在するのはおかしい。
(とはいえ、シェナルークの件がある以上、全く否定はできないか)
そんな考えを持ちながらも、ノアの内心では同時に逆の考えも持っていた。
いや、正確に言えば、肉体にシェナルークがいるノアだからの考えというべきか。
というのも、侵食領域が無差別垂れ流し攻撃であれば、今頃特魔隊はシェナルークの侵食領域で無事ではなくなってるということになる。
しかし、現状からして侵食領域に犯されてる様子はない。
依り代であるノアが例外としても、一番近くに居るライカとアストレアが影響ないのはおかしい。
(それを踏まえて考えると、侵食領域はある程度コントロールが効くのか?
シェナルークの性格からしても、自分がコントロールできないのを良しとはしないはず)
シェナルークの性格を一言で言うなら「完璧主義」だ。
他人にも自分にも厳しく、自分の制御下におけないものは絶対に許さない。
となれば、侵食領域の出力をコントロール出来ないはずがない。
「それも踏まえて調査中よ。とはいえ、活発的になったことは事実。
それを見過ごせる特魔隊ではないわ。ましてや、アビス王が関わってそうな案件ならね」
ライカの質問に対し、そう答えたアストレアが体を起こす。
それから手に持った資料をローテーブルの前に置くと、
「というわけで、気分転換に外で調査任務なんかどうかしら?」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味よ。ここ最近内職ばかりでずっと座ってたら辛いはず。
だから、たまには外にでも出て体を動かせば気持ちも少しは楽になるんじゃないかと思ってね」
「なるほど、そういうことか。とはいえ、内容が内容じゃなければなぁ」
「どのみち、アビス王が関わるならこの任務はA級以上の調査任務よ。
だから、この調査を任せられる人は限られる」
「ハッキリ言えよ、人手が足りないから手伝って欲しいってこったろ」
「そうとも言えるわ」
最終的にライカの言葉がトドメになり、アストレアがここを訪れた真意がわかった。
とはいえ、先ほどのライカの言葉通り、今は絶賛半修羅場中だ。
加えて、今の白のパレスは二人しかいない以上、これ以上の人員は割けない。
しかし、それがわからないでアストレアも持ってきたわけじゃないだろう。
つまり、特魔隊としては「嫉妬」のアビス王の調査を優先しているということ。
それはノアとしても願ったり叶ったりな状況なのだが――、
「ノア、行ってこい。代表命令だ」
ノアが思案顔を浮かべていると、突然ライカが命令を下した。
その言葉にノアが反射的に視線を向ければ、ライカは口を開き、
「ノア、アタシ達の約束を覚えているか?」
「......全てのアビス王及びアビスを倒すこと」
「そうだ。そして全てのアビスを倒すためには、アビス発生の元凶であるアビス王を倒さなきゃいけない。
つまり、アタシ達は一刻でも早くアビス王の情報が欲しい。違うか?」
「......わかった。受けるよ。でも、ライカは一人で苦手な書類と戦わなきゃいけないけど、僕がいなくて大丈夫?」
そう尋ねた直後、ライカは一瞬渋い顔をしたが、すぐに首を横に振り、
「だ、大丈夫だ! これでも一応、あのバカ上司の秘書やってきたんだ。
時間はかかるが、それなりに出来る。変な心配しないでとっとと行け」
「ノア、お願いする立場だから私のパレスからも数人程度のお手伝いを派遣させてもらうわ。
だから、ノアも安心して調査に行って」
「そういうことなら仕方ない。わかった、明日にでも向かうとするよ。
それで肝心な内容だけど、具体的には何をすればいいの?」
「そうね。簡単に言うなら、とある有名人の護衛よ」
*****
翌日、アストレアから貰った情報をもとに、ノアはとある場所に訪れていた。
中央区から電車で移動して五分にあるアルファ区、そしてそこにある巨大なドーム。
約三万人を収容できる会場、そこが今回の目的地であった。
「ここが噂に聞く新都市最大のドーム会場、ラウンドホールか。でか......」
これまでそんな場所に縁も所縁も無かったノアにとって、その場所はテーマパークに等しい。
実際、今もそのドームに向かって多くの似たような服を着た人達が歩いている。
また、ドーム会場の通り道には出店があり、そこは色々なグッズで長蛇の列だ。
それもそのはず、この日このドームでは有名なアイドルグループ「シンフォニアスカーレット」によるコンサートが開催されているのだ。
そして今は会場入りの時間帯であり、そのために賑わい方はテーマパーク並み。
「にしても、本当に遊んでいいのかな.....」
そう呟きながら、ノアがチラッと手元を確認する。
そこにあるのは一つのチケットだ。そう、この日のためのチケットである。
本来、ノアとしては仕事として事情を伺いに来た.....のだが、何の計らいかアストレアからチケットを渡されたのだ。
彼女曰く「こういうアーティスト系は実際に体験してから話を聞いた方が会話がスムーズになる」とのことらしい。
だから、遊ぶことも仕事なのだそうだ。
とはいえ、ライカの断る速度の速さといい、そこはかとない別の意思を感じつつも、仕事を受けることを承諾してしまったノアは断り切れず現在に至る。
「......ハァ、行くか」
というわけで、ノアもそのアドバイスに倣ってこれから初めてのコンサートを経験する。
戦いとは違った妙な緊張感を背中に背負いつつ、ノアは歩き出すと会場に向かった。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)
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