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act.37「魔女の秘薬」

「――この勝負、ボクが預かろう」


 そんな声と共に現れたのは、ボーイッシュな雰囲気の少女だった。

 彼女をみた成田さんは、驚きながらこう答えた。


三峰(みつみね)……先輩……!?」


 三峰だって……?

 三峰って確か、風紀委員のトップの名前じゃなかったか……?


 三峰と呼ばれた少女は、観客席からフィールド内にゆっくりとした足取りで降りてくる。

 そして、俺たちのところに近付いてくると、成田さんの肩をポンと叩く。


「さて、芹澤さんには申し訳ないけど……お暇しようか、希沙羅」


「だけど三峰先輩……まだコイツとは決着が着いてない!」


「心配しなくとも、この学院にいる限りいくらでも闘う機会はあるさ」


「でもっ……」


「……希沙羅は、ボクの言うことを聞けないって言いたいのかい?」


 そう言って成田さんに笑いかけるその少女は、異様な威圧感に満ちていた。


「くっ……」


 成田さんは悔しさを滲ませながらも、武装を解除する。


「……よし、良い子だね。それじゃ、行こうか」


 そう言って、少女は成田さんを連れて行こうとする。

 だが……。


「ちょっと待ってくださいよ……」


 俺はそれを呼び止めていた。

 少女は振り返り、俺に向かって微笑みかける。


「……どうかしたかな?」


 俺はその圧に一瞬たじろぎそうになったが、それを堪えながら続けた。


「これは私と成田さんの決闘です! それを途中から来たあなたがどうして止めるんですか!」


「ああ、ごめんね芹澤さん。実は風紀委員側に緊急の案件が舞い込んできてね……希沙羅にはそっちに向かって欲しかったんだ」


 でも、だからって……わざわざ決闘に割って入ったりなんてするか?

 すると、その考えが表情に出てしまっていたのか、彼女は言った。


「……納得いってない顔だね」


「あ、いや……」


「じゃあ、こうしよう――」


 少女は、何かを閃いたかのように言った。

 

「――来月の『能力評価試験』に希沙羅を出場させよう。だから芹澤さんも出場すればいいよ。そうすれば……2人は自ずと闘うことになる」


 能力評価試験……?

 なんだそれは?


 でも耳慣れない言葉ではあったが……それが魔法少女同士の決闘するものであることは、その口ぶりから想像することができた。

 だから俺はこう答えた。


「……いいでしょう。受けて立ちますよ!」


 そう言った途端、遠巻きに見ていた珠々奈が急にビックリしたような表情を浮かべるのが見えた。

 え……? 

 なんかまずいこと言った、俺……?


「はは! よし、決まりだね! 1ヶ月後の能力評価試験、楽しみにしてるよ」


 そう楽しそうに笑ったあと、少女は踵を返した。


「さぁ、帰るよ。希沙羅と……それと花音」


「は、はいっ!」


 突然呼ばれた花音という名の少女は、ビクッと震えながらも、去っていく2人についていった。

 俺は彼女たちの背中が見えなくなるのを見届けてから、ため息をつく。


 なんだったんだ? あの子は……。


 リボンがSランクのものだったから、彼女が風紀委員長だと考えて間違いないんだろうが……。


 俺が考え込んでいると、珠々奈が血相を変えて観客席からこちらに向かってくる。


「悠里先輩……あんな安請け合いして、何考えてるんですか!!」


 安請け合いって……ああ、さっきの能力評価試験とやらのことか?


「よく分からないけど……決闘するんじゃないの?」

「そうですけど、そういうことじゃないんです!」


 そういうことじゃない?

 どういうこと?


 すると珠々奈は、次の瞬間とんでもないことを口走っていた。


「能力評価試験は……タッグマッチなんですよ!!」


 …………んん?


◇◇◇


「……なんのつもりですか、三峰先輩」


 闘技場から風紀委員の活動拠点――風紀委員室に向かうまでの廊下で、成田希沙羅は三峰涼(みつみねりょう)にそう尋ねていた。

 三峰は、とぼけたようにこう尋ね返す。


「はて? なんのつもりって?」

「誤魔化さないでください。本当はないんでしょう? 緊急の案件なんてものは」

「……あは、バレてたか」


 三峰は、悪戯っぽく笑いつつ答えた。


「……あの子の本当の力を見てみたくなったんだよ」

「本当の力……?」

「希沙羅も気付いているんじゃないの? あの子が、まだ全力を出せていないってこと」

「そ、それは……」


 確かに……芹澤悠里は、まだ魔法の使い方がよく分かっていない様子だった。

 飛行形態(フライトフォーム)で闘っていたのも、敢えて使っている訳じゃなくて、それしか扱えないかのようだったし……。

 もっとも仮にまだ力を隠し持っているのだとしたら、化け物としか言いようがないが。


「……能力評価試験なら、芹澤が本当の力を発揮できると?」

「発揮できる――じゃないよ、発揮させてあげるんだ。ボクの手でね」

「はぁ……?」

「……希沙羅は、『魔女の秘薬』の話を知っているかい?」

「魔女の、秘薬……?」


 まったく聞いたことのない言葉だった。

 三峰は希沙羅の反応を予想していたのだろう。困惑する希沙羅を見て、含み笑いを浮かべながら言った。


「これは噂なんだけど――ある製薬会社が、薬を開発していたらしいんだ。魔法少女のための薬をね」


「魔法少女のための薬、ですか?」


「うん。その薬を飲めば……魔力が増幅して、魔法少女としての適齢期を過ぎても、永遠に魔法を使えるようになる――夢のような薬さ。だけど最近、それがまったくの別件で警察に証拠品として押収されて……学院長が回収したらしいんだ」


 そこまで聞いた希沙羅は、三峰の言わんとしていることに気付く。


「まさか……」

「そう。ボクは……その薬を、あの子が飲んだんじゃないかと考えている」


 確かに……芹澤悠里が編入してきたのは、かなり珍しい時期だった。


「ボクは見てみたいんだよ、あの子がどれだけの力を秘めているかをね」


「……それをアタシが、相手をしろと?」


「なに、そこまで心配するほどのことじゃないよ。薬の力なんてたかが知れてる。それに能力評価試験はタッグマッチだ。シスター契約を済ませている希沙羅と花音の方に、圧倒的に分があるのには変わりない」


 そして三峰は、恍惚とした表情を浮かべながら、呟いた。


「芹澤悠里……どんな力を見せてくれるのか、今から楽しみだよ――」



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