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「婚約破棄だ!」と叫ぶ王子に「そもそも婚約していませんが?」と真顔で返したら、冷徹皇帝に気に入られました。 〜元論破王の令嬢、異世界の矛盾をロジカルに粉砕していたら、なぜか隣国の皇帝に溺愛される〜

作者: おーあい

「ルシール・ヘンダーソン! 貴様のような性悪女との婚約を、今ここで破棄する!」


 王立学園の卒業パーティー。

 華やかな会場の中央で、第一王子アレックス殿下が、ビシッと私を指差して叫びました。

 その隣には、彼にへばりつくようにしてニヤニヤ笑っている男爵令嬢、モモの姿があります。


 会場が静まり返り、注目が集まる中。

 私、ルシールはシャンパングラスを片手に、パチパチと瞬きをしました。


「……えっと、確認なんですけど」


「なんだ! 今さら命乞いか!」


「いや、命乞いとかじゃなくて。アレックス殿下、私たちが婚約してるっていうソース、どこにあるんですか?」


 私は首を傾げました。


「一ヶ月前に殿下から婚約の打診がありましたけど、我が家は『娘には他に好きな人がいるので』って、お断りの書類を出しましたよね? 受領印も押してありますけど」


「えっ」


「つまり、契約が成立してないのに『破棄する』って、日本語……じゃなくて、言葉としておかしくないですか? エア婚約破棄って、何がしたいんですか?」


 私が淡々と事実を述べると、殿下の顔がトマトのように赤くなりました。

 周囲からは「え、断られてたの?」「恥ずかしっ」というひそひそ話が聞こえてきます。


 そう。私には前世の記憶があります。

 前世の私は、某掲示板でレスバトルを繰り広げ、配信サイトで視聴者の悩みをバッサリ切り捨てていた、通称「論破王」でした。


 だからでしょうか。

 この世界の、あまりにも論理が破綻している貴族たちの会話を聞いていると、どうしても指摘したくなってしまうのです。


「う、うるさい! 細かいことはどうでもいい!」


 殿下が逆ギレしました。

 議論において「どうでもいい」と逃げるのは、敗北宣言と同じですよ?


「とにかく! 貴様がモモをいじめた事実は消えない! 彼女の教科書を破り、花壇に埋めたそうだな! これは犯罪だぞ!」


「犯罪っていうのは、法に触れる行為のことですよね。教科書を破くのが刑法の何条に違反するんですか? せいぜい器物損壊罪ですけど、証拠はあるんですか?」


「証拠だと!? モモがそう言っているんだ!」


「モモさんの証言だけじゃ、証拠能力としては弱いですよね。それ、客観的な根拠はあるんですか?」


 私が少し小首を傾げて言うと、殿下は「ぐぬぬ」と唸りました。

 隣のモモさんが、助け舟を出そうと口を開きます。


「ひ、酷いですぅルシール様! 私が嘘をついてるって言うんですかぁ!?」


「嘘ついてないって証明できます? 悪魔の証明って知ってます?」


「うっ……! ひ、酷いですぅ殿下ぁ! ルシール様がいじめるぅ!」


 モモさんが嘘泣きを始めました。

 典型的な「被害者ムーブ」ですね。議論に負けそうになると泣いて誤魔化す、一番生産性のないパターンです。


「よしよし、可哀想に。……見たか、この悪逆非道を! ルシール、貴様のような女は国外追放だ! 隣国の『凍てつく帝国』へ生贄として送ってやる!」


 また出ました、追放。しかも隣国ですか。  

 隣のガレリア帝国は、確かに寒冷地ですが、GDPは我が国の倍以上、治安も良くて海産物が美味しい先進国ですよ?  生贄というか、ただの移住では?


「……はぁ。分かりました。これ以上、感情論で喚く殿下の相手をするのも時間の無駄なので、喜んで出ていきます」


「なっ……時間の無駄だと!?」


「はい。頭の悪い人と話してると疲れるんで。それでは、お疲れ様でしたー」


 私はヒラヒラと手を振ると、さっさと会場を後にしました。

 これ以上ここにいたら、私のIQが下がりそうでしたから。


 ◇


 さて、国外追放(という名の高飛び)となった私ですが。

 国境の検問所で、黒塗りの高級馬車に道を塞がれました。


 降りてきたのは、隣国ガレリア帝国の皇帝、ハインリヒ陛下。

「冷徹皇帝」「合理主義の塊」と恐れられる、銀髪の超絶美形です。

 彼がなぜか、腕を組んで私を見下ろしていました。


「……君が、ルシール嬢か」


 低い、威厳のある声。

 切れ長の瞳が私を値踏みするように見つめます。


「はい、そうですけど。……何か用ですか? 私、これから亡命するところなんですけど」


「見せてもらったよ。先日の卒業パーティーでのやり取りを」


「……はぁ(盗み聞きですか。趣味悪いですね)」


「『客観的な根拠はあるんですか?』……素晴らしい。あんなに切れ味鋭く、相手の矛盾を突き、再起不能にする話術は初めて見た」


 ハインリヒ陛下が、ニヤリと口角を上げました。

 あれ? 怒ってるわけじゃない?


「君をスカウトしたい」


「スカウト? 弁護士としてですか?」


「違う。私の妃としてだ」


 ……はい?

 思考が飛びそうになりましたが、私は瞬きをして冷静さを保ちました。


「あの、メリットが提示されてないんですけど。私ごときを妃にして、帝国に何の利益があるんですか?」


「利益ならある。我が国の議会には、感情論だけで動く『老害』どもが蔓延っているんだ。『伝統だから』『前例がない』と、改革を邪魔する連中がな」


 陛下は心底うんざりした顔で言いました。


「私は皇帝という立場上、無下に切り捨てるわけにはいかない。だが、君ならどうだ? 君のその容赦ない『論破力』があれば、彼らを黙らせることができるのではないか?」


「つまり、私に『汚れ役』をやれと? 鉄砲玉扱いですか?」


「言い方が悪いな。『論理の番人』と言ってくれ。……もちろん、報酬は弾む。衣食住は最高級、君の実家への援助、そして君が自由に使える研究費も出そう」


「……ふーん」


 悪くない条件です。

 祖国のバカ王子と話すよりは、話の通じる合理主義者と手を組む方が、人生のコストパフォーマンスは良さそうです。


「分かりました。……お受けします。ただし、私が論破しすぎて、陛下が泣いても知りませんよ?」


「望むところだ。私を言い負かせるものなら、やってみるがいい」


 こうして私は、隣国の皇帝陛下に(レスバ要員として?)見初められ、帝国へと渡ることになりました。


 ◇


 帝国での生活は、快適そのものでした。

 ハインリヒ陛下は私を溺愛し、どこへ行くにも連れ回しました。

 そして、私が会議で口を開くたびに、満足そうに頷くのです。


「ですが陛下! この水路工事は伝統に反します!」


「伝統って、具体的に何年前からのものですか? 100年前の技術を維持することに、何か経済的なメリットがあるんですか? 維持費の無駄ですよね?」


「ぐぬぬ……!」


「若造が! わしの経験則では、この作戦は失敗する!」


「経験則って、データじゃないですよね? あなたの主観ですよね? 失敗する確率を数字で出してもらっていいですか?」


「き、貴様ぁ……!」


 大臣たちが顔を真っ赤にして黙り込む姿を見て、陛下は愉悦の表情を浮かべていました。性格悪いですね、この人。


 でも、おかげで国の改革は進み、無駄な予算は削られ、国力は右肩上がり。

 国民からも「あの王妃様、めちゃくちゃ頭いい」「貴族を黙らせててスカッとする」と、意外にも好評でした。


 一方、私を追放した祖国は、大変なことになっていました。


 ◇


 ある日、祖国から使者がやってきました。


 あのアレックス王子と、モモさんです。

 二人はやつれ果て、服もボロボロでした。


 謁見の間。

 私とハインリヒ陛下は、並んで玉座に座り、彼らを見下ろしました。


「ルシール! 戻ってきてくれ! 国が……国が大変なんだ!」


 アレックス王子が泣きつきます。


「お前がいなくなってから、誰も俺の政策ミスを指摘してくれない! 思いつきで増税したら暴動が起きるし、祭りを開催したら赤字になるし……どうすればいいんだ!」


 ……ああ、そういえば。


 婚約者(仮)時代、私は彼が思いつきで言った政策を、片っ端から「それ意味ないですよ」「予算の無駄です」と却下していましたね。

 あれがなくなれば、当然こうなります。


「モモもだ! 聖女だと言っていたのに、祈っても雨が降らないし、怪我も治せない! ただの『嘘つき』だったんだ!」


「ひどぉい! アレックス様が『君は存在してくれるだけでいい』って言ったんじゃないですかぁ!」


 モモさんが金切り声を上げます。

 なるほど、責任の押し付け合いですか。醜いですね。


「ルシール、頼む! やり直そう! やはり俺には、君のような賢い補佐役が必要だ!」


 アレックス王子が手を伸ばしてきました。

 私は冷ややかな目で見下ろし、言いました。


「お断りします。……というか、殿下」


「な、なんだ?」


「戻ってきてほしいって言ってますけど、私に戻るメリット、何か一つでもあります? ないですよね?」


「えっ……い、いや、俺の愛が……」


「愛とかいらないんで。今の生活の方が質も高いし、夫(陛下)は優秀だし、ストレスもないんです。わざわざ沈みかけの泥舟に戻る馬鹿な選択肢、選ぶわけないですよね?」


 私の正論に、殿下は言葉を詰まらせました。


「それにモモさん。聖女のフリをして国費を使い込んだ件、横領罪で告発されてますよね? ここで騒ぐ暇があったら、弁護士探した方がいいんじゃないですか?」


「ひぃっ!?」


 図星を突かれたモモさんが震え上がります。

 その瞬間、隣でハインリヒ陛下が吹き出しました。


「くくく……! 相変わらず容赦ないな、ルシール」


 陛下は楽しそうに笑い、私の方を向きました。


「聞いたか、アレックス王子。私の妻は『帰らない』と言っている。……これ以上、彼女に不快な思いをさせるなら、物理的に排除するが?」


「ひ、ひぃぃぃ!」


 陛下の合図で、近衛兵たちが二人をつまみ出しました。

「覚えてろー!」「論破されたー!」という叫び声が遠ざかっていきます。


 その後、祖国は王子の失政により財政破綻し、他国の管理下に置かれることになったそうです。

 王子と自称聖女は、詐欺罪で投獄され、今は牢屋の中で「どっちが悪いか」という不毛なレスバトルを繰り広げているとか。


 ◇


「……ふふっ。今日もいい論破だったな」


 バルコニーで、ハインリヒ陛下が満足げに言いました。

 私は彼に冷めたお茶を渡しました。


「陛下。性格悪いですよ」


「君ほどじゃないさ。……だが、君がいると、退屈しない」


 彼は私の腰を引き寄せ、真剣な眼差しで見つめてきました。

 理屈っぽい私を、こんな風に見つめてくるのは、世界でこの人くらいです。


「ルシール。君のその、媚びない強さが好きだ。……愛している」


「……なんかデータとかあるんですか?」


 私がいつもの癖で返すと、彼はニヤリと笑いました。


「データはない。だが、私の心拍数と体温の上昇値を見れば、客観的な事実は証明できるはずだ。……試してみるか?」


「……っ」


 私の手を取り、自分の胸に当てさせる陛下。

 トクン、トクンと、早鐘のような鼓動が伝わってきます。

 ……これは、反論できませんね。 私の顔も、熱くなってしまいました。


「……まあ、証拠としては不十分ですけど。……経過観察はしてあげますよ」


「ははっ! 一生かけて証明してやる!」


 私たちは顔を見合わせて、笑いました。


 甘い言葉はいらない。

 理屈と屁理屈をこね回しながら、同じ方向を向いて歩いていく。

 そんなちょっと変わった関係が、私には一番お似合いなのです。


 さあ、明日はどんな「矛盾」を論破してやりましょうか。

 私の論破ライフは、まだまだ終わりそうにありません。

お読みいただきありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
いつもならこういう論破マンは好きじゃないし、ホラゲ脳で「伝統や言い伝えには何かしらの意味が有るはず」と思うけど、 この作品の場合は 1ヶ月前に「好きな人が居るので」という理由で婚約打診を断った相手(…
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