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20.未知の敵

***


「ぐっ……」


予想外のことがおきた。と、柄にもなくキリシマ・ウィンドグレイスは焦っていた。

大蝙蝠の討伐後は固定のエネミーなどはいなく、記憶通りに道を辿っていけばこの洞窟でモンスターとエンカウントすることはない。

目標である金庫の前に置かれた大袈裟な宝箱を開ければクエストはクリアとなり自動的に初期位置まで帰還する。と、いうのがゲームでのシャーロッテの館の仕様であった。

ゲームとは違う今、金庫の前にクリア条件の宝箱は存在していなかった。キリシマの目標はゲーム時代に誰かが開けっ放しにしたままで置かれている宝箱をまたいだ先にある金庫自体で、まさに宝箱を無視して巨大な金庫を見上げる位置まで来たところだ。


(何だ……? 何者だ……?)


「それ」はキリシマが後ろを振り向き見る前から圧倒的な威圧を放っている。

何者かが後方に存在し、鋭い目つきで己を見張っている。重苦しい気配がある。モンスターであれば宝箱を過ぎた時点で既に食らいついてくるなりしてもおかしくない。そうなると自分以外の人間がそこに存在しているという意味にもなってくる。


(我とバーレッド以外に、まだ取り残された冒険者が?)


他にもいたとしたら。仮定をして万が一を考える。自分たちと同じ境遇になり、同じ考えをもってここを訪れたプレイヤーがシャーロッテの地下金庫を狙ってキリシマのすぐ後ろまで来ていたのだろうか。


(分け前を話し合って決めようと提案してみるか。もしくは競い合って報酬を勝ち取るしかあるまい)


いずれにせよ接触せざるを得ない選択肢に諦めを含めながらキリシマは相手に向き合おうと振り返る。

その瞬間、 ──ザンッ。

半月の残像がキリシマの背で吠えていた虎の絵を真横に切り裂いた。

間一髪。マントの損傷を見るにあと一歩遅ければ自身の体も上下に分断されていたところだろう。キリシマは飛び退いて距離をとり、不意打ちを仕掛けて来た人物に松明を投げつける。

ぼんやりとした暗闇の中に浮かび上がったのは身の丈ほどもある巨大な両手斧に漆黒の重鎧。

体格は装備からして男性で間違いないだろうが、頭全体を覆い隠すヘルムのせいで人相は確認できない。

キリシマが鎧の相手に対して明確に判断できるのはただ一つ、己に向けられた殺意だけだった。


「貴様なにをする?! くっ!」


コマンドを開く隙を与えず、離した距離をすぐに数歩で詰めてくる黒鎧の男。

見るからに素早さのステータスを犠牲にした重装備をしているにも関わらず俊敏な動きでキリシマに迫ってくる。


(行動速度上昇の魔法をかけているのか?!)


他にメンバーは見当たらないが相手は鎧姿ということは攻撃を受け止めることが役目の前衛職のはずだ。装備の厳つさからして魔法耐性が高いとも思えない。

基本的には距離さえ離せば魔法職のキリシマが優位を取れる立場なのだが、どうしたことか相手に隙が無い。逃げれば逃げる分だけ瞬間的に追いつかれてしまい、翻弄する呪文を詠唱するタイミングもない。

だからといって捕まってしまえば根っからの魔法職で物理耐性のこころもとないキリシマは瞬殺されてしまうだろう。


(くそっ! ここで手詰まりなどと……!)


ゲームの時代には目標の金庫に番人などはいなかった。 おかしい。こんなはずではない。予想と違う。プレイヤー同士の戦闘が発生したとしても一方的に追い詰められるような真似はしない。そもそもがシステムの都合上できなかったのだ。

鎧男の大振りな動作の隙に地面に転がり、追い込まれるように壁にぶつかる。

キリシマは通話機能を呼び出すとバーレッドへ繋ぎすぐに大声で叫んだ。


「聞こえるかバーレッド! 撤収だ! 撤収するぞ!」


脱出のための転移魔法を発動したのは通話が始まるか否かの瞬間だった。



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