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ある程度、髪を拭き切った後、ボロボロの寝間着のドレスをゆっくり脱ぎ、全身を拭き始める。
今の身体は関節を蝋で固められたかのように動きづらかったため、かなりの時間を要したが、漸く皺が多数刻まれた肢体の大部分を拭き終えることができた。
残るは背中だが、そこまでタオルを持った手を伸ばそうとすると、ポキッと肘から折れそうな予感を感じたため、すぐに諦めた。
団長さんが長椅子の背もたれにも大きめのタオルをかけておいてくれたので、わたしは椅子に座り、やや身体を揺することで水気を払っていった。
一命をとりとめ、こうして不自由ながらも動けるようになった現在だけど、やはり身体の至る箇所は脆いままだ。髪を拭く際なんて、頭皮からごっそり髪が抜け落ちたらどうしようと嫌なイメージが過ったが、幸いにして杞憂に終わったようだ。
わたしは柔らかい長椅子に臀部を埋めながら、机の上の呼び鈴を見つめる。
(拭き終えたら……団長さんかバージルさんを呼ばないと、いけないんだよね)
正直、緊張感が半端ない。
出会って一秒で剣を振り下ろされることは無かったにしろ、彼らにどう事情を話せばいいのか。
(素直に話す? それともボケたお婆さんのフリをしてやり過ごす? もしくは……逃げちゃう?)
何が最善か分からない……けれども、間違いなく言えることは――不治の病である崩王病から生き延びたという事実は信じてもらえない、ということだ。
我が国には優秀な神聖巫女が何人もいる。当然、歴代の中にも――だ。そんな長い歴史を持つ国が崩王病は治せないと匙を投げているのである。そんな病から生存を続けた存在がいるといっても誰も信じないのは当たり前だと思う。
それが常識なのだ。崩王病に罹れば死は免れない。だからこそ親族は救済を求めず、ただただ悲痛を胸に、罹患者を看取ることしかできない。いくら生存を諦めるとはいえ……わたしのように森に放り出されたのは異例中の異例中だとは思うけれど。
どうしよう、どうしようと悩みながら、わたしは脱ぎ捨てたドレスをタオルの上に畳んでいく。
「……?」
そこで指先に妙な感触がした。
転んだり、滑ったりと散々な目にあってきたので、砂利でもドレスの隙間に入ったのだろうかと思ったが、指先で何度かドレスの一部分を擦ってみると、どうも砂利とは思えない何かがあるように思えた。
(丸くて……固い。何かしら……?)
一度畳んだドレスを崩し、指先でその場所を探ってみる。
どうやら裏地に括りつけられているらしく、力の入らない指先で摘まんでみるも、引き抜くことはできなかった。仕方ないのでドレスを裏返し、実際にその場所を見てみることにした。
いそいそとドレスを捲ると、複雑な刺繍が彩られている当たりに縫い付けられた布の小袋が目に入った。
(どうして……こんなものが?)
掌サイズの小袋はしっかりと縫い付けられているため、道具なしでは切り離すことは難しい。放っておくという手もあるけど、わざわざわたしの寝間着に外れないよう縫い付けているような小袋だ。なにか意味があるんじゃないかと気になってしまう。
何かないかしら、と一度ドレスを置き、わたしは応接用の部屋をウロウロと歩き回る。
(あ、発見)
窓際に置かれた観葉植物の植木鉢横に、小さな枝切りばさみが置いてあった。おそらくこの小屋を管理している人が仕舞い忘れた備品か何かだろう。不用心だなぁと思いつつ、枝切りばさみを拝借することにした。
枝切りばさみを手に再びドレスの元へと戻り、縫い付けている糸を丁寧に刃先で切っていく。
パツン、と糸が切れる感触を楽しみつつ、わたしは緩くなった小袋の口を開き、中に入っているものを取り出して、掌の上に転がした。
(――これって……飴? なんでこんなものが……?)
深緑と紫が入り混じった色をした――正直あまり美味しくなさそうな飴玉をわたしはヒョイと口の中に入れた。
(――――って、なんでわたし、無意識に飴を口に入れたの!?)
慌てて吐き出そうとするも、身体は意思に反してその飴玉を飲み込もうとする。チグハグな行為に頭の中がこんがらがりそうになる。懸命に吐き出そうと「うぇ~……うぇ~」と声を出すが、嚥下機能が低下しているわたしの喉は一度入ったものを押し返す力が無かったようだ。
大きな異物感が喉を通り過ぎ、胃の中へと消えていく感覚。
もうどうにもならないところまで飴玉が進んでしまったため、わたしは諦めてその場にペタンと座り込んでしまった。
(よ、よく分からないものを飲み込んでしまったわ……! ど、どうしよう……ただでさえ弱っている身体なのに)
「…………」
でもよく考えれば、謎の飴玉どころか、そこら中に生えている葉や草を食していたわたしが今更何を……という気もしてきた。さっきなんか湖の水をがぶ飲みしていたぐらいだ。多分、泥団子ですらわたしの<体内精製>の糧になるのではないだろうか。
そう思うと、ちょっと気が楽になった。
(あ、さすがにそろそろ団長さんを呼ばないと……怒られちゃうよね。時間かけすぎて変に疑われるのも嫌だし……。逃げるのは……うん、止そう。ピリピリはしていたけど、悪い人たちじゃなさそうだし……わたしはわたしに出来ること……事実を真摯に伝えることに精一杯になるべき、だよね)
話ぐらいは聞いてもらえるはず……。楽観的な考えかもしれないけど、わたしには今、頼れる人も進むべき道標も無い状況なのだ。ならば、少しでも話を聞いてくれそうな人に全てをさらけ出した方がいい気がする。
(呼び鈴、鳴らさないと)
わたしはゆっくりと立ち上がり、崩したボロドレスを畳みなおし、テーブルの上の呼び鈴に手を伸ばした。
同時に――ガクンと視界が揺れる。
「え」
膝から力が抜け、心臓が激しく鼓動を打ち鳴らす。
鳩尾のあたりが熱くなり、わたしはようやく自分の体内で何が起こっているのか理解した。
<体内精製>。それも今までにないほどの慌ただしい分解と再構成が始まっている。
「ぐ、ぅ……」
何が原因――だなんて問うまでもない。先ほどの飴玉だ。あの小さな球体に含まれた無数の毒素がわたしの中で暴れまわっているのだ。そしてその毒を中和し、分解し、別の要素へと作り変えようとしている働き――<体内精製>が拮抗し合い、その反動がわたしに返ってきているようだった。
「……、……ッ!」
手足は勝手に震えだし、身体の中心はこんなにも熱いというのに、末端は冷たく凍っているような錯覚を抱く。ついにわたしは意識が明滅し、テーブルに上半身を叩きつけて倒れ込んだ。
意識の幕を閉じる間際、チリン、とテーブルから落ちていく呼び鈴が鳴ったような気がした。




