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第6話

クリス様が亡くなり1ヶ月が経った。ヴィクトルは増長著しい。もう代打クリスさまがいない、たった一人のお世継ぎだからと言って、やりたい放題。我儘に振舞っている。勉学を疎かにし、血税をビッチに貢ぎ、シルヴィを虐げる。弟の死を悲しんでいる様子なんて勿論ない。殺してやりたい…心が黒い波紋を立てる。

夜会がやってきた。私は真っ黒なドレスを身に纏った。きっとこれからもずっと私の着るドレスは黒。ただ、クリス様の元へ逝ける砂時計の砂が落ちていくのをじっと待った。きちんと食べて、眠る。私はただ機械のように動き続ける。シルヴィは心配そうに私を見つめるけれども、安心させるように笑おうとして、顔が強張った。笑顔の作り方が思い出せない。私はどうやって笑っていたんだっけ…


「ロッテお姉様、無理に笑わないで。苦しいときはじっと息を潜めていれば、いつかは通り過ぎてしまうものです。私はずっとそうしてきました。今日も密やかに息をしてます。それだけで私の愛する人はみんな喜んでくれるから。」


ずっと束縛され、初めて覚えた恋にすら希望の光の差さなかったシルヴィの言葉は重い。ずっと暗い所で息を潜めてきたのだろう。シルヴィは優しく、強い。

二人でホールに入って、すぐに人に飲まれた。


「黒も小悪魔的で似合いますけど、お顔の色が暗いですよ。きちんと眠ってきましたか?」


懐かしい声…私の腰を抱いて引き寄せたのは…


「く…」

「しー。まだ駄目ですよ。僕をひっぱたくのは後にしてください。」


ど、どうして?どうして?

混乱したままクリス様に腰を抱かれてホールの中心にやってきた。ホールの中心ではヴィクトルとビッチが楽しそうに踊っている。クリス様に気付いた者たちがばっと道を開けた。ヴィクトル達の元へ一本道が出来た。


「やあ、兄上。楽しんでる?」


クリス様はにっこりヴィクトルに話しかけた。ヴィクトルは幽霊でも見たような顔になった。


「クリストファー…なぜ…」

「うん。僕は親切なので、みんながラストダンスを踊れるまで待っててあげたのですよ。楽しかったですか?ダンス。そして僕のいない王宮は?中々派手にやってらしたみたいですね。兄上の弾けっぷりに、父上も驚いていらっしゃいました。これは父上から兄上にお手紙です。ジャレッドと、ディレンツと、サイードにも連絡事項があるからよく読んでおいて。」


クリス様がヴィクトル達に手紙を手渡した。ヴィクトルが手紙を読んで怒り狂った!


「何故俺が…!」

「お黙りなさい。何故?僕が元気な時点で事態を察せれない?頭の出来は相変わらずなようですね。」


手紙に、何が書いてあったのだろう?クリス様にぴしゃりと黙らせられたようだけど。ジャレッド、ディレンツ、サイードも手紙を読んで青くなっている。


「父上は全てをご存じだ。さあ、病人あにうえたちはもう、お帰りなさい。ラストダンスは楽しんだでしょう?」

「ま、待て…!」

「それとも無理矢理引っ立てられたいのですか?それは僕も恥ずかしいから止めて欲しい所ですが。」

「ふ、ふん!母上に一言お願いすればすぐに病人でなど無くなるわ。」


クリス様はヴィクトルを憐れんだ目で見た。


「ねー。何があったのぉ?」


ビッチがヴィクトルの腕を引いた。


「ペティル。今日は一度解散だ。すぐに迎えに行く。安心しろ。」

「うん?」


ヴィクトル、ジャレッド、ディレンツ、サイードはすごすごと下がって行った。


「トリスタ様、踊ろうよ!」


ビッチは無邪気にトリスタお兄様の腕を取った。


「ペティル嬢。申し訳ありませんが、僕は愛しい婚約者であるフローレン嬢のエスコートがあるのでご一緒できません。」


トリスタお兄様は微笑んでペティル様の手を振りほどいた。


「え…」

「可愛い妹たちのことを思えば、貴女の傍に侍るのも中々有意義でしたよ。感謝します。では…」


トリスタお兄様は久し振りに、と思う存分フローレン様とイチャイチャし始めた。何か…わかんないけど…もしかして…私たち、クリス様にハメられた…?

私もビッチもポカーンとしている。周囲の人々も訳が分からない…と首を捻るものもいれば、事態に戦慄を覚えるものもいる。安堵の息を吐くものも。


「シャルロッテ嬢。一曲お願いできませんか?」


クリス様が私の手を取ってキスした。クリス様の瞳が悪戯に微笑んでいる。

クリス様と一曲踊った。夢のような一曲だった。

向こうではエルヴィス様とシルヴィも踊っている。

これがいつかは醒めてしまう夢でないことを、強く祈った。



***

夜会で席を立ってから、すぐにアホ王子は「病気療養に励む」ことになってしまい、「病身の為」シルヴィとの婚約も解消になった。噂では北の塔に閉じ込められて出してもらえないとのことだけど。ジャレッド、ディレンツ、サイードも病気療養している。そのうち病死させられないと良いが。ペティル様は誰だかのお子を身籠っていたが、彼女に手を付けたものは皆病気療養で引っ込んでしまっているので、ひっそりと産んで、セレス家で育てられるそうだ。ペティル様は「おかしい!こんなのシナリオになかった!」と喚いているらしいが、やはり彼女も転生者だったのだろう。私的にも「こんなのシナリオになかった!」と喚きたい気分ではある。乙女ゲーム世界に転生してからというもの、シルヴィの頭上に立った不幸な修道女フラグを折ろうと頑張っていたのに、私の頑張りとは全く関係ない所でべきべきとフラグが折られていたのだから。


「結局、わたくしたちはクリス様やトリスタお兄様にハメられましたの?」


クリス様が我が家に事情釈明に来たので聞いた。


「正直に言うとそうです。僕が王位を継ぎそうだという噂をばらまいて、兄上を焦れさせて、手出しするよう仕向けました。兄上の周りの使用人は少しずつ入れ替えていってもう全員僕の手駒ですし、トリスタ兄様にも内通させてたので、僕が奴らの計略で死ぬわけがないですし。あとは死んだふりでもして時間を稼いで、その間に父上に奏上した『クリストファー暗殺未遂の証拠』の精査が行われました。それが認められれば兄上は病身になるしかないですからね。僕が死んだと聞かされた後にも思いっきりはっちゃけてたようですから、病死までするかどうかはわかりません。母上が助命嘆願してますので。因みに母上は兄上の教育を失敗したことを理由に自ら蟄居しています。時々父上が会いに行ってますが。」


自分の命を簡単に餌に使うのは正直感心できない。


「死んだふりしていた間どこにいらっしゃったんですの?」

「スターフィアの大使館です。」

「エルヴィス様もハミルトン様もグルですのね…」

「シルヴィア嬢を欲しているエルヴィス殿とロッテ嬢を欲している僕が手を組まないわけがないでしょう?ハミルトン殿は純粋なご厚意ですけど。」


上手くまとまったと言えばまとまったんだけど…


「一言くらい仰って下さればよかったですのに…」


あんなに絶望したのなんて生まれて初めてですのよ?糠喜びならぬ、糠絶望。


「悩んだのですけれど、ロッテ嬢に上手に絶望する演技が出来たとは思えなかったので。幾らおつむの残念な兄上でも僕と飛び切り仲の良かったロッテ嬢が僕が死んだと聞かされたのに、ピンシャンしてたら流石に怪しみそうだったので仕方なく。」


うむぅ…確かに私はトリスタお兄様やフローレン様みたいに演技上手ではないけど。でも、でも、すっごくすっごくすっごーく悲しんだのに!


「それにロッテ嬢は僕が自分自身の命を餌にすると知ったら絶対に止めたでしょう?だからどうしても打ち明けられませんでした。僕は自分の命を餌にしても、兄上を陥れても、どうしてもロッテ嬢が欲しかったのです。」


確かに私が事前に知っていたら絶対に止めたと思う。きっとこんなに上手くいかなかった。

自分の命を餌にしてまで私を欲しいと望んでくれることは、嬉しく思うけど、危険なことはしてほしくない。


「ロッテ嬢には僕をひっぱたく権利があります。今日はそれをしてもらいに来ました。父上にも許可を得てあります。思い切りやってください。でも、ひっぱたいて気が晴れたなら、僕と婚約してほしい。愛してます。ロッテ嬢。」

「ひっぱたく前にそれを言うのはズルいです…」

「僕はズルい男なのです。」


クリス様に髪を撫でられた。


「ズルい僕はお嫌ですか…?」


ほんとーにズルい!!そんな愛おしそうな目をするなんて!

私はクリス様にデコピンした。


「わ、わたくしだって、クリス様の公式デビューでのダンスならもっと素敵なドレスを選んだのに!」

「申し訳ありません。」

「死ぬほど絶望したんですのよ!」

「正直それだけが一番心配でした。トリスタ兄様によくよく目を光らせるようにお願いしたのですが、ロッテ嬢が死んでしまっては、こんなくだらないことには何の意味もなくなってしまいますから。」

「……わたくしのことお好きですか?」

「愛してます。」

「キスしてください…」

「……。」


クリス様が黙って私に口付けた。柔らかい唇がそっと私の唇に押し当てられる。

ジン……と甘く胸が痺れる。


「わたくしもクリス様のことを愛しております。」


ぎゅっと抱き締められた。


「やっと捕まえた。」


いつからこんな準備をしていたのかわからないが、ずっと機会を窺っていたとしか思えない。私の可愛い子犬は随分狡猾な狼だったらしい。それがわかっても離れられない私の心はとうの昔に食べられてしまっていたようだ。



***

シルヴィを救いたいが為だけに受けていた王妃教育は、全て無駄にならず私の身を助けてくれた。私はレミッシュ国の王妃となった。シルヴィはエルヴィス様に嫁いだ。たまにしか会えないが幸せそうだ。第一子を身籠ったというから出産祝いには何か素敵な物を贈りたい。手元のメモ帳に思い付いたものをあれこれメモしていってみる。


「やあ、僕の可愛い妃殿下。何をしているのですか?」


クリス様が顔を覗かせた。


「シルヴィの出産祝いを何にするか決めてしまおうと思って。あの子、何が欲しいのかしら?そういえば狼陛下の、『王位に就くことも厭わないほど欲しいもの』は手に入りましたの?」


クリス様は微笑んだ。


「ええ、ちゃんと捕まえましたよ。」


こんな狼陛下に捕まったものはきっと大変だろうな、と思いつつ出産祝いを何にしようか、と悩む平和な日々が続く。



ざまぁ小説なのに断罪シーンが割愛されるというニューヴァージョンになりました。まあ私は子犬な狼が書きたかっただけなのかなあ…と書きあがった後になってから思いました。

次は気になる子犬殿下視点です。子犬殿下視点を読んで本当に彼が子犬だと思えるかどうかは不明。私は子犬には見えませんでした。笑

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