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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第98話 エンフィール王国を総べる者






 水神リューリカ。

 エンフィール王国に住む者で、その名を知らぬ不信心な人間は存在しないだろう。

 王都クロスフィールの中央にある、リュシオン湖の底、寝所と呼ばれる場所に、水神リューリカは確かに存在している。

 国家神としてエンフィール王国にある、全ての水に祝福を与える。

 代々、エンフィール王国を統治する王と契約を結び、リューリカに安息を約束する。その恩恵として、決して枯れぬ水の恵みを持って、肥沃な大地を育み、一方で大河には付き物の水害を封じてくれている。


 神と呼ばれているが、その正体は水を総べる大精霊だ。

 遥か大昔、エンフィール王国の始祖が大精霊リューリカと出会い、何らかの理由で気に入られ、契約を結んで国を作った。

 それが水の流れの如く脈々と続き、今に至っている。

 神として崇められ、誰もがその存在を知りながらも、一部の人間以外の前には決して姿を現さぬ水神リューリカ。その姿や存在は、多くの謎に包まれている。


「そんな神様にお願いしに行くなんて、無理なんじゃないかなぁ」


 リュシオン湖の真ん中にある水晶宮。

 そこへと続く大橋を前にして、ハイネスは半眼でポツリと呟く。

 ハイネスが盛大に空回りをした翌日、水神リューリカとの謁見を求める為、アルト、ロザリン、アカシャ、そしてハイネスが、早朝からこの場所に揃っていた。

 ロザリンが診察した結果、ハイネスが腹部に負った傷は、通常の治療では癒せないことがわかった。そして彼女が食事を取りながら考え抜いた結論は、水神リューリカの力を借りて、治療するという手段だ。


「水の属性は、魔術的に、再生を意味する。大精霊クラスになれば、きっと、古代の呪詛を打ち消して、傷を癒すことも可能、だと思う」


 その解説を信用して、こうして水晶宮に向かう為、集まったのだ。

 ちなみにテイタニアは、ぞろぞろと水晶宮に大人数で押しかけるのは不味いだろうということで、残ることを選択した。

 本音は王宮内のような、堅苦しい場所に行きたく無いのだろうが。


「俺も残りたかったんだけどなぁ」

「アルが、いないと、騎士団の人達と、連絡が取れない」


 大欠伸をするアルトの横腹を、ロザリンが肘で突っついた。


「まさか、アルトが騎士団の方と知り合いだとはな」

「……んんっ(もじもじ)」


 感心するアカシャの横で、まだ緊張気味のハイネスは、横目を向けては恥ずかしそうに身を捩っていた。

 普段は此方から騎士団と連絡を取る方法は無いのだが、偶然にも昨日、シエロが飼うウルス鳥が窓の縁に手紙を届けに来たので、帰すついでにリューリカの力を借りれないかと、手紙を送付したのだ。

 そしたらその日の内に、シエロから「話を通しておいたから、明日、水晶宮へ来て」という返事が届いた。

 あまりに早すぎる行動が胡散臭かったが、とりあえず言われた通りに尋ねることにした。


「一応、シエロの奴に大まかな事情を話してあるけど、それで力が借りれるかはわからねぇぞ? そもそも、王様に会えるかどうかも」

「まぁ、普通に考えれば、そうだよね」

「……アンタらが言わないでよ」


 頼みの綱であるアルトとロザリンの言葉に、ハイネスが額を押さえた。

 ここでジッとしていても始まらない。

 エンフィール王は多忙な人物。一秒でも遅れれば、謁見に応じてはくれないかもしれない。

 なので早々に出発しようと、四人は顔を見合わせ頷いてから、城門へと続く長い大橋を、横に並んで歩き始めた。


 水晶宮へと真っ直ぐ続く橋に、人の往来は無い。

 橋を守護するかのように、欄干の一部には大理石を削り出して作った、騎士の彫刻が立っている。

 等間隔に並ぶ街路灯は、夜になれば魔術で灯りが点され、この白く長い大橋をオレンジ色に染めるのだ。

 その上を、四人は並んで歩く。

 並び順は右からハイネス、アカシャ、アルト、そしてロザリンだ。


「吊り橋とかは見慣れているけど、こりゃ壮観ねぇ……効率重視の共和国じゃ、ちょいとお目にかかれない光景だわ」

「その分、徒歩以外で橋を渡るのは厳禁だけどな。仕来りだ何だと、結構面倒臭いことが多いんだぜ、こっちも」


 肩を竦めるアルトに、アカシャはクスッと笑みを零す。


「歴史あるモノは、得てしてそういうモノだ。私は実に素晴らしとことだと思う。ロザリンはどうだ?」

「人工物は、苦手」


 元森の奥に住んでいた魔女らしい言葉に、一同は苦笑を漏らした。

 長い大橋の中腹には大きな門構えが、行く手を阻むように存在する。これは城門を潜り水晶宮内を目指す人間を、本当に入城許可があるのか検査し、危険が無いかを確かめる為の、検査機関になっている。

 手前まで来ると、扉の前にいる衛兵が、槍でアルト達を制止する。


「止まれ。ここより先は、許可無き者の立ち入りを禁ずる」

「入城の許可が出てる筈なんだけど」


 アルトが一歩前に出て、そう衛兵に問うた。


「……貴様がか?」


 見るからに一般人、いや、それ以下といった風貌のアルトに、衛兵は怪しむような視線を送る。

 多少、ムカッと来るが、ここは抑えてニッコリと笑顔で、人畜無害をアピールする。


「物凄く怪しいが……まぁ、いい。何か証明出来る物は?」

「んなモンねぇよ。えっと、第七特務のシエロって奴から、話通ってない? 俺、アルトっつーんだけど」

「……少し待ってろ」


 眉間の皺を深くして、衛兵は横のドアから事務所になっているらしい、門の内部へと入って行った。


「本当に大丈夫なのか?」

「まぁ、平気だろう……多分」


 心配げなアカシャの表情に、更に不安が募った。

 暫くその場で待っていると、先ほどの衛兵が慌てた様子で戻って来た。

 衛兵はアルトに直立不動で敬礼をする。


「失礼しました! シエロ団長ではありませんが、ゲオルグ総団長閣下から、速やかにここを通すよう、通達がありました!」

「ゲオルグが? ……なぁんで、アイツが首突っ込んでくんだよ」


 想定していたより大袈裟な展開に、アルトは訝しげな表情をする。

 何だか妙な予感がすると、鼻の下を親指で拭った。

 迅速に行動する衛兵が大橋を塞ぐ門を開門し、一向は再び歩き出した。

 さっさと門を潜り先へと進むアルトとロザリンの背中を、ハイネスとアカシャが驚いた眼差しで見つめる。


「アルトは、本当に何者なんだ?」

「……さぁね」


 肩を竦めるハイネスと、アカシャの視線が交差する。

 途端に、思い出したようにグッと言葉を飲み込む。


「…………」

「…………」


 気まずさから、二人は同時に視線を逸らした。

 別に仲違いをしているわけでは無い。けれど、アカシャはハイネスの傷を気遣い、それを自分の所為だと責める気持ちが拭いきれない。そしてハイネスは、自分が負担ばかりを掛け続けた所為で、アカシャが自分を責め続けているという負い目を抱いていた。


「行こっか」

「ああ」


 視線を合わせないまま、ぎこちなく言い、二人は先を歩くアルト達を追い駆けた。

 また、四人横並びになって、大橋を進む。

 今度は阻む物は無く、真っ直ぐと城門前まで辿り着いた。

 城門前に立っていたのは、一般衛兵では無く騎士。既に話は通っているらしく、アルトの姿を確認すると、敬礼で迎えすぐに開門の準備にかかる。


「――開門、開門!」


 騎士の掛け声と共に、王家の紋章が刻まれた門が左右に開かれた。

 この門の先が、水晶宮内部となる。

 と、言っても、城門の先にあるのは庭園で、謁見の間や居住区のある中枢部分はまだ先なのだが。

 門が開かれた先には、一人の中年男性が、ニコニコと笑顔を浮かべて立っていた。


「やぁ」


 男性は軽く手を上げ、四人を迎えるよう挨拶をする。

 水晶宮の内部にいたのだから貴族か騎士、それに次ぐ階級の持ち主なのだろうが、その風貌はあまりに質素。貴族らしさがあるとすれば、少しくすんだ金髪と、鼻筋の通った顔立ちくらいだろう。

 年の頃は三十代から四十代前半。子供がそのまま大人になったかのような印象があり、ロザリンは少しだけ、ゲオルグに雰囲気が似ていると思った。

 この場違いな男性の登場に、女性陣は困惑の表情を浮かべる。

 一方で、その姿を視界に止めたアルトは、驚いたように目を見開いた。


「なんだよ。とっつぁんが出迎えに来てくれたのか?」

「ん~? ああ、ゲオルグの野郎が来る予定だったんだけどさ。急に仕事が入ったみたいで、僕がお願いされたわけ」

「んだよ。暇なのか?」

「んなわけないでしょ。妻子持ちは食わせて行かなきゃならんから、毎日汗水流して働いてるんだよ? 久しぶりにアルトちゃんが来るっていうから、お迎えに来たんじゃないか」


 フランクな口調で語りかける男性に、アルトは後頭部を掻いて歩み寄る。

 そして、互いにニカッと笑って、肩をポンポンと叩き合った。


「確かに、とっつぁんと顔合わせんのも久し振りだよな」

「そうだよ。ちょっと前までは、随分長いこと水晶宮にいたらしいけど、あの時はシリウスちゃんに連れ回されてたから、顔を会わせなかったもんね。僕も忙しかったし」


 仲良く話始める二人。

 置いてけぼりなのは、女性陣達だ。


「アル」


 代表して、ロザリンがアルトの袖を引っ張る。


「その人、誰?」

「おおっと、そう言えばお嬢ちゃん達とは初めてだったね」


 男は自分を指差し、にこやかな笑みをロザリン達に向けた。

 特別に男前だったり、渋いダンディな雰囲気があるわけでは無いが、人を引き付ける独特な魅力を持ち合せた男性だと、ロザリン達はそんな印象を抱いた。


「僕の名前はジェフリー。君達より長く生きてるけど、アルトちゃんがとっつぁんなんて呼んでる通り、好きな風に呼んでくれていいから」


 気軽な口調でジェフリーは、女性陣が戸惑うほどフランクな態度で挨拶をした。

 不意に視線をアカシャに向けると、ジェフリーは何故か目を細める。


「――ッ!?」


 驚き半歩後ろに下がるアカシャを、庇うようにさり気なくハイネスが前に立つ。


「……淑女に向けるにしては、あまりに不躾な視線なんじゃないの?」

「これは失敬。たはは……」


 チクリとした嫌味に、ジェフリーは罰が悪そうに頬を掻いた。

 特に他意は無いだろうが、幾分ハイネスの神経は過敏になっているかもしれない。

 共和国の人間からしたら、数年前まで戦争をしていた国の本拠地だ。

 特に戦場に出ていたハイネスが、気負ってしまうのは無理からぬ話だろう。


「それじゃ、何時までもここに留まっていると、門番の騎士達が困っちゃうから、さっさと謁見の間へ行こうか」


 そう言って、ジェフリーは指で進行方向を差しながら、率先して歩き出す。

 アルト達も、ジェフリーの背中に続いて、水晶宮の奥へと進む。

 水晶宮内部は、王都の街並みとはまた違った、別次元の美しさがあった。

 城門から水晶宮の建物に続く間にある庭園は、水と緑が共存した独特の作りをしている。

 水の上に存在する庭園、とでも言うべきだろうか。白い石造りの通路の外はリュシオン湖になっており、覗き込めば澄んだ湖の水を、魚が優雅に泳いでいる。そして所々に、浮島のような緑の木々が存在し、神秘的な雰囲気を演出していた。

 この光景を初めて見る女性陣達は、感嘆のあまり声も出せない。


「宮仕えだった頃の宮廷も、そりゃ凄かったけど、ここは輪をかけて凄いわねぇ」

「うん。旧帝国は絢爛豪華、悪く言えばゴテゴテとした飾り付けの、悪趣味な物も多かったからな……だが、この水晶宮は」


 アカシャは口を丸く開いたまま、グルリと庭園を見回す。


「水の神が住まう居城に相応しい、何と神秘的な様相か……これが国家神を祀る国の、王家のありよう……素晴らしいな」

「お嬢ちゃん、足元に気を付けてね。ここ、かなり深くなってるから。落ちたら大変だよ」

「おっと、失礼」


 気が付けば通路の縁近くまで寄っていたアカシャが、慌てて中央にまで戻る。

 暫し女性陣達は、水の庭園の美しさに見惚れるよう、その場に立ち止まっていた。

 これから謁見の間に行くのだから、早く先に進みたいのがアルトの本音。けれど、初見の人間がこの光景に見惚れるな、と言うのは無理な話だと、美的センス皆無のアルトにもわかっていること。

 ここは野暮なことは言わず、彼女達が満足するまで少しの間、足を止めることにした。




 ★☆★☆★☆




「と、思ってたんだけどさぁ……お前ら、長すぎだよ。どんだけ待たせんだよ」


 前を歩くアルトが、呆れ顔で真横のロザリンと、後ろを並んで歩くハイネス、アカシャを見た。


「ん。満足」


 後ろの二人はしおらしく、反省したように肩を落としているが、マイペースな魔女殿は、好奇心が満たされて満足なのか、ホクホク顔をしていた。

 彼らを先導するジェフリーは、アルト達の会話に、軽く笑みを零した。


「あはは。まぁだ時間はあるんだからさぁ、そんなに慌てなくても大丈夫、平気だって」

「でも、王様って、忙しいんじゃ、ないの?」

「うん。忙しいよ。だからさ、逆に考えれば、あんまり早く到着したって何が変わるわけじゃないんだからさ、ここは間に合えば良し。くらいの考えでいいんじゃないの?」


 ズボンのポケットに両手を突っ込んで、ジェフリーは心底軽い口調で言う。

 この場違いな剽軽さに、ハイネスとアカシャはどう反応していいのかわからず、困り顔で愛想笑いを浮かべていた。

 庭園を通って、一向はいよいよ水晶宮の宮殿内部へ。


 水の結晶。

 そう称される美しき、アクアブルーの宮殿内もまた、神秘的な風景を広げていた。

 水の色を映し出した柱や壁は、灯火に照らされて淡く輝いていた。いや、それだけでは無く、柱や壁自体がまるで本物の水のように流動しており、光の加減によって濃い青から薄い青まで、様々なバリエーションで目を楽しませてくれた。

 すれ違いざま、ロザリンは柱に指先を軽く這わせてみた。

 大理石に似たツルリとした冷たい感触。


「僅かに、魔力を、感じる……水神の雫と、同じ。これって、本物の水?」

「そうだ」


 ロザリンの呟きを、アルトが耳を小指で穿りながら肯定する。


「全部が全部ってわけじゃねぇけど、水晶宮の宮殿は、水神リューリカが作り出した特別な水で構成されてる。ちょっとやそっとじゃ壊れないし、壊れても元が水だからすぐに修復が可能だ……おまけに」


 小指の先に、ふっと息を吹きかける。


「契約者の体内術式とも繋がってるから、水晶宮の中で悪さしようモノなら、一網打尽ってわけさ」


 脅かすような口調に、ハイネスとアカシャは、別に悪さをするつもりは無くとも、共和国の出身者という手前、ブルッと身体を震わせた。

 しかし、ロザリンは半眼でアルトを見上げた。


「それ、嘘」


 と、一刀両断。


「多分、人の術式操作で、これだけ大規模な、大魔術、操ることは不可能。もし出来るなら、天楼の事件が、あんな大事には、ならなかった筈」

「へぇ」


 前を歩くジェフリーが、感心したように顎を摩る。


「流石は魔女のお嬢ちゃん。中々、見る眼があるねぇ」

「……ども」


 にこにこと褒めるように手を頭の上に伸ばすが、ロザリンは逃げるようにサッと、アルトの影に隠れた。

 行き場を無くした手をさ迷わせ、ちょっとだけジェフリーは悲しげな表情をする。

 間もなく、謁見の間に続く扉の前に到着する。

 城門と同じく、王家の紋章が刻まれた扉の前を、守護するように二人の騎士達が立っている。彼らはジェフリーに対して敬礼をすると、扉を左右それぞれの騎士達が開き、一同を謁見の間へと招き入れた。


 床には一直線に赤い絨毯が引かれており、左右には騎士達が数人、並んでいた。

 進んだ先の奥は段になっており、玉座が二つ。その内の一つに腰かける絢爛なドレスに身を包んだ、貴婦人が威厳に満ちた表情で、此方を見下ろしていた。


「――ッ!?」


 横のロザリン、そして背後のハイネスが息を飲むのが聞こえた。

 王者の覇気。とでも言うのだろうか。無条件で平伏しそうになる迫力が、あの玉座に黙って座する貴婦人からは発せられていた。

 彼女こそ、エンフィール王の王妃、アンヌ・エンフィールだ。


「一同の者、エンフィール王妃様の御前へ」


 段のすぐ下に立つ、髭を生やした老大臣の言葉に従い、アルト達は絨毯の上を歩いてすぐ正面まで近づく。

 そしてアルト達は自然な流れで片膝を付き、王妃に対して平伏の姿勢を取る。

 こういった場に不慣れなロザリンは、一瞬遅れて棒立ちになってしまう。

 大臣の視線が険しくなるのを感じ、アルトは素知らぬ顔で、膝裏を叩き無理やりに平伏させた。

 けれど、ジェフリーだけは膝を突いて平伏せず、それどころか足すら止めず、真っ直ぐと段を上って行った。


「――ちょ!?」


 ハイネスが慌てた声を出す。

 が、大臣はおろか騎士達も、ジェフリーを制止する素振りも見せない。

 そしてジェフリーはそのまま、アンヌ王妃の隣り、つまり玉座へと腰を下すと、足を組んでニヤリとアルト達を見下ろした。

 暫し、謁見の間に沈黙が流れ、大臣は困り顔でやれやれと首を振っていた。

 一連の流れから連想させられる事実に、アルト以外の人間は絶句する。

 許しも無く態勢を崩すのは不敬に当たるので、態勢は膝を突いたままだ。


「ま、まさか、貴方が……」


 辛うじてアカシャが、それだけを発することが出来た。


「やぁやぁ、ようこそ諸君。改めて自己紹介しよう……僕がエンフィール王、ジェフリー・エンフィールさ」


 皆が驚愕しているさまが余程、愉快なのだろう。ジェフリーは満面の笑顔だ。

 その様子に、アルトは大きなため息を吐く。

 恐らくは皆が驚く様子が見たくて、わざわざ迎えに出て来たのだろう。

 驚愕の表情を目の当たりにして、ジェフリーはいたずらっ子のようにケラケラと笑う。


「いやぁ、予想以上に驚いてくれちゃって、僕ぁとっても嬉しいよ。何て言うかなぁ、こうやって言葉を失っているさまを見ると、ああ、王様なんて面倒な商売、やってて良かったなぁて思うよね」


 正体をばらしても、その軽快な口調は変わること無い。

 ジェフリーの楽しげな口振りに、女性陣は面を喰らった表情をすると同時に、段の下の老大臣が頭を抱えていた。


「な、何ていうか、随分と個性的な王様ね」

「う、うん。いや、フランクで良いのでは無いか? 何と言うか、こう親しみやすいと言うか、何と言うか……」

「って、言うか、ちゃらい」

「――うえっほん!」


 率直なロザリンの意見に、老大臣が大きく咳払いをする。

 それを誤魔化すようアルトがロザリンの頭を押さえつけ、睨み付けてくる老大臣に愛想笑いを向けた。


「ま、ああいう人って一言で終わらせてもいいんだけど、エンフィール王家ってのは一般的な王族と雰囲気が違いすぎるからな。戸惑うのも無理はねぇさ」


 小声で、アルトはロザリン達にそう伝える。

 誰に対しても不遜な態度を崩さないアルトでも、流石に水晶宮の謁見の間、という場所ではちゃんと礼節を守っている。その事の方が、普段の彼を良く知るロザリンにとっては驚きだ。


「うちはアットホームで親しみのある王家、ってのがキャチフレーズだからね。僕一人が特別なんじゃなくて、うちの王家は代々こんな感じだよ? まぁ、だから余計に、周辺の貴族連中が煩いんだけどさぁ……」

「陛下」


 調子よく喋る口を、それまで黙って聞いていたアンヌが、ぴしゃりとした口調で制止する。

 顔は向けず、横目だけで口を噤んでいるジェフリーに向けた。


「普段はよろしいのですがここは謁見の間。公の場所ですので、あまりに砕けすぎた態度はどうかと思いますよ?」

「……こいつぁ、失敬」


 慌てて、佇まいを直す。

 纏ったオーラだけなら、アンヌの方がよっぽど王族らしい振る舞いを見せている。

 そんな一同の思考を察したのか、ジェフリーは不満げな表情で唇を尖らせた。


「いや、こんな風に偉ぶってるけど、普段はただのおばちゃんなのよこの人。まぁ、若い頃は貴族の令嬢らしく、純真無垢なお嬢様だったんだけど、王宮暮らしってストレスが溜まるからさぁ、年々性格がキツクなってきちゃって……」

「陛下」


 先ほどより、温度が低い声色に、ジェフリーの動きが凍りつく。

 取り出した羽扇子で口元を隠し、更に一段鋭くした横目をジェフリーに向けた。


「わたくしにご不満がおありでしたら、後でゆっくりと夫婦の時間を取りましょう……ですが、今は彼らのお話を聞くのが先決なのでは?」

「はい、すいません!」


 ガタガタと震えながら、ジェフリーは必死な謝罪を返した。

 そして表情を真剣なモノへと変え、膝を突くアルト達を見回す。


「ああっと、皆。楽な態勢を取ってくれていいよ……と、言っても難しいよね……まぁ、いいさ。とりあえず、あまり時間も無いことだし、早速本題の方へと入ろうか」


 視線をアルトの後ろ、アカシャへと向けた。

 お茶らけた雰囲気とは正反対の、鋭い視線にアカシャはビクッと身体を振るわせる。


「ねぇ。アカシャ・ツァーリ・エクシュリオール皇女殿下」

「「――ッ!?」」


 瞬間、アカシャとハイネスの表情に動揺が走る。

 同時にエクシュリオールという名に、周囲の騎士達もどよめく。

 アルトも表情にこそ出さなかったが、やはりかと僅かに視線を伏せた。

 予感、とでも言うべきか。

 アカシャが高い地位にある生まれなのは、初めて会った時から感じていた。ハイネスが側にいることと、共和国と敵対しているという話を聞いてから、頭の片隅にその可能性を考えていたのだが、いざ真実だと知ると何とも言えぬ戸惑いがあった。

 アカシャが青ざめ、ハイネスの視線が鋭さを増す。


「なるほど、な。随分と簡単に、謁見に応じてくれたと思ったら、狙いはそこか」


 アルトの言葉に、ジェフリーは申し訳なさげな表情を見せた。

 ハイネスが負った腹部の傷を、癒す為に申し出た謁見が、思わぬ状況に転がるやもしれない。

 思った以上に、面倒なことに巻き込まれたなと、アルトは内心で嘆息した。





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