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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第97話 野良犬騎士、二人





 その戦場には、二人の修羅が存在していた。

 一人は少年。全身を血に染めても戦うことを止めない、竜の逆鱗と呼ばれる騎士。

 一人は少女。戦場を地に染めても止まらぬ、ネームレスと呼ばれる騎士。

 この二人が初めて出会った場所は、やはり戦場だった。


 寒風吹きすさぶ荒野の、乾ききった大地を濡らすのは、赤黒い血液のみ。天上では見上げる眼が痛くなるほど、眩いばかりに太陽が輝いているのに、それはまるで蜃気楼の如く、地を這う者共に温もりを与えてはくれなかった。

 対峙する二人は、互いに片手剣と双剣を握り睨み合う。

 幾度となく討ち合った剣戟の名残が、裂傷となって身体を鮮血に染める。

 二人のその身に、返り血以外で血を浴びたのは、互いの刃でのみ。

 血が目に入り、左目が塞がった状態で、竜の逆鱗……アルトは、口元に僅かな笑みを浮かべて、刃に付着した血液を振い落す。


「強いなぁ……まさか、ハルやシリウス以外に馬鹿強い女がいるなんて、想像もしていなかったぜ」


 喋る度に鉄の味が広がり、言い終えたアルトは血の混じる唾液をペッと吐き捨てる。

 対するネームレスと呼ばれた騎士は、感情の薄い瞳をアルトに向けるだけだった。

 表情を隠すように、口元をマフラーで覆い、およそ戦闘に向いているとは思えない、複数の布を何枚も重ね着した、山岳地帯の民族に似た、ゆったりとしたデザインの衣装を身に纏う少女は、掠れる声を喉から搾り出す。


「……何故」

「あん?」

「何故、戦う。既にお前達の敗北は決した。抗ったところで、戦況を変えることは最早不可能だ」

「……何でかねぇ」


 問われたアルトは、苦笑交じりに返した。

 その態度に、ハイネスが寄せる眉間の皺が更に深くなった。


「成り行きってヤツさ……それに」


 笑みを引込め、アルトは真面目な表情で死屍累々の戦場を見渡す。

 小さく息を飲んでから剣を握る手に力を込め、ハイネスに強い視線と切っ先を、真正面からぶつけた。


「同じ釜の飯を食った連中の死にざまを見て、何も出来ない奴は男じゃねぇんだよ」

「……愚かしいな」


 軽く目を閉じて、ため息交じりに呟いた。


「全くだな」

「……ッ」


 そう言って苦笑する姿を見たハイネスは、何故だかわからず視線を逸らした。

 胸に去来したのは、僅かに羨ましいと思える感情。

 ネームレス。

 その名が示す通り名前の無い騎士隊は、戦場において最激戦区へと送られる、生存確率が三割にも満たない過酷な強襲部隊だ。軍隊として騎士隊として、異端とも言うべき戦闘力重視の名も無き騎士隊には、人らしい感情など無きに等しい。

 皆、戦えれば満足、殺せれば満足と、喜んで死地へと向かう戦闘狂ばかり。

 故に彼らは固有の名称を嫌う。群体では無く、あくまで個体であるから。

 だからだろう。自ら愚かな行為だと嘯きながら、他人の為に死地へと立てるこの男が、とても眩しくて堪らなかった。


「……他人の為に死ぬことが、無価値では無いとでも言うのか?」


 気が付けばハイネスは、全く無意味な問いかけを、アルトにぶつけていた。

 急な質問にアルトは驚いたように目を大きく見開く。

 言わなければよかった。後悔が胸に滲みだすが、そんなモノは、アルトが発した言葉を耳にして霧散してしまった。


「他人の為に死ぬなんて無価値さ。当たり前だろう」

「……えっ?」

「俺は何時だって、俺の為に戦ってるんだ……俺の、魂の赴くままによ」


 そう言ってアルトは左手で、自分の胸を叩く。

 ハイネスは僅かに驚いた後、マフラーの下に隠れた唇に笑みを浮かべた。


「……臭い台詞ね」

「うるせぇよ。俺も、自分で言って思ったっちゅーの!」


 目を三角にして、アルトは剣を構える。

 呼応して、ハイネスも双剣を構え直した。

 緩みかかった空気が、再び緊張感に満ちる。

 鋭さを帯びる視線が交錯し、これ以上の問答は無用だということを、雄弁に物語っていた。

 思考が闘争心に染まる前に、ハイネスは目の前のアルトの姿を、もう一度瞳に焼き付ける。何故、そんなことをしたのかは、自分自身にも理解は出来ていない。けれど、命のやり取りをする直前にあって、ハイネスは酷く晴れやかな気持ちでいられた。

 それだけで、ハイネスは思考を閉じる。

 後の感情は、この戦場を生き延びてからにしよう。




 ★☆★☆★☆




 昼時はとっくに過ぎて、後数刻もすれば、遠くの空に赤みが差す頃、かざはな亭の店内はとても気まずい雰囲気に満ちていた。

 テーブルの上にはところ狭しと、大量の料理が並べられている。

 出来たての為、湯気を立てる料理達は、どれも食欲のそそる香りを醸し出す。

 けれど、テーブルを囲む五人は、料理に手を伸ばすこと無く、無言だった。

 この何とも居心地の悪い雰囲気の原因は、対角線上に座る二人の男女の所為だ。


「…………」

「……(もじもじ)」


 両腕を組んで目を瞑り、じっと黙り込んでいるアルト。

 対面に座っているのは、何故か髪の毛をしっとりと濡らし、俯き加減で肩を小さくしているハイネスだ。

 時折、チラチラとアルトの様子を、恥ずかしそうに伺っている。

 テイタニアが肘で、横に座るアカシャをツンツンと突っつき、耳元に口を寄せた。


「ちょっと。どないしたん? ハイネスの奴、キャラ変わりすぎやろ」

「さ、さぁ……私も、あんなハイネスは初めて見る。今日は顔を合わせるのが初めてなんだが……一体、何があったのだろう?」


 アカシャも困惑気味に首を傾げる。

 本当だったら、色々と負い目がある手前、顔を合わせ辛い状況なのだが、こうも様子が違うと心配の方が先に立ってしまう。

 そしてロザリンはと言うと。


「……お腹、空いた」


 誰も食事に手を出さない状況で、自分一人ががっつくわけにもいかず、涎を啜りながらお預け状態になっていた。


「まぁ、理由はわからんけど、原因はやっぱり……」


 テイタニアの言葉に、三人は黙り込むアルトに視線を向けた。

 こっちの様子も、ハイネスほどでは無いが、普段とは違った雰囲気を纏っていた。

 様子を見る限り、どうやら二人は顔見知りのようなのだが、ただの友人知人という関係では無いのだろう。

 下手に口出しすることも出来ず、三人は黙って二人の出方を伺っていた。

 何度かアルトをチラ見していたハイネスが、大きく咳払いをすると、意を決したように口を開いて話しかけた。


「ひ、ひひひ、久しぶりね逆鱗。ななな、七年ぶりかしらぁ?」

「……何故、そんなにどもる」

「声も裏返りすぎやろ」


 アカシャとテイタニアが小声で突っ込むが、顔を真っ赤にした上に、緊張で小刻みに震えているハイネスの耳には、全く耳に届いていなかった。

 何でこんなに状態に陥っているのか、理解出来ていない三人は同時に首を傾げた。

 言葉を受けたアルトは、パチリと瞳を開いて、軽く鼻孔から息を吐いた後、口を開いた。


「七年、ねぇ……言葉にすりゃ一言だが、あれから随分と時が過ぎたもんだ」


 口に出した言葉は、普段と変わらない気怠い口調。

 昔を思い出してか、僅かだが感慨深い感情が滲んでいた。


「今思い返すと、とんでもないヤバイ出来事の連続だったぜ。今生きてんのが不思議なくらいだ……でも、ま」


 口元に笑みを浮かべ、ハイネスに向ける視線を細める。


「敵同士だったお前さんに言うのも奇妙な話だが、何でかな。ちょっとばかり、アンタが生きていて嬉しいって、思っちまう」

「――ッッッ!?」


 瞬間、ハイネスの身体が石像のように固まった。

 僅かな硬直の後、ハイネスは勢いよくテーブルから立ち上がり、


「ちょっとお花摘みに行ってくる!」


 叫んで、唖然とする四人を尻目に、トイレへと駆け込んで行った。

 思い切りドアを閉め鍵を掛けると、ハイネスは樽の中に溜まった水面に、その真っ赤に染まった顔を映し出す。


「――ちょ!? なによアレ!? 生きていて嬉しいって、あたしの方がすっげぇ嬉しいっつーの! あんな男前な台詞、スラッと言い放っちゃうなんて、あああ、アルっ……トったら、あたしのこと殺す気なの!」


 ガンガンと、壁に頭を打ちつける。


「ああっ、痛い! ハートが震えすぎて傷口よりずっと痛い!」

『ちょっと!? 何やってんのか知らないけど、ウチの店のトイレ壊さないでよね!』


 ドアを乱暴にノックしながら、カトレアの怒鳴り声が響く。

 ぜぇぜぇと肩で息を切らしつつも、何とか平静さを取り戻したハイネスは、鏡で身嗜みをチェックした後、シレッとした顔でテーブルへと戻る。

 訝しげな女性陣達の視線を浴び、ハイネスは椅子に座ると、高らかに足を上げてから組み、黒髪を手櫛で軽く梳いた後、流し目をアルトに向けた。


「お待たせ」

「何でちょっといい女風で戻ってきたん?」


 思わずテイタニアが、目を細めて突っ込んだ。

 珍妙な行動を取るハイネスの姿に、アカシャの眉間の皺はますます深まる一方で、空腹が限界に来ているロザリンは、ダラダラと口から滝のような涎を垂らし、テーブルに並べられた食事を凝視していた。

 これ以上、お預けさせていると、ロザリンが脱水症状で倒れてしまう。


「いい加減、手をつけないと冷めてしまうわね。そろそろ頂きましょうか」


 いい女風の態度を崩さずにハイネスが言った瞬間、ロザリンは思い切り手を合わせ「いただきますッ」と力強く一礼。フォークを右手に持つと唇をペロリと舐めてから、食事へとその先端を向けた。

 次々と料理を口の中に放り込み、満面の笑顔で咀嚼する。

 その姿にテイタニアとハイネスは苦笑を漏らし、二人も食事へと手を伸ばす。


「アカシャ。アンタも、お腹空いてるんでしょ。遠慮せずに食べなって。ここはテイタニアの奢りなんだから」

「そうか。その、ありがとう」


 遠慮がちに礼を述べる言葉に、テイタニアは頬を食べ物で一杯に膨らませながら、片手を振って答える。

 皆、よほど空腹だったのだろう。無言で皿の音を鳴らし、食べ進めている。

 テーブルの中で食事に手をつけて無いのは、既に昼食を終えているアルトだけだ。

 それに気が付いたハイネスが、手を止めて、恥ずかしげに視線をさ迷わせてから、か細い声で語りかける。


「あああ、アル、トも、適当に抓んでくれて、構わないですよ?」

「ん? ああ、いや、俺は食ってきたし。それに……」


 クスッと、アルトは微笑を向ける。


「お前が懸命に食ってる姿は微笑ましくて、見てて飽きないからな……何か、可愛らしくて」

「――ぶほっ!?」

「――汚ッ!? ちょ!? 人の顔面にぶっぱせんといてんかッ!」


 横を向いて噴き出した先には、ちょうどテイタニアの顔があって、思い切り口に含んでいた料理を浴びてしまった彼女が、戸惑いながら抗議の声を張り上げるが、謝るよりも早くハイネスは立ち上がり、またトイレへと駆け込んで行った。

 ドアを閉め鍵をかけ、もう半分以上水が無い樽の中に思いのたけをぶつける。


「かかか、可愛い、可愛いって言われちゃったのあたしッ! あわ、あわわわ、どどどどうすればいいのかしら? け結婚!? 結婚するべきなの!? ……いやいやいや、落ちつけあたし、いい女は慌てないモノよハイネス・イシュタール!」


 動悸の激しい心臓を何とか押し止め、冷静さを保とうとするが、先ほどの声がリフレインする度に鼓動は高鳴り、頭から湯気が噴き出すんじゃないかと思われるほど、顔が真っ赤に染まっていく。

 そして脳裏には、キラキラとした笑顔で「可愛いよ」を連呼するアルトの姿が。


「――やっべ、格好いい!? ……は、鼻血が、でそう」


 慌てて上を向き、首の後ろをトントンと叩く。

 すっかり恋する乙女が暴走してしまっている。勿論、今までのアルトの行動、仕草、声色にはハイネス視点による補正がかかっているので、実際にハイネスがここまで動揺するほど、アルトが口説きにかかるような姿を見せているわけでは無い。

 先ほどの可愛い発言も、道端の野良猫や野良犬に言うようなニュアンス。

 つまり、ハイネスが一人でテンパり、空回っているだけなのだ。


「いかんいかん、正気に戻れあたしっ! 初恋の煌めきにときめいている場合じゃあ、ないのよ」


 鏡を前にこれじゃあいけないと、頬を両手数回張り、気合を入れ直す。

 今のハイネス・イシュタールは、七年前の戦いしか知らないお人形さんでは無い。あの過酷な戦いを経て、命の意味を知り、人であるということを求めた。


 英雄シリウスを打ち負かした功績を讃えられ、竜の称号を得るという栄誉を賜りかけたが、それを辞退し騎士という役職も辞任した。戦いに生きる騎士としてでは無く、ただ一個人として人の営みに根を下ろす生活を選んだのだ。

 他人から見れば、気ままで自堕落な生活。けれど、その一日一日が、確かに今のハイネス・イシュタールを形作っている。


「そうよ。今のあたしは、成熟したいい女……は、初恋の相手と顔を合わした程度で、動揺するなんてあり得ないわ」


 無理やりそう納得すれば、心臓の鼓動も多少は誤魔化せる。

 髪を掻き上げ、何とか何時のもハイネスに精神を引き戻した所で、トイレから出てテーブルへと戻って行く。


「ごめんなさいね、度々」


 一同の視線を浴びながら、優雅な素振りで席につく。

 そして髪を掻き上げ、正面のアルトにも気軽な感じで謝罪しようと視線を向けた瞬間、偶然にも目と目が見つめ合いう形になり、ハイネスの顔が見る間に真っ赤になると、身体も石のように硬直してしまう。

 別にアルトが妙な行動を取っていたわけでもなく、普通にボンヤリと座っていただけだ。


「あ、あうっ」

「……あん?」


 訝しげにアルトは首を傾げる。

 すると、ハイネスの首までがボンッと一気に赤くなり、肩幅を狭めると両手を膝に置き、身を小さくしてまた下を向いてしまった。


「だ、駄目駄目、無理、絶対に無理っ! 直視出来ない……素敵すぎてっ」

「は、ハイネス、本当に大丈夫か? 傷が痛むんじゃないのか?」

「だ、大丈夫大丈夫。むしろ、怪我してるのも忘れてたくらいだから」


 挙動不審な態度が、怪我の所為だと勘違いしたアカシャが、涙目になって問いかけるのを、額に脂汗を浮かべハイネスは否定する。

 全く状況を理解出来ないアルトとテイタニアは、揃って首を傾げていた。

 ただ一人、ロザリンだけが乙女の直感で何かを悟ったのか、食べ物を咀嚼しながら、ジト目でアルトとハイネスを交互に見ていた。


「……なるほど、何となぁく、わかってきたで」


 それまで首を傾げていたテイタニアが、何かを察知したのか手に持ったフォークを置いて意味深に頷く。

 腕を組み、顎に指を添えて、アルトとハイネスを見回した。


「会話の流れから察するに、お二人さんは以前にも面識があった……それは間違いないやろ」

「まぁな」

「そ、そうね」


 二人は揃って頷く。


「再会は七年ぶり、それ以前は敵同士だった二人と、人が変わったかのようなハイネスの態度……この状況から導き出される答えは、たった一つや」

「なに? なんなの? ちょっと、止めてよね!」


 段々と大仰になっていくテイタニアの口調に、ハイネスは戦々恐々とする。

 だが、そんな乙女の心情を無視して、テイタニアのテンションは徐々に高まっていく。


「ずばぁり、ハイネスは兄ちゃんのことを……」

「ややや、やめてやめて! 他人に言われるくらいなら自分で言うからやめてぇぇぇ!」


 目に涙を溜めて取り乱し、立ち上がってテイタニアの口を塞ごうとするが、それより早く指先をアルトに突きつけたテイタニアの言葉が、店全体に響き渡る。


「ずっと昔から決着をつけたいと思うてたんやぁぁぁ!!!」

「いやぁぁぁぁッッッ!!! ……って、えっ?」


 ハイネスは頭を抱えるが、予想とは全然違う言葉に、目を点にする。

 対するテイタニアは、訳知り顔で腕を組み、納得するよう何度も頷いていた。

 その言葉にアカシャは「あっ」と言う顔をして、手をポンと叩く。


「そう言えば以前、ハイネスが男の人に負けたという話を、聞いた覚えがあるな」

「それやっ!」


 テイタニアがアカシャの顔を指差してから、得意満面に鼻息を荒くする。


「わかる、うちにはわかるでぇ……武芸者にとって、腕の立つ相手との戦いこそが誉れや。戦場で知り合い、本気で命のやり取りをした相手と、そりゃ数年ぶりに顔を会わせて、心中穏やかっちゅうわけにはいかんやろ。ましてや、完膚無きまでに叩きのめされた相手なら、尚更やで」

「いやいや、乙女のときめきを、んな血生臭い思い出に変えないでよ!? それに、完膚なきまでに叩きのめされてないから、惜敗だから、あれはッ!?」


 懸命の抗議も空しく、テイタニアは慌てるなとばかりに、詰め寄るハイネスを差し出した両手で押し止める。

 そして、真剣な眼差しでハイネスを見返した。


「わかっとる。悔しい気持ちは重々承知や……けどな。そこで立ち止まっとったら、前へは進めへんで? アンタには、やらなきゃならんことが、あるやろ?」

「ちげぇって言ってるだろうが! シリアスな雰囲気で勘違いした話進めんなッ!」

「は、ハイネス……正直、私はその決闘を止めたい。いや、止めねばならぬ立場にある……だが、これが宿命と呼ぶモノなら、私は苦渋の思いで君の背を押さねばならぬのかもしれない」

「いや、やらないから決闘なんて! お願いだから戦う流れにしないでよぉぉぉ!」


 ハイネスは本気で泣きそうな表情で、頭をバリバリと掻き毟った。

 一方でアルト達はすっかり、会話に置いてけぼりを喰らっていた。

 どうすれば良いかと、視線をロザリンに向けてみるが、彼女が何故か横目で睨み付けるだけで、モグモグと動かした口から、何か妙案が発せられることは無かった。

 ため息交じりに頬を掻いて、アルトは激論を繰り広げる三人に視線を向ける。


「……で? 結局俺は、どうすればいいわけ?」


 問いかけると、三人はピタリと議論を止める。

 アルトが視線をハイネスに向けると、彼女は頬を赤らめて、モジモジと恥ずかしげに亜身体を捩る。


「いや、どうすればって……その。側にいれれば幸せって言うかぁ……てへへ」

「もち、決闘やな」

「もうお前黙っとけよ!?」


 本気で腰の双剣に手が伸びかけて、ギリギリのところで押し止める。

 アルトは嘆息してから、テーブルの上に頬杖を付き、ハイネスを見つめた。


「何だよ。お前、俺と決着つけたいってわけ?」

「えっ? いや、そのぉ……」

「したいのか、したくないのか、ハッキリしろよ」

「ししし、したいとかって、そんな直接的な……あっ、鼻の奥がツーンと」


 ハイネスは慌てて、鼻を右手で抓むように押さえた。

 戸惑ったまますぐに答えを発さないハイネスの態度に、アルトは若干苛立つような表情を見せ、頬杖を解いてテーブルの上に乗り出すように、顔を近づけた。


「は、はうっ!? ち、ちか、顔が近いぃぃぃ」

「ど~すんだよ。難しい問題じゃねぇだろ」


 更にグッと顔を近づける。


「ひゃぁっ!? 息、吐息が、顔にかかる、駄目、本当に駄目だから」

「言っとくが、本来はこんな面倒臭いことゴメンなんだぞ? だが、相手がお前なら話は別だ。アンタや周りはどう思ってるか知らねぇが、俺の中であの日の決着は、まだついてねぇんだからな」

「――と、特別ッ!? あわ、あわわわわ」


 アルトは中々に良い言葉を発しているのだが、真正面から視線と吐息を浴びるハイネスには、最早思考が要を成していなかった。

 間近に迫る瞳から、全く目を離せない。吸い込まれそうなほど深い色をしたその瞳を見つめていると、頭の中が沸騰しそうなほど熱くなる。思考と視界がグルグルと渦を巻き出し、今にも卒倒してしまいそうだ。

 そして、とんでもないことに、気が付いてしまう。


「こ、これって、少し近づけば唇と唇が……」

「あん?」

「ひぅん!?」


 疾しい思考が漏れ出し、ハイネスは身体を小刻みに震わせた。

 もう、本気で駄目かもしれない。

 頭の中が白みかけたその瞬間、大きな破裂音がこの奇妙な雰囲気を一気に吹き飛ばした。

 驚いた一同の視線が、音の主へと向けられた。


「……ふむ」


 手を大きく叩き、音を生み出したロザリンは、視線を巡らせて一回頷く。

 ふと、目の前を見れば、アレだけあった料理は、全て綺麗に無くなっていた。

 落ち着いた動作でハンカチを取り出し、口元を拭うとジロッと一同を一瞥した。


「ハイネスの、治療者として、決闘は許可出来ない」

「治療者? って、アンタ、怪我してんのかよ」

「へっ? ああ、うん。腹の方を、ちょっとね」


 テーブルから乗り出した身体を離し、元の場所に座り直したアルトに、ホッとしたものの、ちょっとだけ残念に思う。

 途端、アカシャの表情に影が差した。


「ただの、怪我じゃない。魔術的な、効果があって、普通に治療をするのは、難しい」

「……そんなぁ」


 アカシャが青ざめ、テイタニアは渋い顔をする。

 既に話を聞いていたハイネスは、二人の視線に居心地が悪そうに身体を捩らせた。

 そんな三人を安心させるように、ロザリンは一つの提案をした。


「一つ、考えが、ある」

「――どんな方法だ!?」


 アカシャが身を乗り出し、問い詰める、

 そんな彼女を宥めながら、ハイネスも期待の籠った視線をロザリンに向けた。


「方法は、簡単。呪詛の術式を、更に強力な、癒しの術式で、強制的にかき消す」

「そんなこと、可能なの?」


 ハイネスは訝しげに眉を顰めた。


「普通の魔術では、無理。だから……精霊の力を借りる」

「……精霊。水神リューリカか」


 アルトの呟きに、ロザリンは頷いた。

 一同は言葉も無く、ロザリンの発言に驚く。

 水神リューリカ。つまりそれは、神の力を借りると言うのと、同意義だから。

 そんなことが本当に可能なのかと、ハイネス達は暫く、戸惑いを隠せないでいた。





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