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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第91話 王国からの来訪者






 ラヴィアンローズの場違いな高笑いに、シリアスな空気が凍りつく。

 僅かに困ったような雰囲気を出した仮面騎士達は、すぐに照準を乱入者であるラヴィアンローズに定めたらしく、素早い動きで跳躍、風を裂くようにして剣を振るう。

 危ない!

 ハイネスがそう叫ぶより早く、ラヴィアンローズなふふんと、優雅に笑った。


「エーくん」


 大太刀も構えず、無防備を晒した状態で、艶のある声を漏らした。

 ぴょこんと、ハイネスにも負けない大きな胸の谷間から、緑色の小動物が飛び出す。

 きゅいんと小動物、亜精霊のエーくんが一鳴きすると、周囲に緑色の波紋を生み出して、迫りくる刃を全て寸前で弾き飛ばした。


「――ッ!?」

「温いですわ」


 一言いって大きく身を仰け反らせ、極端な上段の構えから右手の大太刀を振るうと、リーチの長い刃と素早い打ち込みで、間合いの外まで退避しきれなかった仮面騎士の腕を、肩口から斬り飛ばし、血を撒き散らしながら地面にもんどりうつ。

 噴き出す血を浴びぬよう、ラヴィアンローズは冷静に一歩後ろに下がる。

 大太刀を振るって刃に付着した血液を振い落すのかと思いきや、そのまま握っていた手を離し投擲。完全に油断していた仮面騎士の喉元に突き刺さり、声も出せぬまま絶命した身体は、大きく後ろに倒れていった。


 まだまだ、ラヴィアンローズの攻勢は終わらない。

 瞬くをするほどの隙間に、尋常じゃ無い速度で間合いを詰めたラヴィアンローズは、仮面の騎士が倒れるより早く、喉元に突き刺さった大太刀の柄を握り、引き抜きざまに、側にいた一人を斬りつけた。

 肩口から斜めに身体を斬られた仮面騎士もまた、血を撒き散らし地面へ倒れる。

 瞬く間に四人を斬り殺したラヴィアンローズの剣技に、ハイネスは驚きに声も出ない。


「……つ、強い」


 それだけ呟くのが、精一杯だ。

 統率の取れた動きや、立ち振る舞いを見れば仮面騎士達が、強いのは十分に理解出来る。

 正直、普通に戦って、ここまで差がでるような相手では無い筈だ。

 つまりそれだけ、このラヴィアンローズという女剣士は強いということだろう。

 驚いた表情で見ていると、ラヴィアンローズは鼻歌混じりに視線をハイネスに向けた。


「ふふ~ん。つい、ノリで斬っちゃったけど、コイツらって悪い奴なのかしらぁ?」

「……一般的な立場だけで言えば、あたしらの方が悪人かもね」

「なぁんだ、じゃあ正解、ねッ!」


 斬り込んできた仮面騎士の斬撃を、大太刀で軽々と受け止め、斬り返す。

 流石に警戒心が増したらしく、今度は簡単に倒せず、数度大太刀と剣は剣戟を奏であう。

 五合ほど打ち合って、ラヴィアンローズは怪訝な表情をした。


「はて? この剣筋……似てますわね」

「ちょっとぼーっとすんな、後ろ!」


 残った最後の一人が、素早くラヴィアンローズの背後に回り込み剣を構えた。

 ハイネスが声を飛ばすが、ラヴィアンローズは唇に笑みを浮かべたまま、後ろの相手に気を配る様子は無かった。


 その理由は、直ぐに判明した。

 剣が突き出された瞬間、飛ぶようにして割り込んできた人影が、二つの刃で剣を阻み仮面騎士を横薙ぎに裂いた。

 一本の三つ編みにした長い赤毛が、ふわりと舞う。

 二本の蛮刀を振るい、赤毛の女性はふっと息を漏らした。


「急に消えたかと思えば、こんなところで厄介事か……誰かの影響を受け過ぎなんじゃないのか?」

「あらあらフェイフェイ。グッドタイミング、ですわ!」


 言いながら、鍔迫り合いをしていた刃を弾き、仮面騎士を袈裟切りで倒した。

 その動作は実に軽やかで、汗一つかいていない。

 足元に死屍累々が広がる中、二人は周囲に気を配り、他に気配が無いのを確認した後、軽く息を付いて武器を納めた。


「へぇ~い」


 軽く手を上げるラヴィアンローズに、フェイは付き合わず、腕を組んで横目を向けた。


「こんな血生臭い状況で、そんな軽いマネが出来るか……ところで」


 フェイは状況について行けずにいる二人に視線を向けた。


「彼女らは何者だ?」

「さぁ?」


 さして興味無い様子で、ラヴィアンローズは戦闘で傷ついてないかと、自分の爪を取り出したヤスリで磨いている。

 その姿に、フェイはズルッと肩を落とし、ジト目を向ける。


「貴様は……見ず知らずの人間を、特に理由も無く助けたのか?」

「そうよ。だって、わたくしのマイスィートダーリンなら、そうするでしょう? だから、わたくしも倣ってみたの。何て健気なのかしらっ!」


 両手で自分を抱き締め、くねくねと腰を揺らす。

 そんな相棒の姿を見て、フェイは呆れるように手の平で顔を覆ってしまった。

 何とも奇妙な二人だ。ハイネスは、口を挟む余裕すら無い。

 二、三度言葉を交わしてから、二人の視線が、同時に向けられる。


「で? 貴女達は何処の誰ちゃんなのかしらぁ?」


 あまり興味が無さげなラヴィアンローズの問いに、どうしたモノかと思考を巡らせる。

 助けられたのは事実だ。怪我の具合から考えて、負けないまでも五体満足で切り抜けるのは難しかっただろう。

 しかし、敵の敵が味方である保証は無い。例え彼女らが善意で助けてくれたとしても、自分達が咢愚連隊であることや、アカシャの正体を知れば、彼女達の善意は一転して牙を剥いてくる可能性もある。

 答えに窮していると、別の人物の声が割り込んできた。


「咢愚連隊のエース、ハイネス・イシュタールとエクシュリオール帝国の皇女、アカシャ・ツァーリ・エクシュリオール。色々と調べてみたいとは思っていたが、まさかこんな場所で出会うとはね」

「――ッ!?」


 驚きの表情で、ハイネスは声の方に素早く身体を向ける。

 木々の奥から歩いて来たのは、一人の少女。

 男性用の貴族服を着た、白髪に眼帯をした少女が、二人に向けて薄ら笑みを見せた。

 ハイネスの警戒心が増し、自然と手が腰の剣に伸びる。


「そんなに警戒する必要は無い。ルンはルン=シュオン。エンフィール王国から来た、ただのしがない情報屋さ」


 そう言って、ルン=シュオンは優雅に一礼した。

 芝居がかった礼の仕方は、底知れない雰囲気を持ち、ハイネスとアカシャは戸惑いと警戒心を露わにしたまま、すぐには言葉を発せないでいた。




 ★☆★☆★☆




 一先ず危機を脱したハイネスとアカシャは、とりあえず危険は無いことを確認し、ルン=シュオン一行に同行することとした。

 谷間の隠れ里に帰ることは、仕方が無いが諦めるしかない。

 皆の無事を確認したり、捕らわれているのなら助け出したい気持ちはあったが、現状で近衛騎士局と正面からぶつかるのは得策では無いだろう。

 悔しいが、今は負けを認め、悔しさを噛み締める他無かった。

 移動用に借りているという幌馬車に乗り、ハイネスは腹部を押さえて息を付く。


「……何とか切り抜けた。っても、状況は全く好転して無いんだけどねぇ」


 重苦しい息を交えて、貧血で霞む目を強引に押し止める。

 傷口は相変わらず、焼けるような鈍痛が断続的に続いていた。

 馬車の中にはルン=シュオンとラヴィアンローズ、そしてアカシャが乗っている。

 先頭ではフェイが御者として、馬の手綱を握っていた。


 怪我のことは彼女達には話していない。敵では無いのはわかったが、それでもまだ気を許したわけでは無いので、出来る限り弱みは見せたくなかった。時折、アカシャが心配するような目を向けて来るが、余計なことを言うなと視線で念を押すと、俯き加減に黙り込んだ。


 普段の彼女だったら、構わず傷の心配をしているだろう。

 気分が沈んでいる今の状況は、良しとはとても言えないが、この件に限りは不幸中の幸いだったと、思っておくことにしよう。

 怪我を悟られないよう注意を払いつつ、ハイネスは視線をルン=シュオンに向けた。


「で? アンタ達、結局何者なの?」


 問われたルン=シュオンは、薄笑みを浮かべて肩を竦める。


「さっきも説明した通り、ただの情報屋さ。ここ最近、ラス共和国内は色々と騒がしいからね。仕入れた情報には需要があるし、なにより高く売れる。そう思って、少し調べにやってきたのさ。これも、一つの市場調査と言うのかな?」


 ペラペラと滑りの良い舌で、舞台台詞のように言葉を語る。

 フランクな語り口調に聞こえるが、ルン=シュオンの異様な佇まいの所為か、素直に受け取ることが出来ず、視線に警戒心が滲み出る。

 それを察知してか、ルン=シュオンはまた肩を竦めた。


「ふふっ。流石に警戒心が強い。元ネームレスの騎士は、伊達では無いようだね」

「――ッ!?」


 表情が強張ったのを見て、ルン=シュオンはニヤッと笑う。

 ハイネスは不機嫌に、舌打ちを鳴らして、軽く顎を上げる。


「なるほど、ね。情報屋ってのは、中々に通なことで」

「お褒めに預かり光栄だね。ちなみに、彼女達は護衛だ。ラヴィアンローズとフェイ。性格には少しばかり難があるけれど、腕は立つ」

「――私をそこの馬鹿と一緒にするなッ!」


 御者席からフェイの怒鳴り声が飛ぶ。

 ルン=シュオンは薄く笑った。


「聞いての通り、真面目で冗談の通じない相手だ」

「……そうみたいね」


 ハイネスは苦笑してから、改めてルン=シュオン一行を見た。


「改めて礼を言っとくわ。危ないところを助けて貰って、ありがとう」

「気にすることは無いわぁ。久しぶりに人を斬れて、わたくしは大満足よ!」


 肌をつやつやさせ、亜精霊のエーくんと戯れていたラヴィアンローズが、楽しげな口調で声を張る。

 それもどうかと思うと、ハイネスは表情を顰めた。


「急に馬車から飛び降りて走って行った時は、驚いたがね」

「美女と美少女のピンチに、身体が思わず反応してしまったのよわたくしったら。全く、正義の性というモノは、抗えないものだから困ったちゃんだわ」

「……お前は正義とは真逆の存在だろう」


 御者席から、呆れたような声でツッコまれた。

 ルン=シュオンも軽く微笑んだ後、視線をハイネスに戻し、座りながら両足を組んだ。


「さて。咢愚連隊のお二方は、今後どうなさるおつもりかな? 先に言わせて貰うと、ルンは君達をどうこうするつもりは無い。共和国に協力する義理も恩義も無いわけなのだからね」


 クイッと顎を軽く上げる。

 それだけで視線の高さは変わらないのに、何処か見下ろされているような高圧的な印象を受けた。


「同時にこれ以上、諸君らを助ける理由も存在しない」

「ま、当然ね。だったら……」


 ハイネスは胡坐をかき、前のめりになって顔を少し近づけた。


「取引をしない? ルン=シュオン」


 顰める声に、ルン=シュオンはニヤリと笑った。


「続けたまえ」

「国外への脱出ルート。何とか確保出来ないかしら?」

「――ッ!? ハ、ハイネス!?」


 いち早く国外という言葉に反応したのは、今まで虚ろな表情で話を聞いていたアカシャだ。

 彼女は脱力していた身体をビクッと震わせると、反射的にハイネスの袖口を掴む。


「まさか、皆を見捨てて逃げるつもりか? ……駄目だそんなの!」


 必死な形相を向けてくる。

 気持ちはわかる。が、ハイネスも引くわけにはいかない。


「咢愚連隊は壊滅的なダメージを受けたわ。だけど、壊滅はしていない。リーダーであるアンタがいる限り、咢愚連隊は何度だって再起可能なんだから。けど、アンタが潰されたら、そこでゲームオーバーよ」

「……そ、それは」


 アカシャは俯く。


「た、確かに、隠れ里にはロックスターやファルシェラ、ゲンゴロー達がいる。恐らく、村を放棄して散り散りに逃げる方法を選んだのだろう。伝言役が、私達に村へと近づかせなかったことから予測はつく……しかし」


 悔しげに、キツク両の拳を握った。


「目の前で彼が死んだように、村では決して少なく無い血が流れたのだろう。私の所為で。それなのに、それなのにっ! 私には逃げることしか出来ない。理屈では正しいってわかっているのに、感情が納得することを許さないのだ!」

「……アカシャ」


 何と言うべきなのか、ハイネスは言葉に迷う。

 今まで計算通り勝ち続けてきた反動か、それともリーダーという立場はやはり重かったのか。背中に乗っていたその両方がバランスを崩し、一気に圧し掛かって来たことで、アカシャは精神的に潰れてしまったのだろう。

 慰めるべきか、叱咤するべきか。

 迷っている間に、ラヴィアンローズが先に口を開いた。


「納得なさいな。戦いとはそういうモノよ。理屈や正論じゃ拾いきれない細々としたモノが、戦いの中には転がっているの。求められるべきは、結果だけなのよん皇女ちゃん……まぁ、何て素晴らしい、含蓄のある言葉なのかしらわたくしったら!」


 茶化すような言葉にも、アカシャは反論出来ないでいた。

 視線を向けると、ハイネスも厳しい表情で頷く。

 このまま負けっぱなしで逃げるのは、ハイネスだって腸が煮えくり返る思いだ。だが、近衛騎士局を敵に回してしまい、本拠地が潰された状況下で、咢愚連隊としての活動を続けていくのは難しい。

 何か大きく現状を打破する手段が無い以上、二人に出来るのは逃げることだけだ。


 たった一度の敗北で、完膚無きまでに叩きのめされ、拭えぬ後悔と屈辱に塗れるアカシャは、顔を伏せて奥歯を噛み締め、嗚咽を押し殺して泣いた。

 何もしてやれない歯痒さから、息を吐きつつ、ハイネスはルン=シュオンを見た。

 ルン=シュオンはふむと頷き、話を続ける。


「国外への脱出ルートだが、結論を言えば不可能だな。既に局長殺しの情報は軍部にも伝わり、陸路、海路共に封鎖されている。非合法な手段を用いても、国外への脱出は難しいだろうね」

「……そうなの。ったく。普段は腰が重い癖に、こんな時ばかりはフットワークが軽いんだから」

「お役所とはそういうモノさ。良くも悪くも、身内には甘いモノだからね」


 全くその通りだと、肩を竦めつつハイネスは同意した。

 残る手段は、道なき道を進んで山脈を越えて行くしかないのだが、二国を阻むアザム山脈は険しく、山岳に住む民族の手助けが無ければ、無事に越えていることは不可能だ。更には夏が終わり、そろそろ山頂付近には白い雪が積もり出すこの時期に、登頂を手伝ってくれる地元民などいないだろう。

 共和国の冬は厳しい。国内を転々と逃亡生活を送るのは、体力的にも精神的にもキツイモノがある。


「ま、手段が無いわけでは無い、がね」


 ルン=シュオンの言葉に、ハイネスは沈みかけていた表情を上げた。

 前のめりになって、真剣な声色で問いかける。


「詳しく話して貰えるかしら?」

「……ふふっ」


 熱い眼差しを受けて、ルン=シュオンはすぐに答えず、此方を試すように薄く笑った。

 弄ばれているような感覚に、イラッとするが、感情を押し殺し次の言葉を待つ。

 そして、ルン=シュオンは視線を、チラリとアカシャに向けた後、芝居がかった素振りで首をゆっくりと左右に振った。


「これも縁、とでも言うべきかな。本来ならばルンが提示する手段は、不可能と言うべき所業だ。しかし、この場にツァーリがいるという状況は、運命というモノの存在を意識せずにはいられないね」

「回りくどいわね。はっきり言いなさい」


 我慢しきれず問い詰めると、ルン=シュオンは笑顔を消し、パチンと指を鳴らした。


「残念だが、ハイネス・イシュタール。ルンと諸君らは、友人関係でも無ければ、利害関係があるわけでも無い」

「何よ? ここまで喋っておいて、教えませんってわけ?」

「そんなことは無い……だが、物事には対価が存在する」


 ルン=シュオンは立てた指を左右に振った後、手の平を開いてそれをハイネスの前に差し出した。


「ルンは情報屋だ……さて。諸君らの輝かしい未来への手助けとなる対価、この場で払えるかな?」


 挑戦的な視線を受けて、ハイネスは舌打ちを鳴らす。

 この対価が金銭を差しているのでは無いのは、すぐに理解出来た。情報屋とまず先に名乗った以上、彼女が求めているのは情報。それも、生半可なモノでは無く、彼女も知りえない、ハイネス達だけが知る情報を提示せねばならない。

 これは、思った以上に難問だ。


「……ふぅむ」


 思案しつつ、アカシャの方をチラリと見る。

 まだショックを引き摺っているらしく、顔色の冴えないアカシャは、言葉を発さず視線だけで、ハイネスに任せるという意を伝えていた。

 交渉事ならアカシャの方が得意なのだが、この場は仕方が無いだろう。


「と、言っても。随分と色々詳しそうだからねぇ」


 世間に流通していな情報という意味なら、ハイネス達も色々とネタはある。

 が、その大半は使い物にならないだろう。

 少なくとも、自分達が咢愚連隊、アカシャが皇女である。

 そして、つい先ほど起こった、近衛騎士局局長殺害事件のことまで、ルン=シュオンは把握していた。耳が早いなんてレベルでは無い。むしろ、彼女こそが黒幕だったとしても、おかしくはない速度だ。


「ああ。前もって言っておくけど、ルン達は局長暗殺に関して一切関与していないよ」


 疑いが視線に現れていたのか、ルン=シュオンは苦笑混じりに否定した。


「……もしかして、真犯人が誰だか知ってる?」

「流石に知りはしないさ。まぁ、予想はつくけどね」


 言葉をそこで区切る。

 どうやら、教えてくれるほど、親切では無いらしい。


「……いや、待てよ?」


 何かを閃き、ハイネスは素早く頭の中で理屈を組み立てる。

 いけるかもしれない。表情には出さず、内心で期待感が膨らむ。

 多少、いや、大分想像に任せたハッタリだが、ここは一つそれに賭けてみるしかない。


「その予測、当たってるわよ。黒幕は、ミシェル・アルフマンね」

「……ほう」


 断言すると、ルン=シュオンは興味深げに視線を細めた。


「根拠はあるのかい?」

「勿論」


 ハイネスは頷く。


「咢愚連隊とシン局長はミシェル・アルフマンを危険視していた。それで、極秘裏に会談をセッティングしたんだけれど、それを快く思わないアルフマンにシンは暗殺され、その罪をあたしら咢愚連隊に押し付けた……ってのは、どう?」


 若干、最後は自信無さげに言うと、幌馬車内は奇妙な沈黙に包まれる。

 口元を押さえて笑いを堪えるラヴィアンローズの横で、ルン=シュオンは肩を竦めた。


「無理やり過ぎるけれど、理屈は通っているね。まぁ、そんな子供のこじ付けを信用する人間は、いないと思うけれど」

「……ぐっ。駄目かぁ」


 ハイネスは苦虫を噛み潰したような表情をする。

 自分で説明しておいて何だが、情報としては稚拙過ぎだ。

 一発でハッタリとわかる言葉に、ラヴィアンローズは足をバタバタとさせて笑い転げていた。

 一瞬でもいけると思った自分が恥ずかしく、顔が急速に赤くなる。


「ふむ。まぁ、そうだとしても、一つ気になることがある」

「一つも何も、説明に隙間が空き過ぎてスカスカですわっ。あっはっは!」

「うっさい! ……んで? 何が気になるっつーのよ」


 不貞腐れ気味に聞くと、ルン=シュオンは苦笑して問う。


「君らや局長閣下が、ミシェル・アルフマンを危険視する理由は何だい? ルンが調べた限り、多少の噂はあれど、後ろ暗いところは何も無い人物だ。今時、珍しいくらいにね」


 当然のように語る言葉に、ハイネスは違和感を覚える。


「正直、ミシェル・アルフマンに関しては、ルンはノーマークだ。ハッタリだとしても、何故彼の名前を出したのか。教えて頂けないかな?」


 その一言で、違和感の正体に気がついた。

 自分達咢愚連隊は、ミシェル・アルフマンの計画を阻止する為に動いている。

 それはアルフマンが人工天使計画を推進している前提なので、何も知らない、特に外から来た人間にとっては、ミシェル・アルフマンは清廉潔白が売りの、有名人程度の認識しかないだろう。

 黒幕の心当たりは、間違いなくアルフマンのことだろう。要は、清廉潔白な彼に潜む、裏の顔を知りたいのだろう。

 これは、いけるかもしれない。

 ハイネスは表情を引き締め、一言こう切り出した。


「人工天使計画」


 その瞬間、ルン=シュオンだけでなく、ラヴィアンローズの目付きも変わった。


「ミシェル・アルフマンは、この計画を極秘裏に進めている。始まりは……」


 ハイネスは咢愚連隊と、ミシェル・アルフマンとの関係を語り始めた。

 勿論、完全にルン=シュオン達を信じたわけでは無いので、全てを話たわけでは無いが、人工天使計画に纏わる噂は、全て残さず提示した。この計画はエンフィール王国の人間にとっても、特別な意味を持つ。もしかしたら、自分達が知らない事実を、彼女は知っているかもしれない。

 話終えると、ルン=シュオンは薄笑みを消して、真面目な表情で考え込んでいる。


「なるほど。それは、盲点だった。ルンとしたことが、あの計画のことを失念していたよ」

「何か、知ってるの?」

「残念だけど、まだ詳しく調べてもいない事実を、憶測で喋ることは出来ないね」


 期待感を込めた問いかけは、あっさりと拒否された。

 しかし、向けられる視線に、僅かだが笑みが宿っていた。


「その代り、返礼として諸君らが求めていたモノを提供しよう」


 そう言うと、ルン=シュオンは、顔を御者席のフェイに向けた。


「フェイ。行先を変えよう」

「了解だ。で、何処へ向かえばいい?」

「西へ。目的地は、皇家の墓」


 ルン=シュオンの発した言葉に、驚いたアカシャが顔を上げた。

 同時にハイネスも、訝しげな表情をする。

 歴代の皇帝が眠るとされる、旧帝国からしたら聖地とも言える場所。現在は封鎖され、軍部の監視下にある場所と、ハイネスが望む国外への脱出ルートが、一体何の関係があると言うのだろう。

 視線で問いかけるが、ルン=シュオンは笑みを浮かべたまま、すぐに答えを教えてはくれなかった。





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