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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第89話 強襲。そして、逃亡






「暇だねぇ~……」


 ロックスターは欠伸混じりで、目の前に差し出されたカードを一枚引いた。

 引いたカードの絵柄はジョーカー。それを見たロックスターは、一瞬だけウゲッと顔を顰めてから、素知らぬ顔をしてカードを手札へと加えた。


「……お前さん、わっかりやすすぎだろう」


 呆れ顔で、ゲンゴローはあっさり、ジョーカーで無いカードを引き、揃った二枚を場に捨てた。

 昼食も終えたばかりの、気怠い午後のひと時。

 アカシャ邸一階にある、会議などに使用する広い部屋で、留守を任された咢愚連隊の幹部三人組みは、とり急ぎやることも無いので、こうしてダラダラとテーブルを囲み、カードゲームになぞ興じていた。

 暇そうに見えるが、実際暇なのだ。


「はぁ~……今頃、皇女様達は会談の真っ最中かぁ……心配だなぁ」

「お前も朝から何度も同じことばかり言って、いい加減しつこいぞ。ハイネスがついとるんだ。万が一の場合に陥っても、何とかしてくれる」


 朝から何度も同じことを言わせるなよと、面倒臭そうに同じ台詞を口にして、ゲンゴローは手札をファルシェラの前に出し、一枚引かせた。


「んなこたぁわかってんだよ。俺様が心配してるのは、俺の愛しいハイネスが、その局長閣下に誑し込まされないか心配してんだっ!」


 叫びつつ、カードを一枚引くが、揃わず手札はそのまま。


「阿呆か」


 きっぱり一言いって、ゲンゴローはカードを選ぶ為、手をさ迷わせる。


「なぁにを心配しとるかと思ったら、んなくらだんこと考えてやがったのか。お前のような軟派な男と、地位も名誉も家柄もある男、比べるまでも無いだろうが。そもそも、お前に脈なんか無いだろう」

「失礼なこと言うんじゃねぇよ!」


 はいはいと肩を竦め、ゲンゴローがカードを引くと、グッと表情を顰める。

 今度は一転、してやったりとロックスターは、鼻歌混じりに上機嫌だ。


「世の中、最後に勝つのは愛なんだよ、愛。んなポッと出の人間なんかじゃなくて、昔から寄せる思いが、積もり積もって大輪の花を咲かせる。愛情ってのは、重ねた年月によって決まるんだよ、一目惚れなんて俺は信じないね」

「そりゃ、一歩間違えなくともストーカーだな。そもそも、思いを募らせてるのはお前さんだけなんだから、大輪の花なんぞ咲かんだろう。アレだけ素っ気なくあしらわれてるんだ。そろそろ、諦め時なんじゃないのか?」

「んなことねぇよ! 今はツンデレでいう、ツン期なんだよ、もうすぐデレるの!」

「そんだけ一途でひたむきなのに、振り向いて貰えんのだから、本気で脈無しだと思うんだがなぁ」

「酷いこと言うなよ! 俺様泣いちゃうよ!?」


 ポンポンと言い合いをしながらも、カードを引く手は止めない。

 そして、


「上がりだ」


 一番最初に手札を無くしたのは、酒と煙草を手に黙々とプレイしていた、ファルシェラだった。

 ファルシェラはクールな表情で、指に煙草を挟んだ手でグラスを持ち、火酒をチビリと口に含む。

 動作がいちいち男前で、格好いい。

 二人は顔を見合わせためて息を吐きだすと、まだゲームは途中だというのに、カードを投げ出して止めてしまう。


「結局、姉御の一人勝ちかぁ。ポーカーもブラックジャックも神経衰弱もババ抜きも、どれもまんべんなく強いって、どういうことだよ全く。やってらんねぇぜ」

「オレが強いんじゃない。貴様らが弱すぎるんだ」


 クールにそう言って、ファルシェラは紫煙を吐き出した。

 暇潰しで始めたカードゲームも、気がつけばファルシェラの連戦連勝。これで実際に金を賭けていたら、ロックスターとゲンゴローは、とっくの昔に素寒貧だ。ここまでストレートに負け続けると、最早諦めが先立って苛立ちも湧き起こらない。


「はぁ。流石に飽きてきた~! もう止めようぜ。勝てもしないゲームなんて、精神的な拷問だ」

「お前が言い出したんだろうが」


 横目で呆れつつ、ゲンゴローはカードをまとめて、トントンと角を揃え一束に纏める。


「とはいえ、飽きてきたのは同感だな……ここらで解散か。どれ、それなら俺はちょっと村の様子を見て回るか。鶏小屋の修理も、せにゃならんしな」

「相変わらず、見た目に反してクソ真面目だねぇ」

「お前も来るか?」

「遠慮する」


 軽く手を振って、ロックスターは椅子を軋ませて、テーブルの上に両足を投げだした。

 やれやれといった顔のゲンゴローが、カードを片付けて立ち上がろうとすると、


「待て」


 一段低い声で、ファルシェラが制止した。


「なんだよ。もう一勝負付き合えってか? 好きだねぇ、姉御も」

「違う。少し口を閉じて、ジッと黙っていろ」


 一睨みされて、二人は訝しげな表情で顔を見合わせるが、言われた通りジッと口を噤んで大人しくしていた。

 暫く耳を澄ませていたファルシェラは、椅子から立ち上がると窓辺へと歩み寄る。

 そっと窓の外を睨み付けて、ファルシェラは大きく舌打ちを鳴らした。


「……不味いな」

「はぁ? なにがだよ」


 振り向いたファルシェラが、ペッと咥えていた煙草を吐き捨てる。


「囲まれているぞ」




 ★☆★☆★☆




 咢愚連隊の隠れ里は谷間という立地から、侵入する為のルートは限られている。

 当然、その全てを把握しており、何者かが忍び込もうとしてもわかるよう、見張りを配置するのは当たり前のこと。


 しかし、ファルシェラが目視した場所は、断崖絶壁の真上だ。

 普通の人間が通れるルートでは無いし、ましてや簡単に降りられる高さでも無い。

 けれど、確かに数十名単位の人間達が、絶壁の上に立って、谷間の隠れ里を見下ろしていた。

 黒く動き易い装束で全身を固め、鳥の嘴を模した仮面を被った一団。

 その先頭に立つのは、レイナ・ネクロノムスだ。

 レイナは崖っぷちに立ち、冷徹な表情で眼下に広がる谷底の村を見下ろし、右手を真横へと差し出す。


「ネクロノムス隊、構え」


 ハッキリと通る声で指示を飛ばすと、反応た一団は、一斉に腰の剣へ手を添えた。

 その動きに一切の淀みは無く、完璧に同調しており、練度の高さが伺える。

 暫しそのままの状態で、レイナは何時でも剣を抜ける状態の兵士達を背中に感じて、スッと大きく息を吸い込んだ。


「我らは兵に非ず、我らは騎士に非ず、我らは人に非ず。我らは刃、総勢八十八本の魔剣ネクロノムスとなりて、一切の慈悲無く、一切の快楽無く、一切の私欲無く、剣としての定め、すなわち目標の悉くを斬り捨てる」


 張りのある声が、空気の薄い谷に響く。

 横に構えていた右手を、スッと正面に向け、指先を眼下の村へと定める。


「我らの存在意義は最強を示すこと。血を、肉を、命を断って魔剣ネクロノムスが最強である事実を作れ……目標、咢愚連隊とそれに関わる全ての人間。老若男女問わず、殺し尽くせ」


 差し出した右手を、腰の剣に添える。


「総員、抜刀! ……行けッ!」


 命令と共に一団は全員、ほぼ同時に剣を抜き放ち、断崖絶壁の上から次々と村を目指して降下していった。

 銀色に怪しく光る刃が、今、血を求めて谷間を照らす。




 ★☆★☆★☆




 踏み込み、逆手に持った剣の連撃が、ヨシュアの両手剣とぶつかり合い火花を散らす。

 左右からの、軽やかな動きで叩きつけられる双剣を、分厚い刃が阻む。

 逆手という超接近戦を想定した独特の剣術は、剣捌きだけでは無く、フットワークの軽い脚のステップも重要視される。力や速度では無く、手数とトリッキーな動きで相手を翻弄するハイネスの戦い方は、常に先手を取ることでペースを掴む必要がある。


 が、黒騎士ヨシュアは、涼しげな表情で、ハイネスの剣戟を全て跳ね返していく。

 その重量感からは想像もつかない流麗な動きで、ヨシュアは巧みな剣術を披露する。

 見るからに重厚な剣を操って、よく素早い双剣の連撃を阻めるモノだと、感心してしまうくらい、ヨシュアは高い技能を有していた。

 しかし、今のハイネスにそれを讃え、茶化せる余裕は無かった。


「ええいっ! コイツ、強い!」

「ふん、この程度か双剣使い。これでは我が剣技、振るい概が無いぞッ!」


 吠えながら、踏み込み舞う斬撃が、ハイネスの双剣を弾き飛ばす。

 刃から伝わる衝撃に握る手の平が痺れるが、何とか剣自体は離さず、バックステップで間合いの範疇から離脱する。

 余裕の表れか、ヨシュアは構えた剣を僅かに下げ、ハイネスに薄笑みを向けた。


「どうした? もう疲れたのか? ……所詮は女。どんなに剣技が優れていても、地力では男に劣る。その体たらくでよく今まで生きてこれたモノだと、俺は感心したぞ」

「チッ。ベラベラと滑りのいい舌ねぇ……あたしがか弱くて可憐なのは、生まれた時からとっくにご存知なのよ!」

「……どうやら、耳の奥まで腐ってるようだな」


 軽口に対して、クスリともせず、侮蔑するよう視線を細めた。

 正眼に構えた両手剣の切っ先が、一ミリもブレることなくハイネスの喉元を狙う。

 いけ好かない、ネチネチとした嫌味な男だが、振るう剣術はお手本のような正統派。実直で真面目で、癖が無く真っ直ぐとした剣技は、まさに騎士道というモノを体現した、理想的な剣術だろう。


 天性の才能では身に付かない、絶え間ない反復練習でのみ表現出来る美しさだ。

 一切の淀みが無い動き故に、黒騎士ヨシュアは、大言に見合う実力を兼ね備えている。

 一方のハイネスは、咢愚連隊の危機を知った為、気持ちが焦り、動きが散漫になってしまい、ヨシュアの流麗な動きを捉えきれずにいた。


「男がフラフラと、騎士だったらもっと勇ましくかかってきなさいよッ!」

「ふっ、抜かせ犬が。貴様の剣技がそれに見合っていないだけだ」


 言ってから、二人は同時に踏み込み、刃を振るう。

 逆手に振るう双剣と、振り上げ打ち落とす両手剣。

 互いの刃が正面から噛み合い、火花を散らす。

 速度は勝っていても、パワーと重量は相手の方が上。正面からぶつかり合えば、最初は拮抗していても、すぐに力と重みで押し切られてしまう。

 噛み合う刃が軋み、ハイネスの膝が僅かに落ちる。

 ヨシュアは唇にニヤッと笑みを浮かべるが、次の瞬間、振り下ろす剣に加わる圧力が無くなり、驚きに目を見開く。

 ハイネスは真横に短く飛び、振り下ろされる刃の軌道線から逃れる。


「ふん。浅慮な」


 しかし、その程度の回避、ヨシュアにとっては予想の範疇。すぐさま切り返して、横薙ぎにハイネスの身体を斬り払おうとするが、彼女は軌道線から逃れると同時に、もう一方の双剣で刃の横を打つ。


「――なにッ!?」

「双剣ってのは、こうやって戦うモンなのよ!」


 打ち出そうとした刃は直前で大きく弾かれ、それによりヨシュアは大きな隙を生み出してしまう。

 ハイネスは素早く一歩踏み込み、逆手に持った右の双剣でヨシュアを狙う。

 刃が触れる直前、ハイネスの膝が蹴られバランスを崩し、双剣はギリギリヨシュアの頬を掠めるだけに留まった。


「――チッ」


 舌打ちを鳴らし、剣を持ったまま床に手をつくと、それを始点に一回転しつつヨシュアから距離を取る。

 互いに牽制するような視線を向け、態勢を整えた。

 忌々しく頬についた傷を指でなぞるヨシュアに、ハイネスは小馬鹿にしたような視線を向けた。


「性格に反して正統な騎士様かと思いきや、随分とこすっからい攻撃してくるじゃないの」

「黙れ下郎。くっ、咄嗟の行動とはいえ忌々しいッ」


 自分でも意識した反応では無かったのか、先ほどの行動に悔いるような態度を見せる。

 その姿を見て、ハイネスにはピンとくるモノがあった。


「なるほど。アンタ、根っからの騎士だったわけじゃ無いわね?」

「黙れ。無用な詮索はするな。汚らわしい」

「図星か」

「黙れと言っている!」


 言いながら、苛立ちを表すように片足を大きく踏み込んだ。

 ズシッと重い音が響き、踏み込んだ足下の床に大きな罅が入る。

 よほど触れられたく無いことだったのか、ヨシュアは柳眉を釣り上げ、怒りの形相を露わにしていた。


 上手く挑発出来たと、ハイネスは心の奥でこっそりとほくそ笑む。

 恐らく、屋敷にいるのはヨシュアだけでは無い。外にも彼の部下が、ハイネス達を逃さぬよう取り取り囲んでいるのだろう。

 数度切り結んだだけだが、ヨシュアの実力はかなりのモノ。正直言って、勝てないほどの実力差は無いだろうが、五体満足で切り抜けられる自信も無い。満身創痍の状態では、包囲網を突破するのは難しいだろう。

 ならば、ヨシュアの冷静な判断力を奪い、隙を見てこの場を脱する方が、リスクは少ないというモノ。


 だが、その判断は、冷静さを見失ったもう一人にとっても、盲点だった。

 ハイネスの視線の隅で、小さな影が動く。


「――あ、アカシャ!?」


 劣勢に立たされたハイネスと助けようと思ったのか、アカシャはヨシュアの意識がハイネスに注視した隙を狙い、壁にかかっている装飾の剣を手に取ろうと、こっそり移動していた。

 当然、意識は向けて無くとも、ヨシュアがそんな行動を見逃す筈が無い。


「小娘がッ、邪魔をするなッ!」


 腰の部分に装着してあった、隠しナイフを左手で引き抜くと、腕だけの動作で移動するアカシャを狙い投擲した。


「――あっ」

「――アカシャッ!?」


 素早くハイネスが割り込む。

 ヨシュアとアカシャの距離が、さほど無かったこと。そして薄暗い室内という視界の悪さから、飛んで来る小さなナイフを弾くことが出来ず、刃は咄嗟に割り込んだハイネスの腹部に突き刺さった。


「――ッ!?」


 瞬間、焼けた鉄でも押し当てられたような激痛が、突き刺さった刃から、臓腑にまで染み込む。

 ドッと汗が拭き出し、絶叫が喉まで上って来た。


「ハ、ハイネ……ッ!?」

「問題ない! ……掠り傷よ」


 叫ぶより早く、苦悶の表情を無理やり押し止め、青ざめるアカシャの頭に手を置いた。

 普段だったら、こんな浅はかな行動、アカシャが取る筈が無い。

 一連の予想外の出来事。咢愚連隊への襲撃。そしてヨシュアの言葉により、アカシャは完全に動揺してしまい、思考が上手く作用していないのだろう。


 これは、ちょっぴり不味い。

 ハイネスは刺さったナイフを引き抜きながら、涙目になるアカシャを背に隠す。

 傷口からは、思ったほどの出血は無い。しかし、熱を帯びた奇妙な鈍痛が、止めどなく腹部を、いや、臓腑を焼いていた。

 恐らくは普通の傷では無い。が、それを確認している暇は無い。


「忠義だな犬。しかし、報われぬものよ。主が無能故に、貴様ら咢愚連隊は無惨な最後を遂げる」


 嬲るような言葉に、背後のアカシャがビクッと身体を震わせた。


「憐れだ。実に憐れだ……せめて騎士らしく、堂々と俺が貴様らの首を叩き落としてやろうじゃないか」

「わ、わるいけど、さらし首は趣味じゃないの」

「遠慮するな。どうせ死んでいるんだ。晒されたとて、恥ずかしくは無いだろう?」


 笑みを浮かべ、ヨシュアはゆっくりと剣を構え直した。

 これはヤバイ。アカシャの手前、表情は余裕を保っているが、背中には緊張感と鈍痛でビッシリと汗を掻いている。

 玉砕覚悟で、アカシャの無事を確保する為、強引に突破するしかないか。

 そう考え双剣を構えた時、唐突に地響きが鳴る。


「な、なに?」


 戸惑うハイネス。

 目の前のヨシュアも驚いた様子を見せているので、近衛騎士局の仕業では無いのだろう。

 地響きは何度も、断続的に屋敷を揺らす。耳を澄ませば、揺れる音に紛れて、騎士達らしき人間のざわめきも聞こえてきた。しかも、屋敷が揺れる度にざわめきは悲鳴へと変わり、ハイネスがいる二階に部屋に近づいてきた。


 そして。

 一際大きな物音を立て、入口のドアをぶち破り、近衛騎士局の騎士二名が飛んで来たかと思うと、床にぶつかりその場で気絶した。


「な、何事だッ!」


 ヨシュアが戸惑い混じりの怒声を張り上げる。

 すると、廊下の方からゆっくりとした足音が聞こえてきた。

 堂々とした態度で現れた一人の青年は、謳うように陶酔した声を響かせる。


「悲しい。実に悲しい。人の命が奪われることはとてもとても悲しい。だが、もっと悲しむべきとこは、人の死に涙を流せぬということ。おお~っと、小難しい理屈や説明はいらない、不要だ、必要皆無。この場において大切なのは、人が死んだ。けれど、涙を流さなかった。ただその一点だけ……涙は美しい、とても芸術的、文化的だ。とどのつまり……」


 朗々とした語り口調で、鉄パイプを片手に現れた一人の男が、何故か滝のように流している涙を手の平で強引に拭った。


「ここで泣いていない貴様らは、文化的では無いという証明だ」

「アンタ、昔、アカシャを誘拐した軍人!?」


 驚くハイネスの声に反応して、視線を向けた青年軍人バルトロメオは、顎を軽く上げて鉄パイプを肩に担いだ。


「久しぶりだな我が好敵手ハイネス。再び会いまみえるこの日を、僕は心待ちにしていた。さながら、花びらを散らし恋占いをする乙女が如く」

「えっ、なにその気色悪い表現」

「噂を聞き付けやって来たのは、やはり正解だった。この幸運、まさに文化的。歴史が我らに叙事史の一ページを飾れと、文化を築けと囁いている証拠だな」

「知るかッ! 突然現れて、意味のわからないことを抜かすな!」


 相変わらず話の通じないバルトロメオに、先ほどまでの緊張感を忘れて突っ込んでしまう。

 それ以上に置いてけぼりなのは、ヨシュアの方だ。


「おい、貴様」

「……む?」


 背後から顔の真横に剣を突きつけられ、バルトロメオは眉を顰めた。

 バルトロメオの後ろには、怒りの形相で睨み付けるヨシュアの姿があった。


「軍属の者らしいが、貴様。俺の邪魔をしたばかりか、部下共にまで手を出すとは、ここで殺されたいのか?」

「黒騎士。黒騎士よ。僕の文化的な語りを聞いていなかったのか?」

「なに?」


 殺気を込めた刃を突きつけられているのに、バルトロメオは悠然とした態度を崩さない。

 この度胸のよさは、驚く以上に感心してしまう。


「僕はこう思うのだ。貴様の騎士道は実に文化的だ。大将の死に対し悲しみにくれず、その使命、その任務に邁進する。騎士の鏡だ、実に文化的な行為だ、尊敬に値する」


 パンと首筋に添えられた刃を、手で弾く。

 妙に堂々とした語り口に気を取られていた為、刃は簡単にのけられてしまった。


「だが、このバルトロメオは思う。やはり人の死は悲しいと。仕事、任務、使命を全うすることは正しい、悲しみが本能ならば、溢れ出るそれを押さえつける強固な意思こそ、人の持つ理性であり積み上げてきた文化だ。が、しかし……」


 呆気に取られる一同を無視して、バルトロメオは高らかに語る。


「同時に人と本能は乖離せぬモノ。感情が本能によって作られているのなら、本能に流されることは天然自然のこと。画家は絵を描くのに様々な計算をするだろう。だが、人は計算尽くされた芸術品に感動するのでは無く、そこに込められた感情こそに涙を流す。つまり、この僕が何を言いたいかと言うと……」


 鉄パイプをヨシュアの鼻先に突きつけた。


「勝手に僕の獲物に手をだすなこの野郎。と、いう意味だ」

「全然会話が成立していないだろうが貴様ッ!」


 怒りに任せ斬りつける一撃を、バルトロメオは片手に持った鉄パイプで簡単に受け止めた。


「――なんだとッ!?」

「うそっ!?」


 これにはヨシュアだけで無く、彼の実力を肌で感じたハイネスも驚いた。

 今の一撃は本気こそ出していなかったが、そう軽々と止められるような緩い攻撃では無かった。


「くっ、このッ!」

「おっと」


 続けて振るう斬撃もアッサリと受け止められた上、棒術のように鉄パイプを両手に持ち、打ちこんできた刃を払うと、下から顎先を目掛け掬い上げる。と、思いきや、先端が顎先に当たる直前と止めると、バルトロメオは頬を釣り上げる。

 この行動に、ヨシュアは顔を真っ赤にした。


「き、貴様ッ、俺を馬鹿にしているのか!?」

「馬鹿になどしてない。たぁだ、同士討ちなぞ文化的な人間がすべき行為では無い。黒騎士、貴様がハイネス・イシュタールとの決闘を僕に譲ってくれる。その一言を述べるだけで、世界の文化は滞りなく回り、繁栄していく」

「……なるほどな」


 フッと軽く笑ってから、バックステップで間合いを調整し、同時に両手剣でバルトロメオを薙ぎ払おうとする。


「ふざけたことを抜かすな馬鹿者めがッ!」

「ええいっ。文化を理解出来ぬ野蛮人めがッ!」


 バルトロメオも激昂し、鉄パイプを振るう。

 剣と鉄パイプがぶつかり合い、薄暗い室内を散った火花で照らす。

 途端に、二人は罵り合いながら、切り結びだした。

 熱い鈍痛が響く腹部を押さえたまま、ハイネスは唐突な状況の変化についていけず唖然としていたが、我に返ると二人に気づかれぬよう、未だ背後で震えているアカシャにそっと呟いた。


「今がチャンス。逃げるわよ」

「…………」

「アカシャ?」


 返答が無いのを不審に思い振り向くと、アカシャは膝を床について、暗がりでもわかるほど表情を青白くして、ハイネスの背に縋り付きながら震えていた。

 カタカタと歯を鳴らす口で、うわ言のような言葉を繰り返す。


「わた、私の、所為だ。私にミスの所為で、皆が、ハイネスが……」


 完全に動揺して我を失っている姿に、ハイネスは顔を顰めながら舌打ちを鳴らす。

 面倒と思ったわけでは無い。自分の浅はかさに呆れ、腹を立てたのだ。

 どんなに頭が良くとも、アカシャはまだ精神的に未熟な子供。それをすっかり忘れ、頼り切っていた自分にこそ落ち度があった。

 ハイネスは震えるアカシャを、そっと抱きしめる。


「大丈夫。大丈夫だから、そんなに震えないで」

「……ハイネス」

「あたしが何とかする。何とかして見せる。だから、今はあたしだけを信じてなさい」


 ニコリと見えた優しい笑顔に、少し安心したのか、身体の震えがちょっとだけ緩み、コクッと小さく頷いた。

 素早く双剣を鞘に納め、頭の中で脱出プランを紡ぎ、すぐさま実行に移す。

 背中と膝の裏に両手を差し込み、お姫様抱っこの形で立ち上がると、二人に気づかれるより早く窓の方へ走り出し、破片で抱えたアカシャが怪我をしないよう気遣いながら、ガラスを蹴破って外へと飛び出した。

 窓が割れる音が盛大に鳴り響き、対峙していた二人が同時に視線を向けた。


「――しまった!」

「――クッ。敵前逃亡とは、なんと文化的!?」


 二人の声を背中に浴びながら、ハイネスはガラス片で露出した肌をちょっとだけ傷つけながらも、上手く地面の上に着地した。

 軽いとはいえ人を抱えているぶん、足の裏からの衝撃に全身が痺れ、腹部の傷口に響いたが、アカシャに余計な心配を掛けぬよう、顔を引き攣らせながらも、強引に痛みを押し付け、何とか走り出した。


「あの文化馬鹿が蹴散らしてくれたおかげか、見張りは入口の方へ集中しているようね」


 運よく周囲に騎士達の姿は無く、ハイネスはアカシャを抱えたまま、屋敷の敷地外を目指した。

 気になることは一杯ある。

 けれど今は、生き延びることだけを考え、震えるアカシャの身体を、走りながらギュッと強く抱き寄せた。






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