第87話 ハイネスとアカシャと愉快な仲間たち
咢愚連隊。
ラス共和国の首都近郊を中心に、破壊活動を繰り広げるテロリスト集団の名称。
狙うのは国立の魔術工房や、軍事施設などの国家機関で、ここ二年で破壊された建物は二桁を軽く超えている。
旧帝国の残党で、現体制に不満を持ち、暴力で政府転覆を目論む犯罪者集団。
一般的にはそう言われているが、勿論、そんなことは共和国政府が都合の悪い部分を隠蔽し、情報を操作して表に流しているだけのこと。実際に咢愚連隊が破壊した施設は、そう多い物では無いし、被害も最小限に抑えている。
むしろ、首都から離れた地方都市では、汚職官僚達を叩きのめす義賊集団だと、一部では英雄視されているくらいだ。
テロリストと貶め得られているのは、政府の情報操作もそうだが、咢愚連隊の名声と悪評に乗っかって、犯罪行為をする連中が後を絶たなく、責任問題を逃れる為共和国政府が、その全ての悪行を咢愚連隊に押し付けてしまったのだ。
当初は憤りを感じたが、今ではもう慣れたモノ。
むしろ、名前を聞けば相手がビビッてくれるから、仕事がやりやすくなる。
咢愚連隊の創設者、ハイネスとアカシャの出会いから数えて一年半。
いよいよ咢愚連隊は、共和国政府としても、無視できぬほどの存在になりつつあった。
★☆★☆★☆
ラス共和国の首都を出て東に数キロ行った場所には、かつて鉱山地区として栄えた岩山が存在する。
現在は資源の枯渇に伴い封鎖されてしまった場所で、岩山らしく草木が育たない乾いた土地。冬になれば豪雪によって閉ざされ、陸の孤島となってしまい、とてもじゃないが、人が住めるような場所では無いだろう。
そんな場所に、咢愚連隊の隠れ里が存在する。
採掘により穴だらけになった岩山を抜けると、切り立った絶壁に囲われた隙間に小さな村がある。
山の真ん中に空いた谷底のような奥行のある空間に、木造建ての家が並んでいる。狭い場所を最大限に利用する為、段となって切り出された岩肌を、階段や吊り橋、梯子で繋ぎ、立体的な村の形を作り出していた。
僅かに太陽が当たる場所には畑があり、牛や馬などの家畜も飼育されている。
流石に商店などは存在しないが、確かな人の営みが、この谷底には存在していた。
村の真ん中。ちょうど、広場のようになっている空間で、わいわいと楽しげに騒いでいる集団がある。
村の子供達とハイネスが、追い駆けっこをして遊んでいるようだ。
「ほらほら! そんな動きじゃ、あたしは捕まえられないよ!」
逃げるハイネスを、五人ほどの子供達が捕まえようと追い駆けている。
本気で逃げたら当然、子供達がハイネスを捕まえられるわけが無いので、最大限に手加減して逃げ回っている。それでも、持ち前の性格から、簡単に捕まるのは嫌なのか、クルクルと回るようにして、前後左右から飛びかかってくる子供達を回避する。
その姿は、ちょっとだけ大人気なく見えた。
「ちっくしょ! 右! 右から回り込め!」
「う~っ。全然、捕まえられないよぉ~」
踊るように逃げるハイネスを、子供達が指示を飛ばし合いながら追い駆ける。
賑やかな子供達の声に、すれ違う村の大人達は、微笑ましく目を細めていた。
やがて、元気印の子供達も疲れてきたらしく、ゼェゼェと息を切らせながら、力尽きるようその場に次々と腰を下した。
ハイネスは逃げる足を止めると、腰に手を当てて座り込む子供達を見下ろした。
「なぁによ。もうへばったの? 元気だけが取り柄のがきんちょ共が、だらしないんじゃない?」
「む、無茶言うなよぉ……ハイネス姉ちゃん、無茶苦茶素早いんだもん」
リーダー格のガキ大将が息切れをしながら言うと、他の子供達からも「そうだ、そうだ!」と不満が飛ぶ。
「ふふん。良いこと教えてあげる。そういうのを、負け惜しみって言うの……いやぁ、お勉強になったわね~」
悪びれることなくケラケラと笑う姿に、子供達はぶ~ぶ~と文句を垂れる。
「酷い、酷いよ! 汚い大人だ!」
「う~。ハイネスお姉ちゃぁん、ズルいよぉ」
「全く。大人気ないですよねぇ」
「……(コクコク)」
抗議の声もどこ吹く風。むしろ、清々しい風でも浴びるよう、ハイネスは爽やかな表情を浮かべていた。
「ふふ~ん。大人に勝る子供なんて存在しないの。よぉく現実を噛み締めなさい。いやぁ、それにしても、がきんちょの悔しがる声って、心地いいわねぇ。あたしのSっ気を擽るわ」
最低なことを言いつつ、ハイネスは後ろ髪を手櫛で梳いた。
その態度に、子供達の抗議は更に強まった。
無邪気な子供達。けれど、共和国に敵視されている咢愚連隊の隠れ里に住まうのだ。
幼い身なれど、それなりの事情を含んでいる。
一見、ただからかっているようにも見えるが、ハイネスの行動は、世の中の理不尽さを遊びの中に交えて、子供達に教えているのかもしれない。
まぁ、それが一割で、残り九割は普通に本人の大人気なさ故だろうが。
一頻り遊んで満足したのか、ハイネスは大きな胸を揺らして、伸びをする。
「さぁ~ってと、今日はこんなところかしら。今日もあたしの一人勝ちってね」
「ちぇっ。ハイネス姉ちゃん、ずるいや」
ガキ大将は不満げに唇を尖らせた。
文句を言う体力はあっても、駆けっこを続ける体力はもう無さそうなので、今日はこれでお開き。まだ夕刻には早いが、谷間にある村だから、太陽が傾けば陽光が差し込まず暗くなるのは早い。
「そうそう。帰る前に、ミミル婆のところに行ってごらん。ミルク菓子を作って貰うよう、話を通してあるから」
ハイネスの言葉を受けて、地べたに座り込んでいた子供達は満面の笑みを浮かべると、一斉に立ち上がり、手を振って元気に走り去っていった。
その行動は迅速で、先ほどまでの疲れた様子は何処へやら。
「……がきんちょは欲望に素直でいいわねぇ」
苦笑を漏らして、ハイネスも手を振って子供達を見送った。
時間がある時、ハイネスはこうして子供達と遊んでいる。
最初は暇をしているところ、子供達に誘われて、何の気なしに付き合ってみたのが始まり。特別子供好きというわけでは無いので、面倒にも思っていたが、こうやって遊んでみると中々に楽しく、気がつけば自分から輪に入っていくようになっていた。
毎日はしんどいが、たまに遊ぶくらいなら、いい気晴らしになる。
「ん~。子供達と戯れる美女。さしずめ慈愛の女神と言うべきか、絵になる光景じゃないか」
背後からの軽い声色に、ハイネスは目を半眼にして振り返る。
そこには、顎に手を添えて笑顔で頷く、ロックスターの姿があった。
ロックスターに視線を向けると、彼はキリッとした笑顔を向けてきた。
「ご機嫌いかがかな、我が愛しのプリンセス。俺様は元気ギンギンだぜ?」
「……あ~。欲望に正直な大人って、駄目よねぇ」
「ご挨拶だねぇ」
露骨な駄目出しにもめげず、ロックスターは大袈裟に肩を竦めた。
「ハイネスちゃんのピンチに身体を張って助けに入ったんだから、お礼にキスの一発や二発、頂戴しても罰は当たらないんじゃないかい?」
「ごっめんねぇ。あたし、好き嫌いが激しいタイプだから」
笑顔でそう言うと、ハイネスは歩き始め、抱き寄せようと伸ばしたロックスターの手が空を切った。
慌てて、ロックスターはその背中を追う。
「ちょ、ちょっとちょっと! 言葉は正しく使わないと。それじゃあハイネスちゃんが、俺様のこと嫌いって意味に取られちゃうよ」
「ああ、ゴメン。嫌いじゃないの、ガチで苦手なだけ」
「なぁんだぁ、ビックリしたじゃないか。嫌われたら元も子も無いけど、苦手って克服できるモンね。ほらぁ、子供の頃って、魚の腸とか苦手でしょう? でも、大人になると好きになるみたいな。そんな感じで」
「ファルシェラとか好きよね。牛モツとか」
「……姉御は、生まれてくる種族を完全に間違えてると思うんすよ」
何時だったか牛一頭を一人で、嬉々として解体するエルフの姿を思い出し、ロックスターは少しだけ表情に影を落とす。
あの光景は、ちょっとしたトラウマ。子供達が目撃しなかっただけ、マシだろう。
「って、そんなことじゃなくて!」
話を逸らそうとしたことに気づかれ、ハイネスはチッと舌打ちを鳴らす。
先を歩くハイネスの後ろを、ロックスターがトコトコついていく。横に並ぼうとすると、歩く速度を上げられるからだ。
「一目会ったその日から、恋の花が乱れ咲いた俺の純情。そろそろ受け取ってくれても、いいと思うんだけどさ。その辺のところ、どうなのよ?」
「いや、無理だから。あたし、百合だし」
「えっ、マジで!?」
何故か声に喜色が宿る。
足を止めて振り向き、ジトッとした目をロックスターに向ける。
「……何でちょっと喜んでんのよ。嘘だから」
「なんだぁ。皇女様と百合百合しいから、てっきり……いや、見るのは嫌いじゃないんだけどさぁ」
「死ね」
汚物を見るような目で一言いって、向きを直してまた歩き始める。
そして、同じようにロックスターも後に続いた。
「自分で言うのもアレだけど、俺様ってそこそこイケてると思うんだよ? この前だって女の子に告白されたし」
「十歳のベティね。最近、おしゃまになったって評判だわ」
「何が不満なのさっ! 言ってごらんよ全力で治すからっ!」
恥も外聞も無く、泣き落とし気味にロックスターは叫ぶ。
ハイネスは歩きながら、ため息を一つついて、
「あたしが好きな男は、あたしより強い男なの」
「…………」
「さて、ロックスター君。あたしとアンタの、対戦成績は?」
「八十六戦、八十六敗です……俺様の」
「はい、良くできました」
ぱんぱん、とハイネスは手の平を叩いた。
反論も出来ない言葉に、ロックスターは腕に目を当てて男泣きした。
付き合いだけなら、ロックスターとはアカシャ以上に古くからの顔見知り。ハイネスが戦争から帰って来て以来の知り合いなので、もうかれこれ、五年ほどになるだろうか。諦めればいいものを、知り合った当初からずっとこの調子だ。
「脈なんかないんだから、そろそろ諦めたら? 選り好みしなきゃ、アンタだったらいい娘がみつかるでしょ」
「いやぁ、俺様って、一途でしつこいから。ハイネスが振り返ってくれるその日まで、何度振られたって諦めませんよ?」
ハイネスは無言のまま、思いっ切り嫌そうな顔をした。
一途なのは認めるが、こんなに重苦しい恋愛感情の押し付けは、正直勘弁願いたい。
そう口に出そうか迷っていると、横の民家から顔を出した大男が、ロックスターに向けて呆れた言葉を投げかけた。
「お前さんのそれは、最早ストーカーの類だな」
姿を現したのは、ゲンゴローだった。
手には籠一杯に入った野菜を持っている。
面倒見が良く、働き者の彼のこと。今出て来た民家で何かの手伝いでもして、お礼替わりに受け取ったのだろう。
ゲンゴローはハイネスに視線を向けると、籠からトマトを二つ取って投げて寄越す。
受け取ったトマトは、瑞々しい光沢を放っていて、実に美味しそうだ。
鼻を寄せて匂いを嗅ぐと、独特の酸味が食欲をそそる。
「ん~。中々、いい感じのトマトじゃない」
「時期には少し早いが、これ以上は熟れすぎちまうらしいんで、貰ったんだ。……それにしても、お前さんは相変わらずだなぁ」
「んだとぉ、このデカ物」
強面な外見とはミスマッチな恰好をした、ゲンゴローからの呆れた視線と言葉を受けて、ロックスターはギロッと鋭い目付きで睨み返した。
剣呑な雰囲気を出したかと思うと、ヘッと表情を崩してから、今度はヘラヘラと挑発するように笑いながら首を左右に振る。
「髪の毛と女っ気に縁の無い大木には、俺様の溢れんばかりの純情は理解出来ないだろうさ」
「理解されとらんから、毎回振られとるんだろうが」
「んだとぉ! 本当のこと言うなッ! お前の残り少ない毛根を根絶してやろうかッ!」
「残り少ないわけじゃなくて、毛が細いだけだこの野郎ッ!」
「んなわけあるか。細いってレベルの無毛地帯じゃねぇぞ。スカスカの焼野原じゃねぇか!」
「わかってても触れないのか大人の礼儀なんだよ! そんなんだから振られるんだお前は!」
「俺様のピュアな恋心を諭す前に、テメェの頭髪に諦めつけろってんだ!」
ギャーギャーと唾を飛ばし、罵り合う二人に、足を止めたハイネスは額を押さえて嘆息する。
この二人は、出会った当初がからこんな感じに喧嘩が絶えない。
軟派なロックスターと、硬派はゲンゴローでは相性が最悪なのだろう。
「テメェとは一片、白黒つけなきゃなんねぇようだなぁ」
「上等じゃないか小僧。年上に対する礼儀ってヤツを、キッチリ教えてやる」
互いに胸倉を掴み、睨み合う二人。
いよいよキナ臭い雰囲気になっていき、ハイネスが止めに入ろうかどうしようか迷った瞬間、二人の間に一本の矢が風を纏って通り過ぎていく。
鋭い風圧が鼻先を掠め、二人の表情が凍りつく。
ギリギリと首を、ハイネスが向かおうとしていた進行方向に向けると、何時の間にやってきたのか、喪服姿のファルシェラが短弓を構えていた。
「貴様ら、騒々しいぞ。これ以上騒ぐつもりなら、眉間にそれぞれ一つずつ風穴が空くことになるが?」
低い声色で一睨みすると、二人は慌てて互いの胸倉から手を離す。
それを見たファルシェラは短弓を納め、懐から取り出したスキットルの蓋を開けて、中の火酒をグッと呷った。
「はぁい、ファルシェラ。今日もまた、遅いお目覚めね」
「フッ。早起きは趣味じゃなくってね」
「……早起きって、もうすぐ夕方だぞ」
ボソッと聞こえないよう呟いたつもりだが、ファルシェラの長い耳はピクッと反応を示していた。
「ロックスター。言いたいことがあるなら、オレの耳に届くようハッキリと喋れ」
「いやぁ、何でも無いっす!」
首と両手を振り必死で否定する姿を、ゲンゴローは横目で見ていた。
ファルシェラは興味なさげにふんと鼻を鳴らし、スキットルの蓋を閉めると、視線をハイネスに戻した。
「アカシャのところに行くのか?」
「うん。ちょいと、様子を見にね」
「そうか……彼女は、朝から自室に引き籠っている。お前が気にしてやれ、それがお前の役割だからな。ロックスター、ゲンゴロー。行くぞ」
「うっす」
それだけ言ってファルシェラは、颯爽とした足取りで歩きだす。
ゲンゴローは返事をして、ハイネスに一礼してから後に続こうとするが、ロックスターは困り顔でキョロキョロと顔を見回した。
「えっ? あれ? 俺様もハイネスと一緒の……」
「いい加減にしとけ。嬢をあまり困らせるな……それじゃ、ボスによろしくな」
「あいよ。これ、サンキュ」
「なぁに、貰いモンだ。構わんさ。おら、行くぞ」
背後からロックスターの襟首を掴み上げ、引き摺るようにして連れて行く。
「い、いやだ! お前らと一緒だと碌なことにならん! 俺様は、美女と美少女と一緒にシリアスな雰囲気に酔いしれたいんだ!」
暴れまくって何とか逃れようとするが、丸太のような太い腕を持つゲンゴローに力で敵う筈は無く、ズルズルとそのまま連れて行かれた。
酒豪の二人だ。恐らく、ロックスターは朝まで付き合わされるのだろう。
酒が飲めないのに。
「……まぁ、別にいいか」
頭を掻いて見送り、ハイネスはファルシェラがやってきた方向にある、この村で一番大きな館へと向かった。
谷の最奥にある館は、大きいと言っても二階建て。
元々は、鉱山の関係者が事務所として使っていたのを、村の人間達と協力して住めるよう改装した建物だ。
ここにはアカシャだけでなく、ハイネスとファルシェラも住んでいる。
入口に立つ、護衛の若者二人が、ハイネスを見て笑顔を浮かべた。
「あ! ハイネスさん。お疲れ様です」
「はぁい、お疲れ」
まだ十代と若い青年達で、彼らも咢愚連隊のメンバーだ。
挨拶して軽く手を振ると、何も言わずとも青年達は扉を開いて、ハイネスを招き入れてくれる。
屋敷を入ってすぐ正面には階段があり、迷わずそれを昇り二階へと上る。
改装したとはいえ、建物自体は古いので、階段や廊下を強く踏み込むと、ギシギシと嫌な音を立てる。余裕が出来たら一度、古い床板を取り換えなければなぁと思うが、面倒臭いのでロックスター辺りに押し付けようと結論付けた。
目的の部屋の前に到着し、軽くノックする。
「どうぞ」
「入るわよ」
一声かけてから、ドアを開き中へと入る。
窓を背にして大きなデスクの奥に座り、様々な書類を広げていたアカシャが、部屋にやってきたハイネスに視線を向けると、ニッコリと微笑んだ。
「随分と賑やかだったな。ここまで聞こえて来たぞ」
「そりゃ失敬。怒るなら、あの馬鹿を怒ってよね」
軽口を叩きながら、ソファーに腰を下した。
ここは一応、アカシャの私室なのだが、殆どは仕事の為に使っているので執務室に近いかもしれない。奥にはもう一つ扉があり、そこは彼女の寝室になっていて、多趣味な性格が災いしてか、ちょっと人様にはお見せできない有様だ。
アカシャはハイネスに視線を向け、苦笑気味の笑顔を見せた。
「アレだけ慕われているのだ。ちょっとは、気のある素振りを見せてやっても良いのではないか?」
「冗談」
顔を顰めて、ハイネスは大きく足を組んだ。
「ちょっとでも隙を見せたらアイツ、調子に乗って寝室にまで忍び込んでくるわよ」
「それは、流石に不味いな。ロックスターが殺されてしまう」
冗談などでは無く、至って真面目な表情でアカシャは納得した。
「しかし、ハイネス。前々から疑問に思っていたのだが、君は恋愛というモノに興味は無いのか?」
「あら。意外な質問ねアカシャ。なになにぃ? 思春期を迎えて、そろそろ色を知るお年頃なのかしら?」
「いや、そういうわけでは無いが……」
からかう口調に、アカシャは困ったような笑みを浮かべた。
「帝国が無くなっても、私は誇り高きツァーリ、皇族直系の一族。例え皇帝に返り咲けなくとも、その血を後世に残す責任がある。その為にはいずれ、私も伴侶となる殿方を迎えねばならない……だから、その」
デスクの上で腕を組み、アカシャはモジモジと恥ずかしがるように身体を捩る。
よく見れば、頬が薄らと赤い。
あまり見たことの無い反応に、ハイネスは首を傾げた。
緊張しているのか、アカシャは幾分、早口で喋る。
「そのっ。誇り高き血統とはいえ、私も一人の女。やはり、なんというか『恋愛』と、言うモノに憧れを抱いたりしないわけでもない」
「ほう」
「だから、出来ればでいいんだが……恋愛というモノがどういうモノか、ハイネスに教えて貰いたいんだ」
「ほうほう」
ハイネスは両腕を組み、神妙な表情で頷いた。
「どうだろうか?」
ゴクリと喉を鳴らし、アカシャも神妙な面持ちで反応を待った。
顔を上げハイネスは見つめる眼差しを、半目にする。
「知らん」
「……ハイネス」
思わず書類を床にまき散らしながら、デスクの上に突っ伏したアカシャは、恨みがましい顔で非難の視線を向けた。
対するハイネスも、少し恥ずかしげに頬を染め、唇を尖らせた。
「んなもん、あたしだってわかんないわよ。生娘なんだし」
「それでも、何かあるだろう年上のお姉さま。恋愛なんて高尚なことは言わないが、片思いくらいしたことあるだろう?」
「……ソンナモノナイヨ?」
スッと、ハイネスは視線を逸らした。
「何故片言だ。何故視線を逸らす。何故疑問形なのだ」
「い、いいい、いい女の過去には、秘密が一杯なのっ! はい、この話はおしまい! 終了!」
「つまり、恋愛経験皆無なわけか。だったら、素直にそう言えば良いではないか。変な見栄など張らずに……と、言うことにしといてやろう。何やら、あまり話したいことでは無いようだしな」
「……な、何のことかしらぁ? 終了って言ったでしょ」
「隠さなくてもいい。君と私の仲じゃないか」
ニッコリと見透かしたように笑う姿を見て、ハイネスは不機嫌に舌打ちを鳴らした。
「ここ一年で、すっかり悪党が身についたじゃない。出会った頃は、世間知らずのお姫様だったのになぁ」
「ふふっ。だとしたら、君の影響だ。勿論、嫌では無いし感謝もしてるよ?」
「はいはい。どういたしまして」
ワザとらしく大袈裟に肩を竦めてから、ハイネスは笑顔を見せた。
一頻り笑ってから、アカシャは表情を切り替え、真剣な眼差しへと変える。
「さて、雑談はこのくらいにしようか」
「OK……この前手に入れた資料、何か手がかりになるようなモノは書かれてた?」
真剣な問いかけに、アカシャは残念そうに首を左右に振った。
ハイネスは落胆するよう、軽く息を付く。
「人工天使計画。七年前、竜姫をあと一歩まで追い詰めた、魔導決戦兵器。未完成品でそれなのだから、完成したらと考えると、末恐ろしいモノがある」
「あたしもその場にいたわけじゃ無いからね。具体的に、それがどんな兵器なのかはわからない。けど、天使なんて言っちゃいるけど、アレはそんな生易しいモンじゃないわ。草原を焦土に変えた威力は、とてもじゃないけど人が扱っていい代物じゃない」
その時の光景を思い出したのか、ハイネスの表情が僅かに青ざめている。
何時も飄々とした彼女が、こんな顔を見せるのは珍しい。それだけ、ショッキングな出来事を、目の当たりにしたのだろう。
「今まで調べた過去の研究記録を見ると、人工天使計画を推進していたのはロナ家、皇族の分家の一つが行っていた。当時の当主が戦死した以降、極秘裏にミシェル・アルフマンが研究成果を引き継いだ。までは、掴んでいるのだが」
先ほど床に散らばった書類を拾い集めながら、アカシャは大きくため息を吐く。
「それ以外が、全く出てこないのよねぇ。当時の研究記録も、引き継いだ後、アルフマンが何処で研究していたのかも、さっぱり足取りが掴めない」
「その癖、足跡だけはポツリポツリと見えるのだから、手におえない。正直、手の平で踊らされている感が否めないよ」
「同感」
渋い顔で、ハイネスは頷く。
「だが、同時に疑問もある。ミシェル・アルフマンは政治、軍事の両面で既に共和国の中枢を掌握しつつある。近衛騎士局は直接、口を出してくることは無いから、次の大統領選に勝てば、奴の足場は盤石になる筈。なのに、そんな危険な計画を持ちだして、一体何をするつもりなんだ……」
人工天使計画は、あくまで戦争に使用するための兵器。
仮にアルフマンがそれを使い、周辺諸国に再び戦争を吹っ掛けようモノなら、それは帝国の軍国主義を否定した共和国の、そもそもの存在理由を根本から否定することになる。そうなれば、幾ら盤石な態勢を築こうと、国家が再び割れてしまうのは避けられないだろう。
当然、人工天使計画が発覚するだけで、平和主義を謳うアルフマンにとって、失脚する恐れすらあるスキャンダルだ。
得られるリターンより、明らかにリスクが大きすぎる。
そのことにアカシャは深い疑問を抱くが、もう一人、ハイネスには全く悩む必要の無い事柄だった。
「悪いけど、何を考えてようと関係ないわ。人工天使計画は潰す。あんなモノは、この世にあっていい計画じゃない」
言葉尻に怒りが滲む。
普段の明るいハイネスしか知らない人間なら、ゾッとしてしまうほどの怒気が沸きあがっている。
七年前、人工天使計画が破壊を撒き散らしたのは、何もエンフィール王国軍だけでは無い。
当時、王国軍と対峙していたハイネスの所属部隊も、その巻き添えとなって全滅。ハイネス自身は幸運にも負傷により、戦線から遠ざかっていたので被害には合わなかったが、苦楽を共にした同じ部隊に皆は、一人として帰ることは無かった。
傭兵崩れの寄せ集め部隊。特別仲が良かったわけでは無い。むしろ、悪かった方だろう。
けれど、戦場で流した血の数だけ、友情とは違う絆で結ばれていた。
計画の立案者が戦死したことにより、帝政崩壊と共に計画は闇に葬られた。
それを地獄の底から掘り出そうという人間がいるのなら、あの戦争を生き延びた人間として、それを許すわけには決していかなかった。
その為には、多少気に喰わないことでも、手段を選んではいられない。
「アカシャ。近衛騎士局とのアポは?」
「既に書状は出している。後は返事待ちだ……シン殿。局長閣下もまた、ミシェル・アルフマンを危険視していると聞く。私の正体を明かせばきっと、あの方ならこちらの言葉に耳を傾けてくれる筈だ」
よほど彼の人柄に自信があるのだろう。アカシャは、年相応の無邪気さを滲ませ、ニッコリと微笑んだ。
「……そう、ね」
頷きながらも、ハイネスの中には一つの不安が滲み出ていた。
アカシャ・ツァーリ・エクシュリオールは、神算鬼謀に関しては驚くべき才能を有している。それはこの一年、咢愚連隊の舵取りで確りと証明し、ハイネス達は元より、この村に住む誰もが、子供だからと侮ったりはせず、むしろ尊敬の眼差しを向けているだろう。
だが、ただ一点、ハイネスには気にかかることがある。
「……そのシンって人、アカシャと仲が良いの?」
「ああ。幼い頃だが、よく本を読んで貰ったり、勉学を教えて貰ったりと世話になっている。とても優しく、聡明な方だぞ」
満面の笑顔で、アカシャは頷いた。
ハイネスは内心で舌打ちをする。
本人も気づいていない、アカシャの最大の欠点。それは、一度心を許した者を、疑うということを知らないってことだ。
幼い頃。たったそれだけの経験で、アカシャはシンに全面的な信頼を置いている。
信じることは美しい。だが、世の中、時としてそれが命取りになりうる。
「……妙なことに、ならなきゃいいんだけど、ね」
アカシャに聞こえぬよう、ハイネスは渋い顔で呟いた。
それから三日後、近衛騎士局から返答が届く。
咢愚連隊と近衛騎士局。相反する二つの組織が、極秘裏に会談を行うことが決定した。




