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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第87話 ハイネスとアカシャと愉快な仲間たち






 咢愚連隊。

 ラス共和国の首都近郊を中心に、破壊活動を繰り広げるテロリスト集団の名称。

 狙うのは国立の魔術工房や、軍事施設などの国家機関で、ここ二年で破壊された建物は二桁を軽く超えている。

 旧帝国の残党で、現体制に不満を持ち、暴力で政府転覆を目論む犯罪者集団。

 一般的にはそう言われているが、勿論、そんなことは共和国政府が都合の悪い部分を隠蔽し、情報を操作して表に流しているだけのこと。実際に咢愚連隊が破壊した施設は、そう多い物では無いし、被害も最小限に抑えている。


 むしろ、首都から離れた地方都市では、汚職官僚達を叩きのめす義賊集団だと、一部では英雄視されているくらいだ。

 テロリストと貶め得られているのは、政府の情報操作もそうだが、咢愚連隊の名声と悪評に乗っかって、犯罪行為をする連中が後を絶たなく、責任問題を逃れる為共和国政府が、その全ての悪行を咢愚連隊に押し付けてしまったのだ。


 当初は憤りを感じたが、今ではもう慣れたモノ。

 むしろ、名前を聞けば相手がビビッてくれるから、仕事がやりやすくなる。

 咢愚連隊の創設者、ハイネスとアカシャの出会いから数えて一年半。

 いよいよ咢愚連隊は、共和国政府としても、無視できぬほどの存在になりつつあった。




 ★☆★☆★☆




 ラス共和国の首都を出て東に数キロ行った場所には、かつて鉱山地区として栄えた岩山が存在する。

 現在は資源の枯渇に伴い封鎖されてしまった場所で、岩山らしく草木が育たない乾いた土地。冬になれば豪雪によって閉ざされ、陸の孤島となってしまい、とてもじゃないが、人が住めるような場所では無いだろう。


 そんな場所に、咢愚連隊の隠れ里が存在する。

 採掘により穴だらけになった岩山を抜けると、切り立った絶壁に囲われた隙間に小さな村がある。

 山の真ん中に空いた谷底のような奥行のある空間に、木造建ての家が並んでいる。狭い場所を最大限に利用する為、段となって切り出された岩肌を、階段や吊り橋、梯子で繋ぎ、立体的な村の形を作り出していた。


 僅かに太陽が当たる場所には畑があり、牛や馬などの家畜も飼育されている。

 流石に商店などは存在しないが、確かな人の営みが、この谷底には存在していた。

 村の真ん中。ちょうど、広場のようになっている空間で、わいわいと楽しげに騒いでいる集団がある。

 村の子供達とハイネスが、追い駆けっこをして遊んでいるようだ。


「ほらほら! そんな動きじゃ、あたしは捕まえられないよ!」


 逃げるハイネスを、五人ほどの子供達が捕まえようと追い駆けている。

 本気で逃げたら当然、子供達がハイネスを捕まえられるわけが無いので、最大限に手加減して逃げ回っている。それでも、持ち前の性格から、簡単に捕まるのは嫌なのか、クルクルと回るようにして、前後左右から飛びかかってくる子供達を回避する。

 その姿は、ちょっとだけ大人気なく見えた。


「ちっくしょ! 右! 右から回り込め!」

「う~っ。全然、捕まえられないよぉ~」


 踊るように逃げるハイネスを、子供達が指示を飛ばし合いながら追い駆ける。

 賑やかな子供達の声に、すれ違う村の大人達は、微笑ましく目を細めていた。

 やがて、元気印の子供達も疲れてきたらしく、ゼェゼェと息を切らせながら、力尽きるようその場に次々と腰を下した。

 ハイネスは逃げる足を止めると、腰に手を当てて座り込む子供達を見下ろした。


「なぁによ。もうへばったの? 元気だけが取り柄のがきんちょ共が、だらしないんじゃない?」

「む、無茶言うなよぉ……ハイネス姉ちゃん、無茶苦茶素早いんだもん」


 リーダー格のガキ大将が息切れをしながら言うと、他の子供達からも「そうだ、そうだ!」と不満が飛ぶ。


「ふふん。良いこと教えてあげる。そういうのを、負け惜しみって言うの……いやぁ、お勉強になったわね~」


 悪びれることなくケラケラと笑う姿に、子供達はぶ~ぶ~と文句を垂れる。


「酷い、酷いよ! 汚い大人だ!」

「う~。ハイネスお姉ちゃぁん、ズルいよぉ」

「全く。大人気ないですよねぇ」

「……(コクコク)」


 抗議の声もどこ吹く風。むしろ、清々しい風でも浴びるよう、ハイネスは爽やかな表情を浮かべていた。


「ふふ~ん。大人に勝る子供なんて存在しないの。よぉく現実を噛み締めなさい。いやぁ、それにしても、がきんちょの悔しがる声って、心地いいわねぇ。あたしのSっ気を擽るわ」


 最低なことを言いつつ、ハイネスは後ろ髪を手櫛で梳いた。

 その態度に、子供達の抗議は更に強まった。

 無邪気な子供達。けれど、共和国に敵視されている咢愚連隊の隠れ里に住まうのだ。

 幼い身なれど、それなりの事情を含んでいる。

 一見、ただからかっているようにも見えるが、ハイネスの行動は、世の中の理不尽さを遊びの中に交えて、子供達に教えているのかもしれない。

 まぁ、それが一割で、残り九割は普通に本人の大人気なさ故だろうが。

 一頻り遊んで満足したのか、ハイネスは大きな胸を揺らして、伸びをする。


「さぁ~ってと、今日はこんなところかしら。今日もあたしの一人勝ちってね」

「ちぇっ。ハイネス姉ちゃん、ずるいや」


 ガキ大将は不満げに唇を尖らせた。

 文句を言う体力はあっても、駆けっこを続ける体力はもう無さそうなので、今日はこれでお開き。まだ夕刻には早いが、谷間にある村だから、太陽が傾けば陽光が差し込まず暗くなるのは早い。


「そうそう。帰る前に、ミミル婆のところに行ってごらん。ミルク菓子を作って貰うよう、話を通してあるから」


 ハイネスの言葉を受けて、地べたに座り込んでいた子供達は満面の笑みを浮かべると、一斉に立ち上がり、手を振って元気に走り去っていった。

 その行動は迅速で、先ほどまでの疲れた様子は何処へやら。


「……がきんちょは欲望に素直でいいわねぇ」


 苦笑を漏らして、ハイネスも手を振って子供達を見送った。

 時間がある時、ハイネスはこうして子供達と遊んでいる。

 最初は暇をしているところ、子供達に誘われて、何の気なしに付き合ってみたのが始まり。特別子供好きというわけでは無いので、面倒にも思っていたが、こうやって遊んでみると中々に楽しく、気がつけば自分から輪に入っていくようになっていた。

 毎日はしんどいが、たまに遊ぶくらいなら、いい気晴らしになる。


「ん~。子供達と戯れる美女。さしずめ慈愛の女神と言うべきか、絵になる光景じゃないか」


 背後からの軽い声色に、ハイネスは目を半眼にして振り返る。

 そこには、顎に手を添えて笑顔で頷く、ロックスターの姿があった。

 ロックスターに視線を向けると、彼はキリッとした笑顔を向けてきた。


「ご機嫌いかがかな、我が愛しのプリンセス。俺様は元気ギンギンだぜ?」

「……あ~。欲望に正直な大人って、駄目よねぇ」

「ご挨拶だねぇ」


 露骨な駄目出しにもめげず、ロックスターは大袈裟に肩を竦めた。


「ハイネスちゃんのピンチに身体を張って助けに入ったんだから、お礼にキスの一発や二発、頂戴しても罰は当たらないんじゃないかい?」

「ごっめんねぇ。あたし、好き嫌いが激しいタイプだから」


 笑顔でそう言うと、ハイネスは歩き始め、抱き寄せようと伸ばしたロックスターの手が空を切った。

 慌てて、ロックスターはその背中を追う。


「ちょ、ちょっとちょっと! 言葉は正しく使わないと。それじゃあハイネスちゃんが、俺様のこと嫌いって意味に取られちゃうよ」

「ああ、ゴメン。嫌いじゃないの、ガチで苦手なだけ」

「なぁんだぁ、ビックリしたじゃないか。嫌われたら元も子も無いけど、苦手って克服できるモンね。ほらぁ、子供の頃って、魚の腸とか苦手でしょう? でも、大人になると好きになるみたいな。そんな感じで」

「ファルシェラとか好きよね。牛モツとか」

「……姉御は、生まれてくる種族を完全に間違えてると思うんすよ」


 何時だったか牛一頭を一人で、嬉々として解体するエルフの姿を思い出し、ロックスターは少しだけ表情に影を落とす。

 あの光景は、ちょっとしたトラウマ。子供達が目撃しなかっただけ、マシだろう。


「って、そんなことじゃなくて!」


 話を逸らそうとしたことに気づかれ、ハイネスはチッと舌打ちを鳴らす。

 先を歩くハイネスの後ろを、ロックスターがトコトコついていく。横に並ぼうとすると、歩く速度を上げられるからだ。


「一目会ったその日から、恋の花が乱れ咲いた俺の純情。そろそろ受け取ってくれても、いいと思うんだけどさ。その辺のところ、どうなのよ?」

「いや、無理だから。あたし、百合だし」

「えっ、マジで!?」


 何故か声に喜色が宿る。

 足を止めて振り向き、ジトッとした目をロックスターに向ける。


「……何でちょっと喜んでんのよ。嘘だから」

「なんだぁ。皇女様と百合百合しいから、てっきり……いや、見るのは嫌いじゃないんだけどさぁ」

「死ね」


 汚物を見るような目で一言いって、向きを直してまた歩き始める。

 そして、同じようにロックスターも後に続いた。


「自分で言うのもアレだけど、俺様ってそこそこイケてると思うんだよ? この前だって女の子に告白されたし」

「十歳のベティね。最近、おしゃまになったって評判だわ」

「何が不満なのさっ! 言ってごらんよ全力で治すからっ!」


 恥も外聞も無く、泣き落とし気味にロックスターは叫ぶ。

 ハイネスは歩きながら、ため息を一つついて、


「あたしが好きな男は、あたしより強い男なの」

「…………」

「さて、ロックスター君。あたしとアンタの、対戦成績は?」

「八十六戦、八十六敗です……俺様の」

「はい、良くできました」


 ぱんぱん、とハイネスは手の平を叩いた。

 反論も出来ない言葉に、ロックスターは腕に目を当てて男泣きした。

 付き合いだけなら、ロックスターとはアカシャ以上に古くからの顔見知り。ハイネスが戦争から帰って来て以来の知り合いなので、もうかれこれ、五年ほどになるだろうか。諦めればいいものを、知り合った当初からずっとこの調子だ。


「脈なんかないんだから、そろそろ諦めたら? 選り好みしなきゃ、アンタだったらいい娘がみつかるでしょ」

「いやぁ、俺様って、一途でしつこいから。ハイネスが振り返ってくれるその日まで、何度振られたって諦めませんよ?」


 ハイネスは無言のまま、思いっ切り嫌そうな顔をした。

 一途なのは認めるが、こんなに重苦しい恋愛感情の押し付けは、正直勘弁願いたい。

 そう口に出そうか迷っていると、横の民家から顔を出した大男が、ロックスターに向けて呆れた言葉を投げかけた。


「お前さんのそれは、最早ストーカーの類だな」


 姿を現したのは、ゲンゴローだった。

 手には籠一杯に入った野菜を持っている。

 面倒見が良く、働き者の彼のこと。今出て来た民家で何かの手伝いでもして、お礼替わりに受け取ったのだろう。

 ゲンゴローはハイネスに視線を向けると、籠からトマトを二つ取って投げて寄越す。

 受け取ったトマトは、瑞々しい光沢を放っていて、実に美味しそうだ。

 鼻を寄せて匂いを嗅ぐと、独特の酸味が食欲をそそる。


「ん~。中々、いい感じのトマトじゃない」

「時期には少し早いが、これ以上は熟れすぎちまうらしいんで、貰ったんだ。……それにしても、お前さんは相変わらずだなぁ」

「んだとぉ、このデカ物」


 強面な外見とはミスマッチな恰好をした、ゲンゴローからの呆れた視線と言葉を受けて、ロックスターはギロッと鋭い目付きで睨み返した。

 剣呑な雰囲気を出したかと思うと、ヘッと表情を崩してから、今度はヘラヘラと挑発するように笑いながら首を左右に振る。


「髪の毛と女っ気に縁の無い大木には、俺様の溢れんばかりの純情は理解出来ないだろうさ」

「理解されとらんから、毎回振られとるんだろうが」

「んだとぉ! 本当のこと言うなッ! お前の残り少ない毛根を根絶してやろうかッ!」

「残り少ないわけじゃなくて、毛が細いだけだこの野郎ッ!」

「んなわけあるか。細いってレベルの無毛地帯じゃねぇぞ。スカスカの焼野原じゃねぇか!」

「わかってても触れないのか大人の礼儀なんだよ! そんなんだから振られるんだお前は!」

「俺様のピュアな恋心を諭す前に、テメェの頭髪に諦めつけろってんだ!」


 ギャーギャーと唾を飛ばし、罵り合う二人に、足を止めたハイネスは額を押さえて嘆息する。

 この二人は、出会った当初がからこんな感じに喧嘩が絶えない。

 軟派なロックスターと、硬派はゲンゴローでは相性が最悪なのだろう。


「テメェとは一片、白黒つけなきゃなんねぇようだなぁ」

「上等じゃないか小僧。年上に対する礼儀ってヤツを、キッチリ教えてやる」


 互いに胸倉を掴み、睨み合う二人。

 いよいよキナ臭い雰囲気になっていき、ハイネスが止めに入ろうかどうしようか迷った瞬間、二人の間に一本の矢が風を纏って通り過ぎていく。

 鋭い風圧が鼻先を掠め、二人の表情が凍りつく。

 ギリギリと首を、ハイネスが向かおうとしていた進行方向に向けると、何時の間にやってきたのか、喪服姿のファルシェラが短弓を構えていた。


「貴様ら、騒々しいぞ。これ以上騒ぐつもりなら、眉間にそれぞれ一つずつ風穴が空くことになるが?」


 低い声色で一睨みすると、二人は慌てて互いの胸倉から手を離す。

 それを見たファルシェラは短弓を納め、懐から取り出したスキットルの蓋を開けて、中の火酒をグッと呷った。


「はぁい、ファルシェラ。今日もまた、遅いお目覚めね」

「フッ。早起きは趣味じゃなくってね」

「……早起きって、もうすぐ夕方だぞ」


 ボソッと聞こえないよう呟いたつもりだが、ファルシェラの長い耳はピクッと反応を示していた。


「ロックスター。言いたいことがあるなら、オレの耳に届くようハッキリと喋れ」

「いやぁ、何でも無いっす!」


 首と両手を振り必死で否定する姿を、ゲンゴローは横目で見ていた。

 ファルシェラは興味なさげにふんと鼻を鳴らし、スキットルの蓋を閉めると、視線をハイネスに戻した。


「アカシャのところに行くのか?」

「うん。ちょいと、様子を見にね」

「そうか……彼女は、朝から自室に引き籠っている。お前が気にしてやれ、それがお前の役割だからな。ロックスター、ゲンゴロー。行くぞ」

「うっす」


 それだけ言ってファルシェラは、颯爽とした足取りで歩きだす。

 ゲンゴローは返事をして、ハイネスに一礼してから後に続こうとするが、ロックスターは困り顔でキョロキョロと顔を見回した。


「えっ? あれ? 俺様もハイネスと一緒の……」

「いい加減にしとけ。嬢をあまり困らせるな……それじゃ、ボスによろしくな」

「あいよ。これ、サンキュ」

「なぁに、貰いモンだ。構わんさ。おら、行くぞ」


 背後からロックスターの襟首を掴み上げ、引き摺るようにして連れて行く。


「い、いやだ! お前らと一緒だと碌なことにならん! 俺様は、美女と美少女と一緒にシリアスな雰囲気に酔いしれたいんだ!」


 暴れまくって何とか逃れようとするが、丸太のような太い腕を持つゲンゴローに力で敵う筈は無く、ズルズルとそのまま連れて行かれた。

 酒豪の二人だ。恐らく、ロックスターは朝まで付き合わされるのだろう。

 酒が飲めないのに。


「……まぁ、別にいいか」


 頭を掻いて見送り、ハイネスはファルシェラがやってきた方向にある、この村で一番大きな館へと向かった。

 谷の最奥にある館は、大きいと言っても二階建て。

 元々は、鉱山の関係者が事務所として使っていたのを、村の人間達と協力して住めるよう改装した建物だ。


 ここにはアカシャだけでなく、ハイネスとファルシェラも住んでいる。

 入口に立つ、護衛の若者二人が、ハイネスを見て笑顔を浮かべた。


「あ! ハイネスさん。お疲れ様です」

「はぁい、お疲れ」


 まだ十代と若い青年達で、彼らも咢愚連隊のメンバーだ。

 挨拶して軽く手を振ると、何も言わずとも青年達は扉を開いて、ハイネスを招き入れてくれる。

 屋敷を入ってすぐ正面には階段があり、迷わずそれを昇り二階へと上る。


 改装したとはいえ、建物自体は古いので、階段や廊下を強く踏み込むと、ギシギシと嫌な音を立てる。余裕が出来たら一度、古い床板を取り換えなければなぁと思うが、面倒臭いのでロックスター辺りに押し付けようと結論付けた。

 目的の部屋の前に到着し、軽くノックする。


「どうぞ」

「入るわよ」


 一声かけてから、ドアを開き中へと入る。

 窓を背にして大きなデスクの奥に座り、様々な書類を広げていたアカシャが、部屋にやってきたハイネスに視線を向けると、ニッコリと微笑んだ。


「随分と賑やかだったな。ここまで聞こえて来たぞ」

「そりゃ失敬。怒るなら、あの馬鹿を怒ってよね」


 軽口を叩きながら、ソファーに腰を下した。

 ここは一応、アカシャの私室なのだが、殆どは仕事の為に使っているので執務室に近いかもしれない。奥にはもう一つ扉があり、そこは彼女の寝室になっていて、多趣味な性格が災いしてか、ちょっと人様にはお見せできない有様だ。

 アカシャはハイネスに視線を向け、苦笑気味の笑顔を見せた。


「アレだけ慕われているのだ。ちょっとは、気のある素振りを見せてやっても良いのではないか?」

「冗談」


 顔を顰めて、ハイネスは大きく足を組んだ。


「ちょっとでも隙を見せたらアイツ、調子に乗って寝室にまで忍び込んでくるわよ」

「それは、流石に不味いな。ロックスターが殺されてしまう」


 冗談などでは無く、至って真面目な表情でアカシャは納得した。


「しかし、ハイネス。前々から疑問に思っていたのだが、君は恋愛というモノに興味は無いのか?」

「あら。意外な質問ねアカシャ。なになにぃ? 思春期を迎えて、そろそろ色を知るお年頃なのかしら?」

「いや、そういうわけでは無いが……」


 からかう口調に、アカシャは困ったような笑みを浮かべた。


「帝国が無くなっても、私は誇り高きツァーリ、皇族直系の一族。例え皇帝に返り咲けなくとも、その血を後世に残す責任がある。その為にはいずれ、私も伴侶となる殿方を迎えねばならない……だから、その」


 デスクの上で腕を組み、アカシャはモジモジと恥ずかしがるように身体を捩る。

 よく見れば、頬が薄らと赤い。

 あまり見たことの無い反応に、ハイネスは首を傾げた。

 緊張しているのか、アカシャは幾分、早口で喋る。


「そのっ。誇り高き血統とはいえ、私も一人の女。やはり、なんというか『恋愛』と、言うモノに憧れを抱いたりしないわけでもない」

「ほう」

「だから、出来ればでいいんだが……恋愛というモノがどういうモノか、ハイネスに教えて貰いたいんだ」

「ほうほう」


 ハイネスは両腕を組み、神妙な表情で頷いた。


「どうだろうか?」


 ゴクリと喉を鳴らし、アカシャも神妙な面持ちで反応を待った。

 顔を上げハイネスは見つめる眼差しを、半目にする。


「知らん」

「……ハイネス」


 思わず書類を床にまき散らしながら、デスクの上に突っ伏したアカシャは、恨みがましい顔で非難の視線を向けた。

 対するハイネスも、少し恥ずかしげに頬を染め、唇を尖らせた。


「んなもん、あたしだってわかんないわよ。生娘なんだし」

「それでも、何かあるだろう年上のお姉さま。恋愛なんて高尚なことは言わないが、片思いくらいしたことあるだろう?」

「……ソンナモノナイヨ?」


 スッと、ハイネスは視線を逸らした。


「何故片言だ。何故視線を逸らす。何故疑問形なのだ」

「い、いいい、いい女の過去には、秘密が一杯なのっ! はい、この話はおしまい! 終了!」

「つまり、恋愛経験皆無なわけか。だったら、素直にそう言えば良いではないか。変な見栄など張らずに……と、言うことにしといてやろう。何やら、あまり話したいことでは無いようだしな」

「……な、何のことかしらぁ? 終了って言ったでしょ」

「隠さなくてもいい。君と私の仲じゃないか」


 ニッコリと見透かしたように笑う姿を見て、ハイネスは不機嫌に舌打ちを鳴らした。


「ここ一年で、すっかり悪党が身についたじゃない。出会った頃は、世間知らずのお姫様だったのになぁ」

「ふふっ。だとしたら、君の影響だ。勿論、嫌では無いし感謝もしてるよ?」

「はいはい。どういたしまして」


 ワザとらしく大袈裟に肩を竦めてから、ハイネスは笑顔を見せた。

 一頻り笑ってから、アカシャは表情を切り替え、真剣な眼差しへと変える。


「さて、雑談はこのくらいにしようか」

「OK……この前手に入れた資料、何か手がかりになるようなモノは書かれてた?」


 真剣な問いかけに、アカシャは残念そうに首を左右に振った。

 ハイネスは落胆するよう、軽く息を付く。


「人工天使計画。七年前、竜姫をあと一歩まで追い詰めた、魔導決戦兵器。未完成品でそれなのだから、完成したらと考えると、末恐ろしいモノがある」

「あたしもその場にいたわけじゃ無いからね。具体的に、それがどんな兵器なのかはわからない。けど、天使なんて言っちゃいるけど、アレはそんな生易しいモンじゃないわ。草原を焦土に変えた威力は、とてもじゃないけど人が扱っていい代物じゃない」


 その時の光景を思い出したのか、ハイネスの表情が僅かに青ざめている。

 何時も飄々とした彼女が、こんな顔を見せるのは珍しい。それだけ、ショッキングな出来事を、目の当たりにしたのだろう。


「今まで調べた過去の研究記録を見ると、人工天使計画を推進していたのはロナ家、皇族の分家の一つが行っていた。当時の当主が戦死した以降、極秘裏にミシェル・アルフマンが研究成果を引き継いだ。までは、掴んでいるのだが」


 先ほど床に散らばった書類を拾い集めながら、アカシャは大きくため息を吐く。


「それ以外が、全く出てこないのよねぇ。当時の研究記録も、引き継いだ後、アルフマンが何処で研究していたのかも、さっぱり足取りが掴めない」

「その癖、足跡だけはポツリポツリと見えるのだから、手におえない。正直、手の平で踊らされている感が否めないよ」

「同感」


 渋い顔で、ハイネスは頷く。


「だが、同時に疑問もある。ミシェル・アルフマンは政治、軍事の両面で既に共和国の中枢を掌握しつつある。近衛騎士局は直接、口を出してくることは無いから、次の大統領選に勝てば、奴の足場は盤石になる筈。なのに、そんな危険な計画を持ちだして、一体何をするつもりなんだ……」


 人工天使計画は、あくまで戦争に使用するための兵器。

 仮にアルフマンがそれを使い、周辺諸国に再び戦争を吹っ掛けようモノなら、それは帝国の軍国主義を否定した共和国の、そもそもの存在理由を根本から否定することになる。そうなれば、幾ら盤石な態勢を築こうと、国家が再び割れてしまうのは避けられないだろう。


 当然、人工天使計画が発覚するだけで、平和主義を謳うアルフマンにとって、失脚する恐れすらあるスキャンダルだ。

 得られるリターンより、明らかにリスクが大きすぎる。

 そのことにアカシャは深い疑問を抱くが、もう一人、ハイネスには全く悩む必要の無い事柄だった。


「悪いけど、何を考えてようと関係ないわ。人工天使計画は潰す。あんなモノは、この世にあっていい計画じゃない」


 言葉尻に怒りが滲む。

 普段の明るいハイネスしか知らない人間なら、ゾッとしてしまうほどの怒気が沸きあがっている。

 七年前、人工天使計画が破壊を撒き散らしたのは、何もエンフィール王国軍だけでは無い。

 当時、王国軍と対峙していたハイネスの所属部隊も、その巻き添えとなって全滅。ハイネス自身は幸運にも負傷により、戦線から遠ざかっていたので被害には合わなかったが、苦楽を共にした同じ部隊に皆は、一人として帰ることは無かった。


 傭兵崩れの寄せ集め部隊。特別仲が良かったわけでは無い。むしろ、悪かった方だろう。

 けれど、戦場で流した血の数だけ、友情とは違う絆で結ばれていた。

 計画の立案者が戦死したことにより、帝政崩壊と共に計画は闇に葬られた。

 それを地獄の底から掘り出そうという人間がいるのなら、あの戦争を生き延びた人間として、それを許すわけには決していかなかった。

 その為には、多少気に喰わないことでも、手段を選んではいられない。


「アカシャ。近衛騎士局とのアポは?」

「既に書状は出している。後は返事待ちだ……シン殿。局長閣下もまた、ミシェル・アルフマンを危険視していると聞く。私の正体を明かせばきっと、あの方ならこちらの言葉に耳を傾けてくれる筈だ」


 よほど彼の人柄に自信があるのだろう。アカシャは、年相応の無邪気さを滲ませ、ニッコリと微笑んだ。


「……そう、ね」


 頷きながらも、ハイネスの中には一つの不安が滲み出ていた。

 アカシャ・ツァーリ・エクシュリオールは、神算鬼謀に関しては驚くべき才能を有している。それはこの一年、咢愚連隊の舵取りで確りと証明し、ハイネス達は元より、この村に住む誰もが、子供だからと侮ったりはせず、むしろ尊敬の眼差しを向けているだろう。

 だが、ただ一点、ハイネスには気にかかることがある。


「……そのシンって人、アカシャと仲が良いの?」

「ああ。幼い頃だが、よく本を読んで貰ったり、勉学を教えて貰ったりと世話になっている。とても優しく、聡明な方だぞ」


 満面の笑顔で、アカシャは頷いた。

 ハイネスは内心で舌打ちをする。

 本人も気づいていない、アカシャの最大の欠点。それは、一度心を許した者を、疑うということを知らないってことだ。

 幼い頃。たったそれだけの経験で、アカシャはシンに全面的な信頼を置いている。

 信じることは美しい。だが、世の中、時としてそれが命取りになりうる。


「……妙なことに、ならなきゃいいんだけど、ね」


 アカシャに聞こえぬよう、ハイネスは渋い顔で呟いた。


 それから三日後、近衛騎士局から返答が届く。

 咢愚連隊と近衛騎士局。相反する二つの組織が、極秘裏に会談を行うことが決定した。






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