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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第84話 過去からの因縁






 晴天の空の下、騎士達のキャンプ地までやってきたカレンとルチアは、苛立った様子で用意された椅子に腰を下していた。

 組んだ足を忙しなく上下させ、カレンはギロッと行き交う騎士達を無作為に睨む。

 ルチアは持って来た書物を呼んでいるが、ページを捲る速度が速く、明らかに集中していなかった。

 随分と苛々が溜まっているようだが、状況を考えれば致し方ないだろう。


 見張りの騎士達がキャンプを張っているのは、森を出てすぐ側にある何も無い草原。

 木や金属の骨組みと布で作られた天幕が幾つか並び、その周辺には獣が入って来られないよう簡単な柵が巡らされている。そして所々に所属を示す為、エンフィール王国騎士団の旗が立てられていた。

 遺跡から森の外まで急いで戻り、見張りの騎士に事情を話すと、すぐさまここに連れてこられたのだが……。


「あーッ、もう! 何時になったら動いてくれるんだよ、騎士団の連中はッ!」


 我慢しきれなくなり、カレンは目を三角にして大声で不満を爆発させる。

 周囲の騎士達がギョッとした視線を向けるが、すぐに逃げるよう、業務へと戻って行ってしまった。

 カレンは舌打ちを鳴らし、また足を忙しなく上下に動かす。


「……カレン。貧乏揺すりは行儀が悪くてよ」

「仲間が危険な目にあってるかもしれないのに、落ち着いてられるかっての!」

「それでも落ち着きなさい。今の私達に、出来ることは無いのだから」


 視線は書物に落としつつ、ルチアは冷静に窘める。

 舌打ちを鳴らして、呑気に本なんか読んでいるのをとっちめてやろうと、カレンが書物を覗き込むが、書かれている文章は何が何だか意味不明なモノだった。


「……ルチア」

「なに?」

「それ、逆さまじゃない?」

「…………」


 暫しの沈黙の後、ルチアはパタンと書物と閉じて、膝の上に置いた。

 そして、カレンの方に顔を向ける。


「この非常時に、本なんて読んでいられるわけ無いでしょう。常識で考えなさい」

「えっ? 何でアタシ、怒られてんの?」


 何と理不尽な展開だろうか。

 やれやれと肩を竦める友人に、カレンは唖然としてしまい、怒るタイミングを逃してしまった。

 そして、二人揃って機嫌の悪そうな視線を、騎士達に向けた。


「ったく。準備準備って、何時まで待たせりゃ気が済むんだよ」

「同意ね。全くお役所仕事というモノは……と、言いたいところだけど、正直、今回は間が悪かったとしか言えないわね」


 現在、このキャンプ地の騎士達は、大半が出払っていた。

 元々、遺跡の見張りの為だけに派遣された少数部隊で、その数は十人にも満たない。

 それでも訓練を受けた騎士達なので、簡単な遺跡の調査になら十分な戦力なのだが、先ほど運が悪いことに、街道の方ですれ違おうとした馬車同士がぶつかり、倒れるという事故が発生した。

 近場にいた騎士達が馬車を起こしたり、怪我人を近くの村に搬送したりする為、人が出払ってしまったのだ。

 一応、残った人間で王都に応援の為の早馬を出し、出払った騎士達が戻ってすぐ遺跡に向えるよう、準備を整えている真っ最中なのだが、待っているだけの二人にしたら、その一分一秒がとても長く感じられ、ジレンマに苛まれていた。


「クソッ。やっぱ、アタシ達だけでも、遺跡に戻った方がいいんじゃないかなぁ」

「駄目よ。最低限、プリシア並の剣の腕か、ロザリン並の魔術知識が無ければ、遺跡に戻ったところで足手まといにしかならないわ」


 焦りから無茶なことを言い出すカレンを、冷静に諭す。

 ルチア自身も、何も出来ない自分に歯痒さを感じているのだろう。本を持った手を、甲に血管が浮き上がるほど、硬く握りしめている。

 同じ気持ちなのが痛いほど伝わるから、カレンはそれ以上何も言えなくなる。

 自然と、視線は遺跡がある、森の方へと向けられた。


「……頼むよ、兄様。二人を、守ってやってくれ」


 祈るような言葉に、ルチアも目を瞑り心の中で同意した。




 ★☆★☆★☆




 魔力を纏った青騎士がその巨体を宙に舞わせると、酒樽のように巨大な蹄を石畳の地面に叩き付けた。

 爆発音に似た衝撃が響き、石畳が弾けると真下の土が露わになる。

 寸でのところで蹄のスタンプを回避し、ぱらぱらと振ってくる石と土の欠片を頭に浴びながら、アルトは後ろ向きにステップを踏む。


「ふぅ。あぶねぇ、あぶねぇ。図体がデカいと、普通に飛んで来るだけでも恐ろしいぜ」


 軽口を叩きながら、左右から迫るスケルトンの顎と胸を、剣の柄と肘打ちで打ち砕く。

 青騎士はゆっくりとした動作で、馬の下半身を操り鉄仮面の顔をアルトに向けた。

 当然、表情なんて無いので、鉄仮面が何を考えているかなんてわからない。


『遺跡、を犯すもの、は……消去、する』

「ハッ。同じことの繰り返しかよ……芸が無いぜ、デカ物!」


 瞬間、蹄が地面を蹴ると、青騎士はスピアを構えて突進してくる。

 体格差を考えれば、掠っただけでも重症だ。

 それなのに、アルトは挑むよう駆け出し、真正面から突っ込んでいく。


「んな、直線的な攻撃……」


 突き出されたスピアのタイミングを計ると、ひょいと飛び上がり回避する。

 斜めに打ち出されたスピアの尖った先端は、地面を抉り飛ばした。

 青い魔力の漲るスピアに右足を乗せると、刺すような痛みがブーツを通して足の裏に走り、アルトは苦悶の表情を浮かべる。


「――ギッ!? ってぇ!?」


 漲る魔力自体が瘴気を宿していて、人体に直接影響のあるレベルの濃度まで煮詰まっているのだ。

 触れただけで痛みの感じるのなら、長時間接触していると肌が腐り落ちるだろう。

 舌打ちを鳴らし、素早くスピアを蹴り跳躍する。


「――ズアッ!」


 そのまま両手に握った剣を、青騎士の肩口に目掛けて一閃させる。

 硬い感触と音が響き、甲冑の肩口には僅かだが裂傷は入った。

 青騎士の背後に着地すると、アルトは素早く前方へ飛び宙返り。ほぼ同時に先ほどまで立っていた場所を、薙ぎ払うようなスピアの一撃が通り過ぎ、間合いにいたスケルトン達を粉々に吹き飛ばした。


「――よっ、と」


 地面に片手を付き、降りると同時に身体を入れ替えて隙を見せぬよう、正面を青騎士の方へ向けた。

 剣を構え直し、青騎士を見ると、裂傷の入った肩口から紫色の煙が上がっていた。


「なんだ、ありゃ?」


 疑問を口にすると、煙包まれた裂傷は、見る間に再生していった。

 煙が消え去る頃には、傷は綺麗さっぱり消えていた。

 異変はそれだけでは無い。

 周囲にもあちらこちらから紫色の煙が上り、青騎士が巻き添えにしたモノや、アルト達が倒したスケルトン達が形を取り戻し、音を立てて骨同士がくっつき合うと、何事も無かったかのよう立ち上がる。


「おいおい。こりゃ、どういうことだぁ? ミュウの奴じゃあるまいし、倒しても再生しちまうだなんて、手におえないぞ」


 過去の経験を思い出し、タラリと額から汗が一筋流れる。

 あの大きさの上、異常回復なんて能力があっては、流石のアルトでも一人で相手するには分が悪い。

 舌打ち交じりにどうするか思案していると、壁際でプリシアと共に、スケルトン達と戦っているロザリンの声が飛ぶ。


「――アル!」

「クソッ、どうした!」


 構わす攻撃を仕掛けてくる青騎士のスピアを回避しながら、アルトは返事をする。


「あの、青いのの正体は、この部屋に張り巡らされた、術式で紡がれる魔力で構成された、守護精霊。常に、遺跡全体の発する魔力を、吸収しているから、ちょっとやそっとの攻撃じゃ、すぐに回復しちゃう!」


 ロザリンの説明に、マジかよとアルトは表情を引き攣らせる。

 そんなインチキ能力を持っている相手と、律義に正面から戦っていては馬鹿を見る。幸い、身体のサイズを見る限り、この部屋からは出られないようだし、ここは一度遺跡を出て態勢を立て直した方が良いだろう。

 チラリと入口に視線を向け、応戦している二人に声を掛けようと口を開くが、それより早く青騎士は、大きく前脚を振り上げて、嘶くようにキィーンと甲高い音を響かせた。


「――ッ!? 急に、なんだッ!?」


 不意打ちに響いた音に、顔を顰めアルトは耳を押さえる。

 すると突然、部屋の壁から天井にかけて魔法陣が走り、青騎士の身体から迸る青い光と同じ、魔力光を放って固定化した。

 開きっぱなしの入り口も同様。まるで、光で作られた鉄格子のようだ。


「まさか、閉じ込められた!?」


 慌ててプリシアが入口に近づき、サーベルで斬りつけるが、刃が触れた瞬間に放電して、弾き飛ばされてしまった。


「――きゃう!?」

「不味い。結界を、張られた」


 部屋に視線を巡らし、ロザリンが強張った声を出す。


「結界ね……そりゃ、用意周到だ。なんでこんなに、骨が転がってんのか、ようやく理由がわかったぜ」


 軽口を叩きながら、ステップを踏むように、青騎士の猛攻を回避し続ける。

 その間に、隙を狙っては関節部分など、脆そうなところを狙って刃を打ち出すが、傷をつけても二撃目を入れる頃には、傷口はまた元通り再生していた。

 これが人間なら、痛みや出血で体力の消費を望めるのだが、鉄の塊も同然の青騎士にはちょっと期待薄だろう。

 硬い甲冑を何度も斬りつけた所為で、頑丈な片手剣の刃にも、僅かだが刃毀れが見える。


「不味ったなぁ。こんなことなら、竜翔白姫を持ってくるんだった」


 竜翔白姫から繰り出される、一撃必殺の強力な魔力放出なら、青騎士程度、簡単に真っ二つに出来るのだが、この場で無いモノねだりをしても仕方ないと、アルトはすぐに思考を切り替える。

 普通に戦って勝てないなら、普通じゃない方法を取るのみだ。


「兄様」


 次の一手を考えていると、いち早く何かを思いついたプリシアが口を開く。


「魔法陣ごと、壁を裂くことは出来ませんか?」

「それは、ちょっと無理っぽいな」


 それを証明するように、アルトが避けて空を切ったスピアの先端が、壁へとぶつかる。けれど、放電を撒き散らして弾かれるだけで、壁には傷一つついていない。

 青騎士の巨体から繰り出される一撃で、何事も無いのなら、アルトでも難しいだろう。

 プリシアは悔しげに、唇を噛み締める。


「内部からじゃ、結界も解くことも出来ないだろうし……どうすれば」

「……内部から? この、瘴気……そうかっ!」


 呟いたプリシアの言葉を切っ掛けにして、何かを閃いたロザリンは、地面に四つん這いになると、床から壁の隅に向けてくまなく視線を這わせる。


「どうしたんですかっ、こんな時にッ!」


 慌てて、無防備になったロザリンに飛びかかろうとするスケルトン達を、割って入ったプリシアがサーベルで斬り砕く。

 ロザリンは地面を這いずり、転がる骨を掻き分けながら答えた。


「多分、この部屋から、術式の操作が出来る、と思う」

「どういう意味です?」

「あの守護精霊は、遺跡に充満した瘴気にあてられて、暴走している。だとしたら、この瘴気の元は、何なんだろうって、考えたの」


 壁を覆っている、青い魔法陣を指差す。


「恐らく、この部屋の術式そのものが、誤作動しているんだと、思う」

「誤作動、ですかっ!」


 スケルトンと斬り合いをしながらも、律義にプリシアは聞き返した。


「普通に考えて、守護精霊を維持する術式が、瘴気を撒き散らすような、誤作動はありえない。だとしたら、多分、誰かが後から、術式を弄ってる可能性が、ある」

「誰かって……そうか、盗掘家!」


 ロザリンは頷く。


「盗掘家が、守護精霊を何とかする為に、この部屋の術式を弄った。多分、結界は二次的、作用で、術式本来の役割は、守護精霊の維持と、遺跡の何らかの動作に、関係あるんだと、私は推理した」


 床を手の平で擦るように調べていたロザリンは、僅かだが感触が違う部分に気づく。

 もしやと思い、ゴシゴシと床の一部分を手で擦ると、細かい砂や砕けた骨らしきモノが取り除かれ、下から床に刻まれた魔法陣が浮き上がる。


「……これだ!」


 両手を魔法陣の上に添えると、魔力を集中させる。

 ぼんやりとロザリンの手の平が熱を持ち、魔力が魔法陣へと注がれる。

 すると、魔力を吸収した魔法陣に光が走り、次の瞬間、魔力の光で構成された長方形の文字列が複数、ロザリンの周囲に出現した。


「これが、この遺跡の、術式基盤」


 ロザリンが宙に浮かぶ文字列の、一文字一文字を、指で器用にトントンと押していく。

 操作に反応して、正面に更に大きな文字列が出現。そこに書かれている術式を視線で追い、読み解いていく。


「……やっぱり。下手な、弄られ方をして、魔術式の構成が乱されてる」


 言いながら、ロザリンは眉を顰めた。

 アイテムを使ったのか、同じように術式基盤を弄ったのか、定かでは無いが、恐らく魔術に関して、中途半端な知識しか持ちえない盗掘家が、変な風に術式を改変してしまった為、この遺跡は瘴気を集める魔窟と化してしまったのだろう。


「ロザリン! それ、何とかできんのかッ!?」


 スピアを剣で弾きながら、アルトが叫ぶ。

 術式基盤を操作し、更に多くの文字列を展開すると、ロザリンは片っ端から目を通す。


「多分、何とかなる……プリシア」

「わかっています」


 二合ほど打ち合い、プリシアの斬撃がスケルトンの頭蓋骨を上段から打ち砕く。


「スケルトン達は、一切、貴女に近づけさせません」

「ん」


 背を向けたまま、ロザリンは頷くと、腕捲りをして術式基盤に指を這わせる。

 目の前で複数の枠の中に描かれた文字列が、物凄いスピードで過ぎていく。普通なら文字を追うだけで精一杯の速度だが、ロザリンは更にそれを理解し、修正点を見つけ出して素早く術式を再構成していく。

 その速度は、ルチア辺りが見れば、惚れ惚れとする手際だろう。

 だが、強力な瘴気を撒き散らすほど、グチャグチャになってしまった魔術式。ロザリンの手際を持ってしても、すぐには修正出来ない。

 その間、アルトとプリシアは絶え間なく戦闘を続けている。


「――ッ!? あーッチクショウッ、面倒クセェ!」


 単純な戦闘では青騎士より、アルトの方が上。だが、無尽蔵の魔力吸収の恩恵か、青騎士は全てのタメージを無効化し、その巨体を最大限に生かして、強引に攻めてくるので、徐々に力負けし始めたアルトは押され出してしまう。

 一方のプリシアも、疲労から動きの精彩さが乱れてくる。


「……これは、ちょっとしんどい、ですね」


 タラッと、頬に冷や汗が伝う。

 同年代より腕が立つと言っても、プリシアの剣術は十人並。アルト達のように、化物染みた戦闘能力を持っているわけでは無い。更には小柄な身体が示すよう、スタミナに関してはカレンより劣るだろう。

 一対一ならまだしも、多対一では流石にプリシアの体力が持たない。

 肩で息をしながら、軽々と振るっていた筈のサーベルが、今は鉛のように重い。


「……急げ、急げ」


 呟きながら、ロザリンは必死で指を動かす。

 遺跡だけあって、使われている術式も非常に古い。その分、研究され尽くしているので再構成は簡単だが、修正部分が非常に多くセオリーを無視したデタラメばかりで、それにロザリンは手こずっていた。

 気持ちだけが先行する。が、ミスをすれば、逆に時間がかかってしまう。

 だからこそ、精神を研ぎ澄まし、思考を鋭利にする。

 アルト、プリシアのことを、一旦、頭の中から消し去り、ただ目の前の術式と向き合う。


 完成された術式に、とても美しい芸術品だ。

 魔術師は自らが制作した魔術式に、己の感情や生涯を刻み込む。世の理を、真理を目指す者達は、無限に広がる術式の海の中で、取捨選択し魔力で編み込み構成していく。綻びなく完全な形で紡がれた魔術は、一つの完成された世界なのだ。


 製作者の意図を読み取り、正確にそれを表現する。

 集中していく度に、術式列がダイレクトに脳裏に刻まれていく。

 意識が術式列とシンクロし、ロザリンの指が更に加速した。

 流れる文字列の速度は尋常では無く、もはや常人では目で追うことも叶わないだろう。

 正確に、確実に、素早く術式を再構成し、世界はその美しさを取り戻す。


「……これで、最後」


 最後の文字列を修正した瞬間、魔術基盤を機転に魔力の波紋が広がった。

 遺跡全体の魔術式が再構成され、吐き気を催すほど淀んでいた空気が、一瞬にして正常化。瘴気も浄化していった。

 瞬間、スケルトン達は全て制止し、一斉に砂となって崩れていく。

 魔の化身であるスケルトンは、清浄な空気に満ちた今の遺跡では存在出来ないからだ。

 その光景に大きく息を吐き、サーベルを杖代わりにて身体を支えるプリシアは、全身汗だくになりながら、やり遂げたロザリンに笑顔で視線を向ける。


「流石ね、ロザリン」


 そして、動きを止めたのはスケルトン達だけでは無い。

 突きつけたスピアが、ちょうど術式の再構成時に結界が解けた、壁に刺さった状態で、青騎士は静止していた。

 僅かに騎馬の下半身をガクッと落とし、属性変化した影響か、はたまた回復が無効化になって、累積したダメージが今更になって効果を発揮したのか不明だが、青い甲冑の所々に罅が入る。

 小さくだが、立ち上る紫の煙。あれだけの巨体、奥の奥まで染み込んだ瘴気が、完璧に抜けきることは無いだろう。

 本来の役割を果たせぬ以上、青騎士をこのままにしておくわけにはいかない。

 アルトは握る剣に力を込めた。


「悪いが、これで決めさせて貰うぜッ!」


 横薙ぎの一閃が、青騎士の前足を二本諸共に切断する。

 大きくバランスを崩す青騎士。だが、既に守護精霊としての機能を失っているのか、その動きは酷く鈍い。

 前のめりに傾くも、何とかスピアで身体が倒れきらぬよう支える。

 そこを狙い、跳躍したアルトが片手剣を大きく上段に構えた。


「――ぶった斬れろッ!」


 気合と共に、真っ直ぐと刃が落ちる。

 力の源であった瘴気が消滅して、格段に防御力が低下しているらしく、刃はあっさりと甲冑を裂く。

 一瞬遅れて、青騎士の左右がずれると、そのまま真っ二つに斬り裂かれて、今度こそ完璧に崩れ落ちた。

 魔力を失ったのだろう。切り裂かれた部分だけで無く、甲冑と繋げていたところも次々と分解していき、青い鉄屑となって崩れ去る。その内部は空洞で、魔力を帯びた瘴気の残滓らしき薄い紫色の煙だけが立ち上り、遺跡の清浄な空気に触れて消滅した。


「す、凄い」


 同じ剣を使う者として、全くマネ出来ない芸当を目の当たりにし、プリシアは素直な感想を口にする。

 地面に着地したアルトは、大きく息を吐き、片手剣を鞘に納めた。


「やれやれ。久しぶりに、しんどい相手とやりあったぜ」


 強張った表情を解し、額の汗を拭いながら前髪を掻き上げる。

 大物を何とか倒したことにより、ロザリンも安堵の表情を見せて、術式基盤を閉じると立ち上がり、プリシアと顔を見合わせて微笑み合う。

 そして二人は、汗ばんだ身体に手で風を送るアルトへ駆け寄った。


「流石、アル。恰好良かったよ」

「です! 素敵でした、兄様!」

「はいはい」


 興奮気味に褒める少女二人を軽くかわし、アルトは視線を奥の部屋に続く扉に向けた。

 恐らくは、その先に青騎士が守っていた、何かが存在する。


「さて、と……どうする?」


 アルトが問うと、青騎士のこともあってか、少し迷った表情をする。


「……瘴気は、消滅したから、多分、危ないことは無いと思う」


 迷いを察知して、ロザリンがそう助言をする。

 プリシアは僅かに逡巡して、力強い視線を二人に向け決断を下す。


「折角、ここまで来たんです。最後まで進みましょう」


 正直、好奇心が無かったわけでは無い。が、プリシアは遺跡調査のリーダーとして、この先に進むことを決断した。

 アルトは僅かに鼻の穴を広げた。

 あれだけの大物が守っていた場所なのだから、もしかしたら金銀財宝が、ザックザクと眠っているのかもしれない。そんな浅はかな期待が、無関心を装った顔からどす黒い欲望となって零れ落ちる。

 勿論、二人はそんなことお見通しで、呆れ顔と苦笑をそれぞれ向けていた。

 三人は頷き合い、アルトを先頭に扉の方へ向かって行く。

 奥に続く扉も、石造りで出来ていて、今度は隙間など無く、開こうにも手を引っ掛ける場所が無かった。


「任せて」


 ロザリンが進み出ると、中央に片手を添える。

 目を瞑り呪文と共に魔力を注ぎ込むと、扉は重い音を立てて左右に開閉していった。

 閉じた目を開いて、ロザリンは此方を振り向く。


「術式基盤を弄った、構成を見て、多分、こうやって開くんだろうなーって、思ったから」

「さよか」


 若干、自慢げに話す言葉に、財宝を期待しているアルトは気の無い返事をする。

 それがちょっと不満だったらしく、頬を膨らませる姿を見て、プリシアは苦笑しながら「先に進みましょう」と二人を促した。

 足を踏み入れた部屋は、先ほどの場所よりずっと狭い空間だった。

 壁に様々な文様が刻まれ、正面には人が数人寝そべれるほど広い祭壇が一つ。

 ただ、それ以外に特筆すべきモノは無かった。


「金銀財宝、とか、無いね」


 キョロキョロと見回し、ロザリンは残念そうに呟く。


「……まぁ、世の中、そんな上手いことはありません」


 そう言うモノの、プリシアの表情も少しだけ残念そうだった。

 本当に何も無い部屋。何故こんな場所を、守護精霊を使ってまで、守る必要があるのか二人は疑問に思う。


 そこで、違和感に気がつく。

 徒労のような状況なのに、一番騒ぎそうなアルトが何も言葉を発しない。

 どうしたんだろうとロザリンが視線を向けた時、その表情を見て息を飲み込んだ。


「…………」


 険しい表情。明らかな怒気が、アルトの顔から滲み出ていた。

 そのことにプリシアも気づいたらしいが、あまりにも殺気漲る雰囲気に、とてもじゃないが声をかけられないでいた。

 無言のまま、ロザリンはアルトの視線を追う。

 その先にあったのは、祭壇の上部。一番、目立つ場所に刻まれた、紋章だ。


「……エクシュリオール。共和国、いや……帝国皇家の紋章が、何故こんな場所にッ」


 忌々しげにアルトは吐き捨てる。

 今まで彼が怒った姿は何度も目撃している。が、ここまで怒りに満ちた表情を見せるのは、初めてだった。

 いや、怒っているのでは、無いのかもしれない。

 紋章を睨み付けるアルトが、ロザリンには酷く悲しげに映った。






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