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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第79話 友情は見返りを求めない





 一人の少女博徒の誕生により、東街のとある裏カジノに一つの伝説が生まれる。

 ディーラーを含め、カジノを取り仕切る人間達は戦慄した。

 カジノで一攫千金なんて夢物語。ましてやレートが通常より高いアンダーグラウンドな世界で、前線で戦うディーラーは様々な博徒と、相対して来たプロ中のプロ。駆け引きが上手、人より運が良い程度では、上手く手の平で転がらされて終わりだ。

 ましてや裏カジノは、多かれ少なかれバックに健全では無い組織が、立っている場合が多い。損害など出せば、ディーラーに明日は無いだろう。

 まさに、命がけの修羅場。

 友人同士のゲームが強いだけの女学生に、負ける訳が無い。負けはいけないのだ。


 ポーカーの卓を仕切る口髭のダンディな中年ディーラーは、この道数十年のベテランで、物心ついた頃からカードを触っていた生粋のギャンブラー。小娘と侮ったわけでは無く、何時も通り、熟練の博徒と相対するが如くの心意気でプレイしていた。

 それなのに……。


「嘘だ……こんなの、嘘だ」


 確りと整えた髪型が乱れ、隠れていた頭髪の薄い部分が露わになる。

 流石にこのまま独り勝ちされては、店の今後に影響すると、レートを倍にして差しによるブラックジャック対決を持ちかけ、ルチアもそれに乗っかったのだが、結果は見ての通りルチアの圧勝で終わった。

 オレンジ色の特別な照明の下、中年ディーラーは、始まった頃より十歳は年老いたような枯れ果てた表情で、ガックリと崩れ落ちた。


「では、頂きますね」


 クールな微笑を浮かべ、ルチアはチップを総取りする。

 これで全戦全勝。女学生が持つ小遣いと呼ぶには、十分な金額があるだろう。

 後ろで見ていたアルトは、唖然とした表情で頭を掻く。


「こりゃ、すげぇなぁ。プロのバクチ打ちでやってけんじゃねぇの?」

「ルチアったら、不思議と賭け事が異様に強いんですよね。豪運とでも言いましょうか、ツキが無くても無理やり、ツキを呼び込めるといいますか」

「ふふっ。全ては星の導きに寄るモノよ」


 チップを揃えながら、ルチアは意味深に微笑む。

 同時に、圧倒的な博才を見せつけたルチアに、ギャラリーから惜しみない賞賛の拍手が降り注ぐ。


「いやいや、どもども」

「悪く無い気分ね」


 拍手を浴びて満更でもない表情のルチアと、何故か自慢げな様子のカレンを横目で見て、プリシアは大きくため息を吐き、にわかに騒がしくなってきた店内を軽く見回し、心配するような視線をアルトに向けた。


「兄様」

「……ふむ」


 何となく言いたい言葉を察し、アルトは顎を摩ると軽く周囲の様子を伺う。

 見目麗しい少女達ということもあってか、一人勝ちしている状況でも、ギャラリー達は概ね好意的な視線を向けている。が、他の卓のディーラー達を始め、このカジノの従業員らしき連中の表情は、非常に苦々しい。


「いやぁ~な雰囲気だの。こりゃ、一波乱あるかぁ?」


 真横からゲオルグが顔を突出し、楽しげに含み笑いをする。


「ま、これだけ大勝しちまうとな。イカサマしてない以上、ケチはつけられないだろうが、それが余計に連中の面子ってヤツに傷をつけつまっただろうさ」

「どうする兄弟。ここいらが引き際……」


 ハイドが言いかけた時、ギャラリーを割って一人のメガネをかけた青年が、ルチアが座る卓に近づいてきた。

 鼻から息を抜き、ハイドは首を横に傾ける。


「どうやら、タイミングを逃したらしい」

「んだな」

「くっく。面白くなってきたわい」


 一人だけ楽しげに、ゲオルグは笑う。

 メガネの青年は服装から見て、この店のディーラーだろう。そしてこのタイミングで出て来たということは、かなり腕が立つと予想される。

 メガネのディーラーは、中年ディーラーをどかすと、ルチアに爽やかな笑みを向けた。


「随分と、お楽しみのご様子ですねレディ」

「ええ。本格的な賭け事は初めてなのだけれど、中々にスリリングで面白いわ」


 紳士的な嫌味を、ルチアはクールに躱す。

 互いに笑顔を張り付け、視線だけで火花を散らす状況に、カレンは戸惑いながらルチアとディーラーの顔を交互に見回す。


「すげぇ。何か、大人だなぁ」

「……身体はカレンが一番大人なんですけどね」


 ヘッと、自虐するようにプリシアがつっこむ。

 視線を緩めると笑顔を崩さないまま、ディーラーは新しいトランプを取り出し、卓の上へと置く。


「どうでしょうか。余興として、私ともう一勝負いたしませんか?」

「貴方が用意したそのカードで?」


 ルチアはチラッと視線をトランプに落とす。

 大袈裟に肩を竦めて、ディーラーはトランプをスッとルチアの前に差し出す。


「どうぞ。不審にお思いでしたら、気が済むまでお調べ下さい」

「……カレン、プリシア」


 トランプを手に取ると、ルチアは友人二人の名を呼ぶ。

 二人は頷くと、ルチアが確認したカードをカレンが受け取り、それを更に確認して、もう一度プリシアが最後にチェックする。それを、ジョーカーを抜いた五十二枚全て、三人で一枚ずつ不審な点は無いか調べた。

 結果、イカサマに通ずるような不審点は、一切確認されなかった。

 最後の一枚を調べ終え、プリシアはカードの束を手に取り整える。


「確かに。不審な点はおろか、傷一つ無い普通のトランプでした」

「結構……では、改めて問います」


 にっこりと、ディーラーは笑みを浮かべる。


「勝負をなさいますか?」


 口調は微妙に強い。

 気がつけば、カジノの出入り口付近には、この店のボディガードらしき屈強な男達が数人立ち、こちらの様子を伺っていた。

 どうやら、勝ち逃げさせる気は無いらしい。

 現在の状況をハッキリ理解しているわけでは無くとも、逃がす気は無いという意思は伝わったのだろう。ルチアは真剣な表情で頷いた。


「いいでしょう。受けて立ちます」


 ギャラリーから歓声が上がるが、アルトとハイドは無謀さに顔を顰める。

 一瞬だけ、ディーラーが唇に薄笑みを浮かべたのを、プリシアは見逃さなかった。


「…………」


 だが、そのことには触れず、黙ってルール説明を始めるディーラーの言葉に、耳を傾けた。


「こちらが引き止めてしまったわけですから、あまり複雑で時間のかかるゲームは無しにしましょう。至って単純明快なルールの、数字当てといきましょう」


 ディーラーが言う通り、ルールは呆れるほど単純。

 トランプの山から一枚カードを引きチップをベットして、裏返しの状態で互いが数を言い合う。カードを表に引っくり返し、その数にぴったりか近かった方の勝ち。

 この場合、ディーラーとの差しの勝負になるので、チップをベッドするのはルチアのみ。勝てばかけたチップと同額のチップを得ることが出来る。


「妙な誤解を生まないように、ここからは互いにカードの山には触れないことにしましょう……如何かな?」

「構わないわ」


 了承を得て、ディーラーは頷く。


「では、早速勝負と参りましょう……誰か、トランプを切って一枚引いて頂けますか?」


 ディーラーの声にギャラリーの中から、一人の男性が手を上げる。

 トランプを受け取ると、少しぎこちない手付きで危なっかしくトランプをシャッフルし、無作為に選んだ一枚を卓の上に裏返しで置いた。

 二人の視線がカードに集まる。

 何の情報も無い初手。ここに、駆け引きや読みの要素は皆無だ。

 チップをかけると、タイミングを合わせほぼ同時に二人は数を言う。

 不正や時間稼ぎを防止する為に、カードを場に置いてから五秒後に数を言うルールになっているからだ。


「八」

「四、かな」


 カードを引っくり返すと、描かれていたのはハートの……四だ。

 ため息に似た声がギャラリーから漏れる。

 勝ったのは、ディーラーだ。


「ふふっ。これはいきなり、幸先が良いですね」


 賭けた分のチップが没収される。

 初手、ということで少な目に張っていたが、幸先の悪さにルチアは僅かに顔を顰める。


「だ、大丈夫だよ。まだ、一回戦目じゃん。次勝てば、いいってだけだ」

「……いえ、違いますね」


 励ましの言葉をカレンはかけるが、プリシアは硬い表情で首を左右に振る。

 言葉の意味は、すぐに知ることとなった。

 続くゲームで、ルチアはあっさりと五連敗を喫する。

 クールな表情を装っているが、額には薄らの汗が滲んでいた。


「な、なんだよ、これ」


 カレンが悔しげに呻き、ディーラーを睨み付ける。

 周囲を取り囲むギャラリーも、当初の熱を帯びた雰囲気が冷え込むように、困惑気味の表情でざわついていた。

 彼女や周囲の戸惑うような反応は、当然のモノだろう。

 何故ならば、この五回戦全て、ディーラーは伏せたカードの数を言い当てているのだ。

 あからさまな違和感に、プリシアは流石に口を挟む。


「一度や二度なら偶然で片付きます……けれど、五回連続というのは、少々やりすぎなんじゃないんですか?」


 前のめりになって追及するプリシアの言葉に、ディーラーは先ほどまでの爽やかな笑みを引込め、嫌味ったらしい顔で肩を竦める。


「おやおや。随分と不遜な言い回しですね。まるで私がイカサマでもしているかのようじゃないですか」

「……違います?」 


 突っ込んだ問いかけに、周囲がざわつく。

 睨み付けるプリシアの視線にも、ディーラーは涼しい表情で首を左右に振った。


「何の根拠も無い言葉は、言いがかりと受け取りますが?」


 挑戦的な視線を、プリシアは真正面から受けて立つ。

 が、攻め手がない以上、突っ込んだ問いが出来ない。

 気づかれないよう奥歯を軽く噛んで、前のめりになった身体を戻す。


「……失礼しました。少々、気が高ぶっていたようです」

「いえいえ。では、ゲームを続けましょう」


 プリシアはあっさりと意見を引込め、高まっていた緊張感は弛緩する。

 周囲からは、安堵にも似たため息が漏れていた。

 しかし、仕切り直して続けた六回戦も、ルチアは敗北した。

 証拠が無い以上、どんなに怪しくても勝負は続く。軽く突っつけば周囲の目もあり、イカサマの手を緩めるかと思ったが、どうやらディーラーは徹底して、ルチア達を潰しにかかっているらしい。

 不穏な動きを見せるディーラーに、後ろで見守っていたロザリンが、ひそひそとアルトに耳打ちする。


「あんな露骨な、イカサマしたら、お客さんの心証が、悪くなるんじゃ、無いの?」

「まぁな。だが、それを差し引いても勝ち過ぎたんだろ。おまけに女学生ってのが悪かったのかもな。舐められたくないから、見せしめにするつもりなんだろ」


 派手なイカサマで、確かに客足は遠のくだろう。

 だが、わざわざ東街の裏カジノに足を運ぶ連中。少し間を置けば、また舞い戻ってくると踏んでいるのだろう。


「雑な仕切りだな。俺の店じゃ、こんなマネはさせねぇんだけど」


 ハイドがポツリと呟く。

 こうして雑談を交わしている間にも、負けはどんどん込んでいく。

 張っている金額は少ないが、簡単なゲームなだけにペースは速く、これでは時期に素寒貧だ。

 イカサマをしているのは確実。だが、種が見抜けない。

 見る間にチップが減っていく緊張感から、ルチアとカレンの表情は硬い。

 追い込まれた状況なのに、プリシアは黙りこくって手を打たず、キュッと硬く唇を結んだまま場を見つめていた。

 硬い表情で卓を見つめるプリシアの姿に、アルトは違和感を感じていた。


「……らしくねぇな。普段のアイツなら、イカサマを見抜けなくたって、この場を切り抜けられるだけの手八丁、持ち合わせてる筈なんだがな」


 最悪、アルトかハイドに話を振ってくれれば、強引にだってこの場を引っくり返してやれる。だが、助けを求められない以上、下手に手が出せない。

 強張った顔から察するに、何か考えがあるようには、見えないのだが。


「……私が、見てるからだ」


 アルトの疑問に、ロザリンがポツリと答える。


「プリシアは、私のこと、あんまり好きじゃ、無いから、弱味を見せたくないんだ」

「……そりゃ、まぁ、そうなのかぁ? ……いや、アイツはそこまで子供じゃないだろう」


 頭を掻きながら言う言葉に、ロザリンは軽く睨むような視線を向けた。


「子供じゃなくても、女の子」


 叱るような口調に、横のハイドがヒュウと口笛を鳴らした。


「……さよか」

「ククッ。一本、取られたようだの……だが、どうする? 無理にでも暴れて引っくり返すか?」

「大丈夫」


 ロザリンが首を振り、一歩前へと歩み出た。


「私が、やる」

「……他人の喧嘩に首突っ込むってのは、褒めらたことじゃないぜ?」

「でも、友達だから」


 軽く笑い、ロザリンは卓へと近づいて行く。

 意気消沈する三人の間に入り、注目を集めるよう卓を片手で大きく叩く。

 卓は揺れるが、絶妙な力加減で、重ねたチップは崩れなかった。

 三人とディーラーだけで無く、周囲のギャラリーの視線もロザリンに集まる。


「……これは、どうしました?」

「ロザリン……貴女ッ!?」

「――メガネ!」


 真剣勝負に割り込みを仕掛けたことを怒ってか、柳眉を逆立てて立ち上がるプリシアが叫ぶより早く、声を張り上げてロザリンはディーラーの顔を指差す。

 正確には、彼のかけているメガネを、だ。


「め、メガネが、どうかしましたか?」

「イカサマの証拠」


 前振りもなく、ロザリンはそう断言した。

 途端、周囲はざわめく。


「……何を言い出すかと思えば」


 ディーラーは大きく肩を竦め、ため息を吐いた。

 流石はプロ。確信を込めたロザリンの指摘にも、表情一つ変えない。

 だが、確信を持ったロザリンの推理の前に、博徒の駆け引きなど無意味だ。


「どういうこと?」


 ルチアが問う。

 ロザリンは軽く唇に笑みを浮かべ、山の上から一枚カードを引く。


「事前に、カードを調べさせたのも、ゲームが始まってから、自分達が触れないことも、全部は前振り。トランプには、何も仕掛けは無いと、思い込ませる為」

「……何を馬鹿な」


 追及を受けて、反射的にディーラーはメガネに手を添える。


「それ」


 タイミング良く、ロザリンがパチンと指を鳴らすと、動揺するようにメガネに手を添えたまま、ディーラーの動きが静止した。


「状況から、考えて、貴方がカードの数を、知っているのは明白。トランプには何の、仕掛けも無い……では、どうやってカードを、透視したのか」

「不可能ですね。そんなこと、出来る訳はない。全ては偶然ですよ」

「発想の転換。トランプに、仕掛けはあった。けど、トランプだけでは、意味をなさない」

「…………」


 ジワリ、ジワリと追い詰める言葉に、ディーラーは口を閉ざした。

 自然、カジノ内は静寂に包まれ、ロザリンの言動に注目が集まる。

 指先は寸分狂わず、メガネを差していた。ディーラーが逃れるよう顔を動かしても、ゆっくりと動きに合わせて指も動く。


「その、メガネ」

「……ッ」

「度が入ってない。つまり、伊達メガネ」


 僅かに言葉を止めるが、すぐに頷き肯定する。


「よく、気がつきましたね」

「レンズ越しの、景色の歪み具合を見れば、簡単にわかる……恐らく、カードには特殊なインクで、数が記され、そのメガネのレンズを通して、それを見極めることが、出来る」

「なるほど、素晴らしい推理だ」


 平然と、ディーラーは笑顔で頷いた。

 あからさまな余裕に、それまでロザリンの推理を頷きながら聞いていた人々から、どよめきが起こる。イカサマをしているのは間違い無いだろうが、ロザリンはその種明かしに失敗したのでは? そんな言葉も囁かれ始めた。

 その態度を見て、ロザリンはハッと息を飲む。

 ディーラーは薄く笑みを浮かべ、メガネを外しながら、それを確認させる為、テーブルを迂回してロザリンの方へ近づこうとする。


「――動くなッ!」

「――ッ!?」


 急な大声をロザリンが張り上げたことで、驚いたディーラーは足を止める。

 すぐさまロザリンは厳しい表情で、指先を今度は天井へと向けた。

 指差す方向には術式で動く、室内を照らす為に設置された照明。雰囲気を出す為に、オレンジ色に輝いていた。

 ディーラーの表情が崩れ、ロザリンはやっぱりと、笑みを浮かべた。


「残念。ポーカーフェイスを保っていれば、私も、最後まで、気付かなかった。このオレンジの照明も、種の一つ、だね?」

「な、何を……」

「光の加減、特殊なレンズ。この二つが、合わさって、カードに書かれた、インクの文字が読める……違う?」

「――違うッ!」

「だったら、同じ位置から、メガネをかけて、カードを確認しても、構わない?」


 否定する言葉の語尾を食い気味に、ロザリンは最後の一押しをする。

 常に余裕を崩さなかったディーラーは、悔しげに唇を噛み締めると、返答はせず、ただ血走った恨みの籠る視線をロザリンに向けていた。

 この場合の無言は、肯定を意味する。

 その姿を見て、ロザリンはホッと胸を撫で下ろした。

 途端、ギャラリー達の歓声と拍手が、ロザリンを包み込んだ。

 カレンとルチアも立ち上がると、感激したように抱き着いてきた。


「凄い、凄いじゃんロザリン!」

「素晴らしい推理だわ。いえ、それ以上に、有無を言わせないあの論客っぷり。惚れ惚れするとは、まさにこのことね」

「え、その、てへ」


 抱き締められて戸惑った表情を見せるが、褒め称えられるのは素直に嬉しく、照れたようにはにかんだ。

 そんな三人の姿を、プリシアは一人輪から外れて眺めている。


「…………」


 無言のまま、キュッと唇を硬く結ぶ。

 その頭に、ポンと手の平が乗せられた。


「……兄様」

「よっ」


 驚いて視線を上げると、アルトは微笑を浮かべ、軽く頭を撫でつけてきた。


「ちょっと、らしくなかったんじゃねぇか?」

「……そうですね」


 アルトの言葉を素直に認め、プリシアは俯く。


「あの場合、無理にでもゲームを降りさせるべきでした。なのに、私は相手のイカサマを見抜くことに躍起になって……ルチアも、それに気づいていたから、ペースを遅らせるだけで、ゲームを止めることは無かった」


 震える拳を、硬く握る。


「これでは、ギルドのサブマスター失格です。もっと冷静で、冷徹で無ければ、とてもお婆様の後を継ぐなんて……」

「いいんじゃねぇの、それで」


 アルトは軽い笑顔で、自嘲するプリシアの言葉を否定した。


「屈辱とか、後悔とか、そういったモンを乗り越えてくのが、成長ってモンだろ。あの二人を見てりゃわかる。お前を信頼してっから、最後まで判断を任せたんだろう」

「でも、その判断が間違いで、私は二人を危険に晒してしまったのかもしれない」

「たらればなんて、面倒クセェだけだ。今日駄目だったことは、明日頑張ればいい。世の中取り返しのつかないことは一杯あるが、取り返しのつくことだって一杯ある。今回は取り返しがつくことだった。ただ、それだけのことさ」


 顔を上げるプリシアの目尻には、僅かに涙が浮かんでいた。

 それを見て意地悪な笑みを漏らすと、アルトは手の平を擦り付けるよう、乱暴にプリシアの顔を拭う。

 硬く、ザラザラとしたアルトの手の平は痛いが、大きくて暖かい感触に、プリシアの心臓は大きく高鳴った。

 そして、物凄いことに気がついてしまう。


「こ、これはもしや……ちゃ、チャンスなのでわっ!?」


 責任感の強いプリシアが一転、駄目な乙女心がムクムクと顔を出してきてしまった。

 ここから、プリシアの乙女心が熱暴走を開始する。


(これが俗に言う良いムードというヤツなんでしょうかッ!? ここは好きッギュッバシッと決めるべきなのか否なのか。いやいや早まるなプリシア、貴女はクールな淑女なのよびーくーるびーくーる。目は口ほどに物を言うということわざがあります。ここは無粋な言葉を飾らなくとも潤んだ瞳で見つめれば私の純真が伝わる筈。つまり伝わった果てには何があるかと申しますと大人の階段? えっ、大人の階段ってなに? 上った先に何があるの? そもそも上るという過程はどんな比喩を意味するのでしょうか……ま、まさか、まさかまさかまさかっ、こっんなっ衆人環視の中でわた、私は兄様の唯一無二のプリンセスになってしまうのでしょうかいや望むところですッ! いや待て早まるな私、そもそも戦闘準備は整っていませんし初めてだけに初めてのブラを着用した状態で迎え入れたいのですが、躊躇していたら千載一遇のチャンスを逃してしまうやもしれないそれに、それにそれにそれから結婚、妊娠、出産ッ高まってきたぁぁぁぁぁぁけど、準備が不十分というまさに万に一つもあってはならないという不覚ッ、なんて無様なのプリシアッ!)


 この間、僅か一秒にも満たなかった。

 クワっと目を見開き、プリシアは天井を見上げる。


「プリシア、ピンチッ!」

「えっ、あっ、ごめん」


 急な行動にビクッとなりつつ、何故かアルトは謝ってしまった。


「ハッ、失礼、取り乱しました」


 ゴホンと、何事も無かったように咳払いをする。

 アルトも、何も見なかったし、聞かなかったことにした。

 無かったモノと、二人の心は一致して仕切り直し。

 まぁ、イカサマを見抜かれた以上、ゲームはこれで終了。負け金も取り戻すことは可能だろうが、元々はカジノで稼いだあぶく銭。貴重な経験をさせて貰った授業料と、ルチアは元手を取り戻せば、それ以上は換金しないつもりらしい。

 唯一、アルトだけが負け込んでしまったが、これにて一件落着。

 に、思われたのだが。


 ガシャンと、卓が大きく軋む音が響き、皆の視線が再び卓へと集まる。

 卓の上には、ジャンプした飛び乗ったゲオルグが座り込み、興味深げな顔をしてつまみ上げたカードを眺めていた。


「お、おい何をしている……降りろッ!」

「ちょいとメガネ、借りるぜよ」


 慌ててディーラーが引き摺り下ろそうと肩を掴むが、ゲオルグはビクともせず、逆にかけていたメガネを指先で簡単に掬い取られてしまう。

 奪い取ったメガネを目に当てて、カードを見てみると、ゲオルグは大袈裟な声を上げた。


「おおうっ。確かに確かに。バッチリと数字が見えちょる。ああ、なるほど。数字しか見えんかったから、絵柄までは指定せんかったのかぁ。いやぁ、イカサマっちゅうやつは、手の込んだ代物だが、種明かしされるとどっちらけるのう」


 ゲラゲラと笑いながら、散らかすようにカードを見ては投げ繰り返す。

 騒ぎを聞き付け、他の従業員達も集まってくる。中には用心棒らしき、ガタイの良い屈強な男も交じっていた。

 再び、室内は剣呑な雰囲気に包まれる。


「おいおい、あのおっさん、ヤバイんじゃないのか?」

「随分とご機嫌をかましてらっしゃる人ね。お知り合い? 兄様」

「知ってるっちゃ知ってるが……まぁ、アイツなら心配いらねぇだろう」


 騒がしくなっている店内にあって、アルトはまるで助ける気が無さそう。

 不意に、それまで黙っていたハイドが「あっ!」と声を張り上げた。

 皆の視線が集中する。


「……どこかで見た顔だと思ってたが、ようやく思い出したぜ。あの旦那、とんだ食わせモノじゃあないか」


 思わず帽子を脱いだハイドに、カレンが訝しげな視線を向ける。


「はぁ? あのおっさん、有名人なの?」


 問いかけに、ハイドは大袈裟に首を横に振った。


「有名人どころの話じゃない、とんでもない大物だぜ」


 ハイドの言葉が信じられないのか、アルト以外の皆は不審そうな目で、騒ぎの中心にいるゲオルグに向けられた。

 口々に騒ぎ立てる従業員達に対して、卓の上に胡坐をかき、涼しい顔で耳を穿る。


「おい、聞いているのかッ! これ以上、面倒をかけるつもりなら、痛い目を見て貰うことになるぞッ!」

「痛い目、だぁ?」


 ギロリと向けられた眼光だけで、騒ぎ立てていた従業員が黙り込む。

 飄々としていた雰囲気が一転、とても重苦しい空気が、ゲオルグを中心として流れ込んできた。

 グルリと取り囲む連中を一瞥すると、片足を思い切り立てて卓を揺らし、豪快な啖呵を切る。


「上等じゃ三下小悪党共ッ! こっちはテメェらの悪行三昧、全部まとめてお見通しぜよ」


 ダンと立てた足を踏み込むと、腰の剣に手を添える。

 途端、及び腰になる従業員に構わず剣を抜くと、卓の上に突き立てた。

 剣の刃部分には、文様が刻まれ光を浴び、ボワッと青白く魔力の輝きを放った。


「――なッ!? そ、それはエンフィール王国騎士団の証ッ!」

「応よ三下。天下に名高いエンフィール王国騎士団総団長ゲオルグ様たぁ、この俺様のことよ。五体満足でシャバに出たかったら、素直に悪事を認めた方が身の為だぜぇ?」


 次の瞬間、青ざめた顔をした従業員達は、次々と額を床に擦り付けて土下座をした。

 状況を飲み込めない周囲の客は、唖然と固まっている。

 そして、振り向いてニヤッとゲオルグが歯を見せて笑った先には、絶句して固まる女学生達の姿があった。






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