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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第78話 女学生、社会科見学に行く






「やぁ、兄弟……待ってた、よ?」


 東街のとある路地裏の一角。

 放置されていた木製のバケツに腰かけ、待ち人であるアルトが来るのを待っていたハイドは、ようやくその姿を目に止め、腰を上げて出迎えようとするが、想像外の光景に浮かびかけた笑顔を困惑に変えた。

 アルトの後ろには、十代前半の少女達が四人、バツが悪そうな表情で付いて来ていた。

 挨拶の為に上げかけていた手を、ふむとソフト帽の上に乗せ、納得したように頷く。


「ふぅ~む、なるほど。そっちの趣味なもんだから、俺の謝礼を受け取らなかったわけか。遠慮せずに言ってくれれば、ご期待に添えたんだけど?」

「うっせ。わかってて性質の悪いことを言うなっ、半笑だぞ」


 不機嫌に、ギロリとアルトが睨み付ける。

 ハイドは笑みの浮かぶ口元を手で撫でつけ、改めてサングラス越しにロザリン、プリシア、カレン、ルチアの四人に視線を向け、軽く帽子を上げて挨拶する。

 カレンとルチアは、顔を近づけて声を潜めた。


「随分と、軟派な男が出て来たんだけど」

「人を見た目で判断してはいけないわ。でも、概ね同感ね」

「――ちょ!?」


 本人達はひそひそと話しているつもりなのだが、声は完全に周囲に聞こえていて、ハイドの正体を知っているプリシアは、サッと顔面を青ざめさせる。とは言え、まさか彼が北街の暗部組織を仕切るボス。などとは言えず、困り顔をハイドと友人達の間に往復させた。

 女学生達の率直な感想を耳にしたハイドは、苦笑交じりに、気にするなとプリシアに向かって手を振る。

 サングラスのブリッジを中指で押し上げ、視線をアルトに戻す。


「んで、兄弟。相棒やかたはねのお嬢ちゃんはともかく、此方のお二方は俺、初対面なんだけど」

「ん。俺も今日、初めて見るな」


 シレッと答えたアルトが視線を向けると、二人は困り顔をしていた。

 正確には昨日、かざはな亭に会っている筈なのだが、どうやらアルトは彼女達のことなど覚えていない様子だ。

 カトレアに説教をされていて、それどころでは無かったとも言える。

 二人は互いに顔を見合わせると、一歩前に進み出た。


「アタシはカレン。プリシアとロザリンの友達よ」

「私はルチア。プリシアとロザリンの盟友ね」


 一礼と共に、二人はキチンと挨拶をする。

 それを見たハイドは、ほぅと、感心したように顎を摩る。


「こりゃ、ご丁寧にどうも。最近の若者にしちゃ、礼儀正しいじゃないの。俺はハイド。見ての通り、軟派なお兄さんだよ」


 そう言って、ハイドは帽子を脱ぎながら一礼すると、先ほどの話を聞かれていたのかと、カレンとルチアは引きつった笑みを見せた。

 一応、それに倣い、面倒臭げにアルトも片手を上げる。


「へぇ~い。アルト君ですよ」


 何とも適当な挨拶に、二人は僅かだが眉を顰めた。

 また二人の好感度が下がったのは、表情に何の変化が無くとも雰囲気で伝わる。

 ロザリンはしょうがないなぁと、ため息を吐く。


「んじゃ、とりあえず挨拶は済んだんだけど……兄弟。もしかして、この娘っ子達も連れて行くつもりかい?」

「何か知らんが、尾行されてるみたいでな。放って置いて面倒事に巻き込まれるのも厄介だし、目の届くところに置いておくことにしたんだよ」


 チラッと視線を向けると、四人は素知らぬ顔で目線を逸らす。


「ま、社会科見学の一環だな」

「はっは~。学べるのは、駄目な大人の生き様だけだと思うけどねぇ」


 軽く笑ってから、それじゃあとハイドは先立って歩き始めた。

 続こうとするアルトのコートを、ロザリンが掴んで呼び止める。


「どこ、行くの?」

「カジノ」


 何気なく発せられた言葉は予想外たったらしく、ロザリン以外の三人は、唖然とした表情をしていた。




 ★☆★☆★☆




 ハイドと待ち合わせをしていた路地裏を抜けると、うらぶれた通りに出た。

 北街の寂れたスラム街のような雰囲気は無いが、人の往来は極端に少なく、妙に静かで不気味な感じがする。通りといっても道は狭く、地元の人間しか利用しないであろう、怪しげな数件の店が無ければ、裏路地とさほど代わり映えはしない。

 プリシアなどは、東街にこんな場所があったのかと、驚き気味に周囲を見回していた。

 対してカレンとルチアの二人は、雰囲気に飲まれたのか、緊張した様子が伺える。


「んで? 目的の場所ってのは、ここから遠いのか?」

「いんや。すぐそこ」


 問いかけにハイドが指差したのは、何の変哲も無い木造の民家だった。


「あれがぁ?」


 アルトだけで無く、女性陣も訝しげな表情をする。

 何処をどう見ても普通の建物、あばら家と言ってもよい。薄汚く一目で狭苦しい内部が想像できる家屋は、裏カジノが盛大に行われているような場所には、とてもじゃ無いが見えない。

 一同の反応は織り込み済みだったのか、ハイドは楽しげに含み笑いを漏らすと、特に説明はせず指で招きながら建物の方へと向かう。

 ドアの前に立ち、数回ノックをする。

 普通のノックの仕方では無く、随分とリズミカルな叩き方をした。

 恐らく、合言葉代わりなのだろう。

 開かれたドアから顔を出したのは、何処にでもいそうな普通の青年。

 彼は、ジロジロとドアを叩いたハイドを見ると、不機嫌な声を出す。


「……なに?」

「ちょいと遊びたいんだけど……」


 睨み付けるような視線を受けても、ハイドはにこやかに言って、懐から一枚のキラキラと光るカードを取り出す。

 それを見た瞬間、青年の態度は一変した。


「ね、年間ゴールドカードッ!? ……失礼しました。どうぞ、こちらへ」


 途端に丁寧な態度に変わると、頭を深々と下げハイドを中へと招き入れる。

 振り向きニヤッと笑うと、また指でアルト達を招く。


「そのカード、何処で手に入れたんだよ。初めてじゃなかったのか?」

「取り立ての担保さ。詳しく聞きたいなら、教えるよ」

「いらん、そんな物騒な話」


 下手に突っつかない方がいいと、渋い顔をしてアルトは話を打ち切った。

 改めて、ハイドは室内へと足を踏み入れる。

 堂々と入るアルトに続き、ロザリンとプリシア、そして緊張気味のカレン、意外と平然としているルチアがドアを潜る。

 途中、少女達を見止めた青年は、訝しげに眉を顰めた。


「……あの、このお嬢様方は……?」

『――社会科見学です』


 全員の声がハモった。

 青年は眉を顰めながらも、その迫力に押されて「は、はぁ」と頷き、彼らをそのまま中へと通した。

 足を踏み入れた建物の内部は、想像通り狭く、何も無かった。

 ある物と言えば、ドアを開けた青年が待機する為に座っていたであろう椅子だけ。


「まさか、ここだ何ていわないよな? こんな狭苦しいところじゃ、ババ抜きくらいしか出来ねぇぞ」

「賭けババ抜きってのも、珍しいけど……本命は、ここさ」


 軽口に付き合いながら、ハイドは指を足元に向ける。

 全員の視線が下に向くと、床の一部分に四角の切れ込みが入っていた。

 どうやら、床が扉になっているらしい。

 青年が素早く動き小さく空いた穴に、長いL字型の棒を差し込み、テコの原理で床の一部を開いた。

 床下に現れたのは、地下へと続く階段だった。


「階段は暗いので、足元にお気を付けください」


 青年は、それだけ言ってまた頭を下げた。

 確かに覗き込む階段の下は暗く、点されている蝋燭の僅かな灯りが、頼りなく足元を照らしていた。


「わざわざ、地下室にカジノを作ったわけ? あっきれたぁ」


 カレンが驚き半分、呆れ半分といった様子で頭を掻く。


「東街は他と違って、違法賭博にはうるさいですから。こういう風に手の込んだ作りになるのは、ある意味で必然かもしれません」

「わざわざ危ない橋を渡らなくとも、西街には合法カジノがるというのに、人の思考とは因果なモノね」


 解説するプシリアの言葉に、理解不能だと頬に手を添えてルチアは首を傾げた。

 確かにもっともな意見だ。

 西街には国から許可を取った、豪華で綺麗なカジノが何件も存在する。それ以外でも北街なら非合法とは言え、暗部組織の仕切りの元で行われている場所なら、それなりに安全に遊べてレートも通常より高い。

 何よりも警備隊や騎士団の、手入れが入る可能性がかなり低いのが強みだ。

 対して東街の裏カジノは、全ての面において中途半端。

 逆に言えば、求められているのはその中途半端さだ。


「西街じゃ安全すぎてスリルが足りない。逆に北街だと敷居が高すぎて、安心して遊んでいられない。テキトーに危険で、テキトーに安全なこの裏カジノの存在理由と、人が集まるのはそういうわけさ」


 そう説明して、ハイドは先んじて階段を降りて行き、アルトもそれに続いた。

 ある程度は危険な場所に耐性があるロザリンとプリシアは、普通に階段へと足を踏み入れる。残りの二人も若干の戸惑いはあるが、意を決して後を追いかける。

 薄暗い階段。足を踏み外さないよう、慎重に一段ずつ確かめながら下りていく。

 地下へと続く石造りの階段は、ひんやりとしていて涼しい。


「外よりずっと過ごしやすいですね。何か術式でも刻まれてるんでしょうか?」

「多分、この直ぐ近くに、水路が通っているんだと、思う。水が近いから、自然と階段が冷える」

「どれどれ」


 試しにカレンが壁に手を添えてみると、ひんやりとした冷たかった。


「本当だ。水で濡らしたみたいに冷たい」

「パッと見ただけでそれを見抜くなんて、流石の慧眼ですね」

「てへ」


 ルチアに褒められ、照れ臭そうな笑みを浮かべる。


「はいはい、お嬢さん方。仲がよろしいのも結構だが、到着だぜ」


 言って、最後の一段を降り終えたハイドの目の前には、鉄製の扉が。

 鉄の扉をガンガンと乱暴にノックすると、目線の高さにある覗き穴が開き、中から男性らしき人物が覗き見る。

 何か問われるより早く、ハイドはゴールドカードを、穴から見えるよう構えた。

 すぐに驚いたように目を見開くと、鍵が外され鉄の扉が重々しく開いた。

 差し込む眩い光に、皆は一様に目を細める。

 同時に流れてくるのは、ピアノの旋律と共に賑やかな喧騒。ほのかに煙草やアルコールの匂いも漂ってきた。


「ふわぁ」


 プリシアは思わず、感嘆の声を漏らす。

 いや、女性陣は皆、同じような表情をしていた。

 地下室はまさに別世界。赤いカーペットが敷き詰められた部屋は、まるで西街の一流ホテルのよう。部屋と表現したが、その広さはダンスホールのようで、様々な卓が並びゲームに興じる人がいれば、アルコールを片手に談笑する人間もいる。

 最奥はステージになっていて、今は初老の男性が静かなピアノのメロディを奏でていた。

 休日だからか、人の入りも良さそうだ。


「こりゃ、想像以上だな。まさか、東街にこんな場所があるとは思わなかったぜ」


 キョロキョロと、アルトは落ち着きなく周囲を見回す。

 さほど乗り気では無かったのだが、空気に当てられてやる気が出て来たらしい。


「遊ぶ時はカウンターで、現金とチップを交換してくれ。あと、レートだけど卓によって違うから、ディーラーに確認を取れば問題ないよ」

「なるほどねぇ。んじゃ、早速冷やかしてみっか……お前らは、どうすんだ?」


 問われた女性陣は、どうしよっかと顔を見合わせた。


「どうする? どうする?」


 そわそわとカレンが問うと、ロザリン以外の二人が同時にため息を吐いた。


「……顔に、思い切りやりたいって書いてますよ。止めておいた方が、私は無難だと思いますけれど」

「同感ね。カレン、あまり賭け事強く無いでしょう?」

「失礼だねぇアンタ達」


 友人二人の物言いに、カレンは腕を組んでぷんぷんと怒る。


「女は度胸! 勝負事の場で勝負しないなんて、女が廃るってなモンよ」


 パシッとカレンは自分の胸を叩いた。

 場の空気の所為で火が点いてしまった様子に、二人は呆れたように顔を見合わせた。


「こうなったら、意見を曲げないわね」

「勉強にも少しは、その熱意を向けてくれたら嬉しいんですけど」

「はい、そこうるさい! いいから、アンタらもやるわよ。このアタシ自らが、学校の教えが如何に役に立たないか、教えてあげるわ!」


 そう言って、もう一度パシッと胸を叩き、今度は咽て咳き込んだ。

 何処からそんな自信が沸いて出てくるのか、不思議だと二人は白い目を向ける。

 が、友達思いのプリシアとルチア。やれやれと肩を竦めつつも、カレン一人を置いて行かず、自分達も賭け事に参加することを決めた。


「んじゃ、ばらけますか。広いといってもワンフロアだから、心配は無いと思うけど、女の子達は必ず二人一組になること。何かあったら、必ず大声を出すんだよん」


 ハイドがそう釘を差すと、四人は同時に頷いた。

 そしてハイドの合図と共に、皆は一斉にフロアの各所に散らばっていく。

 何だか遠足の引率に来た見たいだと、ハイドは苦笑しながらも、自分も何か遊ぼうと卓を順に見て回った

 打ち分けはアルト、ロザリンの二人に、プリシア、カレン、ルチアの三人。

 誘ったハイドだけが、一人ぼっちだ。


 アルト達が目を付けたのは、大きな回転盤があるテーブル。

 カジノの花形、ルーレットだ。

 数字が記され黒と赤で色分けされたホイールを回転させ、ディーラーがその回転とは反対方向にボールを投げ込み、プレイヤーはその色や数字に掛け金をベットする。

 単純だが奥深く、一度プレイしたら中々止められない。


「ロザリン、ルールは?」

「ん。大体、わかる」

「上等……入れるかい?」


 ディーラーに問いかけると、笑顔で「どうぞ」と席に二人を誘った。

 並んで二人座る。同じ卓には後数人、プレイヤーが同席していた。

 横にはちょこんとロザリンが。手に取り換えたチップを持っているところを見ると、彼女もゲームに参加するつもりらしい。


「んじゃ、一つ儲けさせて貰いますか」


 手の関節をポキポキ鳴らし、意気揚々とアルトは予想を開始した。




 ★☆★☆★☆




 数十分後、アルトは卓の上で頭を抱えていた。

 目の前にあるのは、一枚のチップのみ。潤沢、とはいかないものの、騎士団の手伝いで貰った報酬が、それなりに残っていたのだが、熱くなり過ぎた為、一時間も立たない内にごっそりと持ってかれてしまった。

 後ろから様子を見に来たハイドが、気の毒そうに覗き込む。


「あ~らら。早々に素寒貧かい兄弟。季節は真夏なのに、お寒いねぇ」

「うっせ! 今日はたまたま、調子が悪かったんだよ」

「そうのかい? でも、相棒の方は調子よさそうじゃないか」


 視線を横のロザリンに向けると、増えたチップを前にしてホクホク顔をしていた。

 ピースサインをする相棒に、アルトは恨みがましい視線を向ける。


「クソッ。チマチマした勝ち方しやがって、そんなんでギャンブルって言えんのかッ!」

「失敬、な。ちゃんとした、ルーレットの攻略法、だよ」


 何処で学んだのかは知らないが、素人だと思っていたロザリンは、割とメジャーな攻略法で着実にチップを稼いでいた。

 賭けるのは黒の一点だけに集中。最初は一枚だけベットし、負ける度に一枚ずつ増やしていく。そして勝ったら逆に一枚ずつ、ベットした賭け金を減らしていく。大きく儲けられる戦術では無いが、大きく負けもしないので、長くゲームを遊べる方法と割り切った方がいいだろう。

 幸運にも賭けた黒が連続して当たった為、チップがそれなりに増えたのだ。

 これが日頃の行いの差、とでも言うべきだろうか。

 勝者の余裕か、アルトの八つ当たりをシレッと躱し、ロザリンはチップを数枚重ねると、卓の上を滑らせてアルトの前に差し出した。


「おすそわけ」


 嫌味でも憐みでも無く、純粋なロザリンの好意。

 それ故にグサッと突き刺さる心遣いに、駄目な大人であるアルトは、


「さーせん」


 頭を下げて素直にそれを受け取った。

 あまりに情けない光景に、憐みに満ちた他の客やディーラーの視線が痛い。

 が、カジノは紳士淑女の社交場。どんなにアルトが駄目な大人でも、それを面と向かって嘲笑う人間はいない。そんなことすればトラブルの元になるし、何より折角の遊びの時間に水を差してしまう。

 けれど時に、そんな暗黙の了解を、全く気にしない人物も存在する。

 アルトの背後から「がっはっは」と、豪快な笑い声が聞こえてきたかと思うと、両肩に武骨な手の平が名の前振りも無く、叩くように置かれた。

 ずっしりとした笑劇に、アルトは驚いて目を白黒させる。

 耳に届いたのは、嗄れ声をした独特の喋り口調だ。


「なっさけないのう、無様だのう。股の下にぶらさがっとる逸物が、泣いてしまうぞ?」

「――痛ッ!?」


 肩の骨が軋むような強い握力に肩を掴まれ、思わずアルトは悲鳴を上げる。


「――テメェ、何しやがるッ!」


 掴んだ手を払い飛ばし、立ち上がって睨み付けるよう振り返ると、真後ろにいたニヤニヤと笑う男の姿に、ゲッとアルトは絶句する。


「て、テメェは……!?」

「おう。久しぶりじゃのうアルト」


 固まるアルトの反応を楽しむよう、笑みを浮かべ男は片手を上げて挨拶する。

 年の頃は四十代ほどか。ボサボサの髪の毛に無精髭を生やした、太い眉の凛々しい目元をした中年男性。前で合わせるタイプの服装で、袖口や胸元がゆったりとしていて、覗く胸元は逞しい。

 腰には幅の広い剣を一本ぶら下げ、彼の男臭い雰囲気をより強く表していた。

 唐突な男の登場に、ロザリンとハイドは戸惑い気味だ。


「アルの、知り合い」

「……ん~。どうする?」


 男の姿を目にしてか、嫌そうに表情を歪めて、何故かアルトが問いかけると、男は腕を組んでちょっと考えるように、顎を軽く摩った。


「ま、この場ではただの知り合いっちゅーことで頼む。ワシの名はゲオルグ。まさか、こんな場所で主に会うとは、おもっとらせんかったぞ」

「そりゃこっちの台詞だ。アンタ、忙しいんじゃないのか?」

「がっはっは! バレたら、殺されるやもしれんのう……ところで」


 ゲオルグと名乗った男性は、視線を横のロザリンに向けた。


「この娘っ子が噂の……ふぅ~む。聞いてた通りの、別嬪さんじゃ」

「ども。ロザリンです」


 戸惑いつつも、ロザリンは座ったまま一礼する。

 その姿に笑みを浮かべると、今度はハイドの方へ視線を向けた。

 陽気だった先ほどまでの態度とは一片して、ゲオルグの登場にハイドは警戒したような雰囲気を漂わせる。

 無言で、露骨に警戒していますと知らせる視線を、ゲオルグは豪快に笑い飛ばす。

 殺気を軽く受け流され、ハイドの唇に苦笑が浮かぶ。


「……旦那ぁ。何者だい?」

「まぁまぁ、落ち着け。ここは紳士の社交場、無用な詮索はせん方が、お互いの為と思いやせんか?」

「ま、違いない、か」


 ハイドはソフト帽を受けから押さえる。

 一応は納得したみたいだが、まだ警戒を解くまでには至らないようだ。

 意外な人物との出会いに、アルトは嘆息する。

 騒動には発展しなかったが、熱くなっていた気分に軽く水を差されたのは事実で、負けも込んでいたし、続けてルーレットで遊ぶ気分では無くなっていた。

 アルトは隣りのロザリンに、話しかけた。


「どうする? 他の卓も覗いてくか?」

「ん。興味、ある。他は、何があるの?」

「そうだなぁ」


 見回していると突然、フロアの奥から歓声が響いた。

 何事かと視線を向けると、どうやら奥の卓に随分と人が集まっている様子だ。


「ほう。随分と盛り上がっとるようじゃの」


 腕を組み、楽しげにゲオルグは笑う。

 一方、何かに気づいた様子のハイドは、アルトの方へ顔を寄せた。


「兄弟」

「あん?」

「あの卓、確か、ツレのお嬢ちゃん達が座った卓だぜ」

「……マジか?」


 思わず、アルトは頭を掻く。

 面倒事が起きたというわけでは無いが、このまま放置しておくわけにもいかない。

 アルトはロザリンに目配せを送ると、急いで人が集まっている卓へと向かった。

 卓を取り囲むよう見物する、観客達の間を強引に割って入り、アルトとロザリンは中央へと急ぐ。


「はいはい、ごめんなさいよ」


 迷惑そうな視線を浴びながら、何とか卓へと辿り着く。


「おい、お前ら。だいじょ……」

「おっ、兄様。ちょうどいい時に来たじゃん」


 軽く心配したアルトの言葉は、カレンのお気楽な声にかき消させる。

 振り向いたのは、三人の少女達。

 ニヤニヤと笑うカレン。苦笑気味のプリシア。そして大量のチップを前にしても、全く動じた様子も見せない、クールな表情のルチアだった。

 ここは、ポーカーの卓。

 口髭を生やしたダンディな男性ディーラーは、今にも泣きそうな表情をしていた。


「レイズ」


 クールなルチアの一言に、同じ卓でプレイしている人間、全員がビクッと身体を震わせた。

 そしてルチアは、当然のようにチップを全額賭ける。

 同時に嵐のようなフォールドの宣言が響き、結果は全員が勝負を降りて、カードを開くこと無くルチアの勝利に終わった。

 そして開かれたルチアの手札は役無し。いわゆるブタだ。

 強気すぎるルチアの勝負師としての手腕に、一瞬の静寂が満ちる。

 次の瞬間、ディーラーとプレイヤーの悲鳴。ギャラリー達の歓声が響いた。


「……なんだこりゃ」


 全く場についていけないアルトの呟きに、プリシアが困ったような苦笑を漏らしていた。






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