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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第75話 駄目男と恋する才女






 多少の例外はあれど、誰にとっても自宅とは、もっとも安らげる空間だろう。

 ましてや、外は真夏の炎天下。地面からの照り返しで、上も下も眩しくて暑い場所になんか、用事があったって出るのは躊躇われる。

 それでも人は、労働をしなければ、人並の生活を送ることが叶わない。


 働かざる者、食うべからず。汗水流して働いてこそ、人は賃金を頂けるわけで、賃金を頂けるからこそ、日々の糧を得ることが出来る。こんなこと、今更述べる必要も無いほどの常識。子供にだって理解出来る社会の仕組みだ。

 だが、世の中には自堕落を拗らせ、面倒臭いの一言で働かない大人が存在する。

 能天気通りの野良犬騎士。アルトもまた、そんな駄目な人間の一人だ。


「……ああ。暑いなぁ……どうなってんだよ、今年の夏は」


 自宅のソファーに伸び切った態勢で座り、団扇で汗だくの顔を扇ぐアルトは、今にも溶けて無くなってしまいそうな、伸び切った声を上げる。

 今日も王都は晴天。太陽から注ぐ直射日光のおかげで、室内は酷く蒸し暑い。

 暑さに耐えかねたアルトは、上半身裸でタオルを一枚肩に羽織っている。床には水を張った大きな桶が置いてあり、少しでも冷を取ろうと、ズボンを膝まで捲って両足を突っ込み涼んでいた。

 けれど、この気温。既に水は生温くなっている。

 何ともだらしのない恰好だが、ここ数日の陽気を考えれば、こうなってしまうのも致し方ないことかもしれない。

 問題があるとすれば、それ以外のところだ。


「あづ~い、しぬ~、はたらきたくな~い」


 と、言いながら、水晶宮から帰って来て三日。ずっとこの有様だ。

 以前は無職だ何だと言われつつ、夜はちゃんと用心棒としてかざはな亭に顔を出していたし、それ以外も外を遊び歩いては面倒事に巻き込まれていて、人並に忙しい日々を送っていたのだが、この三日は外にも出ずこの体たらく。


「いやぁ~、堕落ってのは、あっという間だねぇ。この一ヶ月、何だかんだシエロやシリウスに、散々こき使われてきたから、ちょっと骨休めのつもりでダラダラしてたんだけど、何だか、もう抜け出せる気がしねぇや」


 ポリポリと、側に置いてあったビスケットを齧る。

 よく見れば、ソファーの周囲には空になった酒瓶が、何本も転がっており、ここ数日の自堕落っぷりが垣間見えた。

 面倒臭がりの性格もそうだが、それに拍車を掛ける要因の一つには、カトレアが忙しくてアルトの家に顔を出せていない為、この状況で彼の尻を叩く人間がいないのだ。

 同居しているロザリンも、そういうことに口を出すタイプでも無い。


 自分より年下の娘が、この暑い中、隣のかざはな亭で汗水流して働いているのに、保護者であるアルトがこの有様。一ヶ月前、血みどろになって、シドやハウンドと戦っていた人間と、同一人物とは思えない駄目男っぷりだ。

 まぁ、ロザリンがやってくる前に戻った。という言い方も出来るが。

 自堕落を満喫していると、不意に入口のドアがノックされた。


「あん? 誰だぁ、こんな時間に?」


 時間的には昼下がりの、のんびりとした午後。人が訪ねて来ても、別段おかしくは無いので、何となく気分のまま言葉を口にしただけ。

 探偵事務所の看板を見て、訪れた依頼人だろうか?

 アルトの表情が、露骨に嫌そうに歪む。

 帰って速攻撤去してやろうと思っていた探偵事務所の看板だが、自堕落を拗らせ過ぎてすっかり忘れていた。


「そもそも、何で探偵なんだよ。便利屋とか何でも屋でいいじゃねぇか」


 本人にもそう言ったのだが、ロザリン曰く、探偵には浪漫があるそうだ。

 原因はわかっている。

 以前、ラサラ邸に泊まり込みをした時、書斎で読んでいた本に、その類の小説が混じっていた。現に二階の部屋に行けば、魔術の学術書などに交じり、その手の書物が大量に平積みになっている。

 凝り性な性格が、妙な方向に働いてしまったらしい。


「幸いなのは、依頼人が少ない上に、簡単な依頼ばっかだから、ロザリン一人で十分ってことぐらいか」


 手は打ってあるとはいえ、まだまだ魔女である彼女を狙う者はいるかもしれないので、あまり目立った行動はして欲しくは無い。まぁ、いずれ面倒事に巻き込まれて、自分が引っ張り出されるのが、嫌だという部分も大きいが。

 等と考えている間も、ドアはノックされ続ける。


「……面倒クセェなぁ」


 首元をボリボリと掻き、だらけきった顔で呟く。

 このまま居留守を決め込もうとした時、聞き慣れた声がドアの向こうから聞こえてきた。


『お~い、兄弟。いるのはわかってんだから、開けてくれないか?』

「この声は」


 何とも言えない、しょっぱい表情を作る。

 聞き覚えのある男の声。それに、アルトを兄弟などと呼ぶ人間は、この王都で一人しかいない。

 無視を決め込むと、後々、余計に面倒なことになるかもしれない。

 大きくため息を吐いて、アルトは立ち上がり、ダラダラとドアの方へ向かう。

 ドアを開くと、ソフト帽にサングラスをかけた青年ハイドが、にこやかな笑顔で手を上げた。

 思いっ切り、アルトは嫌そうな表情をする。


「……テメェ。何の用だ?」

「開口一番に、つれないお言葉だねぇ。ちょいと、邪魔して構わないかい? この炎天下を歩いて来たモンだから、流石に疲れちまったよ」


 不機嫌な言葉に気分を害した素振りも無く、ハイドは何時も通りフランクな口調で語りかけてくる。

 見れば確かに、首元まで汗を掻いていた。


「……茶とかは出さねぇぞ?」

「結構、結構。んじゃ、邪魔するよ」


 帽子を押さえニヤリと笑うと、ハイドは室内に足を踏み入れた。

 招かれざる客ではあるが、一応人を出迎えるのに上半身裸は不味いと思い、アルトは上着だけ羽織ると、水の入った桶を片付けた。

 ソファーに腰を下したハイドはふぅと一息つき、シャツの上二つのボタンを外して、脱いだ帽子で赤みが差す顔を扇ぐ。

 桶を片付けて戻って来たアルトは、その姿を見て目を三角にした。


「おい、コラ。寛ぎすぎだろうが。ここは休憩室じゃねぇんだぞ」

「手厳しすぎだろ、兄弟」


 やれやれといった様子で、仰ぐのを止めたハイドは、帽子を被り直す。

 対面のソファーに腰を下し、アルトは面倒臭そうな視線を向けた。


「それで? 奈落の杜のハイド様が、俺のような貧乏人に何の御用だよ」

「御用ってほど、大層な用件があるわけじゃないさ。ただ、兄弟が戻って来たって聞いたから、そのご挨拶にってね」

「そりゃ随分と暇なこって」


 わざわざそれだけの理由で、普段は北街から出ないハイドが出向くとはと、アルトは呆れるように目を細めた。

 ハイドは苦笑しながら、手を左右に振った。


「暇なもんか。天楼が潰れて一ヶ月。色々と俺らも多忙なんだ」


 そして、表情を真剣なモノへと変える。


「ただ、それを差し引いても、兄弟には礼を言わなきゃ気が済まないのさ」

「……礼?」


 アルトが首を傾げると、唐突にハイドは立ち上がった。

 訝しげなアルトを余所に、少し横にずれて室内の広い場所に移ると、その場に両膝をつき前屈みになって、上半身を支えるよう両拳を床に添えた。

 そして、神妙な眼差しをアルトに向ける。


「あえて多くは語らない。無駄な口上は、兄弟を困らせちまうからな……改めて述べたいことは、二つだけだ」


 そのまま、額を擦り付けるよう、土下座の形で頭を下げた。


「……おいおい」


 突然の行動にアルトは顔を顰めるが、構わずハイドは硬く仰々しい声色を持って、誠心誠意の謝辞を述べる。


「ありがとう。兄弟のおかげで、北街は火の海にならずに済んだ……そして、済まなかった。兄弟に全てを押し付けてしまって。奈落の杜の頭領としてでは無く、一人の男としてこのハイド。兄弟の熱き義侠の魂に、最大の謝意を述べさせて貰うぜ」


 真面目な声色と共に、ハイドは暫くそのまま、アルトに向けて頭を下げた。

 奈落の杜の頭領が、ただの一般人にこのような謝辞を述べるなど、前代未聞。余程のことが無ければ、いや、余程のことがあったとしても、北街の無法者達を総べるハイドは、このようなマネをしてはならない。

 それを曲げてまでも頭を下げるほど、ハイドは天楼の一件を重く見ているのだろう。

 アルトにしてみれば、堪ったモノでは無いが。


「勘弁してくれよ。男にんなマネされたって、嬉しくもなんともねぇ」


 吐息交じりに呟いて、アルトは頭を抱えた。

 天楼との一件は、あくまでアルトが個人的都合でやったこと。正義感や誰かの為とかでは無く、受けた借りをキッチリ返しただけ。

 頭を下げさせておいて悪いとは思うが、ここまでされる理由は、アルトには無かった。

 とはいえ、はいそうですかと、頭を上げるわけには、ハイドもいかない。


「俺は奈落の杜の頭領として、受けた恩は返さなければならねぇ……何でも言ってくれ。金でも女でも、俺に出来ることなら、なんだって提供する」

「ん~。んなこと、言われてもねぇ」


 熱く語るハイドに対して、アルトは気乗りしない様子で耳を穿る。

 金にも女にも興味はある。けれど、実感の無い恩の押し売りで、謝礼を受け取るのは何だか癪に障る。

 要するに、気に入らないのだ。

 この辺りの言葉にし辛い面倒臭さが、アルトを野良犬たらしめる理由なのだろう。

 勿論、ハイドも引く気は無い。


「……兄弟。俺がこうやって頭を下げてるんだぜ?」

「知るかよ」


 土下座しながらも、向ける視線と言葉は鋭い。

 気の弱い人間なら竦んでしまうドスの利いたハイドの眼光に、真正面から睨み返せるのはアルトくらいのモノだろう。

 暫し、睨み合う二人。

 咽るような熱気の中、室内には外の喧騒だけが遠くから聞こえて来る。

 先に折れたのは、ハイドの方だった。


「……わかった。降参だ、降参」


 身体を起こして、ハイドは両手を上にあげた。

 そして苦笑する。


「兄弟の頑固さには頭が下がるよ……でも、感謝してるってことだけは、わかって欲しい」

「わかったわかった」


 わかってなさそうに手を振る姿を見て、またハイドは苦笑を漏らす。

 こういった男だからこそ、何のしがらみも無く、シドを打ち倒せたのかもしれない。

 妙な男だと、ハイドはつくづく思うが、不思議と嫌いにはなれない。そんなことを口にすれば、きっとアルトは露骨に嫌な顔をするのだろう。

 身体を起こしソファーに座り直すと、周囲をキョロキョロと見回した。


「ところで、魔女のお嬢ちゃんは、今日は留守なのかい?」

「お仕事中」


 団扇で顔を扇ぎながら、横のかざはな亭がある方向を指差した。

 その仕草に、ハイドは軽く呆れたような笑みを唇に浮かべる。


「……で、兄弟は昼間っからダラダラと?」

「うるせぇよ」


 睨み付けると、ハイドは肩を竦めた。

 けれどすぐに前のめりに顔を近づけて、「なぁ、兄弟」と切り出してくる。


「兄弟は、博打は好きかい?」

「博打? ……まぁ、嫌いじゃねぇけどな」


 口調とは裏腹に、表情は満更でもなさそう。

 ロザリンと暮らすようになってからは、随分とご無沙汰だが、一時期は北街にある裏カジノに入り浸っていた。ディーラーのイカサマに嵌められ、ブチ切れて用心棒達と大乱闘になった所為で、出入り禁止になってしまったが。

 その態度で察したハイドは、ニヤリと笑みを浮かべる。


「実は、部下達から小耳に挟んだんだけど、規模は小さいがこの東街に、いい博打が打てる場所があるって聞いてね。どうだい、兄弟。暇なら、付き合わないか?」

「忙しいんじゃねぇのかよ……ってか、奈落の杜だって裏カジノを何件か仕切ってんだろ。そこで遊べばいいじゃねぇか」

「わかってないなぁ、兄弟」


 大袈裟に首を左右に振ると、立ち上がったハイドはアルトの隣に腰を下す。

 肩が触れ合う暑苦しさにアルトは顔を顰めるが、ハイドは構わず調子よく言葉を続ける。


「テメェんとこにいったら、VIP待遇で面白くも何ともないだろ? 博打っていうのは、運否天賦。多少、カモられるかもっていうスリルがあった方が、楽しめるのさ」

「そういうモンかねぇ」

「兄弟だって、嫌いじゃないだろ?」

「ん~……まぁ、なぁ」


 何だか乗せられている気がしないでも無いが、嫌いでは無いのは確かだ。

 それに、遊んで金が得られるなら、これほど楽しいモノは無い。

 カトレア辺りに聞かれたら、激怒されそうなほど、自堕落な内容ではあるが。


「よしきた!」


 曖昧ではあるが言質を取ったと、ハイドは膝をポンと叩く。


「早速今から……ってのは、俺の方が都合が悪から、日付はまた後程ってことで」

「おい。俺の都合は無視か?」

「どうせ暇だろう」

「……ぐっ」


 ムカつくが、言い返せないのが悲しいところだ。

 ハイドは満面の笑顔を見せ、帽子を被り直すとソファーから立ち上がる。


「それじゃ、今日のところはこれで。都合が着いたら、俺の方から連絡を入れるよ。兄弟の回りで、一緒に行きたいって人間がいたら、遠慮せずに同行しても構わないぜ」


 それだけ言い残すと、笑顔で手を振り、軽い足取りでハイドは家を後にした。

 ドアが閉まるのを見届けて、パタパタと団扇を仰ぎつつ、アルトは鼻から息を抜く。


「昼間から酒飲んでダラダラしている上、博打かぁ……俺、本格的に駄目になってない?」


 一人呟き、コテンとソファーの上に横になった。

 駄目だ駄目だと思いつつ、抜け出せないのが駄目人間の証だろう。




 ★☆★☆★☆




 ギルドかたはねのギルドマスター頭取の孫娘であり、その右腕的存在であるプリシア。

 見た目も実年齢も幼く、冒険者ギルドのサブマスターを務めるには、誰が見ても荷が重いと思われるだろう。だが、ギルドメンバーのみならず、常連の依頼人、近隣住人で彼女の実力を疑う者は無く、誰もが実力を認め信頼を置いている。

 本人があまり目立つ活動を好まない為、一般的には知られてないが、王都でも指折りの才女と言っても良いだろう。


 そんな彼女は、まだ十三歳の女の子。

 まだまだ伸び代のある、その才覚をより効率よく育てていく為、プリシアは王都にある学校に通っている。

 東街の南東の方角にあるスミソニア学園は、十二歳から十八歳までの少年少女を対象とした学術機関。エリート養成学校、とまで言っては言いすぎだが、優秀な卒業生を多く輩出している、由緒正しい名門校だ。

 プリシアはそこの中等部に所属している。

 頭取の教育方針のおかげか、文武両道に秀でており、性格も優しく見た目も文句なしの美少女。当然、年頃の男子諸君には、眩いばかりの存在だろう。

 そうなれば、青春期には付き物の、甘酸っぱいイベントが発生する。


「――好きです! つつつ、付き合ってください!」

「……はぁ」


 校舎裏に呼び出されたプリシアは、辛うじて名前と顔が一致するだけの男子生徒に、突然の告白を受けて、困惑気味な返事を漏らした。

 プリシアが身に着けているのは、普段のスーツでは無く、学園指定の深い藍色をした学生服。成長期だからと少し大きめの制服を用意したのだが、思うように身体が成長せず少しブカブカだ。

 頭を下げて右手を突き出す男子生徒を見て、プリシアはそっとため息を吐く。

 そして、一歩後ろに下がると「ごめんなさい」と頭を下げ返した。


「私、好きな人がいるので、貴方とはお付き合いできません」


 率直にそう言うと、男子生徒はショックを受けたような表情をするが、食い下がることなく事実を受け入れ、スゴスゴと肩を落として去って行った。

 申し訳ないと思うが、こればかりはどうしようも無い。

 仕方ないと思いつつも、人を振るという経験は、何度やっても慣れないと、男子生徒が見えなくなったのを見計らって、大きくため息を吐いた。


「ひゅー。モテるねぇ、プリシアは」

「あら。当然よ。だってプリシアは、こんなに可愛らしいのだから」


 背後から聞こえてきた、二人分の少女の声に、プリシアは目頭を押さえた。


「……貴女達、覗いてたんですか?」


 振り返ると、プリシアの友人である二人の少女の姿があった。

 背の高い方の少女。ロングスカートを穿いた亜麻色の髪の毛の、少し不良っぽい雰囲気の方が、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。


「いやぁ、学園一の美少女様が、男子をどう手玉に取るか。参考にさせて貰おうって思ってねぇ」

「カレン……あまり、褒められた行動じゃありませんよ?」


 咎めるように睨むと、もう一人の少女がまぁまぁと割って入る。

 細身でプリシアに負けず劣らず童顔な美少女・綺麗な黒髪に落ち着きのある口調で、何処かエキゾチックな雰囲気のある彼女は、優雅な微笑を浮かべた。


「これは照れ隠しよ。本当は、振られた男子が怒って、プリシアに危害を加えるんじゃないかと心配になって、様子を見ていたの」

「こ、こら、ルチア! 適当なこと言ってんなッ!」

「あら、本当のことだけれど?」


 頬を赤くして怒鳴るカレンに、ルチアは冷静な口調で返した。

 二人の姿に怒っているのも馬鹿らしくなり、プリシアはクスッと笑みを零す。


「全く。そんな理由で覗いてたんですか? 心配しなくても、何もありませんよ」

「確かに、騎士科の人間でも、プリシアに勝てる人間は早々いないわね」


 ルチアはそう言って、納得するよう頷く。

 小柄なプリシアからは想像も出来ないが、こう見えても日々の鍛練は欠かしておらず、同年代の人間なら男女問わず、軽くあしらえるくらいの実力は持っている。例えあの男子が逆上して襲い掛かっても、返り討ちになるのは目に見えていただろう。

 かたはねのサブマスターの名は、伊達では無いのだ。


「けどさ、勿体なかったんじゃない? 相手、騎士科でも有名な男子じゃん。クラスでも他の女子の噂になるくらいだし」

「私も聞いたことあるわ。まぁ、実物は差ほどでも無かったのだけれど」


 中々に辛辣な評価を、ルチアはポロッと零す。


「お試しで付き合ってみるくらいは良かったんじゃないの? せめて、お友達からとか」

「嫌ですよ」


 プリシアは露骨に顔を顰める。


「私には、好きな人がいるんですからな」


 胸を張ってそう答えると、二人は怪訝な顔をした。

 好きな人の話は、別に今に始まったことでは無く、出会った当初から何かと口に出すプリシアの口癖のようなモノだ。

 普段は優等生で凛としたプリシアが、この話題になると見る影も無くデレデレになってしまう。


「また、例の『兄様』のことかい?」


 呆れ顔でカレンが問うが、プリシアは満面の笑顔で頷いた。


「そうなんです! 一ヶ月ほど会えない日々が続いていたんですけど、つい三日前、ようやく帰って来てくれたんですよ! ……それからですね」


 矢継ぎ早に喋り出し、カレンはしまったと顔を顰めた。

 兄様の話題を振ると止まらなくなるので、なるべく避けるのが暗黙のルールだったのを、油断して忘れていた。

 このままでは、昼休みが終わるまで、プリシアの兄様トークは止まらないだろう。

 どうしたモンかと聞き流しながら、カレンが頭を掻くと、耳元でルチアがそっと呟く。


「以前から思っていたのだけれど」

「ん? 何だよ?」

「プリシアの言う『兄様』って、実際にはどのような人物なのかしら?」


 二人はプリシアの言う、兄様と面識は無い。

 どんな人物かも彼女の口から散々聞かされているのだが、明らかに大幅な脚色と妄想が入り混じっているので、全く真実味が無かった。とてもじゃないが、そんな少女向け小説に出てくる、王子様のような人間が、現実に存在するとは思えない。

 しかし、学園では完璧超人なプリシアが、ここまでトロトロにぶっ壊れてしまうほどの人物が、現実の存在するのなら、実際に会ってみたい。


「本当にいるのかなぁ? 案外、ただの妄想なんじゃないの」

「それならそれで、とても愛らしい事実というだけよ。ただ、恋は盲目と言うわ。もしも、相手が碌でも無い男だとしたら、私はとても心配になってしまう」

「あ~。意外と、駄目男に引っかかりそうなタイプだもんな、あの娘」


 二人の視線が、プリシアに向く。

 ちょうど話が区切られたところだったらしく、視線に気がついたプリシアは、不思議そうに首を傾げた。


「はい? どうか、しました?」

「「いやいや」」


 二人は手と首を左右に振ると、誤魔化して再び声を潜める。


「でも、どうすんのさ。自分で語る癖に照れ屋なところがあるから、会いたいって言っても、絶対に会わせてくれないわよ」

「それについては、任せてちょうだい。私に、必勝の策があるわ」

「おお。流石、未来の天才錬金術師」


 二人の視線が、同時にプリシアに向く。


「だ、だから何なんですか!?」

「「いやいや」」


 訝しげなプリシアの追及をごまかしている内に、お昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。






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