第73話 心の刃
ビリビリと肌を刺す殺気を受け、アルトは腰の剣を抜き放つ。
向けられるテイタニアの瞳は、白く濁っていて理性が感じられない。ただ、発せられた殺気は獣染みたそれでは無く、洗練された武芸者が発する、刃の如き気配だ。
握るハルバードの刃も、磨き抜かれた煌めきは無く、左手に持った剣精ネクロノムスの影響か、黒く濁った影が覆い尽くして、得も言われぬ不気味さを演出していた。重量感ことは薄れたが、その禍々しい雰囲気は戦慄すら覚える。
「ロザリン。離れていろ」
「うん。気を付けて」
アルトはロザリンの工房の外に避難させると、切っ先と視線をテイタニアに向けたまま、変わらず座した状態のサイラスに声を掛けた。
「おい、コラ。こりゃ、何のマネだ?」
「ふふっ。噂には聞いているぞ、野良犬騎士アルト。北方戦線の生き残りで、北街の名立たる腕利き達を倒してきた貴様なら、我が魔剣ネクロノムスが最強を示す礎の一つに相応しい」
その言葉に、アルトは不機嫌そうに舌打ちを鳴らした。
「風評被害は嫌なモンだなぁオイ。こっちとら、ようやくシャバに戻って来れたんだ。テメェの物騒な理屈に、付き合ってられるかよ」
軽口を叩くが、正面のテイタニアはやる気満々のようだ。
あの巨大なハルバードを片手で操るような人間と、真正面から戦うのはゾッとしないが、大人しくぶっ殺されるような趣味は持ち合わせていない。
アルトは脇構えの態勢を取る。
「仕方ねぇ……快気祝いだ。盛大に暴れてやるぜッ!」
地面を蹴り、正面から斬りかかる。
上段から打ち降ろす一撃。テイタニアは直立不動のまま、無造作に振るったハルバードで刃を弾く。
それが切っ掛けとなり、理性の欠けたテイタニアの表情に闘争心が宿る。
「――ガァァァァァァッッッ!!!」
咆哮一閃。
左右に持ったハルバードと剣を、デタラメに連打する。
重いハルバードの刃と、鋭い剣の刃が、交互にアルトを襲う。
「――フッ!」
振るわれる二本の武器より、更に倍速でアルトは剣を振るう。
暴風雨のようなテイタニアの猛攻を、全て一本の剣で弾く。速度も驚くべき速さだが、それ以上にハルバードの重量に当たり負けしない腕力は、流石と言うべきか。いや、剣戟の鋭さは、以前より増しているかもしれない。
対して、パワーとスピードはあるが精度に欠けるテイタニアの連撃。
阻まれ、弾かれた刃が、石造りの工房を余波で抉り飛ばす。
「グゥゥゥ……」
苛立ちからか、手は休めずに呻り声を漏らしている。
剣精ネクロノムスの身体強化のおかげか、身体能力は飛躍的に向上している。しかし、理性が奪われている所為か、彼女が持っているであろう、戦闘のセンスや経験が全く生かされておらず、素人同然の戦い方だ。
これでは、折角の能力も、宝の持ち腐れだろう。
「おいおい。最強の剣ってのは、この程度か? これじゃ、北街のチンピラにも劣るぜ」
ハルバードと剣を同じタイミングで弾き、テイタニアを前蹴りで蹴り飛ばす。
腹部を蹴られ呻き声を上げながら、テイタニアはヨロヨロと後ろに下がった。
仕切り直しだが、ここまでの展開でアルトに負ける要素は無い。
不気味なのは、サイラスが唇に湛える笑みだ。
「どうしたネクロノムス。随分と、火が入るのが遅いな」
『問題無い。そろそろ、知識と身体が、馴染んできたことろだ』
左手の剣が冷静な声を出す。
途端、纏っていた黒いオーラが揺らめき、その大きさを一回り小さくさせた。
視覚的威圧感は成りを潜める。が、得体の知れない不気味さは、倍で大きくなっていた。
『試運転だ。最初から、全力で行かせて貰う』
刹那、瞬きをする間も無く、テイタニアは間合いを詰め、腹部を狙いハルバードを突き出してきた。
「――ッ!?」
貫かれる。
思考がそう判断するより早く身体が動き、捻った腰の真横をギリギリでハルバードが通過する。
『ふむ。素晴らし反応速度だ』
思考の速度を凌駕するアルトの反射神経を讃えながら、テイタニア……いや、ネクロノムスは通過した柄を内側に押し込み、アルトの身体を掬い取る。
「うおわッ!?」
そのまま、投石機のように、アルトを自分が裂いた切れ目から、工房の外へと放り投げた。
空中に投げ出されたアルトは、何とか態勢を立て直し、道を挟んだ別の建物の壁に背中を打ちつけつつも、上手く着地をする。
ゾクッと、背中に走る悪寒。
見上げると太陽を遮るように、ハルバードを振り上げ跳躍するネクロノムスが、一直線にアルトを狙って落ちてきた。
「――チイッ!?」
地面に尻餅を付いた状態で、アルトは剣を振るう。
ハルバードの超重量に落下速度を乗せ、勢いよくネクロノムスが降ってきた。
落ち降ろされるハルバードは、アルトが背後に背負う石造りの建物の壁を砕き、砂埃が舞い二人の姿を覆い隠す。
パラパラと、砕けた石壁の破片が落ちてくる。
人気の無い鍛冶屋地区の通りに突風が走り、二人を包んだ砂埃を散らした。
無惨に砕けた石壁。その原因を作ったハルバードをギリギリで回避し、アルトはネクロノムス……テイタニアの喉元目掛け、突きを繰り出していた。が、それは左手に持つオーラを纏った魔剣ネクロノムスにより、阻まれてしまっている。
『躊躇なく殺しに来たか……人間とはもう少し、思慮深い生き物だと認識していたがな』
「生憎と、殺されかけてんのに相手を殺せねぇほど、俺は人間出来てねぇんだよ」
睨み合うアルトとネクロノムスが操るテイタニア。
突風が止まり、一瞬の静寂が二人を包む。
同時に視線を細めると噛み合った刃同士が滑り、火花を散らすと、互いに向かって斬撃を繰り出した。
切っ先が二人の肌を浅く裂くと、再び激しい剣戟の音色を奏で始めた。
★☆★☆★☆
工房の外からは、絶え間なく斬撃と石を砕く破壊音が響く。
天井から壁にかけて、真っ直ぐ斬り裂かれた工房は、おかげで外からの日が差し込み随分と明るくなった。
その代り、室内は崩れた建物の瓦礫や埃に塗れ、工房としては使用不可能なほど荒れてしまったが。
ロザリンが隙間から中を覗き込むと、変わらぬ場所にサイラスは座を下している。
「……あの動き、ネクロノムスは、戦いを学習、している?」
隙間から顔を出し問いかけると、サイラスは薄く唇に笑みを浮かべた。
「半分だな。アレは、短期間での学習のみでは無い。ネクロノムス分霊の経験も、糧として生かされている」
「分霊の? ネクロノムスは他の分霊の経験も、自分の経験として、昇華出来るの?」
「そうだ。そしてそれはオリジナルのみでは無く、全ての分霊に通ずる。ネクロノムスは戦えば戦うほど、経験を糧として進化する。これぞ、俺が長年構想していた、最強の剣の概要だ」
サイラスは満足げに頷く。
確かに元を辿れば一つの存在。意思や知識を持つ精霊なのだから、それらを共有することは難しく無いだろう。しかし、それは最早、鍛冶屋としての域を逸脱している。魔術師や、錬金術師の領域だ。
疑問が表情に出て、気配として伝わったのだろう。盲目のサイラスは、見透かしたように笑う。
「言った筈だ。俺の目的は最強の剣を作ること。目的は選ばん。その為に、古今東西、様々な方法を学んできた。そして、禁術と呼ばれる方法にも手を出した……その結果、俺は大きな知識と引き換えに、視力を失った」
禁術。文字通り、人の範疇を超えた禁じられた魔術。
倫理的に問題があるモノや、非常に危険なモノまで様々だが、精霊に関する魔術も、禁術の内に含まれる。
人とは違う価値観の中に生きる精霊。契約を結び対価を払えば、余程上位の存在でなければ大きな問題は無いし、それらは禁術の内に含まれない。
問題なのは、精霊を学術的に調べたり、実験を施したりすること。
精霊と一言に説明しているが、その存在は未だ人の理解が及ぶ存在では無く、興味本位で、いや、人生を賭けて望んでも、得られる物は手痛いしっぺ返しのみ。それで潰された研究機関は、両手で数えても足りないだろう。
最上位の精霊は神そのものと言える存在であり、世界そのものである。
その世界の一部を剣として扱おうとして、視力を失うだけで済んだのは、逆に幸運と言って良いだろう。
「剣精ネクロノムスと俺が出会ったのは、まさに運命と言って良いだろう。剣を俺の預けたドルフも、俺の意思に賛同し、喜んで分霊の憑代となってくれた」
ロザリンは表情をムッとさせる。
「人の心を、騙して、操った」
「心外だな」
言葉通りの意味で、サイラスは否定する。
「ドルフの死んだ恋人である前マスターの剣技もまた、ネクロノムスの中で生きている。これは二人が望んだ結果であり、俺はその篝火に俺の夢を託したにすぎん。レイナが道を作り、ドルフが導き、俺が行き先を定めた。魔剣ネクロノムスは、人の夢の果てに、武の果てに生まれた剣なのだ」
確かに、聞く限りでは、筋が通っているのかもしれない。
だが、ロザリンは納得出来なかった。
「じゃあ、テイタニアは? 彼女を巻き込む必要は、無かった」
「彼女は過去の経験から、男に対して強い対抗心と劣等感を抱いている。それが強さへの渇望となり、人の強い感情を喰らう魔剣ネクロノムスを引き付けた」
「テイタニアが、魔剣を、求めたと言うの?」
信じられないといった顔をするが、サイラスは肯定するように頷いた。
「俺やネクロノムスに人心を操る能力は無い。今、テイタニアが剣を振るい戦っているのは、自分の意思。彼女はより強い力を得る為に自ら、魔剣ネクロノムスに身を委ねたのだ」
「……そんな」
ロザリンは愕然とする。
あの明るくて裏表の無さそうなテイタニアが、心の奥底でそのような強い感情を抱いていたなんて。信じられないなんて、安っぽい言葉は使いたくないが、どうしても否定したい自分がいた。
「彼女の本望だろう。自らが武の果てを目指すとし親友の夢を、引き継ぐことが出来るのだからな……もっとも、その礎に選ばれた野良犬騎士は、不幸としか言いようがないが」
「……訳知り顔でッ」
奥歯をギリッと鳴らし、隙間を乗り越えると、サイラスの近くへと駆け寄る。
そして、盲目の彼に傘の先端を突きつけた。
「元に、戻す方法は?」
「無駄だ。例え剣を砕いても、剣精ネクロノムスの憑代となってしまった以上、逃れることは出来ん。抜いた剣を納めることが出来るのは、抜いた本人だけだ。もっとも、一度得た強い力を捨てることほど、難しいことは無い。力を求め続けていたテイタニアなら、尚更だろう」
無情な言葉に、ロザリンの気勢が削がれてしまう。
その隙を狙うよう、サイラスは言葉を続けた。
「ふふっ。ネクロノムスの力を得たおかげで、盲目でも剣が打てるようになれた。同時に、人の感情も深く見えるようになったのだ」
「人の、感情?」
サイラスは頷く。
「テイタニアの心の闇を見抜いたようにな。人の感情の高ぶりを糧とする、ネクロノムスらしい能力だ……そして、君の相棒の心もまた、独特の色合いをしている」
ドキッとロザリンの心臓が高鳴り、視線が外で戦うアルトの方へ向く。
サイラスの唇に、再び笑みが浮かぶ。
彼は良い意味でも悪い意味でも、純粋な職人なのだろう。人の心を暴くという行為に対して、鍛冶屋としての観点以外に不純なモノは何も無い。ただ、人の心を糧とする魔剣ネクロノムスの打ち手として、見抜いた人の心を評論しているに過ぎない。
例えそうだとしても、悪趣味な行為に違いは無いだろう。
しかし、ロザリンは「止めて」と叫ぶべき口を、結んでしまった。自分の知らないアルトを知るチャンスかもしれない。そんな邪な囁きに、恥じながらもロザリンは耳を傾けてしまったのだ。
サイラスは真っ直ぐに、見たまんま、アルトの心の形を言葉にする。
「あの男は、心に折れることの無い刃を宿している。決して折れることは無い、柔軟で鋭い刃を……だが、北方戦線での体験は時が立った今でも、彼の心に決して消えない傷として、刃に罅を残している」
サイラスは、一度言葉を区切る。
驚きに目を見開くロザリンの、心の準備が整うのを待っているのだ。
一拍間を置いて、再び語り出す。
「だが、それ故に強い。何にも囚われず、何にも縛られず、そして何も背負わない。死をも恐れぬ気ままさが、彼の強さを形作っている。心当たりがあるだろう?」
「……あっ」
ロザリンは思い出す。
あの日、かざはな亭に立ち寄り、眠る自分を起こさず天楼との決戦に向かった夜。アルトは誰にも何も言わず、一人で出て行き、そして一ヶ月以上も帰って来なかった。
「それはきっと、無敵の刃に入った小さな罅。何も背負わないと決めた男が振り返り、自分の後ろにある存在に気がついた時、果たして彼は耐えられるのか……背負い、失う辛さを身に染みて知っているからこそ、二度目は耐え兼ね、刃は砕けて……」
「――砕けないッ!」
耳鳴りがするほどの大声が、サイラスの言葉を遮った。
大声にけほけほと咽ながら、ロザリンは真っ直ぐにサイラスを睨み付ける。
「アルは、砕けない。背負わせるつもりも、無い。だって、私の居場所は、アルの隣りだから」
意地や虚勢では無い、力強い言葉に唖然としていたサイラスは、フッと笑みを零した。
「不安定な感情だ。そんな生半可なモノを取り払ってこそ、魔剣ネクロノムスは最強の剣へと昇華される。人の感情は激しく、そして強い。だからこそ、糧に相応しい。惑い迷うだけの心は、折角の刃を鈍らせるからな」
「そんな、杓子定規な、考え方に、アルは負けない」
キッパリと言い切る。
「よろしい。ならば、どちらが勝つか見届けよう。人の思いを全て背負いこみ、喰らい尽くす魔剣ネクロノムスが勝つか、何も背負わない気ままな野良犬が勝つか」
盲目のサイラスに変わり、ロザリンだけが視線を外に向ける。
そこでは刃を振るう二人の戦いが、まさに最高潮に達しようとしていた。
★☆★☆★☆
ハルバードが振るわれる度、石造りの地区は形を変えていく。
既に原型が無いほど、抉られ破壊され尽くした街並み。まるで大砲でも撃ち込まれたかのような惨状を見ると、近隣に人がいなかったことが幸いだっただろう。
距離を空け、武器を構えた状態で睨み合う二人。
アルトもネクロノムスに操られるテイタニアも、細かい傷は多いが致命傷は皆無だ。
ただ、違うことと言えば息遣い。
肩を上下させ荒く呼吸をしているのはアルトだけで、テイタニアは息一つ乱していない。
それに比例するよう、切れの増す技と圧倒的なパワーが、徐々にアルトの力を凌駕し始めていた。
「はぁはぁ……くっそう。反則じゃねぇか、そんなの」
言いながら、ペッと地面に血の混じる唾を吐き捨てる。
スピード、パワー、反射神経。どれを取っても、人間の常識を超えている上に、打ち合う度に精度が上がっていく。おまけに強引に組み上げられる魔力が燃料となり、ネクロノムスに無尽蔵のスタミナを与えている。
「こんなのが大量生産されるかと思うと、こりゃビックリ仰天だな」
余裕は無いが、そう思われたくないので軽口を叩く。
が、ネクロノムスは意外な言葉を発した。
『驚いたのは我の方だ。既に現状で引き上げられるレベルの限界値まで達しているのに、未だに仕留められない……貴様、本当に人間なのか?』
「はは。精霊様にそう言われるたぁ、光栄じゃねぇか」
逆に驚かれてしまった。
今までの経験から、逆境に立たされた人間の心は、容易く折れてしまう。以前に似たような状況に追い込んだ時、その人間は涙ながらに額を地面に擦り付け、延命を嘆願した。そこに見栄やプライドは、一切なく。
浅ましいとは思わない。それほど、人間にとって命とは大事なモノだと、理解したのみ。
『身体能力もさることながら、追い詰められても尚、諦めることを知らないその胆力。興味深いが、なるほど』
納得するように頷き、魔剣ネクロノムスの切っ先をアルトに向けた。
『人間で言うそれが、馬鹿というモノなのか』
「正しく無い言葉を吹き込まれやがってこの駄剣が。いいじゃねぇか。んなら、馬鹿の戦い方ってヤツを、存分に学ばせてやるよ」
顔を顰め、アルトは脇構えの態勢を取る。
「地獄に堕ちる準備は整ったか? 駄剣」
『精霊に死の概念は存在しない。故に、その問いは間違っている』
「ま、形式美ってヤツだよ」
睨み合う両者。
破壊され尽くした石造りの街に、暫しの沈黙が流れる。
最初に動いたのは、アルトだ。
「――ハッ!」
無謀にも、真正面から突っ込んでいく。
リーチはハルバードの方が長いから、正面からでは間合いに捕える前に、ネクロノムスの一撃が飛んで来る。
案の定、右腕を振るい迎撃の為の一撃が、横薙ぎに打ち出された。
パワーは十分。受け止めても剣ごと身体をへし折られる。仮に上手く受け止めることが出来たとしても、ネクロノムスのパワーを押さえつける為にアルトの動きが止まり、そこを左手の剣で狙い撃ちされるだろう。
正面からの突進は下策の筈。
瞬間、アルトは僅かに視線を横に向けると、左手を真横に突き出した。
柄に左手を添え、そのまま飛び上がりクルリと一回転して、飛んで来るハルバードの一撃を回避する。
『なんと!?』
右側に回り込んだアルトは、剣を引き戻し、素早い突きを繰り出した。
だが、ネクロノムスの反応速度も恐るべきモノで、左手に持った剣を振るい、自らの腕を交差させる形でアルトの一撃を受け止める。
鍔迫り合いをしながら、二人の視線が交錯する。
『刃を交える度に驚かされる。人の剣技とは、何と恐ろしいモノか。そして打ち合う度に我が強くなると思うと、心躍るというモノ』
「随分と人間臭い物言いじゃないか。ちっと、感化され過ぎじゃない?」
『人との共存の上になりたつ剣精故に、知らずに影響を受けているのやもしれんな。だが、それもここで終わりだ。我は貴様を斬り、更なる高みへと上り詰める。最早、人の身では達せない高さまで、最強の名の元に飛翔しようでは無いか』
それまで感情と言うモノか薄かったネクロノムスの言葉に、熱らしきモノが帯びている。
本当に人間臭い感情だと、アルトは笑みを零した。
だが、ネクロノムスは本当の意味で、まだ人間というモノを理解していない。
「悪いが駄剣。俺ぁテメェらの理想に付き合うつもりは、毛頭ねぇんだよ。俺は真っ当な騎士じゃなけりゃ、武を競う剣士や武芸者でもねぇ……街の野良犬、野良犬騎士なんだよ」
ニヤッと、不敵な笑みを見せる。
不可解な言動に、ネクロノムスは疑問符を浮かべた。
『理解不能だ。どういう意味だ?』
「教えて、やるッ!」
言うと同時に頭を突出し、油断していた相手の額に頭突きを喰らわせる。
硬い骨同士がぶつかる鈍く痛々しい音が響き、衝撃でネクロノムスはグラッと膝を落とした。
その隙を見逃さず、胸倉を掴み寄せると、地面に引き摺り倒す。
思い切り背中と後頭部を、硬い石の地面に叩き付けながら、アルトは大声で怒鳴る。
「こっの馬鹿露出狂女がッ! 何時までもメソメソと、だらしなく操られてんじゃねぇぞ馬鹿野郎ッ! いい加減、目を覚ましやがれッ!」
『な、何を言っている。無駄だ。テイタニアは既に、意識を全て我に委ねて……』
「くだらねぇ!」
戸惑うネクロノムスの言葉を無視して、一方的に言葉を叩き付ける。
「テメェが引き継いだと思い込んでる力はなッ、ネクロノムスの力にしか過ぎないんだよッ! 死んだ人間に自分の後ろめたさ押し付けて、挙句、精霊なんぞにぶん投げて終わった気になってんじゃねぇぞ! んなんでなぁ……」
アルトは拳を振り上げる。
「喧嘩売られちゃ、俺が迷惑なんだよ馬鹿野郎がッ!」
拳が落とされ、衝撃が周辺を揺らす。
石造りの地面が砕かれ、破片と砂埃が舞う。が、拳はテイタニアの顔面を捉えること無く、首を傾けて彼女が裂けた為、真後ろの地面へと突き刺さり、石を砕いたのだ。
『――馬鹿なッ!? 我は何もしていないぞッ!?』
取り乱したような、ネクロノムスの声が響く。
同時に、テイタニアが纏っていた黒いオーラが、僅かながら色味を薄れさせる。
「……勝手なこと、言うな、や」
掠れるような言葉が、ワナワナと震える唇から漏れる。
「勝手なことほざくなやッ、このダボがッ!」
ネクロノムスを投げ捨て、空いた左手で下からアルトの胸倉を掴むと、腕一本の力だけで自分の上から無理やり引きずりおろす。
そして、立ち上がると同時に、掴んだ胸倉を引っ張り、アルトの身体を反対方向の壁へと投げつけた。
「――ガッ!?」
態勢を整える間も与えない勢いで投げられ、アルトは背中から壁に叩きつけられた。
テイタニアは石突きで地面を突き、まだ完璧に主導権を取り戻せず、ふらつく身体を支えた。
『ば、馬鹿なッ!? 馬鹿な馬鹿な……一度、我の支配下に置かれた人間が、自我を取り戻すことなど……』
「黙っとけや駄剣。うちは、この男に用があるねん。このムカつく男は、うちの手でぶっ飛ばさな気がすまへんねや」
テイタニアの言葉に反応するよう、ネクロノムスの刀身にピシッと罅が入る。
『ならば、我を使えばよかろう。貴様が一人で戦うより、より確実に彼奴を葬れる』
「わかっとらんなぁ、だから自分は駄剣やねん」
呆れるような言葉に、更に罅は広がる。
「自分でやらな、意味あらへんがな……それに、こないな面白い戦い、剣任せに出来るかいな」
『面白い、だと? 理解不能だ。戦いは勝つ以外に、どんな意味がある? 女性という理由だけで排除され、力を求める貴様が、それ以外に何に価値を見出す』
「わからんか? わからんよなぁ……それがアンタの限界や。うちはようやっと、気付くことが出来たわ」
ハルバードを頭上で旋回させ、その切っ先を立ち上がろうとするアルトに向けた。
「ムカつく奴は自分の手でぶっ飛ばす。耳に入る戯言はなぁ、自分の手で黙らせたらええねん。その方が、ごっつ気持ちええやんか……それにな、こんなオモロイこと、他人に譲るなんて癪やないか」
『ならばレイナの想いはどうする? 我を振るい、武の果てを目指すという彼女の夢は?』
テイタニアは、バツが悪そうに苦笑する。
「そやなぁ……ま、死んじまったもんはしゃあないやん。うちが死んだ時、土産話としてたぁんと聞かせたるわ。それで勘弁してぇて、謝っとくわ」
『なんだ……と』
罅は刃全体にまで広がり、発する言葉も雑音に塗れよく聞こえない。
「だから、レイナの想いを継ぐのは止めや。うちはうちの為だけに、武の高みを目指す……だから、アンタは必要あらへんねん。ゴメンな?」
『…………』
その瞬間、魔剣ネクロノムスは粉々に砕け散った。
柄元にあった精霊そのもととも言える、精霊石もまた砕けている。
剣精ネクロノムスのオリジナルは、この瞬間、完全に消滅したのだ。
何故、砕け散ったのかは、知識に疎い二人には理解出来ない。だが、そのことに悩むより大切なことが、今の二人にはあった。
テイタニアは鋭い視線で、アルトのことを睨み付ける。
「待たせたなぁ……アンタ、ごっつむかくつねん。だから、うち直々にぶち殺したるわ」
「ヘッ。駄剣に操られて泣いてた弱虫が、デカい口叩くじゃねぇか。また泣かしてやっから、かかってこいや」
同時に剣とハルバードを構える。
テイタニアの身体からは魔力反応は消え、黒いオーラも纏っていない。が、その身から滲み出る洗練された闘気は、剣精ネクロノムスの憑りつかれていた時より、ずっと恐ろしく感じられた。
しかし、テイタニアは剣精ネクロノムスを一時的とはいえ使役していた影響で、体内の魔力が大量に消費された状態。本来なら、いつ倒れてもおかしく無いだろう。
恐らくは、最初の一撃に全身全霊を込めてくる筈。
ハルバードを持ち直し、右へ左へ、ゆっくりと柄を振るい回転させていく。
風の音を纏い、徐々に回転速度を上げていくハルバード。テイタニアは遠心力で重量が軽くなったそれを、頭上へと持ち上げ、更に回転数を増す。
一回転するごとに速度を上げ、破壊力を増す超重量兵器。
テイタニアが今込められる全身全霊をかけた一撃。例え相手がミスリルの甲冑を着込んだ、重装騎兵であろうと真っ二つに出来る自信がある。
手から伝わる頼もしさを感じて、ああとテイタニアは先ほどまでの自分を恥じる。
このひり付くような空気と、手に馴染むハルバードの感触。これがあるのに何故、自分はネクロノムスの甘言に惑わされてしまったのか。
武の極地とは、人の示されるモノであらず。
レイナは失意の中で死んだ。それは悲しむべきことだ。だが、それは数多の武芸者が踏んできた道。その未練は断ち切るべきであり、生きているテイタニアが引き摺って、継承するモノでは断じてない。
「我が武の道に、一片の迷い無し……行くで野良犬。死んでも、後悔すんなやッ!」
咆哮と共に、テイタニアが地を蹴る。
回転速度を緩めず間合いを詰め、絶妙なタイミングで、必殺の一撃を振り下ろした。
アルトは避けず、真正面から剣を振るい、それを迎え撃った。
「――無駄やッ! 刃ごと、真っ二つにしたるッ!」
剣の刃がハルバードと接触する。
散ったのは小さな火花。そして、振り落される轟音に紛れて聞こえた、小さな金属音。
脳天に落ち降ろす筈だったハルバードの刃は、クルクルと回転して、アルトの真後ろへと突き刺さった。
「……マジかいや」
絶句するテイタニアが握るのは、三分の一を斬り落とされた、金属製のハルバードだった。
剣を振り抜いたアルトが、短く息を吐く。
「ネクロノムスは剣の精霊だからな……ハルバードとじゃ相性が悪くて、魔力を纏った影響で劣化してたんじゃねぇか? で、なけりゃ、こんな簡単に斬れるよ」
「……なんや、それ」
悔いるように、テイタニアは目を伏せる。
「結局、うちが阿呆だったのが敗因かいな。妙な魔剣なんぞに浮気した所為で、いらん黒星貰ってもうたなぁ」
自嘲気味に呟く。
俯くテイタニアの足元に、数滴の雫が垂れた。
そんな彼女にふっと笑みを零して、アルトは優しい言葉をかけた。
「んなことねぇよ……オメェは負けて無い」
「都合のいいこと、言わんとって……うちは負けてんねん」
「だからさぁ」
「ええねん。うちの負けや……だから、一思いにバッサリやってくれや」
「あ、そう? んじゃま、お言葉に甘えて……」
軽い口調で肯定され、思わずテイタニアは「へっ?」と顔を上げた。
見上げると、剣を上段に構えて、今まさに振り落さんとしているアルトの姿があった。
「――ちよっ!? ここはそんなこと出来るかって言って、うちのこと止める場面や無いの!?」
「だから、勝負はついてねぇんだよ。武器失ったくらいで、何を終わった気になってんだ馬鹿野郎がッ。きっちり引導渡してやるから、歯ぁ食い縛れッ!」
「――んな、阿呆なッ……!?」
目を見開いて騒ぎ立てるが、もう遅い。
勢いよく振り落された一撃が脳天に炸裂し、テイタニアの絶叫を遮って、空気を揺らす轟音と共に地面へと押し潰す。
巻き上がる砂煙の中、割れた地面の上には、大の字になって目を回すテイタニアの姿が。
死んではいないが、頭にデカデカとしタンコブが出来ている。
アルトは満足げに息を吐くと、握る剣の片刃を返してから、鞘へと納めた。
これにて完全決着。
唐突に始まったテイタニアとの対決は、アルトの勝利で幕を閉じた。




