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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第2部 反逆の乙女たち

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第69話 もう一人の野良犬騎士・後編






 ハイネスは雪景色の街を疾走する。

 ラス共和国首都は旧皇帝居城を中心に、高低差が非常に大きい土地である。故に街並みには坂や階段が多く、特に下町の市街地は入り組んでいて、道に慣れた地元民で無いとすぐに迷ってしまう。

 ただでさえ走って馬車を追うのは無理がある。その上、道は雪で凍結していて足場は最悪、とても追いつける状況では無い。

 そこでハイネスは大きな通りに付けられた、車輪の轍を追うのは止め、小さな路地へと飛び込んだ。


 ここは、下町民が利用する小さな商店街。

 人が二人すれ違えるだけの幅しか無い道に、商店が立ち並び人々が買い物をしている。

 金物屋に屋台に立ち飲み屋。人通りが多いので道の雪は踏み溶かされ走りやすいが、その分、人の往来がハイネスの進路を邪魔する。


「はいはい、ちょいとごめんなさいよ!」


 なるべく速度を落とさないよう、ハイネスは人と人の間を強引にすり抜ける。

 無理に通っているので、舌打ちや怒号が後ろから聞こえるが、大部分はオバサンや女性のモノ。男子は揺れるハイネスのたわわな胸に見惚れ、鼻の下を伸ばしていた。

 この下町で馬車が通れるルートは限られている。

 細い路地を抜けて先回り出来ればようのだが、この人通りだとちょっと難しそうだ。


「……仕方ない。アレをやるか」


 チラリと視線を商店が途切れた、何も無いレンガの壁に向けられる。

 走る速度を上げるとその壁目掛けて跳躍し、爪先を器用に僅かな出っ張りに引っ掛けると、勢いよく壁を駆け登る。

 屋根の縁に指をかけると、腕の力だけで一気に身体を持ち上げた。


「ほっ、はっ、と!」


 驚いた表情と邪な視線が臀部辺りに突き刺さるが、気にしている場合では無い。

 真新し雪が敷き詰められた屋根に上り、更に煙突の上へよじ登って先端に立ち上がると、視界が大きく広がり、下町の様子が遠くまで見渡せた。

 ここの家人は留守のようで、暖炉が使われてないのが幸いだった。


「……見つけた」


 目的の馬車はすぐに見つかった。

 市街地を下へと下る坂道を、跳ねながら疾走する馬車が一台目につく。

 この下町で級箱馬車が、あんな速度で走っているのは、どう考えても不自然だ。


「んじゃま、行きますか」


 ぴょんと煙突から飛び降り、斜面になっている屋根の雪を滑りながら、ハイネスは疾走する。

 滑り落ちるスピードを利用し、屋根の縁ギリギリで隣の建物に飛び移る。

 逃げる馬車を追い駆ける為、屋根の間を飛び跳ね、時には壁をよじ登り、最短距離で一直線に進んで行った。




 ★☆★☆★☆




 誘拐されたアカシャが連れ込まれたのは、市街地から離れた場所にある旧産業地区、今は使われていない大きな倉庫だ。

 昔はこの辺りにも工場が立ち並び、資材置き場としてこの倉庫も賑わっていたのだろうが、共和国成立と共に軍需産業は大幅に縮小され、国からの支援金で成り立っていた、製鉄所や錬金工房は次々と潰れてしまった。

 所有者のいない工場や倉庫は、この辺りには山のように溢れているのだ。

 ここなら少々騒いでも、気にする人間は出てこないだろう。


 広い倉庫内には、打ち捨てられたままの木材や鋼材が、埃を被った状態で現存している。

 錆びついた鉄骨に支えられたロフト部分には、石灰の詰まった布袋がうず高く積まれており、老朽化で崩れてきやしないか少し心配になった。

 猿轡を噛まされ、両手を後ろに縛られたアカシャは、マスクの男達に抱えられて椅子の上に座らされた。


「へへっ。暫くここで大人しくしてるんだな。もうすぐ、お迎えがくる」


 下品な声色で、男の一人がアカシャの頬を、厭らしく一撫でする。

 口の開閉を繰り返し、締め付けが甘かった猿轡を何とか取ると、自分を取り囲むマスクの男達五人を見回し、睨み付けた。


「無礼者! 君達は自分が何をしているの、理解出来ているのかっ!」


 罵声を浴びせるアカシャに、男達は顔を見合わせると、同時に噴き出した。


「何がおかしい」

「いやいや。落ち目の皇女様が、随分と偉そうな口を叩くじゃないか。それとも何か? お飾りの皇族でも、俺達のような庶民に触られるのはプライドが許さないってか?」


 馬鹿にした口調で男の一人が笑う。

 釣られるように他の四人も笑い声を上げるが、アカシャはそんな彼らを憐れむように、深々と息を吐いて首を左右に振った。


「君達は何も理解していない」

「……あん?」


 アカシャの態度が気に障ったのか、男の一人が不機嫌な声を出す。

 しかし、アカシャは怯まず堂々とした態度で言い放った。


「相手か皇族かどうかではなく、大の大人が女子供相手に力づくとは情けない。と、私は良識的な意見を述べているのだ」


 あまりに毅然としたアカシャの姿に、思わず男達は言葉を失ってしまう。


「しかも君らの服装から察するに、軍属の人間なのだろう? ……嘆かわしい。何時から我が国の軍人は、山賊紛いの不埒者に成り下がった。恥を知れ、俗物共が」

「こ、このガキッ!」


 激昂した男の一人が、アカシャの頬を打つ。

 破裂音と共にアカシャの頬が赤く染まり、歯が当たったのか唇の端が切れ、僅かだが血が滲む。


「おい、止めろ。相手はガキだぞ」


 肩を掴んで別の男が止めに入るが、頭に血が上った男は手を払って怒りを露わにする。


「手荒なマネをするなと命令は受けていない。皇女殿下は世間の厳しさというモノをご存知ない様子であるから、軽くお教えして差し上げるのだ。勘違いした小娘を躾けるのも、軍人の大切な仕事だろ?」


 男達は顔を見合わせる。

 困惑はしているが、無理に止めるつもりも無さそうだ。

 激怒している男は、この中でも一回り大きく体格も良い。内輪揉めになって、面倒なことを起こしたくないのだろう。


「……下種が」


 心底侮蔑した声で、アカシャが罵る。

 しかし、圧倒的有利に立つ男は、厭らしい笑みを浮かべ、アカシャの身体を舐めるように見回す。


「ガキを相手にする趣味は無いが、お望みなら下種ってヤツがどんな物か、皇女殿下にご教授差し上げるよ」


 ヌッと太い指をした手が、胸元に伸ばされた。

 気丈に振る舞っていてもアカシャはまだ少女。内心の不安を押し殺すように、ギュッと両目を硬く瞑った。

 妙に興奮した男の吐息を遮るように、朗々とした男性の声が真後ろから響く。


「ああっ、嘆かわしい。その行為、文化的とは言い難い」

「――ぶべらっ!?」


 鈍い音と悲鳴が響き、驚いて両目を開くと、先ほどまで厭らしい笑みを浮かべていた男が、鼻血で顔面を真っ赤に染め、白目を向いて倒れていた。


「……えっ、なにが、起こった?」


 唖然として周囲を見回すと、取り囲んでいた男達は倒れた男を残して、綺麗に横一列に並ぶと、直立不動で敬礼をしていた。

 背後からカラカラと、何か硬いモノを引き摺る音が聞こえた。


「無垢なる少女は美しい。芸術家は時にその美しさに魅入られ、星が瞬くが如く一瞬の煌めきを永遠の中に収めようと絵画や彫刻に心血を注ぐ。まさに追求された芸術、実に文化的だ」


 演説でもするような早口で、誰かの声が倉庫内に響く。

 高らかに足音を鳴らし、一人の青年が語りながらアカシャの前に立つ。


「人は完璧さを追い求めるが、同時に未完成故の未熟さにも惹かれてしまう。青い果実は蠱惑的だ。つぼみの頃の儚さは、どんな大輪の花ですらマネすることは叶わない……だが、青いつぼみは愛でることこそ美しさの極地あり、紳士淑女の嗜みでもある。不作法に触れ、手折る行為は無粋の極み」


 地面を引き摺るよう、右手に握る血の付着した鉄パイプを、ゆっくりと肩に担ぐ。


「これはとてもとても、文化的とは言い難い。なぁ、お前ら」


 オレンジ色のボサボサ頭に、トラ柄のド派手なフード付きのシャツを素肌に着た、二十歳ほどの青年は、狼の如き獣の眼光で、グルリと一列に並んだ男達を見回す。

 詩を読むような口調とは裏腹に、肌蹴た胸元にはタトゥーが刻まれ、スラム街のチンピラといった風体。とてもじゃないが、アカシャを攫った男達と同じ軍人には見えない。


「人は過ちを犯す間違いを犯す考え違いを犯す。それ自体は罪なれど、罪もまた文化の象徴。しかしながら文化を突き詰め美しさを求めるなら、人の罪を咎め正すのが、文化的人間の行動だとは思わないか? 僕は思う」

「「「「その通りです軍曹殿!」」」」


 軍曹と呼ばれた人物は満足そうに頷くと、アカシャの方へ向き直った。


「そういうわけだ皇女殿下。僕の部下が文化的で無い行動を取ったことを、絵画技法の歴史より深くお詫びしよう」

「は、はぁ」


 一々大袈裟で芝居がかった言葉と態度に、戸惑いを隠せず頷くのが精一杯だ。


「あの、貴方は一体、何者なのだ?」

「ふむ。誘拐犯と被害者と言う関係を差し引いても、僕だけが一方的に相手の名前を知っているのは文化的とは言い難い」


 肩から鉄パイプを離しクルクル手の中で回転させると、地面にコンと先端を添えた。


「僕の名前はバルトロメオ。この世にあまねく全ての文化を愛する文化人だ」

「文化人? 軍人では無いのか?」


 問いかけに対して、チッチッチと指を左右に振る。


「これはアルバイトだ皇女殿下。本業はあくまで、文化人」


 文化人というのが職業なのかという疑問はあるが、アルバイトと言い張っているモノの、彼が軍属の人間であるのは間違い無いらしい。


「……アルバイト?」


 しかし、アカシャはバルトロメオの発言に眉を顰める。


「血税を糧に、国家と国益、そして国民を守るべき軍人を、アルバイト気分でやられるのは遺憾の極みだ。その考えは即刻改めるべきだと、老婆心ながら忠告させて貰うよ」


 またも歯に衣着せぬ発言に、直立不動の男達はマスクの下の表情をムッとさせる。

 一方のバルトロメオは、愉快そうに「ぬはは!」と独特の笑い声を上げた。


「その一本筋の通った皇族らしい誇り高い物言い、実に素晴らしい。実に文化的では無いか! 老婆心などと建前を使わず、その手の忠告は迷うことなく方々に発信すべきだ。なぜならば、それはノブリスオブリージュ! 高貴な血を持って生まれた者の宿命であり文化だからだ!」


 どう反応していいのか困っているアカシャに構わず、バルトロメオは胸を反らして高笑いをする。

 そして急に笑いとピタッと止めると、身体を戻しまた鉄パイプを肩に担ぐ。

 バルトロメオは、視線を倉庫内に巡らせ、アカシャに戻す。


「打ち捨てられた倉庫。文化的と言うには些か趣に欠けるが、ここが待ち合わせの場所故に我慢して欲しい。僕は涙が出るほど我慢している。可能ならば、美術館や博物館のような文化により触れられる場所を……」

「軍曹、軍曹! 話が逸れています」


 窘められ、バルトロメオは顎を摩り、言葉を途中で止めた。


「いかんいかん。語り始めると止まらなくなってしまうのが、僕の唯一にして最大の欠点だ。走り出したら止まらない。文化を語ることとは、何とも悩ましげな」


 一応は誘拐犯であり、アカシャにとっては命の危険もある人物なのだが、何だか段々緊張感が無くなって来てしまう。

 とは言っても、現状は何ら変わらないのだが。

 気絶した男は何時の間にか片付けられ、残りの男達は倉庫の隅に並び待機している。

 バルトロメオは一人、鉄パイプで肩をトントン叩きながら、座っているアカシャの前を行ったり来たりしていた。

 アカシャはその動きを、視線で追う。


「……あの」

「なんだ?」


 問いかけに歩き続けたまま、顔を向けず返事だけをする。


「私を誘拐するよう指示を出したのは、やはりミシェル・アルフマンなのか?」

「立場ある職業には多かれ少なかれ守秘義務というモノが存在する。軍人ならそれは尚のこと。ましてや僕は文化人。ベラベラと滑りの良い、不作法な舌は持ち合わせていない」


 さっきまで文化的がどうとかと、一人で長々と語っていた人物とは思えない発言に、思わずアカシャはジト目になってしまう。

 勿論、そんな嫌味染みた視線が、通じるような神経を持った人間では無い。


「案ずるな。このまま順調に行けば、おのずとこの件を企んだ相手と対面出来る。まぁ、待ち受ける結末が文化的なモノになるのか、僕は疑問を拭えないがね」


 バルトロメオの言葉に、アカシャの表情が曇る。

 このまま、何も出来ず何も知らず、アルフマンの思い通りになってしまうのか?

 自分の無力さに視界がぼやけ、溢れ出しそうな涙をグッと奥歯を噛んで堪える。


「……済まない。兄さん」


 命がけで自分を逃がした兄に、謝罪の言葉を口にした瞬間、聞き覚えのある女性の声が倉庫内に響いた。


「悪いけど、その予定は変更させて貰うわよ」


 声と共に倉庫の天窓が割れ、一人の女性が飛び込んで来た。

 舞い散るガラス片がキラキラと光る中、軽い足取りで地面に着地した女性は、破片を払うように長く黒い髪の毛を振り乱した。

 男達はどよめき、バルトロメオは歩く態勢のまま、絵画のように静止。

 アカシャは息を飲み、大きく量の眼を開いた。


「――ハイネス!?」

「はぁい。どうやら、無事だったみたいね」


 笑顔でハイネスは驚くアカシャに手を振ると、ピタッと静止しているバルトロメオを睨み付けた。


「アンタがこの連中の親玉? あたしん家を滅茶苦茶にした代償、払って貰いたいんだけど?」


 軽口を叩きながら、ジロッと殺気を込めて凄む。

 咄嗟に武器と取って戦闘態勢を取っていた男達は、その鋭い視線に怯んだ様子を見せたが、バルトロメオは顎を摩り興味深げな視線で、何度もハイネスの身体を往復した。


「ほぉ……貴様、ハイネス・イシュタールか」

「あら? あたしのこと、ご存知なのかしら」


 不敵に微笑むと、バルトロメオは鉄パイプを下し、身体をハイネスの方へ向ける。


「知っているさ、知っているとも。先の戦争を記した著書には全て目を通している。中でも北方戦線と呼ばれる戦いは素晴らしい。歴史的にも芸術的にも、燃えたぎるような文化を感じさせられた!」


 両手を振り乱し、バルトロメオは熱く熱弁する。

 その姿に気合を入れて乗り込んできたハイネスも、少し気圧されてしまう。

 鉄パイプをグルングルン振り回し肩へ預けると、身を乗り出して楽しげな笑みをハイネスに向けた。


「とどのつまり、貴様は皇女殿下を助けに来た。それでよろしいかな?」

「そうね。正確には、壊したあたしの家の謝罪と賠償を要求してるんだけど」

「ふはははははは! 素晴らし、実に文化的な行動だぞハイネス・イシュタール!」

「……うわぁ、コイツ面倒クセェ」


 ハイテンションな様に着いて行けず、ゲンナリとハイネスは肩を落とす。

 そんなことはお構いなしに、楽しげなバルトロメオは、鉄パイプの先端をハイネスに向けると高らかに叫んだ。


「よろしい。ならば文化的に考えて、決闘といこうじゃないか!」

「なんでそんな結論に達するのよ」

「ふははは。そんなの、決まっているでは無いか」


 高笑いを上げて鉄パイプの先端を、並んでいる男達に向ける。

 すると男達は口で命令されずとも意図を察した様子で、小走りに動き出すとハイネスを四方から取り囲む。

 ふふんと鼻を鳴らし、バルトロメオは鉄パイプを首の後ろに回し両手で持つ。


「人が文化的に営みを紡ぐには、金銭が必要とされる。そして金銭を生み出すのが労働。が、多種多様に渡る文化形成において、キツイ汚い危険と三拍子揃った労働も時としてこなさなければならない。もしも仮に、悲しいかな人と人の意見が対立し譲り合いの精神が入り込む余地を見失った場合、どうするべきか……」


 スッと軽く目を細める。


「つまりどういうことだ? ……人の文化に照らし合わせれば、邪魔する奴は潰せということさ。そうだろう、その筈だ、そうに違いない!」

「あっ、そ」


 グルっと視線を巡らせたハイネスは、大して興味なさそうに呟く。

 腰のベルトに繋がれた双剣を、それぞれ逆手で握り、グッと押し下げた。


「要するに……」


 押し下げた双剣を引き抜き、感触を確かめるよう数回上下に持ち変え、逆手で刃を構えた。


「アンタら全員ぶっ倒して、諸々の責任を取らせれば万事解決ってわけね」

「ん~、実に文化的な答えだ。つまり僕は貴様に、こう返せばいいわけだな? ……お前ら、その女を黙らせろ」


 ドスの利いた声色に、男達は剣を振り上げて一斉に襲い掛かる。

 一人ずつなどそんな効率の悪いマネはしない。ハイネスの前後左右から、同時に刃を振り下ろす。

 こういった集団戦闘は慣れているのか、位置の取り方が抜群で同士討ちするどころか、動きが悪くなる様子も無い。

 この辺りは流石、軍人と言うべきか。

 だが、ハイネスは悠然とした余裕を崩さない。


「――セイッ!」


 両手の剣を振るい、襲い掛かる刃をほぼ全部同時に弾く。

 男達は驚いた様子を見せるが、足を止め距離を保ったまま、剣を握り直し再び剣戟を打ち放つ。

 ハイネスは軽く腰を落とし、視線は向けず、音と気配だけで刃を迎え撃つ。

 左右の双剣を器用に持ち変えながら、四方から繰り出される剣戟を全て、寸分の狂いも無く捌いていく。

 激しい金属音を撒き散らしながら、ハイネスは冷静に状況を分析する。


「遠くまで逃げずこんな場所に逃げ込んだってことは、別の部隊と合流するつもりか……なら、長々と遊んでる場合じゃないわね」


 ザッと足を滑らし両足の間隔を広げると、剣戟を捌く速度を更に倍化させた。

 音よりも早く舞う刃は、男達がもはや目視で追うことが不可能な速度で走り、鋼がぶつかって散った火花が、ハイネスの四方を取り囲むよう、同時に大輪の花を咲かせる。

 瞬間、男達の手に持っていた剣は全て弾かれ地面に突き刺さると、ワンテンポ遅れて男達はバタバタとその場に崩れ落ちた。


「……ほう」

「な、何が起きたんだ!?」


 感嘆の声を漏らすバルトロメオとは対象的に、一瞬にして決着がついた状況がすぐに理解出来ず、アカシャは目を白黒させていた。

 ハイネスは軽く息を吐き、右手の剣を回転させると、切っ先をバルトロメオに向けた。


「さて、残りはアンタ一人なんだけど……文化人はこんな時、どうするのかしら?」

「勿論、こうするのさ」


 不敵に笑い、バルトロメオは鉄パイプを地面に引き摺り、拘束されているアカシャの方へと向かう。

 睨み付けるアカシャの視線も構わず、椅子の背もたれを手に持つ。

 ハイネスは目付きを険しくする。


「人質のつもり?」

「それは効率的ではあっても、文化的とは言い難い所業だ」


 そう言って、ズルズル椅子を引っ張ると、少し離れた倉庫の壁際にまでアカシャを連れて来る。


「これでよし」


 満足そうに頷くと、バルトロメオはまた同じ場所へと、小走りに戻って行った。


「待たせたな。ハイネス・イシュタール」

「アンタ、何がしたいのよ?」


 ジト目を向けられ、バルトロメオはふははと笑う。


「当然、安全確保だ。人質などという非人道的な行動は、文化人としてのプライドが許さない。ましてや戦闘に巻き込むなど言語道断! 皇女殿下には特等席で、僕の文化的な戦いをご覧いただこうと思ったしだい」

「鉄パイプを持った奴が、文化的な戦いなんて言ってもねぇ」


 呆れるように、右手の剣をクルクルと回す。

 バルトロメオはふふんと鼻を鳴らすと、自慢するように顎を上げた。


「僕は軍人である前に文化人。芸術的な意味合いでなら刀剣を愛してこそいるが、武器として扱うのは気が引けるのだ。刃毀れしたら大変では無いか……その点で言えば、鉄パイプは何と万能なのだろうか」


 うっとりした表情で、鉄パイプに頬ずりをする。


「工業的にも商業的にも文化を支え、液体や空気を運んだかと思えば、組み立てれば足場にもなる。そして何よりも頑丈で、誰かを殴りつけるのには持って来い。まさに文化が生み出した万能ツール! そうは思わないか?」

「……あたし、頭が痛くなってきたわ」


 理解出来ない文化センスに、ハイネスはコメカミを押さえた、

 鉄パイプの意義を雄弁に語って満足したのか、バルトロメオは両肩を回すとウォーミングアップするように、身体の筋肉を解し始めた。


「一時代を築いた元帝国騎士。まさに歴史的文化を垣間見えるチャンスだと思うと、僕の男の浪漫が熱く滾って来るぞ」

「今はしがない下町の美女だけどね……ぶっ飛ばされて喋れなくなる前に、一つだけ聞いておくわ……何で今更、皇族を狙うの?」

「ふふん。答えると思ったのか? 文化的に考えて」


 ニヤリとバルトロメオは笑った。


「だが答えてやろう。僕は文化人だからな!」

「――私の時は答えなかった癖にっ!」


 倉庫の端っこから、アカシャの非難する声が響くが、黙殺されてしまう。


「と、言っても所詮は僕も下っ端の小間使いだ。詳しいことはしらん……知っていることと言えば、人造天使計画。そのような話を、小耳に挟んだ程度だ」

「――ッ!? 人造、天使計画……?」


 あからさまに、ハイネスの表情が歪む。

 それを敏感に察知したバルトロメオは顎を摩り、何かを思い出すよう視線を上に向けた。


「僕の記憶が確かならば、先の戦争でも、天使の名を冠にした計画が極秘裏に進行していたと聞くな……確か、かの竜姫をあと一歩まで追い詰めたとかどうとか」

「…………」

「ふむ。その作戦部隊とぶつかった、エンフィールの部隊は何処だったかな? 英雄シリウスが所属したことは覚えて……んん? 確かハイネス・イシュタールはその時に英雄シリウスと引き分けて……」


 言いかけた言葉を遮るように、鋭く振るった刃が空気を先、地面に積もった埃を風圧で巻き上げる。

 鋭く睨み付けるハイネスの姿に、アカシャは驚いた表情をした。


「……ハイネス?」

「はいはい。自分で振っておいて何だけど、それ以上は胸糞悪くなりそうだからそろそろ黙れ。少しばかり八つ当たり気味だけど、いい感じにアンタをぶっ殺してやりたくなったわ」


 双剣を逆手に持ち、構えを取る。


「いいぞいいぞ! 迷いは文化を滞らせる。清々しいまでの殺気に満ちた視線は、実に文化的だ。この僕も遠慮なく暴れられるというモノ、だッ!」


 上がったテンションを表現するかのよう、片手に持った鉄パイプを、真後ろの錆びついた鉄骨に叩き付け、それを数本まとめて、易々とへし折ってしまった。


「「……あ」」


 ハイネスとアカシャの声がハモった。

 クルリと向き直ったバルトロメオは、自信満々に鉄パイプを突きつけてきた。

 背後からはギシギシと嫌な音が、段々と大きくなっているのにも関わらず。


「さぁ! 文化的な戦いと洒落込もうでは無いかぁ! ハイネス・イシュター……!」


 瞬間、支えを失ったロフト部分は崩落し、鉄パイプを構えたバルトロメオは鉄骨と鉄板、そして石灰の詰まった布袋の山に飲み込まれてしまった。

 激しい音が倉庫内に木霊し、舞い上がった石灰が視界を真っ白に染める。

 呆れ果ててどう反応して良いのかわからず、ハイネスは咳き込みながら石灰を手で払い、暫し唖然としていた。


「……文化ってのは、度がし難いわね」


 呟いて、回転させた双剣を鞘に納めた。

 バルトロメオは大量の瓦礫と石灰の下敷きになってしまったが、掘り起こす義理も無いので放って置こう。普通だったらペシャンコになって死んでいるだろうが、何となく死んでいるとは思えなかった。

 とりあえず、障害は全て取り除いた。

 縛られたまま座っているアカシャの方へと駆け寄り、後ろに回ると、剣で拘束されていた縄を斬り裂く。

 アカシャは安堵の息を吐くと、赤くなった手首を摩りながら、ハイネスに笑みを向けた。


「ありがとう、ハイネス。やっぱり、君は頼りになるな」

「そりゃねー。美人のお姉さんってのは、頼りになるって相場が決まってんのよ……それより」


 前に回り込むと、ズボンからハンカチを取り出し、アカシャの口元を拭う。


「血がついてる。頬も少し腫れてるし……なに? あの文化人に殴られたの?」


 ジロッと、瓦礫の山の方を睨み付ける。


「いや、違う。どちらかと言えば、危ないところを彼に助けられた形になる」

「ふぅん……よくわからない男ね」

「善人とは言い難いが、自分の矜持を持ち合わせた気持ちの良い男だった。私は嫌いでは無いな……勿論、このまま誘拐されるのは、御免こうむるが」


 そう言って、アカシャは椅子から立ち上がった。

 腰に右手を添えると、意味深な視線でハイネスを見上げる。

 感謝の視線……だけでは無く、何処か意味ありげで挑戦的な瞳に、ハイネスは嫌な予感を抱いていた。


「しかし、ハイネス……公的な立場の人間に、手を上げてしまったな」

「……ぐっ。そういうやり方でくるわけ」


 顔を顰め、ハイネスは倒れている男達を見る。

 正規の軍人とは、少し特徴の違う戦闘服は、見覚えがあった。


「公的な人間っていっても、末端の末端。傭兵紛いのチンピラ軍団じゃない。ボスは勝手に自滅しただけだし」

「それでも軍人には変わりない。どうする? 面子を潰された上、身内をやられたんだ。そうなると彼らはしつこいぞ?」

「うぐぐ。このチビっ娘皇女……助けられて、その言い草ぁ?」


 ぷるぷると拳を震わせるハイネスを見て、アカシャはクスッと笑った。

 そして神妙な顔付きになると、石灰で白くなった地面に膝を下す。


「……ちょ、ちょっと!?」


 戸惑うハイネスにも、服や手足が石灰や埃で汚れるのも構わず、両手両膝を地面に突いたアカシャは、額を擦り付けて懇願する。


「頼む……頼みます! 一人で何かを成せるほど、私には力が無い、知識も無い。それでも私には、成さねばならないことがある! 国の為、国家の為だなんて言葉を飾ってきたが、本音は一つ……兄の思いを引き継ぎたい。兄の敵を討ちたい!」


 心からの叫びを、腹の奥から搾り出す。


「皇族には罪が存在する。戦争を、戦乱を広げ、国民を苦しめ続けた。その罪は否定しない、泥が必要なら喜んで被ろう。裁きが必要なら喜んで受けよう。私は悪で構わない。その悪の一念を用いて私は……」


 アカシャは顔を上げる。

 石灰で白く汚れた顔は滑稽だが、見上げる視線には引き込まれるほどの決意が、満ち満ちていた。


「……ミシェル・アルフマンを、討つ」


 二人の視線が交差する。

 言葉を受けて無言のまま、ハイネスは視線を細め睨み付ける。

 が、一歩もアカシャは引かず、真っ直ぐと見つめ返した。

 睨まないのが、アカシャらしいと感じて、ハイネスは瞳を閉じ微笑を零した。

 彼女の目の前に、右手を差し伸べる。


「ここは連中が待ち合わせに使っていたようだし、増援が来る前にさっさと逃げるわよ」

「……ハイネス」

「まず最初に、隠れ家になる家を探しましょ。ま、昔のツテを使えば、何とかなるっしょ。いい暮らしは出来ないから、覚悟しときなさいよアカシャ」


 戸惑いの表情は、直ぐに花の咲くような笑顔へと変わる。


「……ああ! 望むところだハイネス!」


 力強く頷いて、アカシャはハイネスの手を握り返した。

 汚れた服の石灰を払い、二人は並んで倉庫を後にする。

 入口から出る寸前、ハイネスは真剣な眼差しを、崩れたロフトの瓦礫に向けた。


「……人造天使計画。それが真実なら、ミシェル・アルフマン。あたしはアンタを、生かしておくつもりは無いわ」

「何をしている。急ぐぞハイネス!」


 外からアカシャの声が聞こえ、すぐにその鋭い眼差しを打ち消すと、肩を竦めながら倉庫を後にした。


 これは、二人の長い戦いの始まりに過ぎない。

 ハイネスとアカシャ。

 ただの敵討ちから始まった二人の戦いは、やがて、他国をも巻き込んだ騒乱へと発展する。

 その中心に立つのは魔女と皇女と、そして二人の野良犬騎士。

 乙女たちの反逆の物語が幕を開けるのは、まだ少し先のこと。


 運命の歯車は、まだ帰らぬ一人の男の、帰還を待っていた。






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