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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第1部 天楼奈落

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第67話 暫しの別れ





 天楼が崩壊して、一週間の時が流れた。

 ギルドかたはねや警備隊の皆が頑張ってくれたおかげで、天楼の企みは外部に漏れることなく、一時流れていた不穏な噂も、嵐の如き太陽祭の賑やかさに、あっという間に流され風化していった。

 一週間、王都全体が昼夜問わず賑やかさに彩られた太陽祭は、昨日で終わりを告げ、文字通り太陽の如き熱を発し続けた街は、クールダウンの為かはたまた疲れ果ててしまったのか、打って変わって静けさに満ちていた。

 祭りの後に漂う独特の寂しさ。

 けれど、決して嫌な寂しさでは無く、時と共にそれが活力となり、一年を働きぬく希望となり、また一年後に同じ熱となって放出される。

 大河の流れのように、人の営みもまた循環していくのだ。

 また、変わらぬ日々が始まる。


 ただ、アルトがまだ帰らないことを除けば。




 ★☆★☆★☆




 国崩し阻止作戦の時には、人知れず大活躍だったかたはねと警備隊は、休む間も無く今日から通常業務が開始だ。

 詰所の会議室に出席する警備隊の面々は、皆一様に疲れた顔をしている。

 太陽祭の警備が激務だった為だ。

 その疲れが抜けきらぬ故か、真面目なクランドには珍しく、大欠伸をかます。


「ふぁぁぁ……流石に、昨日の今日で通常業務をこなすのは、しんどいですね」


 思わずらしくない言葉が口を突く。

 同意するよう、頷く警備隊のメンバー達。

 中でも一番、首を激しく縦に振っていたのは、プリシアだった。


「全く同感です。はぁ……兄様に会えない傷心を仕事で誤魔化すだなんて、私は人生に疲れた三十路の嫁ぎ遅れですか」


 一人、全く違う理由で不満で唇を尖らせている。

 それに呆れたため息を吐いたのが、祖母である頭取だ。


「お疲れ様。と、言いたいところだけど、街を守る人間がそんな軟弱なことでは困るわよ?」

「その通りだ」


 厳し言葉に同意するのは、警備隊隊長のマグワイヤ。

 警備隊の誰よりも仕事量をこなしているのに、疲れた素振り一つ見せないマグワイヤが上司では、平隊員達は何も言えない。

 とは言え、マグワイヤとて厳しいが鬼では無い。


「かたはねとの、太陽祭における警備態勢の合同反省会が終わったら、普段より少人数のローテーションを組んで、順次休みに入って構わん」

「えっ? よろしいのですか?」

「ああ。太陽祭で疲れているのは、皆同じだからな。毎年、この時期は騒動が激減するから、仕事は残務処理が殆どだ。人数はさほどいなくても平気だ」


 途端に、警備隊の皆にぱあっと笑顔が宿る。

 浮かれかける面々を見回し、マグワイヤは厳しい顔で「ただし」と付け加える。


「状況によっては緊急招集をかける場合もある。羽目は外しすぎないようにしろ……自重すれば、大概のことは文句は言わん」


 クランドを始めとして、警備隊の皆がその発言にキョトンとする。


「あ、あの隊長が、優しい言葉をかけて下さるなんて……」


 感動しているのはクランドだけで、他のメンバーは胡散臭げにこそこそと「鬼のかく乱」「夫婦間に何かあった」「逆に恐ろしい」と、好き勝手なことを言い合う。

 お約束として、その言葉はバッチリとマグワイヤの耳に届いていた。

 額をピクピク動かして、ドンと机を叩く。


「貴様らッ! 文句があるなら休日出勤にしてもいいんだぞッ!」

『ありがたく休暇を頂きます隊長殿!』


 警備隊員は一斉に立ち上がり、声を揃えて敬礼する。

 それを羨ましそうにジト目で見つめる孫娘に、頭取は朗らかな笑顔を向けた。


「かたはねは年中無休よ?」

「……ああっ。早く兄様の元へ永久就職したいッ!」


 プリシアの悲痛な叫びが、警備隊の詰所に響いていた。




 ★☆★☆★☆




 ウェインとエレンは、無事再会を果たした。

 以前からの約束でウェインは、ラサラカンパニーの社員として働くことになった。

 同じくエレンも太陽祭の期間中、助けて貰ったお礼にとメイドの真似事を買って出た働きっぷりがレオンハルトに認められ、正式にラサラ邸のメイドとして雇われ、幼い恋人同士は同じ職場で働いている。

 忙しい日常の中、のんびり二人きりで過ごす時間は少ないが、充実した毎日を過ごしていた。


 ラサラの方が、以前より精力的に事業拡大の為、毎日王都を駆けまわっている。

 無事、アルバ商会の吸収に成功し、落日の商業ギルドを追い落とそうと、虎視眈々、牙を砥ぎ準備を整えていた。


 そんなラサラに付き従うレオンハルトは、特に変わったことは無く相変わらず。

 あえて挙げるなら、筋肉の量が依然より一回り増したことくらいか。

 太陽祭が終わった静けさとは関係無く、ラサラカンパニーは今日も全力疾走中だ。

 ラサラ邸の仕事部屋。

 着慣れないスーツを身に纏ったウェインは、ドアをノックすると部屋の中へと入る。


「社長~っ。馬車の用意が整いました……」

「遅い」


 言い終わる前に投げかけられたのは、冷たい視線と言葉だった。


「遅い。遅すぎです。亀ですか貴方は? それとも蝸牛? どちらにしても愚鈍極まり無いですねこのカメツムリ野郎」

「すんません。ってか、最早意味不明っす」


 ペコペコと謝りながらも、ツッコミは忘れない。

 その様子を、ラサラの背後に控えるレオンハルトが、微笑ましく見つめる。


「ま、仕事を始めてまだ一週間ですからな。慣れれば、もっと手際よくこなせるようになるでしょう……しかし、ノックをしたのはよろしいが、此方が返事をする前にドアを開いたのは、減点対象ですな」


 フォローしつつも名執事は、確りと注意することを忘れない。

 指摘されてハッとなったウェインは、自己嫌悪を感じつつ、また深々と頭を下げた。

 情けない。と、ウェインの両肩がドンドン下がっていく。


「ウェイン。落ち込まないで。ウェインが頑張っているのは、私が一番よく知っているから」


 堪らず黙って控えていたエレンが、慰めの声をかけた。

 けれど暫く失敗続きだった為か、向けたウェインの笑顔には力が無い。


「ううっ。これじゃあ、折角仕事を紹介してくれた兄貴に、顔向け出来ないっすよ」


 涙目のウェインを見て、ラサラは呆れたように嘆息する。


「女々しい男ですね。何処かの駄犬のようにとは言いませんが、もう少し肩の力を抜くことをお勧めします……諦めていたら、それこそアルトさんに顔向けできませんよ?」

「そうだよ! それに、頑張っている人を貶めるようなこと、アルトさんが言う筈が無いわ!」


 両手を硬く握りしめ、エレンは何故か熱弁する。

 ウェインの中に湧く、微かな疑問。


「あの。気のせいかもしれないけど、エレンの中で兄貴の評価が随分と高くなっているような……」

「えっ? やだぁ、ウェインったら、考えすぎよ……そりゃ、アルトさん恰好いいけど」


 ポッと、頬が桜色に染まる。

 それを見たウェインの顔面は蒼白になる。


「うぉぉぉッ!!! 負けられねぇ。オイラ、全力で頑張るっすッ!!!」


 号泣しながら、ウェインは駆けて行った。

 その後姿をエレンは、不思議そうに首を傾げて見送る。


「どうしたのかしら? ねぇ、社長」

「さぁ、馬鹿なんじゃないですか、二人共……あの駄犬は、去勢する必要があるかもだけれど」

「社長、お時間でございます」


 レオンハルトに促され、ラサラは立ち上がり上着を羽織る。

 これからまた、南街の職人達と打ち合わせだ。

 皆が働いていない時期こそ稼ぎ時。ラサラカンパニーに、休暇の二文字は存在しない。


「さぁ、行きましょうか」


 メイドと執事を従えて、ラサラ・ハーウェイは今日も行く。




 ★☆★☆★☆




「ブラァーボォー、素晴らしいわエクセレント! やはりわたくしの目に、狂いはありませんでしたわ!」

「いや、待て。待て待て! こ、こんなヒラヒラの多い服、おかしいだろッ!」


 東街のとある服屋の試着室で、何やら派手な恰好の二人が騒いでいる。

 一人は黒いドレスのラヴィアンローズ。

 もう一人、ピンク色のフリルやリボンがふんだんに使われた、ふりっふりの衣服を身に纏い、顔面を真っ赤に染めている女性……普段の凛々しさからはかけ離れているが、その女性はフェイだった。

 髪型はツインテールで、リボンまでつけているが、間違いなくフェイだ。


「おおお、お前ッ! 服を選んでやるとか言葉巧みに私を騙し、こんな辱めを受けさせるとは、どういう了見だッ!」


 激怒はしているのだが、注目を浴びるのが嫌らしく声は小さい上、姿勢も身体を丸め内股気味になっているので、妙に可愛らしい恰好になっていた。


「辱めるなんて、そんなつもりは毛頭ありませんわ。裏稼業から足を洗い、表の世界で一人の女として生きていくんですから、それなりの体裁を整えないとと、わたくし自らがコーディネートして差し上げたのではなくって」


 あの事件の後、フェイは天楼を、北街の暗部組織から足を洗った。

 シドの懐刀として優秀な実力を持つフェイ故に、天楼が潰れた後も奈落の杜を始めとして、様々な組織からスカウトの声があったのだが、二君に仕えずの精神の元、フェイは全ての申し出を丁寧に断り、堅気として生きることを決めた。

 ラサラカンパニーやギルドかたはねなど、コネを作ることが出来たから、仕事に困ることは無いだろう。

 新生活に入るにあたって服を新調しようと、ラヴィアンローズが言い出したのだが。


「だからと言って、この服は無いだろうッ……こんな可愛らしい服、武骨な私には似合わん」

「まぁ、そうですわね」

「――おいッ!」


 着せておいて簡単に否定され、思わずフェイは声を荒げる。


「まぁまぁ、落ち着きなさいな。何事にもギャップ、というモノが必要なのよ? 昨日まで女らしさの欠片もなかった少女が、今日は一匹の蝶として羽ばたく。この差に堕ちない男は存在しませんわ」

「そ、そうなのかっ?」


 簡単に乗せられ、自分の服装を改めて見てみる。

 慣れてしまえば、まぁ、悪くは無いかもしれない。

 気分が出て来たのか、フェイはその場でターンすると、フリルのついたスカートがふわりと舞い、まるで大輪の花のように咲き誇る。


「ん、んんっ。そうだな。うん。生き方を変えるのだから、これくらいの冒険をしても……」

「まぁ、あのアルトが見た目が変わった程度で、簡単に態度を変えるとは思えませんけど」


 ピタリと、調子に乗ってポーズを決めていたフェイの動きが止まる。

 引き攣った表情を向けられ、ラヴィアンローズは意地悪く、口元に手を添えてぷぷっと笑った。


「――ッッッ!?!?」


 次の瞬間、勢いよく試着室に飛び込むと、ドッタンバッタン賑やかな音を立て、元の服装に戻って出て来た。

 無言のままギロリとラヴィアンローズを睨み付け、怒りで鼻息を荒くしたまま、服屋を出て行ってしまう。


「あらあら。少し、からかいすぎてしまったかしら」


 全く反省した様子を無く笑うと、後を追ってラヴィアンローズも店を後にする。

 通りに出ると差し込む眩しい光に、手を翳して視線を細めた。

 太陽祭が終わり夏本番。日差しは、炎のように熱かった。


『…………』

「――ッ!?」


 夏の日差しの中、聞き覚えのある誰かの声が聞こえ、ラヴィアンローズは驚いた面持ちで周囲を見回す。

 が、人通りの少ない道に、思い描いた人物の姿は無かった。

 代わりにいたのは、不審な行動に訝しげな表情をするフェイだけだ。


「どうかしたのか?」

「……いえ、なんでもありませんわ」


 すぐに戸惑いの表情を打消し、ニヤケた笑みを浮かべる。


「それよりも、やっぱり考え直してあのフリフリを……」

「着んッ! それより、食事に行く約束だっただろう……今日は、お前が奢る番なのだからな」

「やれやれ。ご飯に釣られて怒りを納めるなんて、浅ましいですわね」

「うるさいッ。行くぞ」


 さっさと歩きだすフェイの背中に、ラヴィアンローズは笑みを湛えた。

 そして眩い太陽を見上げる。


「さて。あの女が生きてる、なんてあり得ませんわよね……ま、それ以上に死んだとも思えないのだけれど」

「――何をしているッ! 早くしろ!」


 フェイに急かされ、ラヴィアンローズは歩き出す。

 水の国に訪れた熱い夏は、これからが本番だ。




 ★☆★☆★☆




 東街の外れにある共同墓地。

 エイサと言う名が刻まれた墓石の前で、ルン=シュオンは片膝を突き、一輪の花をそっと添えた。


「真昼間の日の下で、また珍しい人間に会ったモンだ」

「……それは此方の台詞。溝鼠が溝から出てくる方が、珍しいと思うのだけれど?」


 振り向かず毒のある言葉を発すると、背後から苦笑する声が漏れ聞こえた。

 墓石に向かい黙祷を捧げるルン=シュオンの背後に現れた、奈落の杜の頭首ハイドの恰好は、普段のド派手なコート姿では無く黒いスーツ、喪服姿で手には花束を持っていて、トレードマークのソフト帽も今日は被っていない。

 サングラスだけ外さないのは、本人なりの拘りがあるのだろう。


「墓参りかい? ボルドにすらその影を踏ませなかった、謎の情報屋様が、珍しいじゃないか」

「ふふっ。ルンの、たった一人の親友だからね」

「よく来るのかい?」

「いや、初めてさ。全てが……太陽祭が片付いて、ようやく報告することが出来た。ようやくさ」


 普段の冷笑では無く、安堵するような笑みを、口の端に浮かべた。

 墓石の下に眠る人物が、彼女にとって大切な人だということが理解出来た。

 それが誰かなどと、野暮な質問をハイドはしない。


「そうかい。んじゃ、俺は奥の方に用があるんで」


 元々、仲が良いわけでは無い二人。

 まだ黙祷を捧げるルン=シュオンに手を振り、ハイドは墓地の奥へと向かう。


「奈落の主」


 振り向かず、ハイドは足だけ止める。


「天の主によろしく」


 答えず、苦笑を漏らし、右手だけを上げて奥へと向かう。

 ハイドが向かった場所。墓地の一番奥の、隅っこ。他の墓石達からは距離を取るよう、ポツンと佇むように、真新しい墓石が立っていた。

 墓石には、誰の名前も刻まれていなかった。


「……ん?」


 花束を肩に背負い、ハイドは視線を落とした。

 誰が眠るかもわからない墓石に、一輪の華が添えられていた。

 そして、割れた白い仮面。これは、ハイドに向けられたモノだろう。

 ハイドは仮面を拾い上げて、ポンポンと手の平で弄ぶ。


「ったく。餞別のつもりかぁ? ……アイツも、律義だねぇ」


 送り主が誰か、直ぐに察しがついた。

 花束を墓前に供え、頭を掻きながらサングラスを外す。


「俺のところに戻らないってことは、アイツも自分の生き方を選んだってわけか」


 膝を曲げて座り、柏手を二回打って墓石を拝む。


「頼むぜオヤッさん。あの世で、俺達を見守っていてくれや」


 墓参りにしては不作法な姿に、きっとあの世で苦笑していることだろう。

 それでも、ハイドの願いはきっと届いている筈。

 何故ならこの下に眠るのは、方法こそ間違えてしまったモノの、誰よりも北街を愛し続けた男なのだから。




 ★☆★☆★☆




 能天気通りには小さな魔女がいる。

 秘め事の筈の事実が囁かれ始めたのは、太陽祭が終わる直後になってからだ。

 直前に起こった、リュシオン湖の水竜巻。それが能天気通りに住む魔女の仕業だと、面白半分に誰かが広め、一時は噂を聞き付けた旅行者が一目見ようと押しかけ、大変だったのだが、問いかけても能天気通りの人々は皆笑顔で口を揃え「そんなの、ただの噂」と否定した。

 そんな反応もあったからか、騒ぎは直ぐに治まったのだが、噂はまだ尾を引き、たった一週間で大昔からあるような都市伝説になってしまった。


 噂の小さな魔女は、今日も元気に能天気通りに住んでいる。

 お昼の業務も終わり看板を一度降ろす為、咥え煙草で外に出たランドルフは、入口に仁王立ちして苦笑を浮かべているカトレアに目を止めた。


「ん? どうしたの?」

「あ~、アレ」


 カトレアが指差した先には、家の前に立ち何やら玄関を見上げている、ロザリンの姿があった。

 ランドルフが視線を追うと、昨日まで無かった物体が、入口の前に掲げられていた。

 書かれている文字に、ランドルフは思い切り眉根を顰めた。


『困り事なら何でも解決! R&A探偵事務所』


 ポロッと、口から煙草が零れ落ちる。


「なに、あれ?」

「探偵事務所」

「そりゃ、見ればわかるけどさぁ」


 困惑気味に、カトレアとロザリンと看板を見比べる。

 そんなランドルフの様子に、またカトレアは苦笑を零した。

 ランドルフが驚くのも無理は無い。

 天楼との決着がついたあの日から、太陽祭が終わる今日までの一週間、ロザリンは塞ぎ込むように部屋の中に閉じ籠りっきりだった。

 皆でどうしたモノかと困り果てていたのだが、今日になってアレだ。


「あたしにもよくわからないけどさ。要するに、大人の階段を昇ったってことで、いいんじゃないの?」

「いや、そうなのかなぁ」

「アイツも、帰ってきたら探偵助手。ようやく無職を卒業でよかったじゃない。さ、午後の準備に取り掛かりましょ」


 さっさと店の中に戻ろうとするカトレアの背中に、少し迷いながらランドルフは「ちょっと」と呼び止める。


「まぁ、聞くのも野暮かなぁって思ったけど……君は、心配じゃないの?」


 振り向いてニヤリ笑いながら、立てた親指を下に向けた。


「帰ってきたら、あたしがぶっ殺すけどね」


 言い残し、さっさと店の中へ戻って行った。

 冗談のような本気のような、微妙な言葉に、他人事ながらランドルフはブルッと身体を震わせた。


「暴れるなら、店の中は止めてよねぇ」


 ランドルフも追って、店の中へ戻る。

 普段より人の往来が少ない能天気通りで、ロザリンは満足そうに何度も看板を見上げ頷いている。


「うん。完璧」


 アルトが側にいないのは寂しいし悲しい。

 大切な人に会えると思って会えなかった辛さは、この街に初めて着た時に、既に体験している。あの時は側にアルトがいてくれたから、悲しみにも耐えられたし、今よりずっと感情というものに愚鈍だったかもしれない。

 たった一ヶ月で、目に見えて成長出来たとは、とてもじゃないが言えない。

 けれど、一人森を出たあの時よりは、少しはマシな人間になれた筈だ。


「シエロに、手紙も渡したし、読んでくれてる、かな?」


 呟き、クルリと後ろを向き、リュシオン湖の方へと視線を飛ばした。

 右目を隠す髪の毛を、指に引っ掛けて両目を露わにする。


「早く帰ってきなさい。探偵助手くん」


 小さな魔女はそう言って、微笑みかけた。




 ★☆★☆★☆




 リズミカルに、リンゴを剥く音が聞こえる。

 ちょうど真横にある大きな窓からは、リュシオン湖が一望でき、対岸の東街が薄らと眺めることが出来た。

 自由の利かない身体で、唯一楽しめる風景なのだが、流石に見飽きた。

 一週間もベッドの上なのだから、そうなってしまうのも当然だろう。

 全身包帯だらけのアルトは、読んでいた手紙を畳み、湿っぽい息を吐いた。

 当初は慣れなかったベッドの柔らかさも、今では少しだけ心地いい。


「結局、今年の太陽祭は、ここで眺めてるだけで、終わっちまったなぁ」

「そうね。ま、無茶をした貴方の自業自得なのだけれど」


 独り言に、ベッドの横で椅子に座り、リンゴを剥いているシリウスが答えた。

 視線こそリンゴに向けたままだが、鼻歌混じりで妙に機嫌がいい。しかめっ面がデフォの彼女にしては、ここ最近の上機嫌な様子は珍しいだろう。

 あの夜、ライナと剣を交えたアルトはそれまでの無理が祟り、最後には力尽きていた。

 本来なら第一騎士団の任務妨害など諸々の罪状で、裁判に掛けられて牢獄行き、下手をすれば数年、表に出られないかもしれなかっただろう。


 しかし、そうならなかったのは、シリウスやシエロ、そして総団長の口添えがあったから。アルトを逮捕したライナも、庇いはしなかったものの、不利になるような証言は口にしなかった為、犯罪者として処分されることは免れた。

 その代わりに、アルトは騎士としての処分を受けることになのだが。

 切り終えたリンゴを皿に並べ、その一つにフォークを刺して、アルトの口元に寄せた。


「一応は棚上げになっていた、アルトの騎士としての称号と家名、剥奪になってしまったわね」


 寂しげなシリウスとは裏腹に、首を突き出してリンゴに齧りつくアルトは、別段と気にした様子は無かった。


「むぐむぐ……今更だろうが。元々、戦争が終わった時、全部まとめて叩き返してやったんだ。俺としてはそれで片が付くんなら、安いモンさ」

「ふん。お気楽な」


 これでアルトは二度と、この国で騎士の位に付くことは無くなったのだが、それでアルトの生き方が変わるわけでは無い。そのことがわかっているから、騎士として共に並ぶことが無くなることを残念に思いながらも、シリウスは機嫌を損ねていないのだろう。


「そう言えば、マクスウェル団長が礼を言っていたわ。『すまない。そして、ありがとう』って」

「……アイツに礼を言われる筋合いも、ねぇんだけどなぁ」


 困り顔で、二個目のリンゴを齧る。

 あの事件の手柄は形式上、第一騎士団とライナが神崩しを阻止したことになっている。

 別に手柄を横取りしたとか、そういう意味では無い。


 今回の一件、アレハンドロや貴族派の暗躍があったとはいえ、騎士団がほぼ役に立たなかったのは事実。しかし、その事実が公になればエンフィール王国内で騎士団の評価は暴落、ようやく軌道に乗り始めてきた新しい態勢が、崩されてしまう。

 シエロ達特務騎士団が神崩しに関わった、貴族派の一部を検挙したとは言え、派閥の重鎮達はまだ健在である。

 彼らに付け入る隙を与えない為には、英雄ライナ・マクスウェルの活躍が必要だったのだ。


「俺のような野良犬に活躍されたら、本職の騎士様が困るってわけさ。その方が、俺としても気軽でいいんだけどな」

「……そうね。貴方はそれが、一番なのかもしれない」


 珍しく同意して、シリウスは薄く微笑んだ。

 夏の眩しい日差しが窓から降り注ぐが、術式で調整されている室内の気温は丁度いい。

 ふと、思い出すのは能天気通りの面々。


「元気でやってんのかねぇ」


 名目は怪我の治療に専念する為だが、責任を取ったとはいえ、今回の一件では重要参考人。貴族派の人間からすれば、野望を打ち砕いた張本人。もう少し周囲の状況が落ち着くまで、この水晶宮に軟禁されていなければいけない。


「離れてわかる居心地の良さ。ってか」


 シリウスにも聞こえぬよう、小さく呟いた。

 リンゴを咀嚼しながら窓の外を眺めていると、廊下の方から慌ただしい足音が聞こえて来る。

 途端、シリウスの眉間に皺が寄り、機嫌が一気に悪くなる。

 勢いよく部屋のドアが開いた。


「アルト~! 遊ぼ、遊ぼ~!」

「こら。大人しくしなさい。ご機嫌いかがかしら? アルト様」


 現れたのは白いドレスを着た二人の女性。

 二人とも金髪で、騒がし方は八歳ほどの子供、もう一人はおっとりとした雰囲気をした二十歳前後の女性だ。

 年齢は違うものの、二人共紛れも無い美女&美少女だろう。

 シリウスは不機嫌な表情を消して立ち上がると、恭しく一礼する。


「これは姫様方。此方へは何用で?」


 現れたのはエンフィール王国の姉妹姫。同じ水晶宮にいるとはいえ、本来ならこんな場所へ気軽に訪れて良い身分では無い。

 しかし、小さな姫は無邪気にアルトが横になるベッドに飛び込む。


「あのねあのね。アルトに会いに来たの」

「うふふ。ごめんなさいね。妹がどうしてもと言うモノだから」

「……そうですか」


 シリウスは微妙な表情をする。

 たまたま、ほんの偶然、アルトとこの姉妹姫が顔を合わせたのだが、幸か不幸かたった数回言葉を交わしただけで、二人はすっかり彼を気に入ってしまい、毎日のようにこうして部屋に押しかけてくるのだ。


「姫様。恐れながら、殿方の部屋に何度も出入りするのは如何なモノかと……」

「あら? 貴女こそ、朝から晩まで入り浸っているではありませんか。恋人同士でもありませんのに」

「確かに、今は、違いますね」


 口調と態度こそ丁寧だが、シリウスは一歩も引く気が無い。

 ニコニコと笑顔を絶やさないが、姉姫の視線も何だか怖い。

 バチバチと火花を散らす二人を横目に、何やってんだかとため息を吐くアルトに、妹姫はねぇねぇと語りかける。


「手紙、読んでたの?」


 枕元に置いてある封筒を見て、妹姫が可愛らしく小首を傾げる。


「んん? ああ。シエロの奴が持ってきたんだ」

「誰からぁ?」

「俺の相棒」


 意味深に笑うアルトに、妹姫はわかっているのか無いのか、ふ~んと相槌を打つ。


「ねぇ。今日も何かお話してよ」

「話? 話ったってもなぁ」


 アルトは困ったように頭を掻く。

 お姫様に聞かせられるような高尚な物語は知らないし、戦場での出来事なんて血生臭すぎて子供には話せない。

 ふと、視線が手紙の方に向いて、ああとアルトは手を打った。


「んじゃ、ちょっとした不思議な出会いの物語でも、してみるか」

「うん! してして」


 ベッドの上ではしゃぐ妹姫に、アルトは得意げに語りだした。


「そうだなぁ……タイトルは……」


――小さな魔女と野良犬騎士。


 そう自信満々に名付けて、アルトはゆっくりと語り始めた。

 暗い路地裏での出会いと、能天気な連中との物語。

 今は療養中につき、離ればなれの魔女と騎士は、祭りの後の寂しさに包まれている。


 なぁに、心配することは無い。

 少し我慢すれば、また賑やかな祭りはやってくる。それこそ、もう結構だ! と怒鳴り頭を抱えたくなるほどの物語は、もう目の前まで迫っているかもしれない。

 だから、今は暫しの別れを。

 帰ったら、真っ先にやることは決まっている。


「……探偵事務所の看板は、速攻で叩き割ってやるからな」






これにて、第一部終了となります。

ここまで読んでくれた方々に感謝を。


引き続き、第二部もよろしくお願いします。

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