第66話 愚か者達の夜明け
アレだけ人がひしめき合っていた天楼の通りには、既に数えるほどの人間しか立っていなかった。
一部の人間を覗き、大部分が既に天楼の本拠地を後にしている。
その内の二人が、睨み合うアルトとシドだ。
この二人が対峙してから、周囲の行動は早かった。
事前に非戦闘員はこの場所から退避していたらしく、天楼の兵隊達は怪我人を迅速に運ぶと、最低限の人数を残して天楼を出て行った。皆、後ろ髪を引かれる思いがあるのか、チラチラとシドを気にしていたが、誰一人として行動を鈍らせる者はいなかった。
事前にシドが言い含めていたのだろう。
残ったのは元々後処理を任されていた、一部の幹部たちのみ。
彼らは決闘の邪魔をすることなく、固唾を飲んで遠巻きに対峙する二人を見つめていた。
シドは悠然とした佇まいで、片手に持った大刀で肩を叩く。
齢六十を超えているとはいえ、傭兵顔負けの屈強な体躯を誇るシドだけに、ただ構えているだけでも、相当の圧迫感があった。事前に準備運動でもしていたのだろう。肌艶が良く、筋肉の張りも仕上がって、沸き立つオーラから一際大きく感じられた。
天楼の兵隊達に囲まれた時より、シド一人を相手取る方がよっぽど恐ろしい。
対してアルトは満身創痍。
大きな致命傷こそ無いモノの、全身傷だらけで、ここに来るまでの間に大分体力も消費してしまった。
シドのような大物を相手するのは、勘弁願いたいというのが本音だ。
「……ま、引くわけにゃ、いかないんだけどな」
呟き、アルトは軽く腰を落とす。
互いに動かず、無言の睨み合いが続く。
息が詰まるほどの沈黙の中、シドがジャリッと右足を滑らせる。
「いくぜ、若造」
「来いよ、年寄り」
同時に地を蹴り、一瞬にして互いの間合いにまで踏み込む。
アルトの一撃が横に薙ぐ。
右足を踏み出しギリギリでブレーキをかけ、下腹部を狙って放たれた横薙ぎを回避すると、今度はシドが上段から大刀を振り下ろした。
それを、半歩身を横にズラしただけで躱す。
「――ッ!」
「――ヌッ!」
正面から刃が噛み合う。
火花が大きく散り、ギリギリと鋼が軋む音が響く。
鍔迫り合いによる力比べ。体格では差があるが、腕力は拮抗しているらしく、二人は睨み合ったまま動かない。
刃が擦れ合い嫌な音を立てる中、シドが隙を突きアルトの左膝を蹴った。
「なッ!?」
鍔迫り合いに神経を集中していた為、バランスを崩しアルトはその場に膝を突いてしまう。
その隙にアルトの剣を受け流すと、シドは大刀を上段に構えて、振り落した。
舌打ちを鳴らし剣でその一撃を防御しようとするが、勢いの乗った上からの大刀を受け止め切れず、刃を弾かれてしまう。
咄嗟に地面を蹴り後ろに身を引くが、大刀の切っ先が額を裂いた。
間合いを取り片手で地面を弾くと、アルトは素早く立ち上がる。
額からは赤い血がタラリと流れ、顎から地面へ雫となって落ちた。
ペロリと、流れる血を舐める。
「どうした。動きが鈍いんじゃねぇのかぁ?」
「うるせぇよ。まだ、準備運動――だッ!」
言いながら一足飛びで斬り込む。
正面から剣がぶつかり合い、火花を散らして互いの刃が弾かれる。
仕切り直しはせず、二人共足に力を込めると、近接での斬り合いに挑む。
互いの刃が轟音を纏って飛ぶ。
二人共防御のことは頭に無いのか、迫りくる刃を体捌きだけて回避し、息つく暇も無い連撃を繰り出し合う。
傍目からは冷や冷やする攻防。
だが、当の本人達はまだ全力では無く、様子見の段階だ。
満身創痍だが流石はアルトと言うべきか、技の切れに淀みが無い。一瞬、冷っとする場面もあったが、立ち上がりから徐々に火が点って来たようだ。
シドもまた、殺し合いを演じているとは思えないほど余裕綽々だ。
これが年の功というヤツか、刃が肌を掠っても顔色一つ変えない。
大きく刃が金属音を響かせると、同時に後ろへと飛び退く。
そして、止めていた息を大きく吐き出した。
「……クソッ。ハウンドといいミュウといい、この爺といい。北街は化物の巣窟かよ」
止まらない額からの血を手の平で拭いながら、アルトはそう毒づいた。
心外だとばかりに、シドは肩を竦める。
「その言葉、お前さん方にゃ言われたくねぇなぁ。騎士団なんかそれ以上の化物揃いじゃねぇか」
「ありゃ特別なんだよ。俺みたいな一般人と一緒にしないでくれ。迷惑だ」
「ハッハ。抜かしよるわ」
愉快そうにシドは一笑した。
軽口を叩き合い、仕切り直しをする。
また、互いに同じ構えを取り、今度はアルトの方が先に仕掛けた。
身体の正面をシドに向けたまま、回り込むように走る。
それに合わせ、大刀の切っ先を絶えず向けて、踏み込みを牽制する。
流石に隙が無い。
「なら、崩すっきゃないな」
回り込みながら、直角に曲がり真っ直ぐとシドに向かう。
「……ふむ」
先ほどと同じ、無謀な突っ込み。
何かあるのではとシドは僅かに迷いを見せるが、構わず照準を合わせた切っ先を、迫るアルトに向けて突き出した。
左右どちらに避けても、薙ぎ払いで対応出来る。
それは、上下に回避しても同じことだ。
が、次の瞬間、シドの表情は驚きに彩られる。
「――なんだと!?」
手前で跳躍したアルトは、ポンと羽が揺れるが如く足取りで、突き出された大刀の上に片足で乗った。
大刀を足場にして、更に上へと跳躍する。
踏み台にされた所為で、シドは大刀が押さえつけられ追撃どころか、防御することも出来ない。
「――チッ!」
真上で宙返りをするアルトの動きに合わせ、シドは倒れるように膝を折りしゃがみ込む。
上空で逆さにあったアルトは、真下のシド目掛けて思い切り剣をスイングする。
刃を通じて鈍い感触が手の平に届くが、浅い。
「避けた? ……いや、踏み込みが甘かったか」
「……グッ。やるなぁ、小僧ッ」
上と下、悔しげな表情と苦悶の表情が僅かに交差し、アルトは身を入れ替えて地面へと着地する。
刹那。
確認することなく剣を真後ろに振るうと、同じことを考えていたシドの大刀とが激しくぶつかり合い、互いに背を半身に向けた状態で噛み合った刃から火花が散った。
無理な態勢から剣を振るった所為か、響く衝撃に右手が痺れる。
それはシドも同じだったのか、苦悶の吐息と共に顔を歪めていた。
だが、この場は引けない。
互いに正面を向きあい、再び全力で振るった刃が交錯する。
が、先ほどの無理な一撃が祟り、手が痺れた所為で握りが甘くなり、大刀の一撃を受け切れない。
「――貰ったッ!」
ここが攻め時と、更に足を一歩踏み込みシドは押し斬ろうとする。
「グッ、ギッ、にゃろうッ!」
奥歯を噛み締め足を踏ん張り、痺れた右手の代わりに左手を強く握り、捻って無理やりにでも大刀を弾き飛ばそうとする。
「ぬおッ!?」
シドは驚きの声を上げた。
やはり彼も手が痺れ、思うように力が入っていなかったらしく、押し斬ろうとした態勢に別の方向から力が加わった為バランスを崩す。
アルトが力を込めたところで圧力がフッと弱まり、シドの大刀を上に弾くと同時に、自分の剣も手からすっぽ抜けて上空へ舞ってしまう。
剣と大刀は加わった力の加減で、クルクルと頭上で回転している。
素手となってしまった二人。
「――ッ!」
瞬間、シドはベルトの後ろに差して、隠し持っていた投げナイフをアルトに向かって投擲する。
「――痛ッ!?」
ナイフはアルトの左腹部に直撃。
苦悶の表情で後ろによろけるアルトに向かい、シドは二本目を取り出した。
透かさずアルトはバックステップで距離を取り、狙いを付けさせないように、身を低くして一回転。
正面に戻る回転力を利用しながら、腹部から引き抜いたナイフを下投げで投擲する。
ナイフを離した瞬間、シドの投げナイフが左肩を抉り、バランスを崩してその場に転がり込む。
投擲されたアルトのナイフは、一直線に吸い込まれるよう、シドの右目に突き刺さった。
「――ッッッ!?」
必死で絶叫を噛み殺し、仰け反ったシドは数歩後ろに下がり、ドスンと尻餅を付いた。
そして倒れる二人の丁度真ん中に、二本の刃が突き刺さる。
一瞬の沈黙の中、僅かにいた天楼の人間達にどよめきは走った。
「……はぁはぁ。チクショウ……すげぇ、痛ぇじゃねぇか」
荒い息遣いで起き上がるが、ダメージの所為で前につんのめり四つん這いになる。
押さえている腹部からは、血がボタボタと流れ落ちた。
内臓には届いてないが、この出血量は流石にヤバく、意識が朦朧としてきた。
尻餅をついていたシドも、呻き声を漏らしながら、その場に胡坐をかく。
「痛ぇのかこっちだ。ったく……色男が、台無しじゃねぇか」
右目に刺さったナイフを勢いよく抜くと、激痛からシドは身を震わせ、吹き出た血で顔面を真っ赤に染めた。
血塗れになった二人のさまを見て、天楼の男達は息を飲み込んだ。
凄惨な光景の中で、それでもまだ二人は、薄笑みを絶やさない。
今夜一番の静寂の中、二人の荒い息遣いだけが響く。
二人の直線状には、二本の刃が並んで突き刺さっていた。
アルトの正面には、シドの大刀。
シドの正面には、アルトの片刃剣。
地面から手を離し、アルトは立ち上がる。
「……もうすぐ、夜明けだ。決着をつけようぜ」
「……望むところだ」
膝を叩き、シドも立ち上がる。
睨み合う二人。耳鳴りがするほどの緊張感が、周辺に濃厚な殺気を撒き散らす。
二人の荒い呼吸がだんだんと小さくなり……そして、
止まった。
「――ッ!」
「――ザッ!」
同時に真っ直ぐと駆け出す。
地を蹴る音だけを響かせ、脇目も振らずに全力疾走する二人は相手の武器をスルーし、その真ん中で互いの身体を交差させる。
最初から見つめていた視線の先、己の得物に手を伸ばすと、同時に柄を握った。
抜きながら振り返る。
リーチ差も攻撃予測も防御も計算も、何も無くただ振り抜いた一撃。
単純に、より早かった者が勝つ。
自身の持つ最高速の一撃を振り向きざまに打ち出し、刃の放つ一瞬の煌めきの中で、アルトとシドの視線は、ここでようやく交差した。
速度に置いて行かれ、音と感覚が無い世界の中で、互いは刃を振り抜いた。
剣を振るった態勢のまま、暫し二人は静止する。
崩れたのは……シドだ。
「……グフッ!?」
内臓まで深く腹を裂かれ、シドは血を吐き出し、地面にゆっくりと膝を突いた。
終わった。
横薙ぎの態勢のまま両目を瞑り、アルトは深く長い息を吐き出す。
頬からは一筋の赤い血が流れ落ちる。
アルトが一撃を放った後、飛んで来た大刀の刃を、首を曲げることで回避した。
タイミングが遅ければ、アルトの首が飛んでいただろう。
地面に膝を下したシドは、そのまま正座で座り、アルトを見上げた。
「……強ぇなぁ。いや、儂が弱かっただけ、かのぉ」
「ほんと、爺ってのは、若者の実力を認めたがらねぇなぁ」
目を開き呆れたように言うと、シドは震える唇でぎこちなく苦笑した。
天楼の男達がざわめく。
シドが負けたことに動揺しているのかと思ったが、視線を向けてみるとどうやらそれだけでは無さそうだった。
「……来やがった、みてぇだな」
視線を向けたシドも呟く。
天楼の通りを闊歩するのは、この場に不釣り合いな姿をした一団。
ライナ・マクスウェル率いる第一騎士団だ。
「もう、そんな時間かよ……」
東の方に視線を向けると、僅かだが彼方の空が白く染まり始めていた。
ハイド達奈落の社の面々が彼らを通したということは、天楼の負けを認めたのだろう。
残っていた天楼の男達が、慌ててシド側の方へと退避する。
先頭を歩くのは団長のライナ。
彼はアルトと状況を見止めると、表情を厳しくさせた。
「アルト。君は……ッ」
「まぁ、待てよ騎士団長の兄ちゃん」
咎めようとする言葉を、シドが遮った。
そして青ざめた顔を向けると、何時もの如く、豪快な笑みを見せた。
「ケジメはつける。馬鹿騒ぎは終わりだ……だからよ。この老いぼれの首一つで、勘弁して貰えねぇか?」
「それは、駄目だ。貴方には正当な裁判を受ける義務がある」
「はは、そりゃ不味いな。好き勝手やった儂が生きとったら、示しがつかんだろうさ」
結果だけ見れば、北街で武力抗争が起こっただけで、他には何も起こらなかった。
シドはそう落としどころをつけたいのだ。
今回の件に関わった全ての人間が、シドに忠誠を誓い、北街の未来を憂いていた者達ばかりでは無い。
出世や利権。神崩し成功のあかつきという空手形に踊らされ、甘い汁を吸おうと寄って来た人間も多数いる。その多くは貴族や富豪、権力者であり、天楼や奈落の社を始めとする北街の金づる的連中だ。
今回の一件で弱みを握れば、今後の北街の運営が随分と容易くなる。
逆を言えば、彼らを失えば、北街は金銭的屋台骨を失うことに繋がる。
シドはそう計算していた。
全ての責任を負うことで、天楼には敵討ちという馬鹿な考えを牽制する為。奈落の社には更なる結束力の強化と、今回の一件における騒動の責任を及ばないようにする。その為には相応の代償が必要なのだ。
だが、ライナはそれが許せない。
「貴方が裁判で全てを明らかにすれば、今回の件に関わった人間を一掃出来る。そうすれば政治の浄化にも繋がるし、北街をより良く発展させることだって可能な筈だ。それがわかならい貴方では無いでしょう!?」
シドは首を左右に振る。
「儂一人が裁判に立ったところで、老獪な貴族連中の首を根こそぎ晒すことは出来んよ。適当な身代わりを立てられて、それでおしまいだ。誘いをかけたのは儂の手前、裏切ったと思われれば、北街はその報復から逃れられんだろうな」
全ての責任は天楼の王であるシドにある。
その条件さえ満たすとこが出来れば、彼らが北街に牙を剥くことは無い。
仕込みをしたボルドの完璧には、感謝をしたいくらいだ。
事情はわかっているらしいライナは、唇を噛んで悔しそうな表情を見せるが、それでも諦めきれないらしい。
「だ、だが! 死をもってケジメをつけなくても、何か方法がある筈だ!」
必死で叫ぶ。
要するにライナは、目の前で人が死ぬという行為を、許容出来ないのだ。
騎士としてあるまじき甘さ。その甘さがあるからこそ、ライナ・マクスウェルは心優しき騎士であり、真の英雄たる資質を持っているのだ。
俺達とは違うなと、同じ考えに至ったアルトとシドは苦笑する。
シドは晴れ晴れとした口調で、確りとライナに語りかける。
「これはよぉ。儂が儂である為のケジメなんだよ……テメェの矜持に従って、テメェの守りたいモンの為に死ぬ……カッコイイじゃねぇか」
ニヤリと笑うシドに、理解出来ないと悲痛な面持ちで、ライナは首を左右に振った。
話は平行線。これ以上は水掛け論だと、シドは口を噤んで目を閉じた。
アルトは一度頷き、両手に持った剣を、シドの首元を狙って高く構える。
「嫌な役目、負わせちまったなぁ」
「なぁに、いいってことよ」
「や、止めろ! 殺すなッ!」
ライナの叫びが響く。
が、それを無視して、アルトの剣は振り下ろされた。
沈黙が流れる。
長く息を吐き、刃についた血を振い落すと、目を瞑り軽く顔を伏せ黙祷を捧げた。
ガックリとライナは無力感から膝を突いた。
「――ボス!」
部下達がシドの亡骸に駆け寄り、静かに涙を流した。
アルトは彼らを一瞥する。
「……後は頼む」
アルトの言葉に、部下達は涙を流しながら頷くと、物言わぬシドを抱きかかえた。
恐らくシドは、自分が死んだ後の後始末も、確りと命令していたようだ。
後のことは連中に任せて、アルトは騎士団達の前へと立つ。
「――待て!」
副団長のイリーナが腰の剣に手を添えて、亡骸を抱えて去ろうとする天楼の男達を咎めるが、横のライナが手を差し出しそれを制止する。
視線はジッと、アルトを睨み付けていた。
怒りに満ちた視線を受けて、アルトは困り顔をして、剣の刃を肩に背負う。
「……何故、殺した?」
低い声色。
予想通りの言葉に、アルトは鼻から嘆息した。
「爺が言った通りだろうが。シドが死ぬことで初めて、この戦争が終わるんだよ」
「死ぬ必要は無かった筈だッ! こんな安易な方法を取らずとも俺達と、騎士団と協力し合えればもっと良い結果が導き出せたんじゃないのか!」
アルトは舌打ちを鳴らし、ライナを睨み付ける。
「ウゼェなテメェ……騎士団が踏み込んだら全面戦争になっちまうから、俺がこうして傷だらけになって片を付けたんだろうがッ。もっと良い結果だぁ? その結果が今まで出せなかったから、この街がこんな惨状になってるんだろうがッ!」
「それはッ……俺達の力が至らなかったのは事実。否定はしない」
苦しげに表情を歪めるが、睨む視線は外さない。
「だからと言って君の行動を認めるわけにはいかない。君は、シドを止めるべき立場にあった!」
「違うね。自分の矜持に従う人間を、止める術はねぇよ」
「そうやって価値観にばかり酔って、命を大切に出来ないッ! 君がやったことは、一人の人間の命を奪ったということだ!」
「ああ、そうだね。だからどうした? 男同士の戦いに、横から割り込んできて、文句垂れてんじゃねぇぞッ!」
互いに一歩も引かず怒鳴り合おう。
ライナがこんなに感情を剥き出しにしているのが珍しいのか、横のイリーナは唖然とした表情を浮かべていた。
人としての生き様を重視するアルトと、人の命を重視するライナ。
我が強く、死生観が違う二人が対立して、どちらかが折れるなんてあり得ない。
対照的な矜持を持つ二人。それ故にアルトは騎士を止め、ライナは英雄と呼ばれた。
激しい言い合いなどせずとも、この状況でわかり合うのは不可能だ。
ライナは前に歩み出ると、怒りを押し殺してアルトに警告を下す。
「アルト。君の生き方を俺は認められない。君は騎士団の任務を妨害し、最重要容疑者を殺害した……投降してくれ」
「いやだね」
「何故だ!? 君がやったことは罪なこと……だが、神崩しを阻止したということもまた事実。その功績があれば、今回の件に御目溢しが貰えるかも……」
「お前は、そういったところ、甘いよなぁ……」
心底呆れたように、アルトはため息を吐く。
「シドを斬った俺が、はいそうですかって騎士団に従ったら、他に示しがつかねぇだろう?」
その言葉に、ライナはハッとする。
そして悔しそうに唇を噛み締めた。
「……甘いのは、どちらだ」
苦々しく呟いた。
すぐに表情を引き締めると、アルトを見据える。
「ならば容赦はしない。その怪我で、俺に勝てるとは思っていないだろうな?」
「悪いが、家に待たせてる奴がいるんでね。テメェをぶった斬って、俺ぁ家に帰るぜ」
ライナは騎士団のメンバーを下がらせると、腰の剣を抜きながら、アルトと対峙する。
満身創痍のアルトは、息遣いが荒く立っているのもやっとの様子だ。
それでも剣を両手に持ち、脇構えの態勢を取った。
「さぁ、ライナ。地獄に堕ちる準備は整ったか?」
朝日が昇り、血と闘争に彩られた夜が明ける。
眩い太陽の光が後光となって天楼を染めた瞬間、二人は同時に駆け出した。
★☆★☆★☆
窓から差し込む朝日に、ロザリンは自然と目を覚ました。
魔力を使い果たした身体は怠く、怪我の所為で全身が痛む。
「……ん、ぬぐっ」
起き上がろうと一応の努力はしてみるが、やはり全身の筋肉がぷるぷると痙攣して、ロザリンの小さな身体はポテンと、ベッドの上へと舞い戻った。
そこで初めて、自分が自宅では無くかざはな亭の二階にいることを理解した。
頭が酷く痛み、喉の奥がいがらっぽい。
ここ数日、散々水浴びをした所為か、風邪を引いてしまったらしい。
目は覚ましたのだが、疲労の残る身体にはまだ睡眠が足りないので、ここは大人しく再び眠りに身を任せることにした。
風邪に関しては申し訳ないが、多分様子を見に来てくれるだろう、カトレアかランドルフあたりに頼るとしよう。いや……帰ってきたアルトに、風邪を理由に散々甘え倒すのも悪くは無いかもしれない。
「……クスッ」
ベッドの中で、自然と笑みが零れる。
意識すれば、より一層、会いたいという気持ちが高まる。
「早く、帰ってこないかな」
小さく呟いて、ロザリンはまた眠りへと落ちて行く。
次に目覚めた時、アルトがいてくれたら嬉しいなと思いつつ。
零した笑みは、自然と寝息へとかわる。
その日、アルトが能天気通りに戻ってくることは、無かった。




