第53話 老兵の戦い
青天の霹靂。
突如、天楼に走った衝撃を一言で表すなら、これほど適した単語は存在しないだろう。
シドの屋敷からアルトが切り崩し、そのままになっている門まで続く一本の大通り。
そこを行き交う人々は誰もが振り返り、二度見をし、尚も我が目を疑う。
ある者は「あり得ない」とうわ言のように呟き、またある者は状況が理解出来ず地に膝をついて神に祈りを捧げる。
衝撃の光景に悲鳴、いや、ざわめきすら起こらず、小さな囁きだけが吹きすさぶ風に消えて行く。非日常と隣り合わせに生活する無法地帯、北街の住人達であっても、それはあまりに衝撃的、且つ非常識な、まさに大事件と呼ぶに相応しいで出来事だった。
「……何なのよこいつら。ねぇ、殺していい?」
「やれるモンならやってみろ……この状況で、な」
「チッ。意外に面倒なモノね」
騒動の張本人達は、住人の視線を一身に浴びながら、不穏な会話を繰り返す。
まだ包帯の取れていないアルトと、だるそうに背を曲げて歩くミュウの二人だ。
敵同士である二人が、並んで歩いているだけでも奇妙だが、もっと不可思議なのはその手だ。
アルトの左手と、ミュウの右手が、がっしりと繋がっている。
それもただ手を繋いでいるのではなく、指を一本一本絡み合わせた、俗にいう恋人繋ぎというヤツだ。
あの恋愛より殺し合いが似合う女性ナンバーワンのミュウが、他人と、それも男と並んで歩いているだけでも、天楼では衝撃的な事件なのに、二人は仲睦まじく……は、見えないが、それでも恋人繋ぎで通りを歩いているのだから、住人達には衝撃的だろう。
衝撃的すぎて、驚きよりも先に、恐怖がやってくるくらいだ。
何故、こんなことになったのか。
話は昨日の夜に遡る。
★☆★☆★☆
ロザリン達が能天気通りの心意気の元、結束を固めていた頃と同時刻。
天楼の最奥にあるシドの屋敷に、アルトはいた。
「…………」
「…………」
床の上に胡坐をかき、アルトとシドは無言で睨み合う。
二人の前には酒を注がれた杯が置かれ、一言も喋らないまま同時にそれを手に取ると、喉を鳴らして一気に飲み干し、また同時に床へと置いた。
「…………」
「…………」
酒瓶をそれぞれ手に取り、自分の杯に透明の液体を注ぎ、同じく飲み干す。
そしてまた空になった杯に……以下、同じ動作を、三度ほど繰り返した。
ただ酒を飲んでいるだけなのに、二人共無言で、壁の無い吹き抜けの風通りが良い部屋は、酷く息苦しい緊張感に満ちていた。
「あ、あのぉ~」
アルトの後ろで正座しているシーナが、居辛そうに肩を竦めて、恐る恐る手を上げた。
医者の責任感からか、治療の経過を確認する為にアルトと同行していたのだが、こんなことなら来なければよかったと凄く後悔している。
このままでは、胃に穴が開きそうなので、緊張しながらも口を挟む。
「お二人は、話があって、顔を合わせたんじゃ……」
「儂は別に無いがの」
「聞きに来いっつたのはテメェだろ爺。ボケてんのか」
間髪入れずに答えるシドに、酒をグッと飲み干し、勢いよく床に杯を置いた。
対抗するようにシドも酒を飲み、鼻から酒臭い息を抜く。
「言ったがなぁ。儂はオメェに娘を誑かせたぁ言ってねぇぜ?」
「はぁ? 誑かすってどういう意味だよ」
「意味っつったら、男と女のランデブーよ。あのミュウが、気に入った玩具を壊しもせず、あまつさえ手ぇまで貸すんだから、これが惚れてなくてなんだって言うんでぇ」
最初は冗談かと思ったが、表情を見る限り、本気で言っているようだ。
アルトは嘆息しながら、酒を自分の杯に注ぐ。
「やっぱボケてんだろ爺。あのバイオレンスな女が、愛だ恋だが似合う柄かよ」
「いやいや、女ってのはわかんねぇからなぁ。興味がねぇぶん知識もねぇから、案外、コロッと惚れた腫れたに現を抜かしちまうかもしれねぇぞ」
「ハッ。馬鹿くせぇ」
ハイペースに注いだ傍から、酒を一気に飲み干していく。
「仮にそうだとしても、相手役が俺ってどういう了見だ。勘弁願いたいね」
「父親の目の前で、言いやがるじゃねぇか。まぁ、色々と問題があるが、面構えだけ見りゃ、悪くはねぇはずだけどなぁ」
杯に酒を注ごうとするが、空っぽになってしまったらしく、数滴の雫が杯に落ちただけだった。
なので真後ろに置いてある瓶を手に取り、封を開けて新しい酒を注ぐ。
ちなみに、後ろにはまだ封をされた酒瓶が、一ダースは並んでいた。
「いやよ。親の贔屓目を抜きにしても、ありゃ相当の上玉だと思うんだけどよ」
「確かに顔は可愛い。認めてやるよ。だが、それを加味したって、あのぶっ飛んだ性格のぶんだけマイナスだろうが」
「まぁ、そうだな」
シドはあっさりと認めてしまう。
「だがよ、アレはアレで、可哀想な娘なのよ。血を浴び、痛みを与えることでしか喜びを見いだせねぇ、哀れに壊れちまった娘の末路さ」
「……ふん」
不機嫌に鼻を鳴らし、アルトは無言で酒を煽った。
暫し、奇妙な雰囲気の中、二人は無言で酒を飲み進める。
後ろで見ているシーナは、良くあれだけカパカパと飲めるものだと、底の抜けた樽のような二人の飲みっぷりに、飲んでもいないのに気持ち悪くなってきたらしく、青い顔をして口元を手で覆った。
二本目の酒瓶を空け、話はようやく本題に入る。
「何が聞きたい。国崩しの方法か? それとも、儂が何でそんなことをするかの理由か?」
「両方だ」
「ハッ。欲張りな奴め」
苦笑して、シドは三本目の酒瓶の封を開けた。
「それじゃ、ま、儂が国崩しを成す理由ってのを、話てみるかの」
自分の杯に酒を注ぎ、酒瓶を置かずにアルトの杯にも酌をする。
「オメェさんらは知らんだろうが、四十年前、大きな戦争が始まる前は、この北街は今よりずっと賑やかで、煌びやかで、笑いの絶えん街だった……それらを踏み躙り、今だ深く傷跡を残す出来事。あの戦争が、全てを破壊しつくしちまったのさ」
四十年前の北街は、王都の中心的街だった。
国境を越えて伸びる街道がある為、北方からの旅人や商人達はまず最初に、北街を訪れる。その影響で街は潤い、活気に満ちて、自然と王都の経済は北街ありきで動くようになり、四つの都市区の中でももっとも栄えた街になった。
それだけでは無く、当時北街を納めていた執政官は優秀な人物で、金回りが良いだけでは、人の心が荒むと、積極的に街の風紀向上に力を入れていた。
執政官の努力もあり、栄えながらも治安は良く、人々は笑顔の絶えない日々を送ることが出来た。
しかし、そんな平和で幸せな日常は、ある日突然、終わりを告げる。
戦争が始まったのだ。
大陸の北方を占める帝国が、御家騒動により新皇帝が即位。それにより、タカ派が政治の中枢を握ってしまい、平和的な路線だった帝国に急速な軍国化が進み、非難を強める近隣諸国に対して、一方的な宣戦布告を宣言した。
帝国の圧倒的な軍事力の前に、戦火は瞬く間に大陸全土へと広がる。
それは、エンフィール王国も無関係では無かった。
代々、精強な騎士団を要するエンフィール王国であったが、初戦は勝利を飾るものの、戦争が続くにつれ帝国の圧倒的な物量に押され始め、戦線が見る間に下がって行く。
遂には最終防衛ラインも破られ、帝国の軍勢は王都の手前にまで迫った。
当時の議会は紛糾を続け、最後に一つの大きな決断を下す。
籠城戦。
王都の防衛戦において最大の強みは、水神リューリカの加護による結界だ。
これを展開すれば大群は水晶宮や都市部に、容易く踏み込むことは出来なくなる。
しかし、引き籠ってばかりでは、いずれは自滅してしまう。
そこで都市部の結界を一部解除し、敵軍をおびき寄せたところで、一気に攻めかかる作戦を当時の参謀長が立案。追い込まれた議会は、北街執政官の反対を無視して、その作戦を可決してしまう。
結果、帝国軍には勝利するモノの、市街戦となった北街は火の海に沈み、壊滅状態に陥った。
その後、何とか帝国軍を押し返し、停戦が結ばれるが、王都進行を許した責任を取らされ、政治の中枢にいた者達は失脚。後釜に座った貴族主義の保守派により、王都もまたその体制を変化させていく。
後々まで続く長い帝国との戦争において、北街の惨状は国民の帝国への怒りを煽るプロパガンダに利用する為、執政官の再三の予算増税は却下され、野ざらしの状態が続いた。
執政官の存在が邪魔になった保守派は、秘密裏に彼を暗殺し、傀儡となる者を代わりに着任させる。
これが、北街を襲った、もう一つの悲劇と言えるだろう。
繰り返される戦争。その為の増税や徴兵。
悪循環の中、荒れ果てた北街はスラムへと姿を変え、無法者、戦災孤児、戦火によって炙りだされた弱者が集い、頼る者の無くなった北街の人間は奈落の社を結成、自分達の自治を開始する。
何時の日にか、北街を昔のように、笑顔で溢れる街に戻ると信じて。
それから四十年。街はまだ、当時の爪痕を消すことすら叶わない。
「その殺された執政官ってのが、儂の親友で奈落の社の初代頭領の父親……つまり、ハイドの祖父になるってわけよ」
「ハイドの、か」
「儂はよ、アイツの墓前に誓ったんでぇ。アイツの愛した北街を、絶対に取り戻してやる。元通りにしてやるってよ……それが、良いとこの坊ちゃんでありながら、ケチなチンピラだった儂を親友と呼んでくれた、アイツへの手向けになると思ってなぁ」
空になった杯を置いて、酒瓶を手に取る。
中身を注ぐのではなく、シドはそれを直接ラッパ飲みした。
「ぷはぁ……だがよ、色々と手ぇ尽くしてみたが、所詮エンフィールは貴族や金持ちが優遇される国よぉ。ボロボロの北街を維持するのが精一杯で、復興何て夢のまた夢。無理がたたって、ハイドの親父も病気でぽっくり逝っちまった……儂より早く、なぁ」
シドは寂しげに視線を落とす。
親友の息子だった人物。きっとシドも、息子同然に可愛がっていたのだろう。
「だから、国ごとぶっ潰すってか」
「おうよ。儂もいい年だ。明日が毎日やってくるなんて、安心しきってグースカ寝てられる時期は、とっくに終わってんだよ……それに、機会も巡ってきちまったしな」
機会。という言葉に、アルトの眉がピクッと反応する。
「だったらよ、儂は鬼と呼ばれようが畜生と呼ばれようが、最後の最後までキッチリと燃え尽きねぇと、あの世でアイツらに合わせる顔がねぇんだよ」
「だから、ボルドの野郎の計画に乗ったってわけか」
「ほう。察しがいいじゃねぇか」
話の繋がりを想像すれば、何となく予想は出来た。
これだけ義理堅い男が、奈落の社を抜けてまで成そうとする国崩し。それを成功に導けるだけの材料を、ボルドは揃えて見せたのだろう。
口振りから察すれば、チャンスは恐らく一度きり。
シドは文字通り命を懸けて、国崩しに挑むつもりなのだ。
「例え国崩しが成功したとして、あの野郎が素直に祝福してくれるとは思えねぇな」
「儂だって馬鹿じゃない。アイツが何ぞ企んどることなどお見通しよ。邪魔しようってんなら、息子だって容赦はせん」
「血生臭い親子関係だな、アンタらは」
皮肉を投げかけると、シドは苦笑する。
「血縁関係なんぞ空しいモンよ。何の保証にもなりゃせん……その点で言いや、オメェさんらが羨ましいよ」
「で、でも!」
自嘲するような言葉に、それまで黙って聞いていたシーナが、声を張り上げた。
少し驚いたシドの視線が、緊張気味に硬くなっている青年に向けられる。
「こ、ここの人達は、心からシドさんのことを尊敬して、信頼しています」
「……兄ちゃん」
「は、はい」
シドは微笑んだ後、厳しい表情を作る。
「その尊敬、信頼されてる奴らによ、儂は、死ねと命令せにゃならんのさ」
「……ッ!?」
何も言い返せず、シーナは膝に置いた拳をギュッと握り、下を向いてしまう。
視線を、アルトの方に戻す。
「アルト。何度でも言う。オメェ、俺の仲間になれ」
「…………」
真っ直ぐ見つめられ、アルトは酒を注いだ杯に口の付けず、床へと置いた。
「断る」
「何故だ? オメェも戦争で多くの者を失った筈。誰よりも、オメェは儂に近い存在の筈だ。踏み越えてった多くの屍、同胞達の思いを背に乗せてるからこそ、オメェは騎士団に戻ることを拒んだ……違うか?」
向けられる瞳に、過去を憂う望郷の念が垣間見えた。
シドは語りかける。時代は違えど、同じ地獄を見たモノ同士。
二人にしか理解出来ない言葉以上のモノが、そこにはある。
これだけは一生かかっても、ロザリンやハイド、戦場という地獄を肌で体感していない者達には、理解しえぬことだろう。
だからシドは確信があった。
似たモノ同士。この男なら、自分の悲しみを、怒りを、真に理解してくれると。
けれど、アルトは首を左右に振った。
「違ぇよ。全然、違う」
「何故だッ!?」
怒気の混じる声を張り上げるシドを、ただ静かな怒りを込めて、アルトは睨み付ける。
「勘違いすんな。俺ぁ、何も背負ってねぇ、背負うつもりもねぇ。テメェの後悔を俺に投影して、重ね合わせるのは止めろ……テメェが始めた戦いだろ。テメェ一人でケリをつけやがれ」
シドの両目が大きく見開かれ、やがて、穏やかに笑みを零した。
景気を付けるように、杯の酒を大きく煽ると、袖口で唇を豪快に拭った。
「チッ……青二才に説教されるたぁ、儂もヤキが回ったもんだ」
両腕を組むと、真剣な表情を向ける。
今度は瞳に、過去を憂う光は存在しなかった。
「国崩しの概要は簡単だ。ある方法を使って王都の結界を無力化する」
「……無力化したところで、騎士団との戦いは避けられないぜ?」
「結界の無力化は、水晶宮に攻め入る為のモノじゃない……最大の目的は、寝所への侵入、つまり……」
一拍、間を置く。
「水神リューリカとの契約だ」
「――なにッ!?」
思わず声を上げてしまう。
後ろのシーナも驚きのあまり、言葉を失っていた。
「結界の無力化と言ったが、それは同時に王家と水神の契約を一時的に無効化にする効果もある。その隙に儂が水神と契約を交わせば、王都の中枢は握ったも同然よ」
国家神との契約。
それはエンフィール王国にとって、新たな王の誕生を意味する。
例えそれが鬼謀策謀により簒奪された物でも、それは奪った者では無く、奪われた王が無能であるということを、この国では示す。
天楼、ボルドは保守派の貴族と繋がりがある。
彼らが上手く立ち回ることで、現王家は王位を剥奪され、水神と契約を交わしたシドが新たな王としてこの国に君臨する。そういう計算があるのだろう。
勿論、これはことが順調に進んだ場合の話だ。
状況次第では、水神と契約を交わしても、戦いを避けられない可能性も高い。
水神との契約は、この国全ての水と契約を交わすことを意味する。
つまり、最悪の場合はシドが水神の力を行使し、王都が水に沈むことだってあり得るのだ。
「無論、儂とて出来ればそのようなマネはしたくない。だが、戦うとなれば容赦はせん。使える武器は全て使い、この国の全てを引っくり返す」
力を込めた拳の中で、陶器の杯が砕け散る。
「この国の為政者に奪われた、北街の昨日を取り戻す為に」
「そうかいそうかい。だったらよ……」
ギロッと、シドを睨み付ける。
「俺が俺の為に、爺の女々しいセンチメンタリズムを叩き潰しても、文句は言わねぇだろうなぁ?」
シドはニヤッと、歯を見せて笑う。
「上等じゃねぇか。相容れねぇなら、やり合うしかねぇのが男の流儀よ……だがよ、ここは俺の街、天楼だ。話が物別れに終わったからって、はいさようならってわけには、いかねぇぜ? ……何故なら」
「私がいるからだよ」
突然、背後から女性の声が響く。
聞き覚えのある声に嫌な予感がしつつ、振り返るとミュウが、満面の笑みで猫背気味に立っていた。
「親父に呼び出されてムカついてたけど、アンタがいるなら別よアルトぉ。はしゃぐ元気があるならまず、私と殺し合えよ」
「ミュウ!」
飛びかかろうとするミュウを、大声を張り上げてシドが静止する。
途端に、ミュウは不機嫌な表情に変わる。
「ああっ! 止めるな糞親父、殺すぞ!」
「うるせぇよ馬鹿娘……今、そいつとやり合うのは、儂が許さねぇ」
「ざっけんなッ。私の行動をお前が決めるな」
バチバチと殺気を飛ばして睨み合う。
これで親子だというのだから驚き……いや、案外、似た者同士なのかもしれないと、アルトは耳を小指で穿りながら思う。
シドは何かを思いついた様子で、顎を摩ってニヤッと笑みを浮かべる。
「おう、ミュウ。オメェ、アルトに惚れてんのか?」
「はぁ? 意味わかんないしばーか」
顔を顰め、中指を立てる。
アルトもアルトで、余計なことを言い始めやがったと、顔を手で覆っていた。
「しかしよぉ、オメェが一人に執着するなんて珍しいじゃねぇか……惚れたんじゃねぇっつーなら、一体どういう了見なんでぇ」
「別に。ただ、殴り易いから気に入ってるだけよ」
何故か顔を背け、ミュウは胸元をギュッと握った。
シドは苦笑を漏らし、膝を叩いた。
「そりゃオメェ、どう考えても惚れてんだろう」
「いや、どう考えても違うだろうが」
妙な方向に話を持って行かれては堪らんと、アルトは口を挟むが、無視してシドは言葉を続ける。
「普段のオメェなら、相手が怪我人でも有無を言わさず殺してんだろ。戦う事に意義を見出すわけでもねぇオメェが、なぁんでわざわざアルトの怪我が治るまで待ってる?」
「……チッ」
答えるつもりが無いのか、自分でも答えを持たないのか。ミュウは不機嫌な表情で、舌打ちを鳴らすだけだ。
面倒になったのか、殺気を消すとシドに背中を向ける。
「あ~あ、シラケたわ。帰る」
「まぁ、待てミュウ」
「……アンタ、いい加減、ウザいよ?」
ギロッと今度は本気の殺気を向けるが、シドは怯まない。
「何時までもそんな宙ぶらりんな気持ちじゃ、オメェも落ち着かないだろう。アルトとの決着、怪我を理由にずっと先延ばしなんて嫌だろう?」
「……一理あるわね」
少しだけ考え、ミュウは納得するように頷いた。
一方のアルトは、本気で嫌そうに顔を顰めている。
「……すげぇな。俺も当事者なのに置いてけぼりだぞ」
「ハハッ……自分は、当事者ですら無いんですけどね」
最早シーナは、乾いた笑いしか出来ない。
そして何やらシドに耳打ちされたミュウは、此方に歩み寄り正面に仁王立ちすると、偉そうな態度でアルトを見下ろした。
「アルト。今から私とデートするわよ」
「……はぁ?」
突拍子も無い発言に、アルトは固まってしまった。
デートという甘酸っぱい単語とは裏腹に、ミュウは肉食獣のようにギラギラとした視線で、楽しげにアルトを睨み付けていた。
★☆★☆★☆
と、言う何ともよくわからない理由で、ミュウとデートをすることになった。
手を繋ごうと言い出したのもミュウの方から。恐らく、シドに何らかの入れ知恵でもされたのだろう。
何を考えているのか、甚だ疑問だ。
一歩進む度に天楼の通りにざわめきが走る。
針のむしろのような周囲からの視線に、帰りたいという気持ちが強まるが、ガッチリと握られた手からは、ミュウの逃がすまいとする意思が伝わってくる。
これが強がりで、内心では照れ臭がっていたり、手の平がじんわりと汗ばんだりしていれば、多少は可愛げがあるのだろうが、横を歩く少女は顔立ちこそ良いが、猫背と姿勢が悪く、面倒臭そうに何度も欠伸を繰り返す。
おまけに握った手の平は人を殴りすぎた上に、手入れもしてない所為が、ガサガサで女性とは思えないほど皮膚が硬い。
「……何だこりゃ」
よくわからない状況に、アルトは思わず呟いた。
何度目かの欠伸をした後、急にミュウがこちらに視線を向ける。
「ねぇ、つまんない」
「俺に言うなよ……なら、飯でも食ってくか?」
「そんな気分じゃない……あ~クソッ。段々、面倒になってきたわ。こんなことなら、親父の口車に乗るんじゃなかった」
二人揃って、湿ったため息を漏らす。
それでも握った手を離さないのは、律義なのか何なのか。
「……なぁ」
「なによ」
「シドがさ。お前のこと、アレはアレで可哀想な娘って言ってたけど、それどういう意味?」
「……本人に直接聞くなんて、アンタ頭が膿んでるんじゃないの?」
呆れ顔で言われてしまう。
当然、本人に聞くような話題では無いが、今のように仲良くお手手を繋いでいる方が異常で、一度は殺されかけた身。今更、気を使うのもアレだろう。
ミュウもそれはわかっているのか、怒ったりせずため息だけを吐く。
「別に大した理由じゃない。私が昔住んでた場所が、戦争で帝国に占領されて、母親や親類が殺されただけ。ガキの私は生きる為に、暴力で他人を屈服させることを選んだ。幸い、私にはそっち方面の才能があったしね」
辛い思い出の筈なのに、ミュウは含み笑いを漏らす。
「戦争末期の占領都市が、どんだけイカレてたか、アンタにわかる?」
「まぁ、な」
思い出すのも胸糞悪いと、アルトは口を堅く結んだ。
「四方八方敵だらけ。私は寝る間も無く、戦いに明け暮れたわ……その内に、生きる為に殺しているのか、殺す為に生きているのか、わからなくなった。いや、どうでも良くなったってのが正確ね」
キュッと、僅かに、本当に僅かに、握る手の平に力が籠る。
「そうこうしてると、気がつけば回りに誰もいなくなってた。戦争が終わっても、私はあの興奮が忘れられなくて、紛争地帯、小競り合いの続く場所を渡り歩いた。そして噂を聞き付けた親父に、拾われて今に至るってわけさ」
「……なるほどな」
別段、珍しい話では無い。
戦争は人の心壊す。戦火の光景が忘れられず、未だ悪夢にうなされる者がいれば、ミュウのように戦いの興奮が忘れられず、傭兵に身を落として、戦場を渡り歩くようになる者も少なくは無い。
アルトの髪の色もまた、その名残だ。
皮肉交じりの表情で、ミュウはアルトに笑いかける。
「同情する?」
「しねぇよ。お前が血狂いなのは、お前の責任だ。それ以外の何物でもねぇよ」
「へぇ、話がわかるじゃん。日和見した言葉なんか吐いたら、この場でぶち殺してやろうと思ったのに」
嬉しそうに、ニヤニヤと笑いだす。
不意に、何かを感じたのか、ミュウは胸の部分を押さえ不可思議そうに首を傾げる。
「どうかしたか?」
「……別に。そんなことより、私ばかりに話させてないで、アンタも何か話なさいよ」
「面倒くせぇなぁ」
空いた手で頭を掻きながら、アルトはポツリ、ポツリと他愛の無いことを話し始める。
つまらないと暴れ出しそうな気がしたが、意外にもミュウは大人しく、時折「ふぅん」と相槌を打ち、話を聞いていた。
何をするわけでもない、手を繋いで、無駄話をしながら通りを歩く。
傍から見れば、完全にデートだろう。
「……何やってんだか、俺は」
こんなことしている場合なのかと、アルトは疑問に思いながら、この奇妙なデートは夜まで続いた。




