第48話 天上を崩す者達
エレンに連れてこられた青年の名はシーナ。
黒髪で気の弱そうな笑顔が印象的な、二十代前半の若者だ。
北街の人間にしては身なりが小奇麗で、清潔感のある恰好をしている。
昔、北街に住むとある闇医者の手伝いをしていたらしく、そこで簡単な医術を覚えたと、彼は治療をしながらアルトに説明してくれた。
椅子に座り、つまらなそうにふんぞり返るミュウと、心配そうな表情で手伝いをするエレンに見守られて、アルトは慣れた手つきで治療を行うシーナの手際の良さに、思わず感嘆の声を漏らした。
傷口を洗って消毒する程度なら、誰でも出来るだろう。
そこから化膿止めなどの薬品を塗り、針と糸で矢傷を縫合する。
治療する手つきは、本物の医者と全く遜色無い。
「断言は出来ないけど、発熱による体調不良は、感染病の類では無いね。多分、体力が低下しているところに、多量の出血と怪我が合わさって、体調を崩したんだと思うんだけど、何か心当たりは?」
「ああ。そういや、昨日の夜から飯食ってないうえ、寝不足だったな」
「じゃあ、それが原因かな……痛くない?」
背中の傷が縫い終わり、糸を切りながらシーナは問う。
「問題は、無い……いってぇけどな」
傷口を縫われるのは初めてじゃないが、やはり何度やっても慣れるモンじゃない。
痛みを堪える為、何度も奥歯を噛み締めていた所為か、そろそろ顎が痛くなってきた。
傷跡はまだ数か所残っているので、まだまだ終わりそうも無く、ゲンナリしてくる。
「アルトさん。これ」
見かねてエレンが、清潔で柔らかいタオルを差し出してくる。
「これを口に咥えれば、せめて顎くらいは楽になると思うんですけど……」
「気を遣わせてわりぃな……んじゃ、遠慮無く」
渡されたタオルを棒状に丸め、口に咥えた。
「ごめんね。傷が少なければ、麻酔を使うんだけど」
「ぷはぁ……気にすんな。麻酔使わねぇ方が、治りが早い」
「そう言って貰えると、助かるよ」
淡く笑い、青年は横に置いてある蝋燭の火で、新しい針の先端を焼く。
そしてまた、同じように縫合を開始した。
一時間以上かかって、ようやく傷口の縫合は完了。
治療していたシーナも手伝っていたエレンも、安堵の表情で息を吐き出す。
一番しんどかったアルトは、どっと疲れた様子で全身に噴き出した汗を、口に咥えたタオルを広げて拭う。
床がもう少し清潔なら、倒れ込みたいところだ。
そして二人に協力して貰い、縫合した傷の上に、清潔で新しい包帯を巻いて治療は完了。
痛みは残っているが、最初の頃より大分楽になっている。
体調不良の方は、治療を始める最初に、幾つかの錠剤を飲まされたのが利いてきたのか、発熱は続いているが、頭痛は治まった。
治療が終わったことに目敏く気づき、うたた寝をしていたミュウが椅子から跳ね起きる。
「終わった? んじゃ拷問よ」
「展開が早ぇよ馬鹿女!」
怒鳴られたミュウは、不機嫌に殺気を撒き散らす。
「ああん? 私は私のつけた傷でのた打ち回るアンタが見たくて、わざわざこいつらを連れてきたのよ!」
「いや、あの……治療しただけで、まだ、怪我や体調不良が治ったわけでは、ないん、でうけど……」
シーナがそう言ってフォローしてくれるが、ミュウの隠しもせず垂れ流しの殺気に当てられ、青ざめた表情で腰が引けている。
けれど、一応は通じたようで、殺気を引込めるとミュウは舌打ちを鳴らす。
「苛々するわね……どうすればいいのよ?」
「……は?」
「どうすればそいつが元気に何のかって聞いてんのよ! アンタからぶち殺してやろうかッ!」
怒鳴られたシーナは、ヒッと悲鳴を漏らしながらも、律義に質問に答えた。
「と、とりあえず失ったぶんの血液と栄養補給は必要だから、食事と水。それと、こんな不衛生な場所だと傷の治りが遅いどころか、下手すれば悪化する可能性が高いから、清潔な場所へ移動させたいんですけど」
「だったら、さっさとそう言いなさいよ」
苛立つように、舌打ち。
両手を腰に当てて、ギロッと視線をアルトの方へ向けた。
「そんなわけだから、さっさとここを出るわよ」
「……俺、一応は拉致監禁されてるわけだけど?」
そう言って、両手を拘束している拘束具を見せる。
するとミュウが無言で近づき、拘束具を両手で上下に挟み込むと力を込める。
「――ふんッ!」
グッと力を入れると、鉄製の拘束具に罅が入り、次の瞬間、粉々に砕け散った。
ミュウは力を抜いて、ふぅと息を吐きながら、肩を回す。
常識外れの腕力に、皆が口を開いて唖然としてしまう。
拘束具を破壊して多少は気が晴れたのか、満足そうな笑顔を浮かべると、手に持った鉄の欠片を握り潰し、更に細かくなったそれを床へと捨てた。
「じゃあさっさと出るわよ。アンタ達もついてきなさい。そいつの世話係に任命してやるわ」
傍若無人な言い草に、エレンとシーナは苦笑いで頷くしかなかった。
命は助かったのだが、どうやらまた面倒臭いことになりそうだと、自由になった手首を摩り、アルトは嘆息する。
「……あいつ。帰って来ないからって、無茶しなきゃいいけどな」
脳裏に浮かぶ、不機嫌な表情のロザリンを心配しつつも、アルトはさっさと扉を開けて外へ出て行く、ミュウの後ろについて行った。
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外は既に、どっぷりと日が暮れていた。
天楼特融の立ち上る魔力の淡い光が、周囲を照らしていることから、ここはあの高い囲いの中なのだろう。
と、言うか、アルトが上がってきた壁の無い、吹き抜けのフロアには見覚えがあった。
「俺がいたところって、爺の家の地下だったのかよ」
「なによアンタ。来たことあったの?」
「一ヶ月ほど前に、ちょっとな……そん時は、お前みたいな狂犬は、見かけなかったけど」
これだけ血に飢えた人間が、あの騒ぎで顔を見せもしないのは、少しばかり違和感に思うも、その理由は本人の口からすぐに語られた。
「ああ。私、つい最近まで地下で監禁されてたから……アンタの放り込まれてた部屋よ」
「……お前ら、親子なんじゃねぇの?」
ジト目で問うが、ミュウは不機嫌に長い髪の毛を梳いた。
「はん。そんな関係が何の意味を持つってのよ。シドも、ボルドも、私の興味が他に向いているから、殺さないだけよ。飽きたら真っ先に殺しているわ」
「爺はわかるが、何でボルドの名前が出てくんだよ」
「知らないの? あっきれた。ボルドはシドの隠し子よ。死ぬほど認めたくないけど、私の腹違いの兄貴ってわけ」
「……あの爺は、随分と迷惑な種の巻き方してやがるな」
「ヒャハ! それ最高! 中々面白いじゃん気に入ったわ!」
アルトの良い方がお気に召したらしく、ミュウは愉快そうに腹を抱えて笑った。
一方、事情を把握できていない後ろの二人、特にシーナは、ずっと困ったような顔を晒していた。
「じゃあ、まずは飯ね。行くわよ」
上機嫌でミュウはそう言うと、シドの屋敷を出て、天楼の通りへと出る。
無駄に美少女で、白く長い髪をしているだけあって、道を歩くとそれだけで目立つ。
天楼でもミュウの存在は有名のようで、彼女が歩き始めると、関わり合いを避けるように人の群れが割れて行く。
後ろを歩く三人も、何だか居た堪れない気持ちになってしまう。
以前とそう変わらない風景。けれど、何故だかアルトには違和感があった。
前来た時はもっと、明るく温かみのある街並みに感じられた筈なのに、今日は何処か殺伐とした、乾いた空気が通りに流れていた。
この雰囲気は少しだけ、あのオークション会場に通ずるモノがある。
少し進むと、ミュウは一件の食堂の戸を潜る。
「いらっしゃ……いッ!?」
「邪魔するわよ」
ミュウの登場に、景気よく出迎えた中年店主の表情が、恐怖に染まる。
そこそこ賑わっていた店内の喧騒はピタリと止み、食事途中やまだ待っている最中の客達はそそくさと立ち上がり、勘定を払って逃げるように店を出て行ってしまった。
残ったのは店員達以外に、ミュウを含める四人。
申し訳ない気持ちから、その他三人は引きつった笑いしか出てこない。
そんな痛ましい状況など完全無視で、ミュウは四人席に腰を下すと、店員を指で手招きする。
若干引き攣っているが。媚びるような笑みを浮かべ、女性の店員が近づいてくる。
「あの、ご注文は?」
「肉」
「……はっ?」
「肉よ、肉。何時のもヤツを大盛りで。あんまり待たせると殺すから」
「は、はひ!?」
顔面蒼白で返事をすると、女性店員は物凄い勢いで、厨房に引っ込んで行った。
途端に、厨房の奥が騒がしくなり、料理人達が必死で立ち回っていた。
同じよう青い顔をしているシーナが、アルトにそっと耳打ちをする。
「あ、あのぉ……何で自分、こんな目にあってるんでしょう?」
「……俺に聞くなよ」
制御不能な行動に、アルトも頭を抱えてしまう。
シーナに関して言えば、運が悪かったとした言いようがなく、巻き込んでしまったエレンが横で申し訳なさそうに、身体を小さくしていた。
よほどミュウが恐ろしいのか、注文してから殆ど待つことも無く、大急ぎで調理された肉料理が、大皿に乗せられて運ばれてくる。
目の前で山積みにされた肉は、とてもこの短時間で調理出来る両には思えなかった。
北街で流通している肉は、質が期待出来ないので、生焼けなのは勘弁して欲しいなと、アルトはゲンナリする。
エレンとシーナを見ると、二人も同じ感想を懐いたようだ。
ただ一人、そんなことはお構いなしのミュウが、肉食獣の如く舌なめずりをする。
「運がよかったわねぇ。後数秒遅かったら暴れてたわ」
「どんだけ気が短いんだよ、お前は」
ヒッと悲鳴を漏らしながら女性店員が、震える手でテーブルの上に料理を置く。
複数の大皿に盛られた料理は見て、アルトは眩暈を感じるように目頭を押さえた。
肉塊をばらして、それを適当に焼いて、上から塩を振りかけただけの豪快な料理。
いや、料理と呼ぶのも憚られる一品ばかりだ。
「こりゃまた、豪快な食い物だな」
フォークで肉を突き刺し、目を細めて観察する。
皿に盛られているのは、牛や豚などのメジャーどころ以外にも、なんだかよくわからない肉も交じっている様子。救いがあるとすれば、よく焼かれている為、生焼けを食わされるという可能性は、低いということくらいか。
「……天楼では、こんな肉の食い方が流行ってんのか?」
「いや、流石にこれは……」
シーナが困惑した表情で否定する。
色々な肉の入り混じった臭気が苦手なのか、エレンは口元を手で覆っている。
よくみれば内臓も交じっているので、生臭い臭気の原因はこれだろう。
皆が眉を顰める中、ミュウだけ楽しげな表情で、用意されたフォークを使わず、皿の上の肉を手掴みで取り口の中に放り込む。
くちゃくちゃと、音を立てて咀嚼。
「ングングッ……悪く無いわぁ。イケてる」
手についた油と塩を舐め取り、続けて両手でバクバクと肉を口に運ぶ。
三人は困惑した視線を交差させるが、手を付けないとまたミュウが暴れ出しそうなので、仕方なしにアルトが、フォークに刺さったままの肉をパクリと食べた。
肉と塩の、単調な味が広がる。
上手い……と、思いかけるが、飲み込んだ後、口の中に残る生臭い後味の悪さに、不意を突かれ口元を手で覆う。
この生臭さの原因は血。恐らく、肉の血抜きが完璧に処理されてなかったのだろう。
「ふふん。この肉に残る血の匂いが、堪らないわ。どう? 私の特別メニューは?」
「……テメェの趣味かよ」
ゴクリと飲み込んで、ミュウを睨む。
どうやらこの店がゲテモノを出すのでは無く、ミュウの舌が死んでいるだけらしい。
その証拠に、肉を一切れ食べたシーナとエレンも、青い顔をしていた。
食えないほど不味いわけでは無いが、この量は少ししんどい。
けれど、アルトの身体に血が足りないのは事実なので、多少無理してでも、この生臭い肉の山を次々と口の中に放り込み、水で胃へと押し流していく。
「ふがっふがっふがっ……グッグッ!」
心配そうな二人の視線を感じて、アルトは無心に食べ続ける。
不味い。
昔、戦場に出ていた頃は、乗り潰した軍馬などを捌いて、食糧にすることも珍しくなかった。
あの味も素っ気も無い上、ひたすら硬く血生臭い肉に比べれば、呑み込めるだけマシだろう。
黙々とこの不味い肉を食べ進めるのはキツイので、少し話題を振ってみることにする。
「そういや、お前。何であの爺に監禁されてたんだよ。娘なんだろ?」
「あん? ……別に大した理由じゃないわ。ちょっと暴れたら、糞親父の逆鱗に触れて、それであの地下に放り込まれた。それだけよ」
肉を食いながら、つまらなそうに答える。
「それだけって、どんな暴れ方したんだよ」
「別に。ただ、イラついたから敵味方問わず殺し回っただけよ。たった二桁」
「……随分と平然に言うんだな」
食べる肉より血生臭い発言に、スッとアルトは視線を細める。
それに気がついて、ミュウも食事の手を止めた。
「ハッ。命を大事にとでも、ご大層な説教を垂れるつもり? お生憎様。その手の説教は聞き飽きたし、言った奴は皆殺しにしたわ。これが私の生き方なの。文句があるんなら、命を捨てる覚悟で言うのね」
「そんなつもりはねぇよ。好きにすればいい。ただ、そのクソ下らねぇ了見を、俺の領域まで持ち込んだら、ぶち殺す……それだけだ」
「心配しなくても、アンタの怪我が良くなったら、真っ先に私が殺してやるわ」
バチバチとテーブルを挟み、二人は睨み合う。
目に見えるような濃い殺気に当てられ、シーナとエレンは止めることも出来ない。
一触即発の雰囲気に、店の隅では従業員達が今にも気絶しそうだ。
暫しの睨み合いの末、先に折れたのは、意外にもミュウだ。
彼女は殺気を納めて鼻を鳴らすと、何事も無かったように、油でテカテカに光る手で食事を再開した。
「止めよ。これ以上やったら、我慢しきれなくなる……アンタは最高の食材なんだから、一番上手くなる時期まで待たなきゃねぇ」
キヒッと、食べかすを飛ばしながら笑う。
不気味な女だと、アルトは憮然な顔で同じく食事を再開した。
矛が治まったことに、シーナとエレンは、同時に安堵の息を吐いた。
「気が短いって言ってた割に、意外と我慢強いんだな。大人しく地下に監禁されてたみたいだし」
「ああ。あの地下、見た目以上に頑強なのよ。全力でぶん殴っても、建物が揺れるだけでビクともしない……ま、腹が減った時の合図には丁度良かったけどね」
言いながら、ミュウは肩を竦めた。
そう言えば以前、天楼を訪れた時に一回だけ、不自然な揺れが建物を襲ったことがあったが、今の話と照らし合わせると、ミュウが地下で暴れた振動だったのだろう。
何処までも規格外なミュウに、アルトは呆れてしまう。
「それが何でまた、今になって外に放り出されたんだ?」
自然な流れで問うと、直ぐには答えず手の平をペロペロと舐めながら、ジロッと此方を睨んできた。
「アンタ、私のこと馬鹿だと思ってるでしょ。さり気なく会話に乗せれば、簡単に内情に関して口を割るんじゃないかとか、やり口が見え見えなのよ」
「何だ、知らないのか」
「知りたきゃ教えてやるわよ。シドが何をやらかそうってのか」
挑発して乗せるつもりが、ミュウはあっさりとそう言った。
驚いて怪しむように視線を細めると、それに気がついたミュウは、面倒臭そうな態度で油塗れの手を振った。
「私、連中のことなんか興味ないし、計画が潰されようとどうしようと、知ったこっちゃないわ……ただ、そのことはシドも理解しているみたいだから、細かい概要は知らないけどね」
「ま、だろうな。それで?」
先を促すがミュウはすぐに説明を続けず、マイペースに肉を一つ手掴みで取ると、口に放り込みクチャクチャと音を鳴らして噛み締める。
「国崩し」
ゴクッと喉を鳴らし、肉片を嚥下すると、ミュウは唇を舐めつつ言った。
「どうやらシドは、本気でこの国を潰すつもりね」
「潰すって、クーデターでも起こすつもりか?」
突拍子も無い発言とアルトの言葉に、居場所が無く身を小さくしている二人も、驚きの表情を浮かべていた。
「少なくともシドには本気ね。国崩しを成功に導けるだけの、計算と戦略を組んでるわ。ボルドが裏でコソコソ動き回っていたのも、私が外に引っ張り出されたのも、その計画の一端というわけでしょ」
自分のことなのに、ミュウは随分と興味無さげに言う。
話を聞いて、アルトは唇を真一文字に結び黙り込む。
冗談だと笑い、無理だと否定するのは簡単だし、それが普通だろう。
しかし、何故だかアルトは、ミュウの言葉を妄言として斬り捨てることが出来なかった。
この国の王となれ。そう言ったシドの視線が、本気の決意を物語っている。
成否は別にして、シドは本気なのだろう。本気でこの国に戦いを挑むつもりなのだ。
その結果が例え、見るも無残な惨敗だとしても。
アルトは不機嫌に、舌打ちを鳴らした。
会話が途切れると、何時の間にか大皿に盛られた肉は殆ど無くなっていた。
ミュウも満足したらしく、店員が持ってきた布巾で油塗れの手を拭うと、椅子を乱暴に蹴り飛ばして立ち上がった。
大きく身体を上に伸ばし、欠伸をする。
「満腹で眠くなってきたから、帰って寝るわ……アンタら、コイツの怪我がさっさと治るように面倒見なさい……アルト」
「……何だよ」
「逃げるなんて、考えない方がいいわよ。私は地獄の底だって追いかけるけど、ボルドの奴も虎視眈々と隙を狙っているわ。家に帰ったら、軒下に知り合いが吊るされていた。なんて、そんな光景見たく無いでしょ?」
ドンっ!
テーブルを拳で殴りつけて、真ん中から真っ二つに叩き割ると、殺気の漲る視線でミュウを無言で睨み付けた。
その姿は、シーナやエレンも震え上がるほど、恐ろしかった。
ミュウは楽しげに笑うと、ワザとらしく両肩を抱き震えるマネをする。
「怖い怖い。でも、アンタが逃げないで私のことだけを考えるなら、死なない限りボルドに睨みを利かせておいてやるわ……それじゃ、アンタを嬲り殺せるまで回復するのを、楽しみに待っているわ。期待を裏切れば、その二人も殺すわ」
最後にベロっと舌を出して親指を立て、首を掻っ切るジェスチャーをすると、ミュウは弾む足取りで店を後にした。
最後まで、理解不能な女だ。
敵の敵は敵。
まさに、全方位、無作為に敵しか作らないようなミュウの生き様は、破滅しか生み出さないだろう。
ミュウが去ったことで店全体が緊張感から解き放たれ、安堵の空気が流れる。
余程気疲れしたらしいシーナとエレンも、ズルズルと身体を椅子から滑らせていた。
面倒な状況が更に面倒になり、どうしたモノかとアルトは頭を抱えていると、入口の方から聞き覚えのある声が響いた。
「あらあら。随分と面倒な猛獣に目をつけられたわね。けれど、それがチャームポイントですわ!」
「……全く。貴様はつくづく、厄介事に好かれる性質のようだな」
現れたのは派手な服装の女性と、ストイックな武闘着の女性二人組。
ラヴィアンローズとフェイだ。
天楼に属し、以前戦ったことのある二人の登場に、アルトはさほど驚いた様子も見せず、ジロッとした目を向けた。
「お前ら、随分と前から様子を伺っていただろ?」
「ええっ!? そ、そうなんですか!?」
全く気がつかなかったと、エレンは口元を押さえて驚く。
その事に関して、フェイが両腕を組みながら、憮然とした表情で答える。
「監視だ。天楼の狂犬と、以前に殴り込みをかけてきた野良犬が、二人揃って歩いているのだ。この地を守る者として気を巡らすのは、当然のことだ」
「と言うのは建前よ! 本当はフェイったらアルトが死にかけた上、ミュウと二人きりだと聞いて心配で心配で心配で心配で嫉妬に狂った生娘のように、影からこっそりねっとり様子を伺っていたのよこのツンデレわっ」
「ごごご誤解を招くようなことを言うなッ!」
顔を真っ赤にして、唾を飛ばしながら否定する。
「わわわ私はただ、この男には一度敗れているから、再戦を果たすまで死んで貰っては困ると、それだけの理由で気にしていただけだッ!」
「このツンデレわっ!」
「違うと言うとろうにッ!」
二回同じことを言われ、キレたフェイが額に青筋を浮かべた。
明らかにからかって楽しんでいるラヴィアンローズは、その姿を指差して、ケラケラと愉快そうに笑っていた。
数時間前と違って、何とも平和な光景だ。
これこそが、天楼本来の空気感だと、アルトは自然に安堵してしまう。
「……お前らは相変わらずだな」
苦笑しながら言うと、フェイは不機嫌そうな顔をして、ふんとそっぽを向いてしまう。
そして僅かに悲しげな表情をすると、視線を下へと落とした。
流れかけた暗い雰囲気を吹き飛ばすよう、ラヴィアンローズがパンパンと手の平を数回叩いた。
「まぁまぁ。このわたくしと運命で結ばれているアルトと、こうやって再会出来たのも何かの縁よ。少しばかりお姉さんと、楽しいお喋りに没頭しませんこと? ……少しばかり、忠告差し上げたいこともありますし」
珍しく、最後は真剣な眼差しを作る。
その言葉にも、フェイは複雑そうな表情をしていた。
「……怪我人にゃ、随分と楽しくなさそうな話が続きそうだな」
「あらぁ、ご希望ならわたくしが楽しませて差し上げるわよぉ? 身体を使って」
言いつつ、ラヴィアンローズは大太刀の鯉口を軽く抜いた。
どいつもこいつも、血の気が多いことだと、アルトはため息を吐いた。
「ところでマイダーリンアルト。わたくし、気になることがあるのですけれど」
「奇遇だな。恐らく私も、同じことを気になっていた」
「ん? 何だよ藪から棒に」
キョトンと聞き返すと、二人は揃って同じ方向を指差した。
差された先にいたシーナは、驚いた顔をして、自分の顔を指差していた。
二人同時に問う。
「「誰?」」
二人分の訝しげな視線を受けて、シーナは乾いた笑いを漏らす。
自分だって、何でこの場にいるのかわからないよ、と。




