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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第1部 天楼奈落

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第46話 闇に堕ちる






 危ういところをラヴィアンローズに助けられたロザリンは、一先ず北街に行くのは諦めて、自宅に戻って来た。

 初めて訪れる他人の家でありながら、ラヴィアンローズはソファーの真ん中にどっかりと座り、そのスラッとした長い足を組むと、ロザリンが淹れてくれた陶器に入ったお茶を、優雅に楽しんでいた。

 全身びしょ濡れだから、着替えるかタオルで拭うかして欲しいのだが、本人は全く気にする様子は無い。


「あらあら。貧乏臭い家の割には、中々に上等な茶葉じゃなぁい。わたくしとても気に入りましたわ」

「それ、貰い物、だから」


 呆れた視線を向けながら、ロザリンも対面に腰を下す。

 茶葉はラサラカンパニーから、送られてきた物。

 社長自ら選別しただけあって、味わいも値段も段違いの一品だ。


「それじゃ、話、聞かせて」

「あら、何のことかしら?」


 お茶を飲みながら、ラヴィアンローズはすっ呆ける。


「誤魔化さない、で」

「誤魔化しているつもりは無いわぁ。でも、おちびちゃんが知ったところで、どうにも出来ないこと。だったら、無駄なことを知って心労を重ねるよりも、何も知らずに守られている方が懸命よ。その方が、わたくしが楽だから」


 ロザリンの心情を一切合財無視して、ラヴィアンローズは高らかに言う。

 不遜な物言いに、ロザリンはムッとした視線を向けると、笑みを消したラヴィアンローズは、飲んでいたお茶をテーブルに置いた。


「まぁ、わたくしとしてはマイダーリンの連れ子なんかが、野垂れ死のうとどうしようと、興味は無いのですけれど、頼まれた約束はちゃんと果たしますわ。何て健気、わたくしったら尽くす女!」

「連れ子、じゃない」

「だったら何なのかしらぁ?」


 挑発的な視線を向けられる。

 蠱惑的な眼力に負けじと、ロザリンは瞳にグッと力を込めて見返す。


「恋人、候補」


 ちょっと自信が無さげな言葉に、ラヴィアンローズは楽しげにニヤリと笑う。


「ふふん。身の程知らずねおちびちゃん。けれど、恋に恋い焦がれる乙女の姿勢、嫌いじゃないわ。いいでしょ。その叶わぬ恋に免じて、マイダーリンが現在、どうなっているのか。教えて差し上げるわ」


 ラヴィアンローズの瞳に、真剣な色が宿る。

 その視線を受けて、ロザリンはゴクリと喉を鳴らした。

 本当は、叶わぬ恋と言われたことは、全力で反論したいのだが。

 そんなロザリの微妙な乙女心を知ってか知らずか、ラヴィアンローズは普段通り、大袈裟な口調で語り始めた。


「話は、昨日の昼まで遡りますわ」




 ★☆★☆★☆




 部屋に引き籠るロザリンを置いて家を出たアルトは、その足で北街までやってきた。

 渡り船を利用する船賃は無いので、徒歩での移動。多少、時間はかかったが、余裕を持って家を出たので、約束の時間には十分間に合いそうだ。

 日差しに汗ばむ服の下へ、襟元を煽って風を送りながら、アルトは歩く速度を緩めた。

 北街は太陽祭が近くても、あまり関係が無いようで、普段通りの無法な雰囲気を醸し出していた。

 普段と違うことと言えば、アルトが道を通ると、周囲のチンピラ達が、チラチラと視線を向けてくること。

 最近、派手に暴れ回った悪評が、こんなところにも出ているのだろう。


「……暇だねぇ」


 横目で周囲を見回し呟いた。

 その日暮しの連中でも、噂話は好きらしい。

 アルトはコートのポケットに手を突っ込んで、嘆息しながら舗装されていない道を歩く。

 暫く歩くと、刺すような視線は、何時の間にか消えた。

 恐らくは、天楼の縄張りに入ったのだろう。しかし、以前来た時より、その範囲が広くなっている印象を懐いた。

 興味深げな視線は無くなったが、変わりに別の気配がアルトに向けられる。

 足を止めると、大きく息を吐き、バリバリと頭を掻いた。


「面倒くせぇなぁ……隠れる気がねぇなら、ちゃっちゃと出てきやがれ」


 アルトが誰もいない周囲にそう言うと、感じていた気配は成りを潜めた。

 何時でも剣を抜ける態勢を取りながら、周囲に警戒するような気配を巡らせると、前方にある建物の影から、一人の男が姿を現した。

 視界の男を納めた瞬間、アルトの表情が険しくなる。


「……テメェ、ボルド」

「ふふっ。お久しぶりだね、アルト君」


 初めて時の紳士的な態度と装いから一片して、派手な柄のジャケットに、不遜な笑みを浮かべる男、かつてはボルド・クロフォードと呼ばれた人物が、アルトの前に立ち塞がる。

 第一印象は、いけ好かない貴族の坊ちゃんだったのに、今は完全なヤクザ者だ。

 やはり人は見かけじゃ判断出来ないと、鼻を鳴らし腰の剣に手を添える。


「よぉ、黄泉路に迷って化けて出たか?」


 生きているのは予想していたので、特に驚きはしない。

 口調は軽いが、言葉には明確な敵意が宿る。

 彼が以前やったことを思い返せば、この態度は当然だろう。

 スラッと、剣を抜き、片刃の切っ先をボルドに向けた。


「心配すんな。今度は道を間違えねぇよう、俺がキッチリと地獄に叩き落としてやんよ」

「気を使って貰ってありがたいが、御免こうむるよ。こう見えても、多忙な身でね。今日も面倒な案件を抱えて、四苦八苦しているところだ」


 切っ先と殺気を向けられても怯まず、ボルドは薄笑いを浮かべ、軽口を叩く。


「そりゃご愁傷様……だがよ。あんだけのマネしといて、俺の前を素通り出来るたぁ、思ってねえよなぁ?」

「ええ、勿論。そもそも、君に会いに来たのだから」

「……面白いこと言うじゃねぇか」


 ギロリと睨み付けると、得意の脇構えを取る。


「だったらテメェの素っ首叩き落として、ミューレリアの墓前に供えてやるよ……ま、迷惑だろうがな」


 剣呑な気配を受けて、ボルドはニヤリと邪悪に笑う。


「やってみろよ野良犬」

「――上等だこの野郎!」


 咆哮して一歩踏み出した瞬間、真横から何か大きい物が飛来していた。


「――ッ!?」


 慌てて後ろに飛び、飛んできた何かを躱すと、それは今までアルトが立っていた地面に叩きつけられバウンドし、廃屋の壁に激突して止まった。

 壁にぶつかったのは、何処かで見たような黒衣を着た男だ。

 彼の全身は血塗れ。

 壁に激突した態勢のまま、ピクリとも動かなかったが、胸が上下しているので、死んではおらず、気絶しているだけだろう。

 そして全身の血や痣は、壁や地面にぶつかった時に出来た物では無い。

 明らかに、他人の暴行によって、つけられた怪我だ。

 視線を彼が飛んできた方向、廃屋の上に向けると、白く長い髪の少女が、不満げな表情で肩をグルグル回していた。


「チッ。苛々するわねぇ、ちゃんと当たりなさいよ」

「おいおい。人をゴミみたいに投げ飛ばすなよ。確かにゴミみたいな人間だけど、底辺として一生懸命生きて、搾取されてんだから」


 剣で肩をトントン叩き、アルトは酷いことを口にする。

 意外な反応に少女は興味深げに、へぇと目を細めた。対してボルドは少女の方を見上げると、睨み付けながら怒声を張り上げる。


「貴様、ミュウ! 僕の部下に、一体どういう了見だ!」

「……ああん?」


 ギロリとボルドに肉食獣のような眼光を向け、ミュウと呼ばれた少女は、廃屋の上から飛び降りた。

 丁度、ボルドの目の前に降り立つと、彼の鼻先に掌底を軽く打ち込む。


「――ガッ!?」

「私に偉そうな口叩くな、殺すぞ。つーか、気安く声を掛けないでくれる?」


 ポタポタと血と垂らす鼻を片手で押さえ、ボルドはよろめきながらも、気丈にミュウを睨み続ける。


「何故、僕の部下をあんな目に遭わせた?」


 一瞬、強く視線に殺気を込めるが、面倒臭くなったのか鼻から息を抜き、剣呑な気配を納めると、長く白い髪の毛を大きく手櫛で梳いた。


「別に。アンタの部下だからって、偉そうな態度が気に入らなかったから、ちょっと遊んであげただけよ。面白くも糞もなかったけどね」


 身勝手な態度にボルドは舌打ちを鳴らすが、これ以上ご機嫌を損ねたくないようで、咎めるような言葉は口にしなかった。

 唐突に目の前で仲間割れが始まり、タイミングを逸したアルトは、困り顔で手に持った剣を弄る。


「漫才やりたいんなら、そこ通して貰っていいか? 俺ぁ人身売買されるかどうかの瀬戸際なんでね。屑野郎と暴力女のじゃれ合いを、見物している暇はねぇんだよ」

 言うとミュウはピタリと動きを止め、首を曲げてこちらに顔を向ける。

「……アンタが噂のアルト?」

「どんな噂か知らねぇが、強くて格好良くて頼りになるナイスガイって評判のアルト君なら、何を隠そう俺のことだ」

「……ふぅ~ん」


 生返事をして、ミュウはアルトの全身を、爪先から頭の先までジロジロと見回す。

 ボケを流されたアルトは、しかめっ面をする。


「おいこら。ボケてんだから突っ込めよ。そういった形式美を省略して笑いを取ろうとする風潮、お兄さんは好きじゃないなぁ」

「はぁ? なにそれ、意味わかんないし」


 ミュウは白けるように、目を三角にした。

 ある程度観察して満足したのか、ミュウはまた、長い髪を手櫛で大きく梳く。


「……アンタみたいな面白味の無い男が、私を満足させられるとは、到底思えないけど」

「そりゃ申し訳ないね。何分、女心がわからない性質でな。今朝も小娘を一人、不機嫌にさせて来たばっかりだ」

「そんなの知らないし……まぁ、いいわ」


 ミュウは右手に力を込め、バキバキと骨を軋ませながら拳を握ると、凄惨な笑みをアルトに向けた。


「人をぶち殺す。それだけで私は楽しめるからさぁ!」


 ゾクッと、背筋が寒くなるほどの殺気。

 とても正気の人間とは思えない輝きを放つ眼光に、アルトは内心で僅かな恐怖を抱く。


「……こいつは、久しぶりにヤベェ手合いに遭遇しちまったかもな」


 強いと言えば、先日戦ったハウンドも舌を巻くほどの達人だった。他にもシエロやシリウス、ライナもまた、常人とは一線を画す実力の持ち主ばかり。

 だが、目の前の少女が放つ強さは、彼らとは全く異質なモノ。

 強いとか弱いとかでは無く、人の本能が警笛を鳴らす危険性を帯びている。

 まるで毒を持つ生物のように、あるいは鋭利な爪や牙を持つ獣のように、人知を超えた得体の知れなさが、恐怖となって人の本能に訴えかける。

 そして一番恐ろしいのが、ミュウのギラギラとした輝きを放つ瞳だ。

 あの輝きの名は狂気。かつて、戦場で時折目にしたことのある、血と死に魅入られてしまった者が持つ瞳だ。

 正直、あんな目をする人間とは戦いたく無いのが、アルトの偽らざる本音。

 そんなアルトの心情を知ってか知らずか、鼻血の止まったボルドは、離れた位置から高笑いを上げる。


「君ほどの人間なら、彼女の強さくらいわかるだろ? 先日、君は倒した蛇達とは比べものにもならないミュウに、さぁて、どう立ち向かうつもりなのかな?」


 妙に芝居がかった言葉に、ミュウは苛立つように小さく舌打ちを鳴らす。

 憮然とした表情のアルトは、チラッとボルドに視線を向けた。


「ちょっと見ない間に、随分と小物に成り下がったじゃねぇか。自分が今、どれくらい格好悪いか、鏡で見た方がいいんじゃねぇの、お坊ちゃん」

「同感ね。気分が悪くなるから黙っててくれる? でないと、問答無用でぶち殺すわよ」


 二人から辛辣な言葉を浴びせられ、ボルドはグッと言葉を詰まらせた。


「ふ、ふん! ミュウ。さっさと始末しろ! 貴様の為にわざわざ、こうやって待ち伏せまでしてお膳立てしたんだぞ!」

「お膳立て?」

「偉そうな物言いね……まぁ、いいわ」


 妙な疑問を感じたが、向けられる視線に注意を戻す。

 いよいよ気が高ぶって来たらしいミュウは、その禍々しい殺気を膨れ上がらせ、隠すことなくアルトにぶつけた。


「無駄話はここまでにして、そろそろ始めるわよ。私、そろそろ我慢の限界なのっ」

「そういう台詞は、もっと母性溢れる女に、ベッドの上で言って貰いたいもんだ」


 気の弱い人間なら卒倒するような殺気を浴びながら、アルトは軽口を叩き改めて剣を構え直した。

 その態度に、ミュウは嬉しそうに頬を釣り上げた。


「いい、いいわよその余裕ぶった面構え。ぐちゃぐちゃにしてやりたいわッ!」


 鼻息荒く血走った眼で笑うと、ミュウはダランと肩を落とし、前のめりの態勢になる。

 瞬間、地面を蹴ったミュウが、真正面から態勢を低くして突っ込んで来た。

 猛牛のような勢いある突進。

 大人一人を軽々と投げることが可能な胆力なら、このタックルを正面から受ければ、ただでは済まないだろう。

 だが、勢いがあろうと所詮は単調な動き。

 アルトは冷静に動きを見据え、ミュウの肩口を狙い、剣を打ち下ろした。

 タイミングはバッチリ。

 避けるか防ぐかすれば、突進の速度は緩む。その隙を狙い、態勢を入れ替えて攻勢に出る寸法だ。


「――ヒャハ!」


 しかし、ミュウはニヤリと笑うだけで、避ける様子も伏せる様子も見せない。


「――なにッ!?」


 突っ込んで来たミュウの左肩に、刃が深々と突き刺さった。

 鮮血が飛び散る。けれど、ミュウの突進は止まらない。


「おいおい、マジかよ!?」

「ハハハハハハハハハハッ!」


 狂ったように笑いながら、ミュウは肩口から噴き出す血で赤く周囲を染めながら、アルトに組み付こうとする。

 凄まじい突進力にアルトの身体は、ズルズルと後ろに押し込まれていく。

 このまま倒れて上に乗られるのは不味い。


「こっの!」


 アルトは剣を両手で握り、右手を逆手に持ち変えると、下っ腹に力を込めてミュウの身体を押し返すよう、体重を前方に傾けた。

 ゴリゴリと、嫌な感触な剣から伝わる。


「――ずりゃぁぁぁぁッ!」


 膝が地面に着く程、思い切り体重を前にかけると、ミュウの肩口に突き刺さっていた刃が、そのまま真下に振り抜けた。

 一瞬遅れて鮮血が、激しく噴き出す。

 強引に、ミュウの左腕を肩口から切断しのだ。

 苦痛に満ちた叫び、は、聞こえない。

 ミュウはニヤリと笑い切断され宙を舞う自分の腕に、首を伸ばしてガブリと噛み付く。

 そのまま、突進の勢いを殺さず、アルトの顔面に拳を叩き付けた。


「――ガッ!?」


 空気が爆ぜるような音と共に、強烈な打撃を顔面に受けたアルトは、背後に転がるよう殴り飛ばされた。

 転がる途中で地面を蹴り態勢を立て直すと、痛そうに殴られた顎を摩る。


「デタラメすぎるだろッ。肉を斬らせてどころの話じゃねぇぞ」


 アルトを殴り飛ばしたミュウは、拳を突き出した態勢のまま、ブルッと身体を震わせ恍惚の表情を浮かべ、咥えた腕から口を離した。

 蕩けるように、ミュウは叫んだ。


「なに、これ。アンタの殴るの、超楽しいッ!」


 キヒッと笑い、ミュウは切断された腕を肩口に持っていく。

 瞳が青い輝きを放つと、完璧に切断された腕が元通りにくっ付いてしまった。


「……洒落にならんぞ」


 あり得ない光景に、アルトの表情が引き攣る。

 腕がくっ付いたのもあり得ないが、もっと驚くべきは血色の良さ。

 アレだけの大量の出血をして、平然と立っていられるどころか、顔色も青ざめる様子が無い。

 信じられないことだが、失った血液も、何等かの理由で再生されているのだろう。


「随分と便利な身体の作りをしてるじゃねぇか。そのクソ長い髪の毛も、異常な再生能力が関係してんのかい?」

「ふぅ~ん。初見でそれに気がつくなんて、馬鹿では無いみたいね。そうよ、その通り。伸びるのが早くて、面倒臭いったらありゃしないわ」


 ウザったそうに、自らの長い髪の毛を乱暴に引っ張る。


「髪の毛の伸びが早い奴は、スケベだって昔から言うな」

「知らないわ。私、処女だし」

「また反応に困る情報を寄越すんじゃねぇよ」


 戸惑う様子が面白かったのか、ミュウはニヤニヤと笑いだす。


「なに、興味あるの? 欲しければくれてやるわよ。私を殺すことが出来たら、好き勝手出来る権利を上げるわ」

「悪いが俺にそんなマニアックな趣味はねぇし、マグロ女は面倒だからゴメンだ」

「ハハッ、気が合うわねぇ。私は無抵抗な人間をいたぶるの、大好きなのよ!」

「テメェのいたぶるは、文字通りの意味だろうがッ」


 嗜虐に満ちた視線で満ちた視線で見つめられ、アルトは数歩後ろに下がってしまう。

 何とも不気味な女だ。

 強いだけでは無く、底の見えない得体の知れなさは、対峙する者の恐怖を煽る。

 何気ない物言いでの会話に聞こえるが、その一言一言が鋭利な殺気に満ちていて、普通に話しているだけで神経がすり減って行く。

 だが、状況に苛立っているのは、別の人間のようだ。


「おい、何時まで遊んでいるッ!」


 最初にぶつかり合っただけで、戦いを再開しないミュウに、苛立った声をボルドは張り上げる。

 てっきりまた怒り出すと思いきや、ミュウは舌打ちを鳴らして肩を竦める。


「はいはいわかりまし、たッ」

「――ッ!?」


 次の瞬間、一足飛びでミュウはアルトの間合いに入る。

 伸ばした右手でアルトの喉を掴んで動きを止めると、左手の人差し指を自分のこめかみに添えた。


「はい、おしまい」

「何を……」


 握り潰すような握力では無く、本当にただ首を掴んでいるだけ。

 そのことに違和感を覚えた時、周囲を取り囲む無数の殺気に気がついた。

 固定されて首は動かないので、視線だけを周囲に巡らせると、廃屋の至る所に人が潜みボウガンで此方を狙っていた。

 迷わずアルトは目の前のミュウを、逆袈裟から斬り付けた。

 右脇腹から左にある乳房の下まで、一気にバッサリと斬り裂かれる。


「……えっ」


 予想外の行動にミュウの反応も追いつかず、目の前のアルトがニヤリと笑うと、次の瞬間には飛んできた無数の矢によって身体を貫かれていた。

 全身を襲う苦痛に苦悶の表情を浮かべながらも、驚いて静止するミュウを見上げた。


「――ガッ……クッ、ハッ……ざまぁ、みやがれ」

「……ギッ」


 鬼のような形相で額に無数の血管を浮かべると、ミュウはギリギリと奥歯を噛み鳴らしながら、既に力が抜け始めているアルトの身体を持ち上げ、投げ捨てるように思い切り、背中から地面へと叩き付けた。

 地面に激突する衝撃が、轟音となって周囲に響き渡る。

 全身に矢を受けて瀕死の相手に対して、やりすぎとも思える一撃に、ボウガンを構えた人間達も顔を顰めた。


 しかし、もっと驚くべきは叩きつけられた張本人。

 身体に十近い矢を受けた上、尋常じゃ無い衝撃で地面に叩きつけられて尚、アルトは生きていた。

 衝撃で気絶しているものの、パッと見た限りでは骨にも異常は無さそうだ。

 様子も見に来たボルドも、驚きを隠せない。


「……何て頑丈な男だ。こいつこそ、化物じゃないか」


 そう吐き捨てる。

 一方のミュウは、不機嫌そうな表情で、アルトを掴んでいた右手を見つめる。


「こいつッ……あの一瞬で、迷わず私を殺しにきやがった」


 迫りくる矢を避けられないと判断して、アルトは身を守ることより、ミュウを倒すことを選んだ。

 瞬きする間も無い、僅かな時間で。

 言いようの無い感覚が胸を渦巻き、ミュウは無言で気絶するアルトの頭を足で踏みつけた。


「クッ……ククッ」


 自然と笑いが込み上げる。

 多少なりとも驚かされたことは、この場で頭を踏み砕いてやりたいと思うほど、ミュウはムカついていた。

 だが、それ以上にこの男に強い興味を惹かれていた。


「アルトぉ……このまま、楽に死ねると思うなよ……お前には私を楽しませて楽しませて果てさせるまで、付き合って貰うから。暗い闇の底で、徹底的にね」


 恍惚の表情に狂気を漲らせ、ミュウがグリグリとアルトの頭を踏み躙る。

 その姿はボルドですら、ゾッと顔を青ざめさせるほど恐ろしい。

 自分の行く末すら知らず、アルトの意識は闇に堕ちたままだった。






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