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小さな魔女と野良犬騎士  作者: 如月雑賀/麻倉英理也
第1部 天楼奈落

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第40話 さよなら、愛しき裏切者






 横たわるミューレリアの瞳から、急速に光が失われつつあった。

 背中を貫いた矢は胸を突き抜け、彼女の着ているドレスを真っ赤に染めている。位置からして、心臓に近い部分。少なくとも肺は貫かれているだろう。

 苦しげな息を、口から漏らす。

 顔色は蒼く、急激に血を失った所為か、目の下が薄らと黒ずんでいる。

 それだけでは、症状が急激に悪化し過ぎている。恐らくは、毒が使われているのだろう。

 けれど、表情は何処か晴れやかで、憑き物が落ちたかのようだった。


「ミューレリア、何故、ボクを庇ったんですかっ」


 泣きそうな声で、ラサラはミューレリアを抱きかかえる。

 すると、苦しげに小さく咳をして、彼女は笑った。


「庇った、ですって? そんなの、誤解、です。ナイフで刺そうとして、たまたま、矢が、当たっただけ。いいえ、そも、そも、あの矢は、わたくしを、狙ったモノかも、しれないのに……」


 やはり肺が傷ついているのか、喋る言葉も苦しげだ。

 確かに、ミューレリアの言う通りかもしれない。直前までの狂った言動を見れば、とてもラサラを庇ってくれるようには思えないだろう。

 けれど、ラサラは首を振った。


「裏切り者の貴女の言葉なんて、ボクは信じません」

「……そう」


 ミューレリアが右手を伸ばすと、ラサラはその手を取った。

 急速に体温が奪われている所為か、握った手は酷く冷たい。

 彼女の心境に、本当は何があったのかはわからない。

 確かめようにも、彼女の口から全てを、誤解無く聞き出すにはもう時間が残されていないだろう。

 何が正しくて、何が誤りなのか。

 真実を導き出す術は無くとも、それを知る必要は、今の二人には無いのかもしれない。


「……ミューレリア。ボクは貴女を許しません。どんな理由があったとしても、例え、貴女がボルドに騙されただけだとしても、貴女はボクを裏切り、多くの人を間接的に殺めてきました。それは、決して、許されることではありません」


 厳しい口調で、そう胸の中に抱くミューレリアを糾弾する。

 睨み付ける視線が崩れると、握る手の平に力が籠る。


「……でも、でも、です……」


 瞳に涙が堪り、溢れ、口から搾り出す言葉が揺れる。


「こんな、終わり方が、正しい筈がありません。何で庇うんですか、何で死ぬんですかぁ。最後の最後でこんなことをやられたら、ボクは、貴女のことを、許してしまいたくなっちゃうじゃないですかぁ」

「……ラサラ」


 苦しげな息で、閉じてしまいそうな瞼を必死で支え、ミューレリアは握られた手を外すと、ボロボロと涙を零すラサラの頬を、優しく撫でた。


「ラサラ。わたくしは、貴女が嫌い。最初から、好きじゃ、無かった。友達だって、言ったのも、嘘……だから、だからね」


 最後の力を振り絞り、ミューレリアはにっこりと、温和な笑顔を向けた。

 それは、ラサラの記憶にある、初めて会った時に見せた、あの笑顔と脳裏で被った。


「こんな、最低な、女の為に、心を、砕、く、必要は、無い、わ……泣かないで、悲しまない、で。ただ、貴女を裏切った、最低の、裏切り者が、死ぬ、だけなん、だ、か……」


 最後まで言えずに、ゆっくりと瞳は閉ざされた。

 同時に、頬を撫でていた手が、地面へと落ちる。


「――ッッッ!?」


 顔を上げ、慌てて手首を握り、脈を確かめるが、反応は無い。

 表情をくしゃくしゃにして、両目からは大量の涙が溢れ出す。

 けれど、ラサラは泣き声を上げなかった。

 必死で唇を、血が出るほど噛み締め、喉まで出かかった絶叫を、それこそ死ぬ思いで呑み込んだ。

 代わりに、震える声で、事切れたミューレリアに最後の言葉を贈る。


「ざ、ざまぁ、ないですねミューレリアっ。ボクッ、ボクに、逆らうから、こんな目にあうんですッッッ……! クソッ……チクショッッ!」


 感情を押し付けるように、満足そうな表情をしている、ミューレリアの身体を抱き締めた。

 脳裏には、彼女と初めて出会った時のことを、思い出す。


『貴女、ラサラちゃんでしょ? お爺様から聞いてるの』

『……はぁ』

「わたくし、ミューレリアと申しますの。よろしければ、わたくしとお友達になってくださりません?」

『え? やです』

『そうと決まったら、お茶会の準備をしましょう。わたくし、最近凝っているお茶の銘柄があるんです。ラサラにも教えて差し上げますわ』

『いや、いりません。そもそも、ボクにお茶を飲む習慣は、ありませんから』

『うふふ。楽しくなってきたわ。行きましょう、ラサラ』

『……人の話くらい、聞いてください』


 それは、もう、戻らない過去だ。


 ミューレリアの耳元にそっと唇を寄せ、彼女だけに届くよう、ラサラは囁いた。


「……さようなら。ボクの大切な、裏切り者」




 ★☆★☆★☆




 アルトとハウンドは、互いに距離を取って睨み合っている。

 いや、睨み合うというのは、正確では無い。何故なら、ハウンドは白い仮面を被っており、そこから表情や視線を伺い知ることは出来なかった。

 ハウンドは無言で、足元に落ちている蜘蛛の死体から、炎神の焔を奪い取る。


「……おい、待ちな」

「…………」


 呼び止めると、ハウンドは顔だけを此方に向ける。


「そいつは俺達が競り落としたモンだ。悪いが、返して貰えないか?」


 問うと、ハウンドは手の平の炎神の焔をポォーンと上に投げ、それを左手で確りと握り締めるよう受け取る。


「それは出来ない」


 一言、それだけを述べる。

 そして、右手で抜いたナイフを逆手に持ち、構える。


「邪魔をするなら貴様も殺す」


 肌が粟立つほどの、強烈な殺気をぶつけてくる。

 真正面から殺気を受け止め、アルトは腰の剣に手を添えた。


「やるってんなら、相手してやるよ」

「……ふん」


 鼻を鳴らし、ハウンドは腰を軽く落とした。


「だが、いいのか? お前達が決着を付けねばならない相手は、もう一人いるんじゃないのか?」


 ハウンドが誰のことを言っているのかは、考えるまでもない。

 この正念場において、姿すら見せない男が一人。

 アルトは意識をハウンドに向けたまま、視線をラサラに向ける。

 彼女の心情を想像すると、今動かすのは酷だろう。しかし、現状はそれを許してはくれない。


「ラサラ。動けるか?」

「…………」


 問いかけに涙を拭って頷くと、抱きかかえたミューレリアの身体を、そっと地面に寝かせた。

 上げた顔は涙で酷いことになっていたが、瞳には強い力が宿っている。


「わかっています。ボクはこれからシーさん達と合流して、ボルドを討ちます」

「オーライ。任せたぜ」

「アルトさんも……その、頑張って、ください」


 やはり弱気になっている部分もあったらしく、キャラに会わない言葉を投げかけると、ラサラは立ち上がり、走って屋上庭園を後にした。

 屋上庭園からラサラが去り、対峙する二人の間に緊張感が走る。

 体格は圧倒的に、異形と化した蛇の方が大きい。

 けれど、目の前に迫る圧迫感は、恐ろしいまでにハウンドの方が重苦しかった。

 正直、これほどの手合いと相対するのは、戦場にいた頃以来かもしれない。

 ハウンドはナイフを逆手に構えながら、炎神の焔を懐へとしまう。

 隙は無い。


「んじゃ、崩すとしますか」


 トントンと、爪先で地面を叩いた後、一気にアルトは脇構えの状態で間合いを詰める。

 今度のリーチ差は、自分の方に分がある。

 鋭くコンパクトに打ち下ろした一撃を、ハウンドはナイフで受け止めた。


「――ッ!」


 ハウンドは受けながら一歩踏み込み、剣を弾くと、手の中でナイフを回転させて腕を伸ばし、下からアルトに向かって斬りつける。


「おっと!?」


 顎を逸らして刃を避けると、同時に弾かれた刃を横に薙ぎ払う。

 それを見たハウンドが、身体を横に回転させながら上体を沈めて、横薙ぎを回避。再びナイフを逆手に持ち変えて、アルトの右側から斬りかかった。

 アルトは素早く一歩後ろに引き、間合いを空けると、すかさず薙ぎ払った刃の軌道を変え、開いた隙間に差し込んだ。

 ナイフが刃にぶつかると表面を滑り、火花を散らす。

 一瞬の攻防。

 この間、僅か一秒にも満たなかっただろう。


「テメェ、やりやがるな」

「ふん。お前もな」


 互いの実力を認め合い、同時に刃を弾いて後ろに飛ぶ。

 仕切り直しでは無い。まだ、互いの間合いの中だ。


「――オラァ!」

「――フッ!」


 アルトが繰り出す斬撃を、ハウンドはナイフで受け流す。

 数回、それを繰り返すと今度は攻守が逆転し、ハウンドの鋭い攻勢を、アルトが鉄壁の守りで弾く。

 パワーはアルトが上だが、スピードはハウンドの方に分がある。

 弾き損ねたナイフの刃が、腕や肩、頬に掠り、薄らと血を流す。

 一方のハウンドも、押しの強いアルトの攻めを流しきれず、斬撃が肩口を大きく抉り、軽く血が吹き出た。

 見た目の傷はハウンドの方が大きいが、傷の数が多いということは、それだけハウンドの技量が高く、間合いや速度を見切られ始めているということだ。


 仕切り直すか。

 攻撃の手数を減らし、防御に徹しながら、アルトは素早くハウンドから距離を取る。

 リーチ差があるだけに、間合いを取られるのを嫌がるかと思いきや、ハウンドは動かずナイフを軽く振り上げると、すぐ足元に投げつけた。

 ナイフは音を立てて、地面に突き刺さる。

 何の真似だ?

 視線が、一瞬だけナイフを追う。

 僅かだが隙を作る形となり、それを見逃さ無いハウンドは、左腕をスイングさせると、月明かりに煌めく銀色の筋が、幾つもアルトの右腕に絡みつく。


「――しまっ!?」


 剣を握る右腕に絡みついた銀色の糸、鋼糸だ。

 無数の細く鋭い鋼糸が、腕に絡み、食い込む。

 握る剣まで巻き込んでいるので、左手に持ち変えて糸を切ろうにも、手を離した瞬間、剣だけを抜き取られてしまうだろう。


「クソッ、珍しいモン使いやがって」


 工作兵が罠として使用する物ならともかく、個人が戦闘で使用するのは、扱いの難しさからあまり見たことが無い。

 ハウンドの使う鋼糸は、標準より太い糸なので、食い込んだ腕を斬り落とす鋭さまでは無いが、その分丈夫で、とても力尽くでは外せそうに無い。

 この状態は不味い。

 相手が攻撃態勢に移る前に、何とか状況を打開しようと、アルトは鋼糸を引っ張り上げようと力を込めるが、その瞬間、足ともが何かで滑り、ズルッと音を立てて転倒してしまう。


「――痛ッ!? クッ、こんな時に」


 地面に左手を付くと、ヌルッと生温い感触。

 何時の間にか、蛇の腕を斬り落として血溜りが出来た場所まで、戻って来てしまったようだ。


「悪いが、今だね」


 爪先で刺さったナイフの引っ掛け、蹴り上げると、右手に取ってハウンドが走る。

 同時に鋼糸を操り、アルトが剣でナイフを弾けないよう、右腕を締め上げた。

 不味い。

 背中に、嫌な汗が滲む。

 こんな間抜けなやられ方をしたら、女子連中に何を言われるか、わかったモンじゃない。

 自分の命の危機より、女子達の罵詈雑言に恐怖していると、血溜りの中に置いた左手に何か硬い物が触れる。


「……こいつは」

「死に喰われろ、野良犬」


 喉元を狙い、ハウンドは容赦なく突きを繰り出す。

 瞬間、真下から振り抜いた血に塗れる白刃が、迫りくるナイフの刃を防いだ。

 竜翔白姫。都合よく、手元にあったソレで、アルトはナイフの一撃を凌ぐ。

 だが、ハウンドの殺気は揺るがない。


「運がいいな。しかし、それはなまくらなのだろう? そんなモノで俺は止められんぞ」


 ナイフを逆手に持ち、ハウンドは一歩間合いに踏み込む。

 更にリーチの長い竜翔白姫だが、刃が潰してあるのなら怖くは無いのだろう。

 地面に尻餅をついた状態なら、腰の入った攻撃は振るえないので、多少身体を殴られたところで、痛いの一言で済むし、鋼糸を切断することも不可能だろう。

 逆手で超接近戦に持ち込めば、長い剣を振るうのは難しい。

 しかし、アルトはハウンドを見据え、ニヤリと笑った。


「……残念だが、こいつにはちょっとした裏技がるのさ」

「なに?」


 逆手で斬りつけて来るナイフを受けとめて、アルトは眉間に皺を寄せた。


「えっと、何だったかな。竜翔、天を頂き、白姫、人知を導く。だっけか?」


 短い詩を読んだ瞬間、竜翔白姫の刀身が輝き、現在の言語とは違う文字がビッシリと浮き出る。

 ナイフと光に包まれた刃が交差する部分に罅が入ると、そのまま音を立てて砕け散る。


「――なんだとッ!?」

「うらぁッ!」


 無造作に振るう刃は、硬い鋼糸をいとも簡単に切断し、急に切れてしまった反動でハウンドは、後ろへとつんのめる。


「もう一発!」


 座った状態から膝立ちになり、アルトは上段から叩き付けるように剣を振るう。

 驚きながらも冷静さを崩さないハウンドは、バックステップで間合いの外へと退避する。

 しかし、振るわれた剣から光刃が放たれ、間合いから離れたハウンドを襲う。


「――なッ!?」


 ほぼ、本能的だけで危険を察知し、地面に転がって何とかその一撃を回避する。

 それにより、ハウンドは完全にバランスを崩した上、光刃が腕を深く斬り裂き、すぐには攻撃に移れない。

 一気に畳み掛けるチャンスなのだが、立ち上がろうと足の力がガクッと抜け、アルトは倒れそうになる自身の身体を、正面に剣を突きつけ杖代わりにすることで、何とか堪えることが出来た。

 竜翔白姫を覆っていた光は既に消え去り、アルトはまるで、全力疾走した後のように息を荒げ、汗をビッショリと全身にかいていた。


「はぁはぁ……お、俺の魔力量じゃ、ご、五秒も持たねぇか。相変わらず、使い勝手が、悪すぎる。こんなモン、普通の人間に扱えるかよッ」


 気怠い疲労感の中、アルトは毒づく。

 正直、緊急回避とはいえ、使うべきでは無かった。

 竜翔白姫自体はなまくらでも、刻んである術式には意味がある。

 吸収した魔力を、物理的な力に変えて放出する単純な術式だが、その威力に比例して吸収する魔力量が半端では無い。

 アルトは人より魔力量が少ない方だから、五秒程度しか持たないが、普通の人間でも一分持つかどうか。訓練を積んだ魔術師でも、十分持てばいい方だろう。

 魔術の才能は皆無だが、潜在的魔力量が常識を逸脱していた竜姫だからこそ、この剣の性能を十二分に発揮できたのだ。


 まぁ、それが無くとも、竜姫が扱えば、どんな駄作でも最強の武器になるのだが。

 急激な魔力不足で、アルトは直ぐに動けない。

 怪我は負っているが、バランスを崩しただけのハウンドは立ち上がると、すぐさま攻撃を仕掛けてくると思いきや、後ろに飛び、囲いの縁へと飛び乗る。

 地面に膝をついたまま、アルトはハウンドを見上げた。


「おいおい、俺を倒す、絶好のチャンスじゃないのか?」

「抜かせ。動けないフリをして、キッチリとカウンターのタイミングを窺っていた分際で何を言うか。悪いが、俺はその手には乗らん」

「さよか」


 こっそり舌打ちをして、不自然に下に降ろしたまま、動かさなかった右手の力を抜く。

 けれど、動けないのもまた事実だ。


「目的は達した。俺の名を語る者達を始末し、炎神の焔は手に入れた。お前を倒すことまでは、俺の任務とは関係無い」

「テメェ。そいつを手に入れて、何をしようってんだ?」

「何もさせない為だ」

「……なに?」


 それ以上は答える気の無いハウンドは、黙り込むと、一歩後ろに足を引いて、空中へと躍り出た。


「機会があれば、お前との決着もつけたいモノだな」


 言うと、ハウンドは屋上から落下していく。


「――待て!」


 ようやく足が言うことを聞き始め、立ち上がりすぐさま駆け出した。

 縁から身を乗り出し、下を覗いてみると、落下していくハウンドは、鋼糸を建物のでっぱりや庭の樹木に巻き付け、まるで木々を飛び跳ねながら移動する獣のように、闇の中へと消えて行った。

 器用な奴だと嘆息して、炎神の焔を奪われた悔しさをぶつけるように、縁を足で蹴り飛ばした。

 一息つきたいところだが、そういうわけにもいかない。

 まだ、肝心の人物が、残っていた。




 ★☆★☆★☆




「いやっ、離、して!」

「ええいっ、大人しくせんか小娘がッ!」


 嫌々するように足を踏ん張るロザリンを一喝すると、腕を引っ張り無理やり、引き摺るようにしてアレハンドロは、廊下をズンズンと進む。

 人の目の無い廊下だけに、アレハンドロを咎める者はいない。

 仮に人がいたとしても、騎士団長を示すサーコートを着ているアレハンドロに、意見を述べられる者は皆無に等しいだろう。


 このまま、自分は何処に連れて行かれるのか。

 身の安全の心配より、自分が誘拐されることで、アルト達に迷惑がかかるのでは無いか。そのことが何より、不安で不安で堪らなかった。

 掴まれた腕を引っ張ったり、足を蹴飛ばしたりするが、巨漢のアレハンドロはビクともしない。


「……どうしよう」


 不安が胸を締め付ける。

 その時、ロザリンを引き摺って、さっさと先を歩くアレハンドロの肩を、後ろから伸ばされた何者かの手が掴んだ。


「……アル?」


 もしやと思い、ロザリンは笑みを湛えて振り返るが、後ろには期待したアルトの姿は無く、金髪の青年が厳しい表情をして、アレハンドロの肩に手を置いていた。


「何だ、無礼だ……ぞッ!?」


 不機嫌そうに振り向いたアレハンドロの表情が、驚きに止まる。

 金髪の青年は、真面目そうな眼差しを、真っ直ぐにぶつけた。


「……その娘を連れて、何処に行くつもりです。アレハンドロ団長」

「ら、ライナ、団長……どうして、ここに?」


 騎士だということは、鎧を着ていることからすぐにわかったが、団長だという事実に、ロザリンは表情には出さず驚いた。


「質問しているのは此方です。その娘は、俺の記憶が確かなら、総団長からの指示で保護対象に指定されている魔女の少女の筈……そんな娘を連れて、何処に行こうというんですか?」

「そ、それは、その……任務の通り、保護しているところだ。貴公も会場内の騒動を知っているだろう?」


 途中、言葉に詰まるが、強引に話の辻褄を合わせる。

 が、そんなことを黙って見逃す、ロザリンでは無かった。


「嘘。この人、私のこと、誘拐、しようとしていた」

「グッ、この小娘ッ」


 恨みがまし視線を向けられるが、ロザリンは反抗的にぷいっと顔を背ける。

 ライナの視線が、より険しさを増す。


「誘拐、ですか? それが事実なら、問題ですよ」

「グッ、ギギッ……私は、この会場内の警備を一任されているッ。余計な口出しは止めて頂こうか。そもそも、貴公はとっくに警備の任務から外されている身。そちらこそ、越権行為に当たるのでは無いか?」


 責める隙を見つけた為か、アレハンドロの表情に余裕が浮かぶ。

 けれど、ライナは平静を崩さない。


「残念ですがアレハンドロ団長。確かに我々はミューレリア会長から、警備の任を解かれました。しかし、ハウンド対策の任務は継続中なんですよ?」

「な、にっ!」


 透かさず、ライナは右手を広げ突き出す。


「現時刻より、会場内は緊急事態と断定する。第一騎士団の団長権限により、この場の指揮権は全て第一騎士団に以降。アレハンドロ団長率いる第六騎士団は、指揮下に入ることを要請する」

「馬鹿なッ! 総団長からの許可証も無く、そんなことが許されるモノかッ!」

「エンフィール王国騎士団は、何事よりも人命を最優先とする。これは、その団義に基づいた決定です。文句があるのなら後で査問会なり何なりに訴えればいいでしょう……ただし」


 一歩近づき、近距離からアレハンドロを睨み付ける。


「アンタらの勝手な理屈で、この場を邪魔することは、絶対に許しはしないッ」

「うッ……ググッ……か、勝手にしろッ!」


 迫力に負けたアレハンドロは、そう言い捨てると、ロザリンの腕を離して背中を向け、足早にこの場を立ち去って行ってしまった。

 残されたロザリンは、危機を免れたとこに、安堵の息を吐く。

 すると、その様子を見たライナが、心配するように顔を覗き込んできた。


「あの、大丈夫かい?」

「……うん。平気」


 スッと、気付かれないように、一歩後ろに下がる。

 別にライナが嫌いとか、苦手というわけでは無いが、貞淑な乙女の嗜み、というヤツだ。

 ライナはそれに気づいた様子は無く、爽やかな笑顔を見せた。


「そうか。なら、良かった。俺は行くところがあるんだけど、君はどうする? 一人は危ないから、俺の部下に……」

「何処に、行くの?」

「俺かい? 俺はここの一番悪い奴に会いに行くんだ」

「悪い奴……ミューレリア?」


 ロザリンは小さく、首を傾げた。

 しかし、ライナは首を左右に振る。


「いや、ボルド・クロフォードさ」

「――ッ!?」


 その名を聞いて、ロザリンの中に緊張感が走る。

 クロフォード。母親を殺したあの通り魔と、同じ家名を持つ男。

 胸に湧き出る黒い感情を、ペンダントを握り締めることで強引に押さえつけ、ロザリンはグッと顔を上げた。


「私も、行く」


 ライナは驚いた表情をする。

 自分でも、無茶を言っていることはわかった。

 けれど、ここでボルドを逃がすのは不味いと、魔女の本能がそう警鐘を鳴らしていた。

 一瞬、駄目だと口が動きかけたが、思い直したのか、一端開きかけた口を閉じる。


「……そうか。君の保護者は、彼だったね。いいだろう。ただし、俺の側から離れないでくれよ」

「うん」


 頷き合い、二人は並んで歩きだした。

 目指すはこの一件の黒幕。

 ボルド・クロフォードの部屋を目指して。






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