第37話 勝利は正道を求めない
扉を開けた先に待っていたのは、忘れもしないあの女、雀蜂だ。
オークション会場内にある、空き部屋の一つ。
中はガランとしていて、ただ広い空間だけがある何も無い部屋だ。
その中央に佇む雀蜂が、扉を開けて現れたカトレアの姿を視界に止め、嬉しそうに双眸を見開いた。
「へぇ……ボスの言った通り、待ってるだけで本当に釣れたわぁ」
「釣られてあげたわよ。あの時の借り、キッチリと返す為にね」
無駄口を叩かず、それだけ言うと鼻の下を親指で擦り、カトレアは構えを取る。
生意気な物言いに、雀蜂はスッと視線を細めた。
「運良く横槍が入って生き延びた癖に、随分とデカい口を叩くじゃない……そういう態度、お姉さんは嫌いね」
「ジェネレーションギャップってヤツね、おば様」
馬鹿にするように、より強調して呼ぶと、雀蜂の額に深く青筋が浮かび、鬼のような形相でカトレアを睨み付けてきた。
「度胸だけは買ってあげるわ小娘。そんなふざけた口が叩けなくなるくらい、貴女をぐちゃぐちゃにしてあげる。恨むなら、挑発に乗って一人でやってきた、自分の馬鹿を恨むのね」
ビリビリと肌を刺す殺気を浴びて、カトレアは不敵に微笑んだ。
「上等よ雀蜂……んじゃ」
右手を突出し、手の平を上に向けると、招くように指を数回動かした。
シーさんのマネをしながら、カトレアはニヤリと歯を見せる。
「天国に逝く資格は、十分かしら?」
「――ほざけ!」
瞬間、雀蜂が床を蹴る。
一足飛びで間合いを詰め、雀蜂は得意の手刀による突きを繰り出してきた。
「……タン、タタタン」
視線は正面から来る雀蜂を見据えたまま、唇で軽く呟く。
相手のリーチは、前回の戦いで学習済み。早いが、シーさんに比べれば対応出来ない速度では無い。
後は、相手のリズムに気を付け、先読みするだけだ。
「――なにぃ!?」
突き出した連続手刀を、カトレアは右手だけで軽々と捌く。
前回の反省を生かし、雀蜂は最初から全速力で速度を上げている。
むしろ、ファーストコンタクトで終わらせるつもりでいただろう。
それを、カトレアはいとも簡単に防いで見せた。
手刀を捌く動きは、以前と変わり映えしないのにと、雀蜂は驚いた様子だ。。
ここは攻め時、チャンスだと、カトレアは視線を鋭くする。
捌いた腕を素早く折り曲げ、踏み込みながら、雀蜂の胸に肘鉄を食らわす。
「――ガッ!?」
隙を突いた一撃に、雀蜂は苦悶の表情を浮かべるが、下がらずにカトレアの顎目掛け、掌底を放った。
「――グッ」
首を捻り直撃は避けたが、顎を軽く掠った所為でバランスを崩し、間合いが離れてしまう。
この間に、雀蜂は態勢を立て直したい筈。
そうはさせるかと、右の拳を握り、腕を撓らせながらジャブを連続で放つ。
鞭のように撓りのあるジャブは、腰が入ってないので、大きなダメージを与えることは出来ないが、牽制しながら相手の動きを封じるには持って来いだ。
案の定、先読みして繰り出されるジャブに、雀蜂は邪魔臭そうな顔をする。
「クッ、この技、ウザすぎるわっ」
素早く、リーチのあるジャブにリズムを崩され、雀蜂は嫌がるように距離を空けた。
逃がさない。
身体の左右を入れ替え、ジャブを繰り出す手を左にスイッチ。
自然、左足を踏み込んで間合いを詰めた為、雀蜂が空けようとした距離はまた、元通りに詰められてしまう。
そして今度は、左ジャブの連打、連打。
同じように、動きを先読みして繰り出されるジャブが、雀蜂をその場に縫い付ける。
「こ、このぉッ」
雀蜂は苛立ちを声に出しながらも、早いジャブに対して防戦一方だ。
何とか出鼻は挫いた。
問題は、ここからだ。
下がろうとしても、その度に左右をスイッチして、攻撃の手を休めないカトレアに、ウザったそうに雀蜂はチッと舌打ちを鳴らす。
「――ッ!?」
雀蜂の視線が、スッと細まり、白目に部分が僅かだが、青く発光した。
空気が変わった。ゾクリと、悪寒が背中を走る。
嫌な予感をしつつも、ジャブを打つ手を止めない。
数回、防御する雀蜂の腕を叩くが、突然、拳が空を切った。
腕は伸び切っている。が、拳は雀蜂を捉えることは無く、顎先ギリギリの距離で止まってしまった。
今更、距離を見誤るわけが無い。
つまり、
「調子に乗るのは、ここまでよ小娘」
嗜虐心が滲み出た言葉を吐くと、今度は雀蜂の方から距離を詰めてきた。
「なんのッ!」
先ほどとは逆の要領で、左右のスイッチを切り替えながら、今度は後ろへと下がる。
が、牽制で繰り出すジャブは、悉く空を切る。
両腕をダランと脱力させ、上半身の動きだけでジャブを回避する。
これは、完全に攻撃を見切られていた。
だが、急すぎる。パターンを読まれないよう、シーさんの教え通りリズムを変えてながら戦っていたのに。
「――クッ、何でよッ」
焦りを無理やり押さえつけながら、ジャブを軽々と回避する雀蜂を、注意深く観察する。
すると、雀蜂の眼球が尋常じゃ無い速度で動き、素早いジャブの拳を視線で追っていた。
驚くことに雀蜂は、気配やリズムから判断する先読みでは無く、動体視力による目視で、ジャブを見切っていたのだ。
「フフッ。油断が過ぎたのは認めるわ。だけど、素人の攻撃なんて、一回見れば見切れるんだよッ!」
大きく仰け反りながらジャブをかわし、上半身を横に回転させると、その勢いを腕へと繋げ、腕を鞭のように撓らせて、カトレアの胸の脇へと叩き付けた。
身体全体を使った打撃は強烈な衝撃を生み出し、空気を裂く破裂音が室内に響いた。
「――ッッッ!?」
メキメキと、肋骨が嫌な音を立て、カトレアの表情が苦悶で歪んだ。
鈍い激痛に、悲鳴すら喉を通らない。
寸前で身を捻り、クリーンヒットは免れたが、確実に肋骨が数本折られただろう。
ジンワリと熱くなる激痛は、呼吸をする度に重苦しく響く。その所為で呼吸が浅くなり、自然と動きも鈍くなった。
痛みと苦しさから、ドッと汗が噴き出す。
「グッ、こ、この程度でッ」
奥歯を噛み締め、気合で意識を繋ぎとめると、脇を打つ雀蜂の腕を肘打ちで強引に離す。
それだけで、折れた肋骨に激痛が走り、表情が歪む。
追撃すればいいモノを、雀蜂は愉悦の表情を浮かべながら、カトレアを嘲笑した。
「あらぁ、素人の小娘には、骨の数本が折れた程度で、もう泣きそうなのかしら?」
「じ、冗談言わないでよ」
強がりを言うと、激痛で強張りながらも、ニヤッと笑って見せた。
「ちょうどいい、ハンデよ」
「……ふん。いいわ」
雀蜂の笑顔が消えた。
「それじゃ、泣いて許しを請うまで、アンタの骨を折り続けてやるよッ!」
手刀を構え、再び遅い掛かってくる。
今度は油断が無く、隙も無い上、早い。
カトレアは軽く息を吸い込み、身体の正面をオープンにすると、それを迎え撃った。
「まさか、正面からやり合う気ッ!?」
「こっちは最初から、玉砕覚悟でやってんのよッ!」
手刀と拳が、正面からぶつかり合い、激しい破裂音を響かせ、同時に弾かれた。
互角、では無い。
手刀と拳なら、通常、正面からぶつかれば拳の方が勝つはず。
つまり、条件が有利になって、初めて互角という、極めて負けに近い状況だ。
防御は致命傷にならない限り、最小限で済ませ、徹底的に殴りつける。
原始的だが、攻勢に回らない限り、カトレアに勝ちは無い。
手刀を受ける腕が、見る間に赤く腫れあがり、裂傷から血が滲みだす。
「痛ッ……くぅっ、相変わらず、硬い手してるわねぇ!」
グローブの下に何かを仕込んでいる分、雀蜂の手刀は重く痛い。だが、それだけては無く、雀蜂の手刀は不自然に鋭さを増していた。
速度も依然より増していて、目で追うのがやっと。
雀蜂の本来の実力なのかもしれないが、この力の跳ね上がり方は少し異常だ。
身体能力は全てにおいて、雀蜂が勝っているだろう。
けれど、表情に焦りの色を先に浮かべたのは、雀蜂の方だった。
「なっ!? き、貴様ッ!」
カトレアに傷が増えて行くところを見れば、雀蜂が優勢に思える。
しかし、それは見た目だけで、実際にカトレアは一発も、身体への攻撃を貰っていない。
反対に、攻撃の合間を狙い、カトレアの拳が雀蜂の身体に突き刺さる。
下から打ち出した右が、雀蜂のボディを打つ。
「――ガッ!? 糞ッ!」
踏み込まれたが、雀蜂はミドルレンジでの長いジャブを嫌い、その場へ留まる。
視線と顎先に左拳を向けると、雀蜂がそれに反応してガードを上げた。
それを見越し、もう一発、右のボディを叩き込んだ。
強烈な打撃を二発貰い、雀蜂の身体がくの字に折れた。
固めていたガードも落ち、千載一遇のチャンスが訪れる。
雀蜂の速度は速い。以前のカトレアなら、目で追うのに必死になって、防戦一方になっていただろう。だが、シーさんとの特訓の成果か、感覚が高速戦闘に順応していて、何とか対応できる。
ここまでは、以前と同じパターン。雀蜂の恐ろしいところは、ここからだ。
上段から左拳を振り上げると、ギロッと雀蜂は血走った視線を此方に向けてきた。
白目を多く青い光が、先ほどより大きく発光した。
「――ッ!?」
突き刺すような殺気を浴びて、反射的に拳を止め、大きく仰け反った。
それが功を奏し、凶悪な風切り音を鳴らして、目の前に雀蜂の手刀が通り過ぎた。
「――あ、危なッ!?」
「油断しすぎよ」
瞬間、カトレアのこめかみに衝撃が走る。
「――えっ?」
脳が揺らされ、グラリと身体が倒れかけるが、何とかすぐに意識を立て直した。
床に右手を付き、バランスを崩しながらも、何とか倒れずに済んだ。
左のこめかみに、鈍い痛み。手を伸ばして確認してみると、パックリと裂けていて、指先には赤黒い血が付着していた。
ズキンと鈍い頭痛に顔を顰めながら、次の攻撃の備えようとするが、既に雀蜂は目の前まで迫っていた。
「――くっ、早ッ!?」
「遅い、遅い」
雀蜂は胸倉を掴むと、そのまま突進して、カトレアの身体を壁に思い切り叩き付けた。
激しい振動が室内をビリビリと揺らし、全身の骨が悲鳴を上げる。
打ち付けられた衝撃の強さを物語ように、壁には細かい罅が入り、カトレアを中心にクレーターのような窪みが出来ていた。
「――グハッ!? ゲホッ、ゲハッ!」
詰まりながら咳き込むと、唾液に血が混じっているのか、目の前で胸倉を掴み上げている雀蜂の顔を、赤く汚した。
「きったないわねぇ」
言葉とは裏腹に、楽しげな表情で顔についた血を手で拭うと、付着したそれを赤い舌で舐めとった。
胸倉を掴まれたカトレアは、苦しげな表情を向ける。
「……変態」
「そう、変態なの……だから」
ギリギリと、カトレアの身体を壁に押し付けた。
「ぐうっ、ああッ!」
「アンタの苦しむ顔を見るのが、楽しくて仕方がないのよッ!」
全身が潰されるような圧力に、苦悶の声を漏らした。
タフネスの雀蜂を倒すには、カトレアの打撃では弱すぎた。いや、実際にカトレアの打撃センスは、目を見張るモノがあるだろう。それ以上、雀蜂の耐久力が高すぎた。
打たれ強さに絶対的の自信がある故に、油断や慢心が多いのだろう。
わかっていても、倒し切れなかった不甲斐なさに、カトレアは奥歯を噛み締める。
チャンスが無かったわけでは無い。あの白目が青く発光した後の、爆発的な強さの増長。それが懸命に積み上げてきた、勝利の法則を軽々と覆してしまった。
(……アイツが聞けば、言い訳ね、の一言で終わりでしょうね)
身体を押し付ける圧力は更に力を増し、全身の骨が軋む音が聞こえた。
「ほぉら。止めてと言っても止めないわよ。このまま全身の骨がバラバラになって、身体から突き出す姿、じっくりと拝見させて貰う、わッ!」
強く押し込むと、背中の壁がメキッと音を立て、カトレアの身体がより深く壁の中へとめり込んだ。
それにより、ただでさえダメージを受けていた肋骨が、更に数本折れる。
「ぐうっっっッッッ!?」
激痛に歪む表情を見て、雀蜂は歓喜の笑みを浮かべた。
痛みと押し付けられている圧迫感で、呼吸困難になり、意識が徐々に薄れ視界が白く染まって行く。
その中で、憎々しい女性の声が、ボンヤリと響いた。
『戦う術も、戦える術も教えたわ。後は勝つ方法だけ……必要なのは、つまらないプライドを捨てること。武道家気取りもいいけれど、所詮は素人よ。勝つためには、どんな方法にでも頼りなさい……弱い人間こそ、勝つ為に手段と努力を怠ってはいけないの』
むかつく言葉が、カトレアの意識を強引に繋ぎとめる。
勝てないのはわかった。自分が弱いのも、嫌と言うほど思い知らされた。
霞む視線が、目の前で愉悦に浸る雀蜂の姿を通り越し、自分の足元に向ける。
履き慣れない、新品のブーツ。
背に腹は代えられない。
腹を括り、口を閉じると、口内で溜めた血と唾液を雀蜂の顔面に吐き捨てた。
ベチャリと、赤い唾液が雀蜂の顔を汚す。
「……わかったわ」
僅かに瞳を閉じて、開くと、再び白目の部分が青く発光し始めた。
「じっくりと何て言わず、今すぐペシャンコにしてやるよッ!」
怒声が響き、胸倉を掴む腕に力が籠る。
そしてその瞬間、雀蜂の膝関節を、カトレアは思い切り踵で蹴り潰した。
嫌な感触と共に軸足が折られ、油断していた雀蜂はバランスを崩す。
「……えっ?」
状況を把握出来ていない雀蜂は、グラリと倒れながら、不用意に視線を落とした。
「……全く」
呆れるように嘆息して、胸倉を掴んでいた手を、下から両手で払う。
そして、前蹴りを雀蜂の腹部に叩き込む。
「――ぐふぅ!」
硬く、重い一撃に蹴り飛ばされ、フラフラと後ろに下がり距離が空く。
「油断大敵だって、何回痛い思いをすれば、理解するのよッ!」
もう一度、前蹴りを放ち、更に遠くへ蹴り飛ばす。
折れた右足を庇いながら、雀蜂は腹部を押さえて、カトレアを睨み付けた。
「そ、それッ、ブーツにっ、何を、仕込んでるの、よ」
「鉄板。あたしのポリシーに反するんだけ、どッ」
強く言い、足刀で雀蜂の顔面を打つ。
「――グガッ!? く、糞ッ、舐めるなッ!」
「舐めてないわ、よッ」
手刀を振りかざすが、リーチは足技を使うカトレアの方が長い。
左足一本で立ち、円の動きで左右から、振り子のように蹴りが飛ぶ。
「ブッ、ガッ、ゴッ!?」
顔、肩、腕を絶え間なく打つ。
鉄板入りの上に、円の動きで遠心力の乗った蹴りは重く、ゴリゴリと雀蜂の体力を削り取って行く。
足りない打撃力は道具で補う。
武術を嗜む者としては、納得いかないモノがあるが、今は勝利することが最優先。全ての責任は、弱い自分に責任があるのだ。
側頭部に放った蹴りを、雀蜂は腕を差し込み、何とか受け止めた。
が、今度ばかりは直ぐに、反撃に転じることは出来ない。
赤く腫れあがり、血の滲んだ顔と荒い息で、カトレアをギロッと睨み付ける。
「こ、こんな隠し玉を持っていたなんて、何て性格の悪い女」
「あたしゃ、本来は蹴り技の方が得意なの。だけどほら、スカートとか履いてると、蹴りとかし辛いでしょ?」
膝を曲げ、上段蹴りのモーション。
それに反応して雀蜂はガードを上げるが、蹴りは途中で軌道を変え、踵で踏み潰した膝関節を今度は横から蹴りつける。
「――ッ!? ――ッ!?」
声にならない絶叫をし、白目を向いた。
不自然な曲がり方をした所為で、雀蜂は身体を支えきれず、ガクンと膝を突く。
ちょうど蹴り易い位置に、雀蜂の顔があった。
チャンス。
トドメの一撃とばかりに、蹴りの構えを取り、力を溜める。
脳裏に浮かぶのは、シーさんが授けてくれた勝つための裏技。
『私が見る限り、雀蜂の弱点は三つ。彼女の得意分野は恐らく暗殺。故に、真正面切っての戦闘は、経験が浅い筈。そして、生まれ持ってのタフネスと、相手が素人という侮りが、隙なって如実に現れている』
後者はわかり切っている。だから、その隙を徹底的に突いて回ったのだが、雀蜂のタフさを打ち破ることが出来ない。
何より、雀蜂は馬鹿では無い。
油断しているように見えても、致命傷になるような攻撃は、キッチリと捌いている。
唯一、それを崩せたのが、膝関節への蹴り。
アレは、ブーツに鉄板が仕込んであると知っていたり、カトレアが蹴り技が得意だと、前回ばれていたら、喰らわなかっただろう。
だが、足りない。雀蜂を倒すには、もっと決定的な隙を作り出す必要がある。
脳裏に、シーさんの最後の助言が思い返された。
『弱点その三は、賭けの一種。もしかしたら、既に通用しないかもしれない。だけど、気づいていなければ、勝機はその一瞬にあるわ……雀蜂が毒針を出した瞬間、それを見逃さないで』
溜めモーションから、蹴りを放つ。
足刀が雀蜂の顔面を狙う。
雀蜂は、赤く腫れた顔に、ニヤリと笑みを浮かべた。
「舐めるなよ雑魚がッ! 私には、まだこれがあるんだッ!」
肘を曲げると、長い針が突き出してくる。
毒性が強いという、雀蜂の切り札。
どの程度の毒かはわからないけれど、針が肌を軽く裂いただけでも、不味いかもしれない。
「死ねッ」
肘の毒針が、蹴りを放った足を狙う。
瞬間、足を貫こうとした毒針が、寸前で粉々に砕け散った。
「――なッ!?」
何が起こったから理解出来ない雀蜂は、頭が真っ白になり動きを止めてしまう。
それは待ちに待った、必勝の好機だった。
最初の蹴りは毒針を引き出す為の囮。それは雀蜂の身体を打たず通り過ぎた。
衝撃を予想していた雀蜂は、肩透かしを食らうが、気がつけば、正面にいた筈のカトレアの姿が無かった。
「……えっ?」
何故。と思いかけた瞬間、顎に強烈な一撃が入る。
蹴りの回転力をそのまま維持し、身体を宙に投げ出しながら、反対の足で繰り出した胴廻し回転蹴りが、雀蜂の顎を打ち抜いた。
二倍の回転力とブーツに仕込まれた鉄板の衝撃に、さしものタフネスも意識が飛ぶ。
ここまでやられても、流石と言うべきか。まだ何とか、雀蜂は意識を繋ぎとめている。
それでも手を休めないカトレアは、地面に倒れつつ、雀蜂の腕を取り同じよう引き倒して、そのままマウントを取った。
まだ意識が残っている雀蜂の顔が、恐怖で歪む。
カトレアはにひっと、歯を見せて笑う。
「手加減しないわよ。死にたくなければ、さっさと気絶しなさい」
「や、やめ……!?」
言いかけた雀蜂の顔面に、強烈に一撃が炸裂する。
続けて二発、三発、四発……。
数えて十二発目で、ようやく雀蜂は完全に失神した。
正直、やりすぎたかもと後悔してしまう程、雀蜂は無惨な姿になっていた。
だが、手加減する余裕は無かったし、完膚無きまでに叩きのめさなければ、こっちが殺されていただろう。
全身汗だくで、呼吸も荒く、今にも倒れ込みたい気分だ。
でも、まだ後少しだけ、やらなければならないことがある。
意識が無いのを確り確認した後、事前に用意しておいた、拘束用の縄を取り出し、雀蜂の腕と足を縛り上げる。縄はロザリンが術式を施し、強化してあるので、起きたところで縄抜けをすることは出来ないだろう。
これでようやく安心出来ると、カトレアは息を大きく吐き出し、疲れきった身体を引きずり壁際まで寄った。
想像以上にダメージが酷く、全身が痛くて怠い。
今は身体が高ぶっているから、痛みは何とか平気だけど、時間が立てば激痛で悶絶する羽目になりそうだ。
アルト達には悪いが、自分は少しこの場で休憩させて貰おう。
そう思い、壁に背を預けて、カトレアはゆっくりと目を瞑った。
そういえば、あの青い発光。アレが、ロザリンの感じていた、魔力の反応だったのだろうか。確かめようにも、その手段も気力も、今のカトレアには残っていなかった。
とりあえず、目的は果たした。後は、アルト達に任せておけば大丈夫だろう。
急速に落ちて行く意識の中で、カトレアは満足そうに呟く。
「リベンジ、成功」
★☆★☆★☆
徐々に来場者達が異変に気がついてか、ざわめきが大きくなっていくオークション会場を、ロザリンが走る。
気配は読めないが、アルト達の話を聞くなら、もう二人偽ハウンドがいる筈だ。
それに、姿を見せないボルド・クロフォードの動向も気にかかる。
とは言え、どれもこれも、ロザリン一人で何とかするには手が余る。
「……ううっ」
くやしさが胸を締め付ける。
魔術が使える、と言うだけで、ロザリンは普通の女の子……カトレア達と比べれば。
偽ハウンド達と、直接戦える力は持ってないし、逆に囚われてしまう危険性が高い。
雷撃の手袋もまだ、修復が完了していないが、持っていたとしても、やはり偽ハウンド相手では少しばかり心許ない。
想像していたより、王都には人外魔境な猛者が多いらしい。
そのことに関しては、追々ちゃんと考えて行かなければいけない。
「とりあえず、今は、シーさんのところに、行かなくちゃ」
敵がどう動くかわからない以上、シーさんの動きは重要だ。
敵を倒す力は無いが、一行の頭脳担当として、このままアルト達がミューレリアを逃がした時の想定や、不確定な横槍が入った場合などの、対処法を考えておかねばならない。
現状での最優先は、シーさんと合流すること。
彼女の実力なら、多少、困った状況に陥っても引っくり返せる。
ちょっと悔しいが、仕方が無いことだと割り切って、ロザリンは先を急いだ。
ようやく一階まで下りてきて、後は外に出るだけだと思った瞬間、何者かに腕を掴まれ無理やり引っ張られた。
「――キャッ!?」
相当強い腕力で急に引っ張られ、軽いロザリンの身体が宙に浮く。
何事かと振り向くと、鎧とサーコート着た騎士風の男が、此方を見下ろしニヤリと笑った。
「見つけたぞ」
髭面の男の視線に、ロザリンはゾクリと嫌な気配を感じる。
サーコートに編み込まれた特殊な紋章の刺繍は、騎士団長の証。
つまり、この男は第六騎士団団長のアレハンドロだ。
これは、不味いことになった。
ロザリンは自分の迂闊さを後悔しながら、心の中で「ごめんなさい」と呟いた。




